リスクに対する構え
今回はしばらく書き続けてきた「失敗・リスク編」の最終回となります。リスクをとるときの構え、備えについての僕の考えを書いてみたいと思います。
七重八重の構え
僕が大学生の頃、兄の孫正義とお茶を飲んで世間話をしていた時、ふとリスクマネジメントについての話になったことがあります(なんで茶飲み話からリスクマネジメントの話になるんだ!?と思うでしょう?(笑)うちはそういう家なんですよね。もちろん堅苦しい言い方はしないんですけど、家族が会うと経営に関する本質的な深い話を普段から結構したりして、僕にいろいろと教育をしてくれました。今になってみるとほんとうにいくら感謝してもし足りないくらいありがたいことだと思います)。彼は僕に「不測の事態に備える構え」について質問をしてきました。
正義「泰蔵、なにかに取り組もうとするとき、不測の事態が起きたときのための備えとしてお前やったらどれくらい構えておけばいいと思うか?」
泰蔵「ええ!?そんなこと考えたこともないんやけど・・・。えーっと、まず、なにかうまくいかなかったときにはこうしよう、という代替案くらいは用意するよねえ。それもだめ、というときのさらなる代替案ってこと!?えー?どれくらい用意しとかんといかんと!?」
正義「要するにお前の構えは一重、やって二重ということやな。それじゃあ足らん。俺の場合は、たいてい四重五重は常に準備している。それでも足りないと思うとき、たとえば大勝負のときなどは七重から八重の構えが望ましいな。」
えええ!?四重五重に七重八重!?
みなさんも普段仕事をしていて、もしなにか不測の事態があったときにはこうしようかな・・・とバックアップを考えておくというのはやりますよね(正直な話、やらないことも多いですよね)。それでやっと「一重」です。一重のバックアッププランでさえ準備するのは結構大変なのに、これがだめだったらこうする、それもだめだったらこうする、それさえもだめだったらさらにこうする・・・という構えを、いつも四つか五つ用意しておくと彼は言ってるわけです。しかも、たまに気が向いた時ではなくて、常にです。正直、ちょっと絶句してしまいました。どんだけ構えとんねん!ってびっくりしました。
この話で彼が言いたかったことは、どれだけリスクを冒して挑戦してもいいけれど、絶対に死んではいけない(復帰できなくなるほどの致命的なダメージを負ってはいけない)ということでした。大きな勝負を仕掛け、派手に負けても、ぎりぎり首の皮一枚つながっていればどうにか生き延びることができますが、「男らしく正々堂々と正面からぶつかって、玉砕したら後は野となれ山となれだ!」なんて勇ましいことを言って猪突猛進で突っ込んでいって、たしかにその時はかっこよくはありますが、でも死んだら元も子もありませんよね。事業を立ち上げるならば何重もの対策を講じておいて、たとえどんな不測の事態に陥っても絶対に致命傷は負わない、という構えを作っておくことが大事ということを教えてもらったのでした。もちろん非常に困難な状況を、岩をも穿つ一念で背水の陣を敷くことによって突破できることはありますし、ここ一番の勝負どころではそういう信念こそが雌雄を決すると思うので、それをまったく否定するつもりはありませんが、毎回毎回そんな悲壮な決意をして仲間に死ぬ気で挑戦させるのは、組織を率いるリーダーとして失格だと思います。死ななければまたいろんな選択肢をとることができるわけで、ベンチャーは絶対に死なないように経営することが大事です。
彼の発言は、これくらいの構えと備えができていれば事態がどう転んでもなんとか切り抜けられる、という経験則なんだと思います。数字に明確な根拠はないけれど、それくらい不測の事態って平気で起こるよ、ということなのでしょう。僕の経験からいっても、当初の想定とはまったく違う展開になった、なんてことは本当にしょっちゅうあります。
ということで、みなさんもぜひそうしてみてください(笑)。といっても無理ですね(笑)。とはいえ、上級者はこれくらいの構えを準備しているということを知っておくのはいいことだと思います。このような構えは僕自身もまだまだこれから研鑽を積んでいかないとまだ到達できないレベルですが、少なくとも、そうしないといけないんだ、ということだけはいつも頭の中には入れています。
経営者は300
ちなみに、同様に僕がびっくりした話ということでいえば、次のような会話もありました。
正義「経営者はありとあらゆることを考えておかなければならないんだ。例えば従業員が自分の会社のことについて『1』考えているとすると、経営者は、数字で言うとだいたいどれくらい考えるべきこと、考えておかないといけないことがあると思う?」
泰蔵「そりゃあ、経営者なんだから従業員よりはたくさん考えとかんといかんよねえ。僕の感覚でいえばスタッフの3倍から5倍は考えることがあるよなって感じやけど、きっと兄ちゃんはそんな数字じゃ全然足りん!と言いたいのだろうから(笑)、『10』とかなんやないの!?」
正義「ばかもん、『300』はあるぞ。」
泰蔵「さ、300!?(><)そんなにあるとー!?こりゃあ経営者はたいへんだ・・・俺に務まるかな」
なんていうやりとりをしたこともあります。 僕の想定とは桁が違ったということでこの数字は僕の中に強烈に残っていて(ほんとに300かと聞かれると僕にはいまだによくわかりませんが(笑)、たしかに5や10どころではなくケタが違うということは確実に言えると思います)、それくらい経営者は自分の会社のことについて様々なことを考えておかねばならないのだといつも肝に銘じています。
また、スタッフがきめ細かく動いてくれず、気が利かないなあとガッカリしたときにも「従業員は1、経営者は300」というこのフレーズを思い出すと「ああ、人のせいにした自分が悪い。もっと自分が動かないといけなかったんだ」と反省することができたりして、自分を戒めることにも役に立っています。みなさんも経営していて「なんでいつも俺ばっかり働いていて、みんなボサーっとしてるんだ!」と愚痴りたくなることもあるかと思います。人間ですから、自分だけがこの世の中でいちばん苦労しているという気持ちになることもあるでしょう。でも大丈夫、経営者は300です。なにが大丈夫かわかりませんが(笑)、みんなそれくらい苦労しているんですよ。自分だけじゃなく、みんなも苦労しているんだとわかればそんなに辛くないですよね。
また、構えや備えという点では、このような話も参考になると思います。
たとえば、どうしても相手を説得して良い条件を引き出したい提携の話がある場合、「先方がこちらの提案を断るありとあらゆる理由」を最低100個以上挙げ、それでも相手が納得して了承してくれる方法について考えた想定問答集を準備するべし、ということも教わりました。ヘリクツや強引な説得ではなく、なるほど、と向こうが心底納得する論理をきちんと用意しないと相手は絶対うんとは言わんぞ、と教えられました。言われてみればそのとおりですよね。でも皆さんは営業に行く時や、誰かを説得して行動やポリシーを変えてもらおうするとき、それほどの用意と準備をして臨んだことがあります?うん、あるよ、という方はぜひそのままお続けください。えー!?そんなコトしたことも考えたこともないよ、という方はぜひ一度、「相手が自分の提案を断る理由」を書きだした想定問答集を作ってみるといいと思います。それを書いてみることによって、これまでいかに自分が自分の都合だけでものを考えていたかがよくわかります。ものすごく勉強になりますよ。
理屈としてわかってるということと、実際にそれを実感して実践することには大きな開きがあります。僕から見て孫正義がすごいと思うところは、そうだと思ったことの実践が徹底しているところです。そこが凡人とは決定的に違う。七重八重の構えとか、300の思考、100の問答など(あと1,000個の経営指標をチェックする「千本ノック」というものもあります)、彼が膨大な数を例として挙げるのは、構えをいかに徹底して作るかを、誰にでも端的にわかるように表現したいからなのです。
世の中でいろいろと言われている成功の秘訣や運を手繰り寄せるテクニックなんていうのは実はたいしたことなくて、結局成否を決めるのは、なにか目標を定めたときにその目標を達成するための行動をどれだけ徹底してやれるかだということが、いろいろな経験をしてわかってきました。若い時からうすうすそうかもなと思っていたのですが、やっぱりそうなんです。そして、実はそれがいちばん難しいんですよね。地道な作業の連続ですぐには目覚しい結果が見えないので、着手しても途中で根気が続かず断念してしまうからだと思います。だからこそ成功事例というのは少ないのかもしれません。とにかく徹底して準備して事に臨む、ということ。これがいちばんの成功の秘訣だと僕は思います。
ということで、上級者はこれだけ構えや備えをしているんだということをここでは知っておくといいと思います。でもこうやって書きながら、そりゃ当然だよな、とふと思いました。スポーツ選手だって膨大な練習をしてるわけだし、職人だって膨大な修行を積んでるわけだし、何だってそうだよな、と。ビジネスだけはそうじゃないって考えるほうが不自然ですものね。
コンティンジェンシープラン
みなさんはこの表題の言葉を聞いたことがありますか?人によっては「コンチプラン」などと略して使うこともあるのですが、コンティンジェンシープランとは、「事件・事故・災害などの不測の事態が発生することを想定し、その被害や損失を最小限にとどめるためにあらかじめ定めた対応策や行動手順のこと」(@IT 情報マネジメント用語事典より)を指します。
実際には、コンティンジェンシープランとしてたとえば次のようなものが作成されます。
緊急時における各メンバーの行動指針や行動計画
業務や機能の継続・復旧作業の優先順位
顧客やマスコミへの対応方針
代替設備・業者の用意
原因究明、2次被害防止の手順
要は、なにかリスクが発生してからあわてふためいてバタバタと対策を講じるのではなく、事前にリスクをすべて洗い出しておき、そのリスクが発生したらすぐに誰が何をどうする、という手順をあらかじめ決めておくことによって被害を最小限に食い止めようという備えです。
不確実性が高まっている昨今、このようなコンティンジェンシープランを作らずに大きなことをやるのは無謀きわまりないことだということがわかっていただけると思います。具体的な作り方については、ぜひご自分でいろいろと書籍やウェブを研究してみてください。こうやればいい、という黄金律ははっきりいってないので、自分たちの頭で徹底的に考えてリスクへの対応の感性と能力を磨くことこそが大事です。
孫正義が七重八重の構えを講じていると言いましたが、この文脈で言えば、ある事象に対して起こる不測の事態についての7つから8つのシナリオごとにそれぞれコンティンジェンシープランをきちんと策定しているということなのです。これがいかにすごいことかおわかりになりますでしょうか。
みなさんも事業をやるときには、ぜひこういう構えを常に意識しておいてください。意識しているだけでも、意識していないのとはだいぶ違いますので。
リスクについてのまとめ
ということで、これまで何週にもわたって書いてきた一連のリスクマネジメントについてのお話で言いたかったことは、次のようにまとめることができます。
リスクとは制御可能な危険のことを言い、制御可能な危険以外は冒してはいけない
リスクをとる際はリスクの評価(失敗時の被害がどれくらいになるかの測定・評価)をきちんと行う
一方、リスクを冒したときのリターン(リスクをとらないときの機会損失)もきちんと評価する
最終的にはリスクとリターンを天秤にかけ、どちらをとるかを合理的に判断すれば後悔は少ない
実行にあたり、リスクに対する構えとしてコンティンジェンシープランをきちんと作成する
この5つがポイントです。見れば至極当然ですが、これをどれだけ徹底して実践できるかが偉大なリスクテイカーになれるかどうかをわける分水嶺だということを強調しておきたいと思います。
リスクをとるときの心構え
最後に、リスクをとるときの心構えについて僕の考えを少々。
何が起こるかよくわからないし不安だからやっぱやめとこう、と何もしないのは簡単です。しかし、そういう消極的な態度、保守的な態度こそが、今ある世の中の様々な問題の根源だと僕は思っています。物事というのは何かをやってもやんなくても、すぐには何かが劇的に変わるわけではないので、 何もしないという選択肢もなんとなく悪くない選択肢のように見えます。しかし、現状はそれほどひどくないからと何もしないでいることこそが一番愚の骨頂である場合も往々にしてあるのです。特に変化の激しい昨今において、今までどおり何もしないほうが良いというのはむしろ不自然なことが多いはずです。
新しいことにチャレンジするのは誰だって不安です。だけど、その不安を不安なままにしておくのではなく、不安材料やリスクを一度徹底的に洗い出してみて、それが起こったときにどんなことになるのかを真摯に見つめてみればいいと思います。そして、それが起こったときの備えや構えをちゃんと準備し、思いきって勝負に出てみる。ダメだ、ヤバイ、とわかったらすぐにコンティンジェンシープランを発動して対応する。こういう姿勢で事に臨めば、ひどい致命傷は負わないはずです。
一方、ビジネスは、 極論すれば、まず一度成功できればいいんですよね。そうすればいろいろなことにチャレンジする余裕ができ、選択肢が広がり、さらに成功する可能性が上がるという好循環に入るんです。その好循環に入るまではすごくたいへんだけれど、一度入ってしまえばそれまでよりは比較的楽に展開することができるようになります(もちろん、それぞれのステージごとに深い悩みはあってたいへんではあるんですが、そもそもなかなか成功できないというのとは別の悩みになります)。
野球に例えるならば、要はまず一発ホームランを打てればいいのです。一発撃つと、その後連発できる可能性が高まるし、少なくともヒットはかなり打てるようになるという感じです。他方で、三振を何回してもまったく責任を問われない。もしそんなバッターだとしたら皆さんはどうしますか?
僕だったら、できる限りたくさん打席に立って大振りしまくります(笑)。だって一発ホームランを打てばいいんでしょう?三振しても責任問われないんでしょう?打率は関係ないんでしょう?だったらとにかくたくさん練習して、たくさん打席に立つことがホームランを打つ最高の方法ですよね。誰が考えてもそういう結論になるはず。打てるかなあ、大きく空振りしたら恥ずかしいしなあ、三振したらどうしよう、などと迷いながら打席に立ってホームランが打てるはずがありません。打席に立ったら腹をくくってボールに集中し、おもいっきり振る。何回もファールや空振りをするでしょうが、それでもめげずにおもいっきり振る。打てなかったら何度でも何度でも打てるまで打席に立ち続ける。これがホームランを打つ最大の秘訣です。 しばらく全然打てなくてもクヨクヨしない。新しい打席が来たらまたフレッシュな気持ちで座席に立つ。これこそがバッターに必要な心構えの極意だと思います。メジャーリーグでいちばんヒットを打ってきたイチローだって10回打席に立っても7回は失敗しているわけです。経営の名人であるユニクロCEOの柳井正さんでさえ、僕のこれまでの事業での取り組みは「一勝九敗」だったとおっしゃっています。
私たちがなにかに挑戦するときに1回や2回の失敗でめげてる場合ではありませんよね。
打席の中でどのボールを打つかを迷うのはまだしも、そもそもあきらめて打席に立たないなんていうのはまったくナンセンスです。
しかし、失敗を怖がってこれまで打席に立ってこなかった人々を責めることもできません。これまでの日本の社会は、空振りしたらかなり恥ずかしい、とか、一度三振したら終わり、みたいな野球しかできないところがありました。また、打席に立ったとしても、失敗できないからといって小さいヒットを狙ってコツンと当てにいくスイングや、スクイズやセーフティバントばかりのチマチマした野球で「ちっともおもろないんじゃあああ!」と関西弁で野次りたくなるような感じであったことは否めません。しかもそれはまだ現在も人々の心理に色濃く残っているところがあります。
でもね、これからは失敗していいんです。何回三振してもいいんですよ。打席に立つ資格さえ失わなければ。打率なんかまったく関係ないです。1回やって1回成功したから打率1.00だと誇る人より、10回やって3回成功した人のほうが、3倍評価されるんです。ビジネスが野球と決定的に違うのは、「何回ホームランを打ったか、どんなホームランを打ったかしか歴史に残らない」、というところです。
だから打席に多く立ったほうがいいわけです。
大振りしていきましょう!
かっとばそうぜ!
結びに、僕が心から尊敬してやまない王貞治氏の言葉を引用して終りにしたいと思います。
努力しても報われないことがあるだろうか。 たとえ結果に結びつかなくても、 努力したということが 必ずや生きてくるのではないだろうか。 それでも報われないとしたら、 それはまだ、努力とはいえないのではないだろうか。 - 王貞治










