土浦にあったある飲み屋の話[Small Talk]
夏休みとか、続けて休みが取れたときには泊まりでゴルフをやったりするんだけど、 そのときは必ず土浦に泊まった。 いつも行くお店があったから。
土浦に泊まって2回目のときに、たまたま入って気に入ってしまったお店で、土浦に行くと必ずそこに行くようになった。 というか、「もうそろそろあそこのおじさんの顔がみたいね」といって、 半ばそのお店に行くために日程をくんだりした。
といっても、素晴らしい料理があるとか、素晴らしい体験ができるという訳では無くて。 ごく普通の、あんまり女の子は来ないような居酒屋。
コの字のカウンターがあって、ちょっと背の高い和の椅子があって。 平台にすぐ出せるおつまみが何鉢かおいてあって。
奥の黒板に手書きでメニューが何品か書いてある(もちろん個別のお品書きなんかない)。
入り口に小さい水槽があって、土浦だから結構おいしいカワハギなんかをその場でおろして刺身にしてくれる。
奥に小上がりがひとつあるんだけど、そこを客が使ってるのは1回しかみたことない。
そこはしゃがれた声の、おじいさんに近いおじさんがひとりでやっていて。
私達が行くと、「久しぶりだねー。また今日もゴルフやってきたのかい、この暑いのに、たいへんだねーー」とにこにこ歓迎してくれるのだ。
おじさんは茨城の人だから、稀勢の里のファンで、「でもあれは心が弱いから、なかなか横綱にはなれないねー、だめだねー」とこぼしていた。
向こうはゴルフの話、こちらは相撲と高校野球の話をするのがいつものお約束だった。
平成女学園とか素股信金(!)とかあるような界隈で、痩せた猫と、客引きの斜め目線のオニイサンたちを横見でみながら、まだ陽の残っている、夜が始まったばかりの街をいそいそとそのお店に向かうのだった。 (なので女の子同士だととてもとても入れる雰囲気じゃない)
場所柄、お店のお客さんも、そーゆー関係の人が結構いたりして。
小上がりを使っていた、若い男の子たちの団体は、お目当てのお店が開くのを待ってたみたいで、「2時間経ったらまた戻ってきまーす!」とニコニコしながら出て行ったりして。 おじさんも「行ってらっしゃい」と手を振って送り出したりしてた。
出張で、泊まりに来た人とか、同伴で一杯飲みにきた2人連れとか色々いたけど、
一番良く会ったのは、近くのお店に勤めているらしいおねえさん。
私達は、まだ相撲を中継してるような早い時間に行くことが多かったので、他のお客さんはいないことの方が多かったんだけど、そのおねえさんだけは結構見かけた。何回か会ってるうちに、向こうもちょっと会釈をしてくるようになった。
おねえさんといっても、ほぼおばさんに近い感じで、あんまりお客さんがついてくれないみたいだった。 (連れも「申し訳ないけど、あの人がきたらちょっとチェンジ、って言っちゃうよなー、お店だったら。」とこっそり言っていた。)
なので「また暇になっちゃった」と言いながら彼女が店に入ってくると、おじさんは「○○ちゃん、まだ仕事中でしょ、あんまり飲み過ぎちゃダメだよ」と言いながらもボトルのセットを出してあげるのだった。
「東京から来たのー。東京はいいよねー。いつもね、友達に、品川の花火を見においでって言われるんだけど、今年はいってみようかなー。」なんて言ってた。それから「来月には土浦で花火があるから、絶対一度は花火の時においで。」とも。
そこでしばらくおじさんやお店のひととおしゃべりして、おいしい魚をたべて(最後にちょっとした小さい果物がサービスで出てくる)、最後に少し歩いたところにあるラーメン屋でラーメンを食べて、早めに次のラウンドに備えて就寝するのが土浦の夜の過ごしかただった。
今回は、なんだかんだ言って一年ぶりになってしまった。 私も職場が変わったりして、ゴルフ自体も久しぶりだったのだ。
ゴルフは、とっても天候も良くて楽しくて。 ゴルフ場から土浦に行く道すがら、 「稀勢の里が横綱になってからはじめて行くんだよなーー」 「高安も昇進したし、おめでた尽くしだよね」 「『今日もワンハーフやったんですかー、大変だあ』ってまた言われちゃうね」 とかずっと、久しぶりに行くおじさんのお店の話をずっとしていた。
宿に車を止めて。荷物を置いてすぐに宿を出て。 大通りを大股で早足で歩いて。
でも、いつものところにお店はなかった。 違う、こじゃれた看板がかかっている。
「え?あれ?」 中をのぞくと、コの字のカウンターはそのままだけど、内装がすっかり若い人向けになってる。
「・・・移転したのかな。」 「立ち退きだったら、移転かもしれないけど、ここが飲食店続けてるって事は、お店を閉めちゃったんだと思う。」
呆然としながら、向いの立ち飲みが空いていたので、聞いてみた。 「すみません、あそこにあったお店って・・・。」 「ああ、辞めたんですよ。オヤジさん病気で料理できなくなっちゃったって。」 「そうなんですか。ありがとうございます。」
あーあ、稀勢の里おめでとうって言いたかったよ。 土浦に来る意味、なくなっちゃったな。
ふたりでしょんぼりしながら韓国料理を食べて(和食じゃないものを食べたかった。) いつものラーメン屋にいったらそっちも何故かちょっと味が変わっていて あれ?って感じの白濁した豚骨スープになっちゃってたりして。 ますますしょんぼりしながら、お通夜のような夜を過ごした。
いまでも、いまは存在しないそのお店が目に浮かぶ。 そこで、夏風にふかれながら、カウンターでビールを飲むところとか。 にこにこしながら迎えてくれるおじさんの笑顔とか。
桜町の「おお竹」のおじさん、どうもありがとう。どうかお元気で。