先日、お誕生日であった9/9に、友人のタブラ奏者・藤沢ばやん氏と、彼のご実家をお借りして『はてなのはての実践篇その1 ~いつか火山がばくはつする日~ 』と題したコンサートを開かせていただきました。
ばやんさんのお宅でコンサートをさせて頂くことが決まった時、わたしの頭の中にあったのはシューベルティアーデでした。ご存じの方も多いかと思いますが、シューベルティアーデはシューベルトが友だちの家で開催していた定期的な新作発表の場、いわゆるサロンコンサートでした。
ですから、お誕生日の音楽会を、藤沢邸といういわばサロンのような場所で開催させて頂けるとなった時、最初に浮かんだのはシューベルティアーデだったのです。昔シューベルトの伝記で知って以来、そうした私的な集まりの中、互いの息遣いを感じられるような音楽会を開くことは、わたしの長年の夢でした。気の置けない仲間に囲まれ、家でリラックスして弾き歌っている時とさして変わらない、心落ち着く環境の中で開くお茶の間感覚のコンサートをしたいと、ずっと思っていたのです。
今年の5月頃、お誕生日である9月9日が土曜日だと知った時、わたしの中で「なにかやりたい」という火種がくすぶりました。そこで、以前から一緒に何かできたらいいなと思っていた藤沢ばやんさんに相談したところ、普段からお宅でホームコンサートを開かれている藤沢家をお借りして、記念のコンサート兼持ち寄り食事会を開かせて頂くことが決まりました。自分の記念日のためにこんな厚かましい催しを開いたのは、もちろん生まれて初めてのことです。たくさんの方の協力の下で開催することができました。とても感謝しています。
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ばやんさんはもちろん、藤沢家のご両親にも大変お世話になりました。例えば、お母さまが助っ人のお友だちや姪御さんと一緒に参加者の方々のためのおにぎりを作っておいてくださったり、お父さまがわたしの持っていった絵を飾ってくださったり(さらには演出を施して!)、夜には庭のテラスにキャンドルを灯してくださったり。
友人たちも色々手伝ってくれました。以前一緒にMVを作って頂いたことのある栗田一樹さんが映像を撮影してくださったり、インアカ時代の友人が受付をしてくれたり、yinちゃんがお手製のコンブチャ(発酵ドリンク)をお客さまへのウェルカムドリンクとして出してくれたり。
それだけではなく、当日の急な申し出にも関わらず、狂言師の河田圭輔さんが芸を披露してくださったり、ドラマーのさーさんがカホンを叩いてくれたり、シンガーソングライターの茜ちゃんと一文字風平くんが藤澤家のギターを使って歌ってくれたり...。 他にも、受付をしてくれた子がバースデーケーキを用意しておいてくれたり、一眼レフを持ってきて写真を撮ってくれる人がいたり...。
そして、何より参加者お一人お一人がおいしいお料理を持ち寄ってくださったことで、みんなで充実した食卓を囲むことができました。 終わる頃、ばやんさんのお母さまに「こんなに祝ってもらえる人、いないよ」と言われました。本当にそうだと思います。本当にありがたいです。
●開演までの時間に流そうと、わたしが大芸時代に制作したアンサンブル曲の作品集CDを用意。しかし、これは結局バタバタしていて流すのを忘れてしまいました。
●前にも少し触れたように、わたしがここ十年ほどの間に描いた絵を10点ほど額に入れて持参(内,1点、「夜は長い」だけ姉の作品)。美術好きであるばやんさんのお父さまが、ご自分がふだん飾っている絵や美術品をどけて、わたしの絵を飾ってくださいました。YouTubeに楽曲を載せるためのタイトル画等、すべて何か理由があって描かれたものなので、純粋な作品とは言い難いとは思いますが、ある程度まとめた形でひとに絵を観てもらう機会を得たことは、うれしいことでありました。
●参加者お一人お一人の生まれた時の太陽のサビアンシンボル(西洋占星術の技法の1つであるサビアン占星術で使われる)を書いたカード(ポスターと同じくわたしの甥が描いたくじゃくの絵柄のもの)を事前に配り、一人一人のシンボルを紹介しながら、全員を紹介。
わたしは今回のコンサートを「出会い系コンサートにしたい」という野望を持っていて、その目的を達するために設けたコーナーでした。しかし、わたしの頭が回らなかったばかりに、紹介したいと思いながらもしそびれたあれこれが多く、今になって思い出されて悔しいです。とはいえ、この時間は比較的和やかな時間になったかな、と思います。
このコーナーが終わったとたん、みんな携帯をいじって早速つながろうとしてたのが可笑しかったです。紹介コーナーの後、描いてきた絵の説明に入ったのですが、わたしの話、もう全然聴いてくれないのです。笑
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実は、あろうことか、わたしは当日に体調を崩してしまい、「コンサート後にごはん会」という予定を「いきなりごはん、調子が戻り次第演奏」という方式に変更させて頂くこととなりました。復帰後も正直よい演奏ができたとは言えず、音楽を聴きにいらしてくださった方には本当に申し訳ないことをしてしまいました。MCでもたくさん話したいことがあったのに、その大半を話しそびれてしまって...。
そんなハプニングにも関わらず、ほとんどの方々が「楽しかった~」と笑顔で帰ってくださって(いや、もちろん社交辞令も入っているとは思います)、結果的に幸せな会となったのは、ひとえに協力してくださったみなさまのおかげだと思っています。
こんなに幸福なお誕生日は生まれて初めてでした。この先の人生で心の支えとなる思い出がまた一つ増えました。大切な日を大切な人たちと共に過ごせた幸せを今も噛み締めてます。本当にどうもありがとう。
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▲以下の文章は、イベント翌日に参加者の方々に送らせて頂いたものです。開催後のわたしの率直な気持ちが書かれているので、残しておこうと思います。↓
みなさま、昨日はお越し頂きありがとうございました。
ごはんも充実していたようで、ありがたいです。せっかくいろいろ持ってきてくださったのに、わたしが食べられなくてほんとごめんなさい。本当は一品一品誰が持ってきてくれたのか紹介しながら味見&コメントするというグルメリポーターとしての野望を持っていたのですが...無念。
話そうと思っていたのに話しそびれたこともたくさんあったなあ。一部の人にはしたけど、先日の太陽表面の爆発(太陽フレア)のトピックとかね。サビアンのことなんかも、もう少しわかりやすくお伝えしたかったし、みんなのことも一人一人もっと丁寧に紹介したかった。
そして何より、わたしの体調管理の悪さのせいで、いい演奏ができずに申し訳ありませんでした。開始前から実はかなりヤバさは感じていて、1曲目、2曲目とやっていくうちに頭痛の激しさで指が回らなくなり、限界を感じて、ああいう対応を取らせて頂きました。ほんとにごめんなさい。
ただの1曲も完璧に演奏できなかったこと、歌いたかったのに歌えなかった歌、話したかったのに話しそびれた話、反省点は思い返せばキリがないのですが、さーさん、茜ちゃん、風平くん、どどさんの芸や、みんなが持ってきてくれたごはん、藤沢家のみなさん、藤沢邸というロケーション、、手伝ってくれた友だち、そして何よりあったかくて心の広い参加者のみんなのおかげで、とても幸せな会になったと思っています。あんなに幸福なお誕生日は生まれてから一度も過ごしたことがないです。ほんとにどうもありがとう。
ここで、今回のイベントタイトルについて少し説明したいと思います。「いつか火山がばくはつする日」については昨日言及しましたが、説明しそびれてしまった「はてなのはての実践篇」の由来について。
わたしは7歳の時に神戸から愛知に引越し、11歳から不登校をし、中学を卒業した年から持病が悪化して引きこもりになりました。20代の後半で関西に引っ越すまで、病院以外の場所にほとんどまともに外出したことすらありませんでした。友だちの存在はゼロではなかったけど、ほんのわずかなものでした。
そんな自分が関西にへ引っ越した際は、ようやく人間らしく生きられる土地に来ることができた、と安堵と希望を感じたものです。7歳の時に離れて以降、ずっと戻りたいと思っていた関西でした。懐かしい土地で触れる空気、風景、そこで次々と得られた出会いはいつもキラキラしていて、ワクワクして、あたたかく、広がりを感じられるうれしいものでした。
関西に来て少しずつ友だちもできはじめた頃、中学生の時から一人でつけ続けてきた日記を、少し外部にも見せられる形で残そうと、ブログを書きはじめました。関西の暮らしの中で得られるうれしい気持ちをしたためたブログ「はてなのはて」は、頭の中にある希望や理念、理想というものを文章にしたものだったと思います。
そこでも用いていた「ハテ」というニックネームは、十代の時BBSの書き込みのためにつけた名称で、秋田の祖父がよく口にしていた言葉です。「?」の意と「果て」の意のダブルミーニング、しかも短くて済むというのがいいなと思って使い始めました。
「はてなのはて」は当初使ってる人の多かった『はてなダイアリ』でつけていたので、「はてなダイアリのハテ」という意味で取られていたかもしれませんが、実はそうでなくて、「考えに考え抜いたその先にあるもの」のような意味でつけたものでした。場所がアメーバでもエキサイトでも、そうつけていたと思います。「はてなのはて」は、引きこもっている間に一人で考えていたことを人に読まれる形で表に出していくという意味では、わたしにとって「一歩進めた」と感じられる手ごたえのある行為ではありましたが、理想を現実の世界に落とし込んで行くには、まだまだ力量が足りなかった。
けれど、あれから月日が経ち、さまざまな出会いに恵まれ、支えを得られたおかげで、長年の希望を少しずつ叶えることができるようになってきて、こうして素敵なお家で大好きな人たちを招いてコンサートができるまでになりました。ですから、今回のコンサートのタイトルは、わたしが「はてなのはて」を書きながら考えていたようなことを、いよいよ実現化していく段階に入ったんだという気持ち(望み)を込めて、「はてなのはての実践篇」とし、それをこれから始めて行くのだという意気込みで、「その1」としました。
関西で何年もかけて少しずつ得た、出会いの貯金のような、わたしの財産であるみんなと、スタートの日を過ごせたことが、とてもうれしいです。わたし、歳をとるほど幸福になっている気がします。きっとこれからどんどんそうなんだろうなあと思って。ひきこもりの話とか、そんなシケた話、元気じゃないわたしがするのはなんだか嫌だったので、昨日は話さずにおいたのでしたが、やはりどれだけわたしがみんなの存在をありがたく思っているのか、お伝えしておきたいと思い、書かせて頂きました。
わたしの生まれた日に太陽のあった乙女座は、とても潔癖なサイン(星座)だと言われているんです。人間の意識がコントロールできること、西洋科学の精神を象徴しています。科学の力は様々なことを可能にするけれど、そんな中でも突如として訪れる自然の力(火山の爆発や、地震や津波や病気や)には叶わない。そしてカタルシスが起こる。『いつか火山がばくはつする日』というタイトルの由来となった、わたしの生まれた日のサビアンシンボル「火山の爆発」は、そんなことを象徴している度数なんです。
わたしは昨日の開始時間まで完璧なおもてなしをしたいと準備を重ね、がんばっていたのだけど、がんばりながら体調不良というマグマがふつふつと自分の中で燃えているのを感じていて、内心「爆発すんなよ」と願っておりました。けれど、自然はこちらの事情はお構いなし。結局肝心なタイミングで爆発し、計画はぐちゃぐちゃに。笑
コントロールしようとするんだけど、いつも結局しきれずに崩れる。とってもわたしらしいなあと、実は一人、諦めの境地でそんなことを考えていました。
爆発してぐちゃぐちゃになったら、ただただ絶望して何もできない、ショックで引きこもってしまう、というのが昔のわたしでした。けれど昨日はニ階の和室で横になりながら、「ぐちゃぐちゃになったとしても、平気な顔でリカバーできるんだ、するんだ」そんな風に思えたんですね。それは、下で待ってる人たちが、そんなわたしの失敗も笑って許してくれる人たちだって、気楽に、心強く思えたからです。
コンサートをするならするで早く決めた方がいいと感じていた初夏の時点でも、体調不良でなかなか決められず、迷った末に決めた開催でしたが、思いきってすることに決めて本当によかったと思っています。やらなかったという選択肢は今では考えられません。
とてもとても長くなってしまいました。こんな風に、時折暴発するわたしですが、今後ともよろしくお願いいたします。そしてもう一度お礼を。どうもありがとう。
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『はてなのはての実践篇 その1―いつか火山がばくはつする日―』
◆出演 : 辰巳央恵(ハテ、pf.,vo.)、藤沢ばやん(Tabla)