あまり知られていませんが、虐待をする親の多くは、自分が虐待をしているという自覚を持っていません。あんなひどいことをして、自分の子どもなのに愛情がないんだろうか。そう思うのが、一般的な反応でしょう。
しかし、答えは簡単です。「自分の子ども」だと思うから殴る、蹴る、あざをつくる、餓死させる、といった行動ができるのです。よその子どもにそのようなことができるはずがありません。この奇妙にも思える行動は、DVにおいても同じです。
自分の、という形容は、自分のものであることをあらわします。つまり夫にしてみれば妻は、そして親にしてみれば自分の子どもは、自分が所有している存在です。所有するということは、自分のノート、自分のおもちゃと同じです。なくなれば困りますが、気に入らなければぞんざいに扱ったり、壊したりすることも可能です。
前の章でDV加害者について、「おびえ」を感じているのだろうと書きましたが、同様に虐待は、自分の思いどおりに子どもが動かなかったことで、親のほうが傷ついたり、バカにされたと思って、言うことを聞かせようとして行われることがほとんどなのです。
自分のほうが正しい、自分の行為には理由があると思っているのですから、「虐待している」「悪いことをしている」という自覚は、一部の母親を除き、ほとんど持っていないと思ったほうがいいでしょう。
──信田さよ子『傷つく人、傷つける人』(2013、ホーム社)


















