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聖書の年表
聖書の年表
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創造科学という似非科学理論がある。
これは、聖書の記述が「すべて真実である」という、根本主義的信念を実践したもので、
その主な目的は「進化論の否定」だが、
もうひとつ「若い地球論」というトンデモ理論がある。
それによると、
神が、天地や、生物や、人間を創造したのは約6,000年前だ」と聖書に書いてあるから、
▼
地球が約45億年前にできたとする現在の科学的理論は「すべて間違っている」のだそうである。
ただし、創造科学者の大多数が、これを主張しているわけではなく、
進化論は拒否しても、天文学や、地質学の証拠は受け入れる者も多い。
古代ユダヤ人に限らず、昔の人が、地球や、生物の歴史について、
現代の科学的常識から見ると「おかしな見解を持っていた」としても驚くには当たらない。
ここで明らかにしたいのは、
そのおかしな見解が、聖書の「どこに書いてあるのか?」ということである。
もちろん「バビロンの捕囚は、天地創造後3,400年目に起った」とか、
「イエスはアダムから4,000年を経て生まれた」といった、そのものずばりの記述があるわけではない。
約6,000年という数字は、聖書のあちこちにある記述を積み上げて得られたものである。
しかも、聖書の種類や、年代記作者によって結構幅があり、
岡崎勝世『聖書VS世界史』(講談社現代新書, 1996)の表1によると、バビロンの捕囚(第1神殿の破壊)は、
天地創造後2,928年~4,816年の間に、イエス生誕は3,760年~5,873年の間に分布する。
ここでは、新共同訳聖書を用いた、年代積み上げ作業の一例を示す。
積み上げの終着点は、バビロンの捕囚時点とする。
これは、カルデア(新バビロニア)王の、ネブカドネツァル2世が、ユダ王国に侵攻し、エルサレム神殿を破壊し、
ゼデキア王と、ユダヤ人上層階級を捕虜として、バビロンに連行した事件で、その年代は、紀元前586年に確定している。
従って、天地創造から、バビロンの捕囚までの年数がわかれば、聖書にもとづく地球の年齢が特定できる。
【1】
天地創造からノアの大洪水まで。
創世記第1章には、
神が、6日間で天地、植物、動物、人間(アダム)を創造したことが記されている。
これを第0年とし、次の世代間隔を合計すれば、
大洪水が天地創造後1,656年であることがわかる。
・アダムは、130歳になったとき、自分に似た、自分にかたどった男の子をもうけた。
アダムは、その子をセトと名付けた(創世記5-3)
・セトは、105歳になったとき、エノシュをもうけた(創世記5-6)
・エノシュは、90歳になったとき、ケナンをもうけた(創世記5-9)
・ケナンは、70歳になったとき、マハラルエルをもうけた(創世記5-12)
・マハラルエルは、65歳になったとき、イエレドをもうけた(創世記5-15)
・イエレドは、162歳になったとき、エノクをもうけた(創世記5-18)
・エノクは、65歳になったとき、メトシェラをもうけた(創世記5-21)
・メトシェラは、187歳になったとき、レメクをもうけた(創世記5-25)
・レメクは、182歳になったとき、男の子をもうけた。彼は「主の呪いを受けた大地で働く我々の手の苦労を、
この子は慰めてくれるであろう」と言って、その子をノア(慰め)と名付けた(創世記5-21,22)
・ノアが600歳のとき、洪水が地上に起こり、水が地の上にみなぎった(創世記7-6)
【2】
大洪水から出エジプトまで。
創世記の世代間隔を積み上げると、アルパクシャドの出生年は、大洪水と同じ年になるが、
ここでは次の記述を採用し大洪水の2年後とする。
・セムが、100歳になったとき、アルパクシャドが生まれた。それは洪水の2年後のことであった(創世記11-10)
以下アブラム(アブラハム)まで世代間隔を積み上げると、アブラハムの誕生は大洪水後262年となる。
・アルパクシャドが、35歳になったとき、シェラが生まれた(創世記11-12)
・シェラが、34歳になったとき、ペレグが生まれた(創世記11-16)
・ペレグが、30歳になったとき、レウが生まれた(創世記11-18)
・レウが、32歳になったとき、セルグが生まれた(創世記11-20)
・セルグが、30歳になったとき、ナホルが生まれた(創世記11-22)
・ナホルが、29歳になったとき、テラが生まれた(創世記11-24)
・テラが、70歳になったとき、アブラム、ナホル、ハランが生まれた(創世記11-26)
イスラエル人の、エジプト滞在期間の起点は、アブラハムの召命の時点とする。
実際、岡崎の表-1にある大部分の年表が、アブラハムの召命から出エジプトまでを、430年としている。
・アブラムは、ハランを出発したとき75歳であった(創世記12-4)
・アブラムは、その地方の飢饉がひどかったので、エジプトに下り、そこに滞在することにした(創世記12-10)
・イスラエルの人々が、エジプトに住んでいた期間は、430年であった(出エジプト記12-40)
これで、大洪水から出エジプトまで262+430=767年となる。
【3】
出エジプトからソロモンの死まで。
列王記上によると、ソロモンは王となって、4年目に神殿の建設に着手しており、その36年後に死んでいる。
出エジプトから神殿建設開始まで、480年だから、出エジプトからソロモンの死まで、480+36=516年となる。
・ソロモン王が、主の神殿の建築に着手したのは、イスラエル人がエジプトの地を出てから480年目、
ソロモンがイスラエルの王になってから4年目のジウの月、
すなわち第2の月であった(列王記上6-1)
・ソロモンがエルサレムで全イスラエルを治めたのは40年であった(列王記上11-42)
【4】
ソロモンの死からバビロンの捕囚まで。
ソロモンの死によって王国は、南北に分裂し、南のユダ王国ではレハブアム、北のイスラエル王国ではヤロブアムが即位した。
これがソロモンの死と同年と仮定する。以後南北王国では、何代もの王が交代して行く。
・イスラエルの王ヤロブアムの治世第20年に、ユダの王としてアサが王位につき、エルサレムで41年間、王位にあった(列王記上15-9)
・オムリの子アハブがイスラエルの王となったのは、ユダの王アサの治世第38年であった。
オムリの子アハブは、サマリアで22年間イスラエルを治めた(列王記上16-29)
・アサの子ヨシャファトは、イスラエルの王アハブの治世第4年にユダの王となった(列王記上22-41)
・ユダの王ヨシャファトの治世第18年に、アハブの子ヨラムがサマリアでイスラエルの王となり、12年間王位にあった(列王記下3-1)
・イスラエルの王、アハブの子ヨラムの治世第12年に、ユダの王ヨラムの子アハズヤが王となった(列王記下8-25)
・アハブの子ヨラムの治世第11年に、アハズヤはユダの王となった(列王記下9-29)
最後のふたつには、1年の齟齬があるが、アハズヤ(南)の即位がヨラム(北)の第11年、
イエフ(北)が、謀反を起こして、アハズヤとヨラムを殺し、イスラエル王になったのがその翌年としておく。
・イエフの治世第7年にヨアシュは王となり、40年間エルサレムで王位にあった(列王記下12-2)
・ユダの王ヨアシュの治世第37年に、ヨアハズの子ヨアシュがサマリアでイスラエルの王となり、16年間王位にあった(列王記下13-10)
・イスラエルの王、ヨアハズの子ヨアシュの治世第2年に、ユダの王ヨアシュの子アマツヤが王となった(列王記下14-1)
・ユダの王、ヨアシュの子アマツヤの治世第15年に、
イスラエルの王、ヨアシュの子ヤブロアムがサマリアで王となり、41年間王位にあった(列王記下14-23)
・イスラエルの王ヤブロアムの治世第27年に、ユダの王、アマツヤの子アザルヤが王となった(列王記下15-1)
・ユダの王アザルヤの治世第52年に、レマルヤの子ペカがサマリアでイスラエルの王となり、20年間王位にあった(列王記下15-27)
・レマルヤの子ペカの治世第17年に、ユダの王ヨタムの子アハズが王となった。
アハズは20歳で王となり、16年間エルサレムで王位にあった(列王記下16-1)
・ユダの王アハズの治世第12年に、エラの子ホシェアがサマリアでイスラエルの王となり、9年間王位にあった(列王記下17-1)
・アッシリアの王はこの国のすべての地に攻め上って来た。
彼はサマリアに攻め上って来て、3年間これを包囲し、ホシェアの治世第9年にサマリアを占領した(列王記下17-5,6)
こうして北のイスラエル王国は、アッシリアによって滅ぼされた。
北の滅亡までは、一方の王の第何年に他方の王が即位したかと、王の在位年数が併記されている。
実は、両者のつじつまが合わない箇所が沢山あるのだが、在位年数の方は無視した。
しかし、南のユダ王国だけになってからは、在位年数に頼るしかない。
・イスラエルの王、エラの子ホシェアの治世第3年に、ユダの王アハズの子ヒゼキヤが王となった。
彼は25歳で王となり、29年間エルサレムで王位にあった(列王記下18-1,2)
・マナセは12歳で王となり、55年間エルサレムで王位にあった(列王記下21-1)
・アモンは22歳で王となり、2年間エルサレムで王位にあった(列王記下21-19)
・ヨシヤは8歳で王となり、31年間エルサレムで王位にあった(列王記下22-1)
・ヨアハズは23歳で王となり、3か月間エルサレムで王位にあった(列王記下23-31)
・ヨヤキムは25歳で王となり、11年間エルサレムで王位にあった(列王記下24-1)
・ヨヤキンは18歳で王となり、3か月間エルサレムで王位にあった(列王記下24-8)
・ゼデキヤは21歳で王となり、11年間エルサレムで王位にあった(列王記下24-18)
・彼らはゼデキヤの目の前で彼の王子たちを殺し、その上でバビロンの王は彼の両眼をつぶし、
青銅の足枷をはめ、彼をバビロンに連れて行った(列王記下25-7)
彼らとあるのは、カルデア王ネブカドネツァル2世の軍勢で、これがバビロンの捕囚事件に関する記述である。
こうして、南のユダ王国も、カルデアによって滅ぼされ、我々は確実な年代がわかっている時点まで到達した。
▼
少々ややこしいが、上の記述を積み上げれば、
王国の分裂から、イエフの反乱まで87年、
イスラエル王国の滅亡まで256年、
ユダ王国の滅亡(バビロンの捕囚)まで、383年であることが確認できるだろう。
【5】
結果
これまでの結果を要約すると、次のようになる。
天地創造~大洪水 1,656年
大洪水~出エジプト 767年
出エジプト~ソロモンの死 516年
ソロモンの死~バビロンの捕囚 383年
◇
従って、天地創造から、バビロンの捕囚までは、1,656+767+516+383=3,322年、
キリスト紀元までは、それに、576を足して、3,898年、現在までは5,900年ほどとなる。
*
最後に、上に引用した箇所を順に積み上げた表を示す。
聖書の「どこに、地球の年齢が約6,000年だと書いてあるのか?」と聞く人には、
「創世記と、出エジプト記と、列王記を全部読め」と答えてもいいのだが、
これを使えば、もう少し親切な回答ができるだろう。
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