チャイ専門店
せっかくの1日遊べる日なのに雨。嫌いじゃないけどやっぱり寒いし傘が鬱陶しい。
客は私1人。いくつかあるチャイの香りを試してみてくださいねえ、と案内されひとつひとつ蓋を開けては蓋の裏の香りを嗅ぐ。
まずはスタンダードなスパイスチャイをいただく。待っている間、おそらく電線か何かに留まって一箇所に集中して落ちてきているであろう雨が、道路にびたびたと音を立てながら強く打ち付けている。
店内の腰掛けに腰掛けてそれをぼーっと見ている。人通りはない。ひたすらにびたびたと音を鳴らしている一点を見つめて、いずれそこだけくぼんでゆくのかなとか、ししおどしみたいだなとか、思ったままのことを頭の中にいる自分と会話をする。
まもなく注文したものが出来上がり湯気を立てて手元に。
控えめのスパイスチャイとカルダモンとくるみのクッキー。しょっぱなに舌を火傷する。これから食べるご飯がちゃんと味わえないのかと思うと悔しい気持ちになった。
高峰秀子著「ウー、うまい!」を読みながらいただく。
エッセイを書いた時代の高度経済成長期の日本に興味がある。その頃の時代に生まれた映画を観ながら、今だったらありえないことをバンバンしでかしていて笑うシーンじゃないのに笑ったりする。仕事とプライベートの人間関係の境が薄く、何かあるとすぐに家に押しかけたり。仕事場の固定電話に家族から電話がかかってきたり。マンションの隣の人も知らないような今、本当にこんな事が繰り広げられていたのかと思うとぞっとするが、人間み溢れるその行動は私の心をグッと掴んで離さない。登場人物はどんなに優しいことも冷たいこともズバッと申し、申された方は受け入れる。思ったことを言って思ったことどおりの行動をする、ただそれを淡々と描かれているその様になぜ心が掴まれるのであろうか。
大阪に来てから人が優しいと感じることが多くあった。例えば、入りたかったお店に入れずお店の前で待ちぼうけていたところ、近くの美味しい立ち飲みワインをひっかけてきたらいいと提案してくれる人がいたり。そのお店に行った時に丁寧な対応をしてくれたり。その一つ一つの優しさの中で、本心から言っていると思えた。それは外から来た者だからだろうか。住んだり慣れたりするとおせっかいのように思い、私みたいな旅行者は暖かいと思うであろうか。大阪の人たちの温かみには随分救われた旅であった。