人前でのスピーチで緊張せずに自分の言葉で話すコツ。 自分の名前や簡単な挨拶をした後、あえて5秒間何も言わずに聞いている人たちの顔を見回してから、ゆっくり話し始める。 5秒も黙るのはダメだという先入観から解放され楽になる。むしろ5秒黙ることによってその場の空気を自分のものにできる。
https://twitter.com/yousuck2020/status/1053905568732041217
ハイパーあがり症女ですどうも
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人前でのスピーチで緊張せずに自分の言葉で話すコツ。 自分の名前や簡単な挨拶をした後、あえて5秒間何も言わずに聞いている人たちの顔を見回してから、ゆっくり話し始める。 5秒も黙るのはダメだという先入観から解放され楽になる。むしろ5秒黙ることによってその場の空気を自分のものにできる。
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修道女たち
先日紫綬褒章を受賞したケラリーノ・サンドロヴィッチ(小林一三)さんの演劇を初めて観ました。初めての本多劇場。 以下ネタバレあるので、万が一これから観に行く人がいたら読まないほうがよいです。あとほぼメモなので雑です。
世の中まだまだ面白いものがいっぱいあるなあ、それにしてもこんなに面白いものがあるなんて。という思いが、言葉として、観劇中に自分の中にはっきりとくっきりと浮かび上がって来た。それくらい確かな「感動」が存在していた3時間でした。 観てる間は、なんだこれ、面白い、なんだこれ、っていう驚きと感動による語彙力の低下。完全に自分の全部持っていかれててわけがわからなくて。ドーパミンドバドバ出て来た。観終わってすぐには自分の中に出てくる感情の情報量の多さで頭の中がぐちゃぐちゃで。凄いものを見た後、その余韻を永遠に自分の中で反復、反響させるために、音楽も映像も情報として余計なものを何も入れたくなくなって何もしないことがあるんだけど、今回はそれでした。友達と別れてからも、イヤフォンだけ耳にさしてずっと電車に揺られて帰った。
一つの宗教の終わりと密かな継続の物語、修道女たちの群像劇。終わりは、修道女たちの死。布教をする、信仰の核となる人々が死んだことにより、宗教が大きく伝播する可能性は潰されてしまった。けれど彼女達が、毒が入っていることを分かってワインを飲んだとことは村人達を救ったし、そんな彼女達の行動は記憶として残り続ける。のちに緩やかに消失していくかもしれないけれど。 彼女達の宗教との関わり方は様々だ。宗教にすがりたいがために、多額の献金を払って短期間で修道女になった者。そんな母に連れられて様々な宗教を転々としてきて、宗教という者自体に辟易としている者。宗教の維持のために甘んじて献金を受け取る者。修道長であるが、実際は人の顔色ばかり伺って自分では判断を下せていない者。しかしそんな彼女達が、最終的には一様に信仰心に身を捧げる。しかしそれもまたそれぞれに理由があった。行動は同じでも思惑は違う。面白い 修道女達が死んだことを直接舞台上で見せずに事後報告的に言葉によって語られるの、授業でやったギリシャ演劇の話思い出した。言語の方が写実的だと考えられていた的なアレ
脚本のお話 会話をベースに、物語が進んで行く。説明台詞なんて全然なくて、でも緩急つけて物語が展開していく。何気ない会話から彼女達のコミュニティにおける各々の立ち位置や宗教の捉え方がジワジワ伝わってくるのがすごい。直接的なことはさして言っていないのに、伝わってくる。キャラもキャラクターも立ってた。作り込みがまーじで丁寧。ああ、この舞台上で繰り広げられる会話や場面は、彼女達の日常の一部を切り取ったものなんだろうなあ、っていうのがなんでか分かる。その背景に日常が見える。それぐらいの作り込み。親子の性格が似てるんだなあ、っていうのがわざとらしくなく分かったんだよ。関係性の描き方凄くないですか
あと、その時は面白くないなって思った小ネタがあとで響いてくる。回収が丁寧綺麗。追って面白ぶち込んでくる演劇らしさ。全部笑わせてくるの本当にずるい。 彼女達の信仰の一つである魂の列車の模型を作っていたら、一人だけ変な形のものを作ってしまう。その形がめちゃくちゃわざとらしく変な形で、一発系なギャグにしてはあんまり面白くないな〜って思ったら、その後その列車持ちながら超真面目に語り出すという。しかもその列車作った人が新人に作り方を教えることになるという。笑うってそんなの。 パンが例え話か本当のパンの話か問題とか
スタッフワーク的な演出のお話 じわじわ雰囲気持ってく演出やっぱ好きだなあ。明かりが暗いシーンでは、役者が次に移動する位置を徐々に徐々に明るくしていって、観客の視線を誘導する。同じ映像を、盛り上がりに伴って次第に色付かせていく。すごくゆっくりな変化だから、演出によってだんだん自分が引き込まれていっていることに気付けない。素晴らしか〜
オープニングアクトの映像よ、、、、立体感がすごいし、壁画が回ってるように見せる工夫とか。いつ舞台転換したんだ。全然わからなかった。映像演出場中に机はけあんまり気にならなかった。後半の死神のインも全然わからなかった。ハケる時はガン見したけど(笑)演出ってマジシャンだなあ〜観客の視線を巧みに操ってる。操られた。悔しい
暗転の使い方綺麗すぎーーーーーーーー! 紅茶甘い暗転、四角い照明の暗転
役者さんのお話 オーネッジ役の鈴木杏さん、凄い。白痴の女の子の役なのだけど、笑い方や褒められた時の反応一つ一つにその子の性格や障害が癖として表出していて、かつそれが面白くてこちらも笑ってしまうという(笑)祈りの言葉を意味もわからずにただただ読んでいる、というのをしっかり伝えられる台詞の言葉の運び方。死んだ修道女が乗り移った時の声色の変わり様よ。スチームボーイの主人公の声優さんやってたの親に言われて気づいた。。 林原めぐみさん声の出演ああああああああありがとうございますめちゃくちゃ色気あった
間がうまいんだなーーーちょっとギャグ混じりの会話劇って間が命だよね。すげー当たり前のことだけど。例えばちょっとズレたことを言ったときに、それに突っ込むまでの間でちゃんとお客さんに「………ん?」ってなる時間を与える、長すぎると不安になっちゃうし。まあそれを面白に昇華する手法も使われていたけれど。 字面だけで捉えたら面白い台詞でも、役者さんの話し方によって笑いの場は終わって、空気が変わりますよーっていうのがちゃんとわかる。隣の人ずっと笑っててすごい気になった(苦笑)このセリフ笑うの違うでしょ!ギャグゼリじゃないじゃん!言い方違うじゃん!って思ってましたとさ
ギッチョダ。
面白いものを作りたい。娯楽を作りたい。
自分への自信が突然空っぽに無くなってしまうとき
はありますか。
本当は自分はひとりぼっちなんじゃ無いかと不安に
なるときはありますか。
こんなにも退屈な毎日をおくっているのは自分だけ
な気がして、ひどく寂しい気持ちになることはあり
ますか。
関わりのある全ての人に悪く思われているのではと
心配してしまうことはありますか。
わたしにはあります。
似たことに悲しむ人を見つけて自分だけじゃ無いん
だと安心するのは良くないことでしょうか。
“アメリカに行ってしまった会社の役員から教えてもらった、カミングスという「詩人のアドバイス」。刺さりすぎる。 何かをつくる人にぜひ読んでほしい”
誰とも違う自分でいること
日本初
『白蛇伝』鑑了!!! 東映アニメーションがまだ東映動画だった時に製作された、日本が生んだ初めての本格的カラー長編アニメーション映画です。宮崎駿さんはこれを観たことがアニメ業界に入るきっかけだったとか。知識として観ておいて損はないなあ、と思い観て見ました。
見てみて。 1958年にこれ作れるってすごいなあ、と思いつつ、アニメーション業界ってあんまり進歩してないのかも、とも思ったり。もちろん録音環境の向上や、撮影環境のデジタル化でセルを使用することはなくなったけど、基本やってることは変わらなくて。アニメ業界って、活用方法においてはめちゃくちゃ需要も高まっているし市場拡大しているんだけど、実際の作業的なやってることとしてはあんまり変わらない気がする。デジタル化も亀の歩みだし。映画好きの友達が言っていたように、今映像業界でやっていることって大抵昔にすでにやられていたことなのかもしれない。
あと、原画マン2人、声優2人ってすごいね。80分くらいの映画を。原画マン二人て。過酷すぎか。それを一年でて。原作あるとはいえ、、、ロトスコ、、、
自分的には、白蛇ちゃんと和尚のバトルシーンの波がとってもかっこよくて好きですた。ディズニーみに溢れた、エフェクトおおお!って感じ
以下、ウィキから引用 https://ja.wikipedia.org/wiki/白蛇伝_(1958年の映画)
概要 日本初の劇場用長編漫画映画として「桃太郎の海鷲」(1943年,37分)、それに続く「桃太郎 海の神兵」(1945年,74分)があったものの、長編アニメ映画制作のシステムが確立されておらず、スタッフ達は他国(特にアメリカ)のアニメの研究からアニメーターの養成、アニメ用撮影機材の開発などまで着手しつつ、2年がかりで作りあげていった。この映画の制作に携わったスタッフは、その後の日本アニメ界を牽引する役割を担っていった。また宮崎駿のように、この映画を観た経験がアニメ界に入るきっかけの一つとなった人物もいる。
発端から企画の始動まで 日本発の初のカラー長編アニメ『白蛇伝』が作られるきっかけとなった映画に、香港のショウ・ブラザーズと共同制作した『白夫人の妖恋』(1956年、東宝)がある。池部良、山口淑子、八千草薫ら出演したこの実写映画は、中国の説話『白蛇伝』を題材にしていた。この映画は香港で興行的に大成功を収めた。これを受け、『白夫人の妖恋』をアニメ化する企画が、香港の映画界から東映に持ち込まれた[3]。
これがきっかけとなり、東映社長(当時)・大川博は、香港の下請けとしてでなく、独自の本格的なアニメ映画をつくることを考え始めた。当時大きな興行収益を上げるアニメはディズニー映画のみだったが、日本においてアニメ映画製作の体勢を整えていけば、将来大きな産業になるのではないかという、鉄道省の役人から東急の専務、そして東映の社長へと叩き上げてきた大川の、経営者としての予測もあった。
2時間規模のカラーアニメ映画を目指し、東映の教育映画部が中心となって『白蛇伝』の企画がスタートした。この企画のために集められたスタッフには、赤川次郎の実父である教育映画部の赤川孝一、キャラクター原案と美術を担当する岡部一彦、NHK技研出身で美術担当の橋本潔、演出担当の藪下泰司などがいる。
とはいえこの当時の日本には、アニメを制作する会社は影絵動画を含めてもごく少なく、そのいずれもが僅かの社員を抱えるのみの小会社だった。例えば業界最大手だった日動映画ですら、社員20数名の社屋のない会社であり、高校の空き教室を間借りしアニメ製作をしているような状態だった。
また、それまでに作られた最大規模のアニメ映画は大戦中の国策映画『桃太郎 海の神兵』(1945年、松竹動画研究所 白黒)で、上映時間は74分だった。アニメーションの専門家と言える人材がいない状況で、2時間規模のカラーアニメをつくろうとするこの試みは、当時の常識から考えて極めて無謀とも言えた。
東映は、動画会社の吸収、短編動画の制作、動画スタジオの建設、スタッフ養成など、数年がかりでアニメーション制作の体勢を整えつつ、その集大成として長編アニメ『白蛇伝』を完成させるという大がかりな計画を立てた。 1957年(昭和32年)6月末、『白蛇伝』の制作が正式に記者発表された。
東映動画の誕生と動画スタジオの建設 1956年(昭和31年)、東映は手始めとして、負債を抱えていた日動映画株式会社(1948年設立、設立時名称は日本動画株式会社)を社員ごと買収し、東映動画株式会社へと商号変更させた。この東映動画に『白蛇伝』のために集めたスタッフを送り込み、『白蛇伝』へ向けた慣らしの意味も込め、短編アニメの制作を開始させた。
建設中の動画スタジオのために、スタッフの養成も始まった。日動映画を吸収することで、東映はベテランのアニメーター達を手に入れた。その中には、山本早苗(後、戸田早苗)、大工原章、森康二などがいる。しかし長編『白蛇伝』のような大がかりなアニメを制作・量産していくためには、圧倒的に人数が足りない。そこで美術大学などにアニメーターとなる人材を求め採用した。この時に東映動画に入社した新人には、後に『ルパン三世』や『未来少年コナン』の作画監督を務めた大塚康生などがいる。この東映動画一期生達は、日動映画のベテラン達に指導を受け、日本アニメの基礎を担う人材へと育っていく。
1957年(昭和32年)には東京・東映大泉撮影所の敷地内に動画スタジオが完成。東映動画は同スタジオに移転した。やがて大泉周辺には、大小のアニメスタジオが集まるようになっていく。
心を磨いて下さい。 そして、自分の人生で見るもの聞くものを疑い、考察し、体験出来るならば体験してみて下さい。 体験してはいけないものならば、それに近い娯楽作品を見ましょう。 そして考察しましょう。 知識だけを蓄えて、口先だけの人間になるくらいなら、自分が経験し、得た感覚を信じましょう。 知らない事は悪い事ではない。
https://ameblo.jp/tossy-t/entry-12411112229.html
三つの愛と、殺人
声の優れた俳優によるドラマリーディング日本文学名作選第七弾 『三つの愛と、殺人-芥川 太宰 安吾-』
芥川龍之介「藪の中」 太宰治「駈込み訴え」 坂口安吾「夜長姫と耳男」
ご縁があって、生まれて初めて朗読劇なるものに行かせていただきました。今日のマチネ。 見始めてびっくり。朗読劇って言うくらいだから、(失礼ながら)ただお話を聞くだけなのかなあと思っていたら、バチバチ音照演出ありで演劇にかなり近く、あっという間に2時間。 浅倉杏美さん初めて演技拝見したけどかなり好き…というか出演者全員素晴らしい…好きな話は藪の中、感情移入したのは駆け込み訴え、印象に残ったのは夜長姫。
藪の中 人間って身勝手やなー!!!みんな見たいように見るし聞きたいように聞くし言いたいように言うし!!! 話の流れ方から何となく展開は読めたけど、こういうお話好き。演劇のトランスっぽい。どういう意図で、何を思ってそういうことを話したのか、一人一人に寄り添って読んでみたいです。文字でゆっくり読んでみたい。
駆け込み訴え 友達の推しの斉藤壮馬さんが、前回の朗読劇で次回やりたいとおっしゃっていた作品。らしい。主人公の「あの人」への愛情の強さや歪み具合がこの作品の面白みなんだろうなあと思います。
夜長姫 原作読みたいけど読みたくないと思った。切り傷から出てくる血がゆっくり衣服に染み込むように、登場人物の痛みや恐怖が、じわじわじわじわ、聞いている自分たちにも染み込んでくる感じがして、聞いていて一番辛かった。役者さんの演技の臨場感が素晴らしかったからこそだと思うので、この感覚を大事にしたいものです。
ナマモノを見るたびに毎度良さに気付かされる感じがする。今しかない。今この瞬間を噛みしめる感じたまらぬ
個人的にううむって思ったとこは… スピーカーが舞台面にしか無かったから、客席面にも吊ってあったらもうちょっと色々演出できたのかなあ…と………馬の足音とかちょい高めの音だと、大きめで流さないと後ろの席だと軽い感じに聴こえてしまうのよね…でも上手だけ流す演出は、立体感が出てて良かった。 あと途中の照明が完全にMステの前前前世でライブ感強すぎて気になってしまった。それで長めの目潰しされるとしんどい。 最ツラに雑草?が生えてるんだけど、最後ピンスポ残しからの暗転がかっこよかった。生きることについて扱っていたから、意味ありげな感じがよい。芥川と太宰の自殺を批判し、それでも生きるべきだと主張した坂口安吾。雑草は生の暗喩。
そして3年振りに生で見た花江くんはやはり足が細すぎた。いちいち足組み替えるのかっこいいしんどい 👇夜長姫と耳男 こっから読めるよ。見つけてしまった https://www.aozora.gr.jp/cards/001095/files/42614_21838.html
Midnight in Paris
久々に洋画を観た。気がする。Amazon Prime ビデオで観ました。アマプラがないともう生きていけない体になっている
ダメ男(個人的意見)が真夜中に20年代のパリに迷い込んで、偉人たちと出会って…というお話。簡単に言ってしまえばタイムスリップものなんだけど、よくあるものと違うのはタイムスリップが毎晩行われることと、彼の過ごしている現代の時間は平常通り進んでいくこと。 さくさく飽きずに見れるとてもテンポ感のいい作品でした。あとパリの世界観がとても素敵。海外旅行したくなる。ただ、彼を取り巻く人間があまりにもクソすぎて観ててちょっとムカついた節はある(笑)婚約者も、お互いなんで婚約してるの???全然お互いのこと好きって気持ちが伝わってこないんだけど???
彼が素晴らしい時代と思っていた時代の敬愛してやまない芸術家も小説家も、あの頃が黄金時代だ、あの頃は素晴らしい時代だ、と、もっと前の時代を羨ましがっていた。結局いつの時代も懐古主義ってあるのね。それなら今は今できっと良さがあるんだし、今を大事に生きなきゃね。 軽い気持ちで観れて、ちょっぴり前向きになれるような。そんな作品。
自分のための一日
朝、のんびり10時に起きて、 少し暑かったから七分袖のシャツワンピースを着て、 誕生日に友達にもらったAddictionのアイシャドウをつけていつもよりちょっぴり大人ぶって出かけた。
いつもの駅の駐輪場に自転車を停めようとしたら、ちょうど駅周辺の公園で地域祭がやっていて、なかなか止めるところが見つからなくて少し焦った。電車に乗って向かったのは、新宿。ずっと行きたかった佐藤瑞季さんの個展へ。
観終わってから近くの300均一アクセサリーショップによって、うんうん悩んで店内を何周もして指輪セット2つとイヤリングとヘアバンドを2つ買った。
そこから副都心線に揺られて渋谷へ。渋谷のTSUTAYA(楽園)でずっと借りたかったCDをまとめて12枚も借りて、近くのエクセルシオールに入って全部Itunesに入れた。取り込むのに思ったよりも時間がかかって、頼んだハニーチャイの氷が全部溶けるまでお店に居座った。
電車に揺られて、自転車を漕いで、20時過ぎに帰宅。取り込んだ曲をiPhoneに移行して、個展で買ったフォトブックを読みながら聴いた。
自分のために生きている、っていうこの感じ。自分の好きなように、好きなところに行って、好きなようにお金を使う。一人で一日使って外に出かけたのなんて初めてかもしれない。案外悪くないなあ、なんて思ったけど、やっぱりわたしは寂しがり屋で、誰かと一緒に個展に来ている人を羨ましいと思ったし、友達と一緒にアクセサリーショップを見たいと思ってしまったのだった。
星摘み
『少女歌劇レヴュースタァライト』観ました。🌟 イケメンもしくは美少女がたくさん出てくるアニメが苦手で避けていた節があったんだけど、この作品に関しては避けていてごめんなさいって感じ。第一話観て、何処と無く百合っぽく売っていたことに嫌悪感を若干抱いてしまってそこから観なかったんだけど、改めて観て良かった。そして思っていた以上にウテナだった。あ"あ"〜〜〜〜ってなったとこが多すぎてうまく書けないんだけど頑張って書く…残す…
舞台少女として舞台上に立ち、公演を作り上げる。そこに立つ一人一人には、舞台に立つ理由がある。一番になって輝き続けるため、過去に味わった輝きを繰り返し続けるため、誰かと一緒に輝くため・・・ その思いが曝け出されてぶつかり合う、もう一つ、というか若干現実と重なり合った1.5本目の世界線。その世界線で起こったことは現実に反映される、少しずつ変わってゆく関係性、思い、日々。 彼女たちが舞台に立つことによって手に入れたかったものは何なのか。彼女たちの求める星とは。
舞台って刹那的で、だからこそ素敵だなあと思える作品です。自分が舞台を作る側をやっている人間だからこそ余計。 構造的な話をすると、ストーリーが一話ごとに綺麗にまとまっている上に、伏線の張り方と回収、暗喩の解説がすごく丁寧。ウテナはばーーーんって投げて、お前ら悩め!!!考えろ!!!って感じだったのでそれよりはるかに優しい。笑 OP・EDは歌詞、映像全て伏線の複合体なので、全話見終わった後に見ると非常にしんどくなります。中毒。 「あの頃には戻れない 何も知らなかった日々 胸を刺す衝撃を浴びてしまったから」 この歌詞が作品の全てを表してる、、、、と個人的に思う、、、、
何言ってるかわからないけど、とりあえず7話まで観ましょう。とりあえずで7話までっていうのもおかしいけど。絶対観てよかったって思えます。ダイマです。
すでに履修済みでスタァライト良かった〜って思う人は少女革命ウテナを観ましょう。そしてメンタルをズダズダにされましょう。
最近の10~20代は欲しい情報を都度、検索しない。若年層の中で流行っている情報収集術とは?
とてもお勉強になります。システムを利用して自分でネットを作り出す時代
世の中「待ってる人」と「行く人」がいて、圧倒的に待っている人の方が多いと思う。「友達になろうよと言ってくれないかなあ」「好きですと告白してくれないかなあ」と待っている人。それは、少数派の「行く人」の方が圧倒的に有利なわけで、待ってる人は、行く人になってみようよ。世界が変わるよ。
https://twitter.com/koikekazuo/status/1037902795884584960
圧倒的に自分に欠けている考え方〜〜〜〜 臆病者と過剰な慎重さで損している
人生にはどうやっても取り戻せない事がある。でも僕は君と出会えて良かったよ。
多蕗桂樹 / 輪るピングドラム #13
後半の多蕗を見るとこの台詞にゲスさを感じてしまうけど、単体で見たときになぜか許されるような気持ちになれる言葉
https://www.youtube.com/watch?v=VK7OkBMnsbQ
キャラが踊る動画がすごく増えてきてるなあ、と思う。声優のアイドル化とかアプリゲームの増加とか色々要因はあると思うのだけれど、いずれにせよ増えてる。それを観るのが最近のマイブーム。観てて思うのは、プリキュアが圧倒的すぎる。
某ラ!とかうたプリとか人気コンテンツのものも観たけど、キャラにカメラがよった時はやっぱりCGじゃなくて作画で。表情とかそっちの方が自然なものが作りやすいのかなあ、強いていえばアイナナがフルCGでかなり良かったけど。ツキプロとかもキャラの表情が一定で、彼らアイドルなんだしカメラで抜かれたらもっとファンサしてくれるのでは???と思ってしまう。 それにひきかえプリキュアの圧倒的可愛さたるや、、、背景とかもキラッキラで凝っててCGキャラの良さめちゃくちゃ引き出してる感じする。本当に可愛い。あとプリキュア初代観てた人なので曲がアツい。(贔屓目) 顔と動きの違和感のなさが肝なのかなあ、と素人目で見てて思いました。ヌルヌル動いてダンスする体に対して、作画アニメ調の顔がいかに馴染むかなのかな〜。CG使用がどんどん増えてきていている今、作画アニメとの兼ね合いとか棲み分けとか共存とかってずっと残る課題なんだろうな。
まだ途中までしか読んでないけど面白かったので貼っておく。CGアニメの動きのお話。http://xsiabc.blog95.fc2.com/blog-category-33.html
プリキュアの圧倒性の話を父親にしたら、「愛が違う」だとさ。作り手の言うことは抽象的すぎて浅いんだか深いんだかわからんわ〜
従業員を追い込んで100万円の売上を達成するより、みんなで楽しくやりながら80万円の売上を確保できるほうが絶対に良い。ほどほどに儲けて、精神的な余裕のある状態が一番。差額の20万円は、損ではなく、余裕代として払ったと考えれば良いのです。
http://blogos.com/outline/268042/
余裕があるのになぜ上を目指さないのか、それは甘えじゃないのか、という考え方もできるけど、この余裕は次の仕事のためなんだよな。
この考え方で仕事をしていけば80万円は100万円に、100万円は150万円に、って増えていくけど、ギリギリで作っていたら伸び率は低いと思う。下手したら次がないかもしれない。
ただ何かしらひとつ作品を作る業界だと作品はおおよそ一度きりで次はないから、どうしても限界まで上を目指してしまいがちなのかもなあ。感銘は受けたけれど、中々この考え方は素直に受け入れ難い
べつべつ
好きなひとの作るもの全部を好きになるタイプの人間じゃない。とこの頃気づいた。ここで言う好きなひとは、アーティストとか役者とか、作り手として好きなひと。
好きなアーティストはいるけれど、その人の曲が全部好きなわけじゃない。あんまり好きじゃない曲は全然聴かない。だから好きなアーティストというよりは、好きな曲が多いひと、という表現の方が近いのかも。好きな役者さんはいるけれど、その人の関わったものを全部いいと思うわけじゃない。ダサい、とかかっこ悪い、とか思ったりする。だからその人が出ていても、必ずしも観ようと思わない。
たぶん、ひとに対する好きと、芸術とか感性とかの好きとがそれぞれ独立していて、結び付けられないんだと思う。好きなひとの作ったものでも、それが自分の感性に合わなければ絶対気に入らない。そういう意味では、自分の持っている感性ってとても理性的だし、確固たるものであってほしいと思う。感性なのに理性的っていうのは少しおかしいけれど。
でも実際に関わり合って、恋愛感情含んで好きになってしまったひとのものは全部愛おしく見えてしまうんだよなあ。変なの。
The Greatest Showman
一言で言うと、 『それぞれの料理の質はいいのに、間髪入れずどんどん勢い良く出してくるからちゃんと味わって食べれないコース料理』 って感じがしました。すごく絶賛されてて期待値がかなり高かったが故に、ちょっとしょっぱい気持ちになった。
役者さんはいいし、ストーリーもいいし、曲もいいし、演出も好きだけど常に傍観者だった。ぱっぱぱっぱ次の場面、感情に切り替わっていくから全然追えなくて。というかつなぎとか変化の過程がもはや無いと言っても過言では無い。テレビかYouTubeなんかで観てうおーかっちょええーってなったThis Is Me も、え?ここ?もう歌うの?早くね?という感じ。キャラの心情に共感させる感じの物語ではなかったかもしれないけど、それにしても置いてけぼり感がずーっと拭えなかったなあ。サントラは欲しくなるけど、もう一回映画として観るかと聞かれたら多分観ない説
今日出たパワーワードは 父「曲が終わると立ち直ってる」 私「再起動がiPhoneよりも早い」 です。