一年ほど前のファッジが出てきたからペラペラめくってたんだが、この香水の企画者は一体何を考えていたんだか未だにわからない pic.twitter.com/j66pZVgj9K
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一年ほど前のファッジが出てきたからペラペラめくってたんだが、この香水の企画者は一体何を考えていたんだか未だにわからない pic.twitter.com/j66pZVgj9K
Twitter / daichi3200
はたらく車に乗ったカックイ~大人の皆様……ありがとうございます……!! https://twitter.com/HamidashiMiyuki/status/1351309693579247622
“「アメリカの読書界に異変。既婚未婚を問わず30歳以上の女性にシャドウ・ダディが大人気」って特集を見て「シャドウ・ダディとは?」と検索したら「恋愛ファンタジー作品に出てくる、ダークで神秘的な力を備えた男。自分の愛する女性のために世界さえも引き裂くような人物。正体は吸血鬼だったり妖精だったり神だったり天使だったりする」で、「私だけに優しい犯罪者」やないか……となった。 ・彼らは500歳とかだったりするが外見は若々しい。 ・ロマンチックファンタジーは現在、衰退しつつある米フィクション市場を支えている。主に女性読者を対象としており、女性作家によって書かれている。何百万部も売れている。 説明を読めば読むほど聞いたことあるわ。何ならそれ専用の雑誌まで出てた気がするわ。『悪魔の花嫁』(デイモスのはなよめ)が1975年連載開始だから50年以上の歴史があるわ。 ・似たようなことをイギリスのライターさんも言ってたな。イギリスではいまエロティック・フィクションやエロティック・ファンタジーが「bonkbuster」と呼ばれ、大人気であると。 …………英米にも「大人の女性のオタク」が急増している……?”
— Xユーザーのこりまさん: 「「アメリカの読書界に異変。既婚未婚を問わず30歳以上の女性にシャドウ・ダディが大人気」って特集を見て「シャドウ・ダディとは?」と検索したら「恋愛ファンタジー作品に出てくる、ダークで神秘的な力を備えた男。自分の愛する女性のために世界さえも引き裂くような人物。正体は吸血鬼だったり妖精だ」 / X
「魔性の女の危険な魅力」 https://twitter.com/yuri_kyanon/status/1398153480330567680
(福岡出身の人と遊ぶ漫画 | 舐めた犬 さんのマンガ | ツイコミ(仮)から)
あごひげ海賊団 : 和泉元彌の母と船場吉兆の女将、似すぎwww
“養老先生が「皆さんは無意識のうちに西洋近代的自我を教え込まれている」と指摘していたことがあったけど、キリスト教的な世界観というのは、天使のラッパが鳴ったとき、個としての“自我”を神の前に差し出せるように、自分とは何者であるかを明確にしなければならず、「確立された一つの自我」を求める文化的要請が内在化しているということ。 その内在化した自我観が「私はどういう人間なのか」「何者として説明できるのか」「何者かになって何かを生まなければいけない」という焦りを生み、日常の選択からキャリア、アイデンティティに至るまで、絶えず“自分という物語を固めろ”という無言の圧力をかける。 重要なのは、自我を手放すことではなく、自我をむしろ鍛えつつ、その自我を相対化できるメタを同時に保つことで、養老先生が言うような「西洋近代的自我」の枠組みにはまると、固定された“私”を必死で作らなきゃいけないという焦燥が生まれるが、その焦燥そのものが、自我を一枚構造で理解してしまっていることから来ている。単層しかないと、私はこうあるべき、私はこうでなければならない、他人もこうであるべきという固定化が起き、自我の硬直や単層性によって苦しみが生まれる。 成熟した自己というのは、自我の一枚目を消すのではなく、自我そのものを二重化する方向に発達していく。一次の自我は「私はこう感じている」「私はこう思う」と世界に能動的に関わり、判断し、責任を取る主体として働く。その一方で、二次の自我(メタ自我)は、それらの反応を「いま自我はこう動いている」と外側から静かに見ている層として並行する。 この二重化が生じると、「私はこうだ」という一次の主張の内側に、「でもそれは状況や状態によって変わりうる」という自己相対化の働きが同時に存在するようになる。つまり、自我の内側に“自らの否定可能性”が包摂される。自我は硬直せず、かといって消えてもいない。柔らかく、それでいて折れない主体が立ち上がる。 ここで“自我を非自我と相互に包摂させる”という感覚が生まれ、自我は確かに自分という中心だが、同時にその中心は世界との関係性の網の目の一点でしかなく、他者もまた同じように中心を持つ存在である。主観としては、自分が中心である感覚と、世界には無数の中心が存在するという理解が矛盾せずに並ぶ。これはライプニッツのモナド論に近いが、より身体的で経験的な理解として成立している。 その状態が開けてくると「ただ私はそこにある」という在り方が、空っぽでも無責任でもなく、むしろ固定化された自我の緊張から自由になった自然な主体のありようだとわかる。”
— Xユーザーのかぽさん: 「養老先生が「皆さんは無意識のうちに西洋近代的自我を教え込まれている」と指摘していたことがあったけど、キリスト教的な世界観というのは、天使のラッパが鳴ったとき、個としての“自我”を神の前に差し出せるように、自分とは何者であるかを明確にしなければならず、「確立された一つの自我」を求める」 / X
https://twitter.com/TETRA_IT/status/1318689874744991744
“何度でも言うが、「今あるデータを使って何かできないか」とか「せっかくツールを導入したのだから使いたい」とか「新しい理論を勉強したので使ってみたい」とか、とにかく「何が問題なのか」から出発しない分析は失敗するかほとんどが無駄になるだけだ。が、世の中の分析の大半はこのうちのどれかだ”
— Xユーザーのしんゆう/ データ分析とインテリジェンスさん
Twitter / tokoshihe: 今まで勘違いで自分を攻撃してきた人は全部これのどちらかになり …