あなたはまだ若い、その若いうちに二つのことをまなばなくてはならない、その一つは、あまりに当然だから誰もいわずにいるような感情は、これを口に出していうのを控えること、その二は、人の言葉に答えるときに、深くその意味を考えもしないで、食ってかかるようなことはやらないこと。
マルセル・プルースト 「失われた時を求めて」
花咲く乙女たちのかげに 第二部 土地の名─土地
─シャルリュス
井上究一郎 訳 筑摩世界文学大系 57 1999年初版第16刷 496頁
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あなたはまだ若い、その若いうちに二つのことをまなばなくてはならない、その一つは、あまりに当然だから誰もいわずにいるような感情は、これを口に出していうのを控えること、その二は、人の言葉に答えるときに、深くその意味を考えもしないで、食ってかかるようなことはやらないこと。
マルセル・プルースト 「失われた時を求めて」
花咲く乙女たちのかげに 第二部 土地の名─土地
─シャルリュス
井上究一郎 訳 筑摩世界文学大系 57 1999年初版第16刷 496頁
自分の感じもしない感情を、こっけいだとか、よくないとかいうのは、もっともばかげたことですからね。私は夜が好きだが、あなたはおそろしいとおっしゃる。私はばらの匂が好きだが、その匂を嗅ぐと熱が出るという友人もいます。だからといってその男を私よりも劣っている、とこの私が考えるとお思いですか?私はなんでも理解しようとつとめ、なんでもとがめないようにしているのです。要するに、あなたはあまりくよくよしてはいけない、私はその悲しみがつらくないとはいわない、他人が理解してくれないのはどんなに悲しいことであるかを私はよく知っています。
マルセル・プルースト 「失われた時を求めて」
花咲く乙女たちのかげに 第二部 土地の名─土地
─シャルリュス
井上究一郎 訳 筑摩世界文学大系 57 1999年初版第16刷 495頁
空中にのぼるためにはかならずしも一番強い発動機を用いる必要はないのであって、地面に沿っていつまでも走りつづけるものではなく、最初に沿っていた地平線を垂直に切りながら、その速力を全部上昇力に変位することができるような発動機が必要である。…天才とはものを反射する能力にあるので、反射されるものの内質にあるのではないのだ。
マルセル・プルースト 「失われた時を求めて」
花咲く乙女たちのかげに 第一部
井上究一郎 訳 筑摩世界文学大系 57 1999年初版第16刷 361頁
いずれにしても、詩と科学とは同じ所から出発したばかりではなく、行きつく先も同じなのではなかろうか。そしてそれが遠くはなれているように思われるのは、途中の道筋だけに目をつけるからではなかろうか。どちらの道でもずっと先の方までたどって行きさえすればだんだん近よって来るのではなかろうか。そればかりではない。二つの道は時々思いがけなく交叉することさえあるのである。
湯川秀樹 「詩と科学」
詩と科学─こどもたちのために 平凡社 2017年 12頁
植物は意味の深き天然物である。この微塵の罪悪も含まぬ天然物を楽しむことから、どれほど吾人の心情を清くかつ貴くするかほとんど量られぬ。醜悪なる娯楽よりこの清浄なる娯楽に転ずることは、人間として最もたいせつなることである。
牧野富太郎 「なぜ花は匂うか」
夏の植物 平凡社 2016年 95頁
このように豊富なる草木の間に住んでいる人間が、その周辺を取り巻く植物に趣味を持つならば、その一生を通じてどのくらい幸福であるかじつにはかり知られぬほどである。
牧野富太郎 「なぜ花は匂うか」
夏の植物 平凡社 2016年 94頁
思うに、初回に欠けているものは、理解ではなくて記憶なのである。なぜなら、われわれの記憶力は、耳を傾けているあいだに直面しなくてはならない諸印象の錯雑さにくらべると、きわめて微小であり、睡眠中に無数の事柄を考えて即座に忘却してしまう人の記憶、または、いまきいたばかりのことをもう思いおこせないなかば子供にかえった老人の記憶と同じように、短いものなのである。
マルセル・プルースト 「失われた時を求めて」
花咲く乙女たちのかげに 第一部
井上究一郎 訳 筑摩世界文学大系 57 1999年初版第16刷 344頁
「礼儀正しいということは、すべての人がとてもかよわいから、そっととり扱ってやらねばならないという事実を承認することです。そこで、人間を尊敬するという点では──かるがるしく人を臆病だとか嘘つきだとか言わないにしても、もし人の顔色にばかり気をとられたり人の虚栄心を満足させてやることに汲々とすることだけでくらすとすれば、いったい人のどこを尊敬してよいのか区別がつかなくなってしまいます」
F・スコット・フィツジェラルド 「夜はやさし」 下巻 p.18
─ディック・ダイヴァー
谷口陸男 訳 角川書店 平成元年6月5日 三版
人は、皮膚の病理学をいいかげんに適用して、心の傷痕いえたりなどと書くが、個人の生活にそういう事実があるはずはない。傷口は開いたままなのだ、ときには針のつき傷程度にちぢまることはあっても、傷口はやはり傷口なのだ。苦悩の痕というものは、指か視力の喪失にたとえるほうがふさわしい。
F・スコット・フィツジェラルド 「夜はやさし」 上巻 p.291
谷口陸男 訳 角川書店 平成元年6月5日 三版
他人というものは、ふだんはわれわれにとってひどく無関係なものなので、もしわれわれがそんな他人のある一人のなかにわれわれにとって苦しみやよろこびとなるものの可能性を感じとったとき、その人はわれわれにとってべつの宇宙に属している人のように見え、詩でつつまれ、われわれの生活に感動的なひろがりをあたえ、そのひろがりのなかで、その人は多少ともわれわれに近づくにすぎないであろう。
マルセル・プルースト 「失われた時を求めて」 スワン家の方へ 第2部 スワンの恋 井上究一郎 訳 筑摩世界文学大系 57 1999年初版第16刷 152頁
私には彼のいうことがすべて矛盾していると思われた。一体ほかにどんな生活をしているために、彼は世間の事柄にたいする所感をまじめに口にすることをさしひかえ、引用符号の鉤でくくらなくてもいいような判断を率直に表明することをはばかり、一方でこっけいだと述べている仕事にばかていねいにいつまでも専念しているのか?
マルセル・プルースト 「失われた時を求めて」
スワン家の方へ 第1部 コンブレー
井上究一郎 訳 筑摩世界文学大系 57 1999年初版第16刷 65頁
彼=スワン
三十六度というのは、自然界でいちばん適切な温度ということがわかっているのだよ。神秘的な閾値といってもいい。私はこんなことを思ったことがあるんだ、ひょっとしたら人類の不幸は、いつのころだか体温がこの基準値からずれてしまって、しじゅう少し熱っぽい状態にあることと関係があるのではないだろうか。”
—W・G・ゼーバルト 「アウステルリッツ」 鈴木仁子訳 白水社 2003年
—アルフォンソ (再掲)
〈世間の人たちは、一個のオレンジが、どんなものだか知らずにいる……ぼくらは死刑を宣告されている。それなのに今度もまた、この確乎とした事実が、ぼくの喜びを妨げない。ぼくが握りしめているこの半顆のオレンジは、ぼくの一生の最も大きな喜びの一つを与えてくれる……〉 ぼくは仰向けに寝て、自分の果実をすする。ぼくは流星を数える。しばらくぼくは、果てしもなく幸せだ。ぼくはまた独語する、〈ぼくらが、いまその秩序に従って生きているこの世界のことは、もし人が自らそこに閉じこめられなかったら、察することもできない〉と。
アントワーヌ・ド・サン=テクジュペリ 「人間の土地」 砂漠のまん中で 堀口大學 訳 新潮社 177頁
〈ぼくの小さい狐よ、ぼくは今度はさんざんだ、だが不思議なことには、こんなひどい目に遭ったことも、きみの生き方に、関心をもつ妨げにならなかった……〉 そしてぼくは、しばらく夢想に耽る、人間というものは、どうやら、どんなことにも慣れるものらしい。三十年後に死ぬかもしれないという考えは、一人の人間の喜びを傷つけはしない。三十年後も、三日も、要するに遠近法上の問題にしかすぎない。
アントワーヌ・ド・サン=テクジュペリ 「人間の土地」 砂漠のまん中で 狐=フェネック 堀口大學 訳 新潮社 168頁
他人の心を発見することによって、人は自らを豊富にする。人はなごやかに笑いながら、おたがいに顔を見あう。そのとき、人は似ている、海の広大なのに驚く解放された囚人に。
アントワーヌ・ド・サン=テクジュペリ 「人間の土地」 堀口大學 訳 新潮社 44頁
きみは、かの白蟻たちがするように、光明へのあらゆる出口をセメントでむやみにふさぐことによって、きみの平和を構築してきた。 きみは漂流する遊星の住民などではありはしない。 いまでは、きみが作られている粘土はかわいて、固くなってしまっていて、今後、何ものも、最初きみのうちに宿っていたかもしれない、眠れる音楽家を、詩人を、あるいはまた天文学者を、目ざめさせることは、はや絶対にできなくなってしまった。
アントワーヌ・ド・サン=テクジュペリ 「人間の土地」 堀口大學 訳 新潮社 22頁
アントワーヌ・ド・サン=テクジュペリ 「人間の土地」 堀口大學 訳 新潮社 平成22年 79刷