REVIEW “shotahirama-NICE DOLL TO TALK” by y_ymj (Yuta Yamaji)
2012年にSIGNAL DADAから発売されたshotahiramaのセカンドCDアルバム『NICE DOLL TO TALK』のリリース時にレーベルサイトで公開されていたオリジナルレヴューをオンライン上に再掲載。執筆は音楽ライターのYuta Yamaji氏。レーベルサイトが廃止になっていた為、長らくオンライン上で公開されておりませんでしたが、此の度tumblrにてレーベル情報をフィードするにあたり掲載復活。是非お楽しみください。
https://shotahirama.bandcamp.com/album/nice-doll-to-talk
shotahirama『NICE DOLL TO TALK』-セカイの音に耳を開く-
shotahirama が⾃⾝の作品を「ポップ」と語るとき、私たちはその⾔葉をパフォーマティブな挑発としてではなく、コンスタティブな宣言として受け止めるべきだろう。
たしかに、この『NICE DOLL TO TALK』に収録された楽曲は、ともすると私たちが慣れ親しんだ⾳楽形式からは逸脱した不穏な⾳の連なりのようにも感じられるかもしれない。しかしこのことは、ここには認識可能なパターンは存在せず、認識不能なノイズが無防備に散乱しているということを直ちに意味するわけではない。
例えば、渋谷慶一郎らとともに「第三項⾳音楽」という新たなサウンドアートを提唱する池上⾼志 は、ある論考の中で、こうしたパターン/ノイズを巡る問題系について次のように述べている。
「サウンドには、⾳楽から⾃然のサウンドスケープ、⼈の声までさまざまにある。その違いは何であるのか。できあがったものが完全なホワイトノイズだと、⾯⽩くないし、⼈は飽きてしまうだろう。このノイズに加えられる、動的な要素、空間的な要素が、ノイズをパターンに変換する。 ⾯⽩きもの、⼈が飽きずに愛するものに変えていく。つまり、⼈の感性に訴えるものは、変換の仕⽅にあるのだ」*1
認識不能なノイズは、動的/空間的な要素によって、認識可能なパターンへと変換されうる。そして、shotahirama の楽曲が他の⾳楽家と一線を画するとすれば、こうした変換が、アカデミックな作曲技法にもよらず、数式によって導き出された配列にもよらず、おそらく、彼⾃身の研ぎ澄まされた聴覚によってのみなされているという点にある。
shotahirama は、あるインタビューの中で、『NICE DOLL TO TALK』に収録された楽曲が 12 の部分から構成されていることを明かしているが、ここでは、この些か錯綜した楽曲を以下のような⼤きく 8 つのパートに分割し、その展開をたどっていくことにしたい。
[intro](0′00′′-0′38′′)
[cut-up 1](0′38-3′07)
[drone 1](3′07′′-5′54′′)
[cut-up 2](5′54′′-6′43′′)
[drone 2](6′31′′-8′37′′)
[cut-up 3](8′37′′-9′43′′)
[drone 3](9′43′′-13′57′′)
[outro](13′57′′-14′24′′)
ここには、[intro]と[outro]に挟み込まれるかたちで、[cut-up]と[drone]のパートが交互に現れるという構成を⾒出すことができる。
[intro]における静謐な⾼揚感。軋み合うノイズの直中からこの楽曲全体を通して幾度となく繰り返し現れる Bm11 と思しき響き(A major の構成音をほぼすべて同時に鳴らしたかのような響き)が、漸次的にその全貌を露にする。その音像はまさにこの楽曲の幕開けに相応しい原初的な混沌からの誕⽣を連想させる。
[cut-up]における奔放かつ精緻な響きの配置。⾳素材を伸張/圧縮/切断することによる変容に次ぐ変容に次ぐ変容。この聴覚的な快感原則によってのみ駆動されたかのようなセカイの音たちの奔流はまさに shotahirama の独壇場と言える。そして、[cut-up 1][cut-up 2][cut- up 3]のそれぞれのパートの終盤においては、地⾯面を打ちつけるようなインダストリアルノイズに端を発する鋭い金属音の性急な接近という⼀連の⾳の流れが、続く[drone]のパートを導き出す先触れとなっている。
[drone]における無時間的な幸福。[drone 1]においては、[intro]において現れたあの Bm11(シレ♯ファラ♯ドミ)の響きを引き継ぎながら、ノイズや環境⾳が渾然⼀体となった⽢美な停滞が持続する。また、[drone 2]においては、A major から F♯ major へと短三度下に移調し、A♯m11-9(♯ラ♯ド♯ミ♯ソシ♯レ)と思しき響きとともに、その緊張の度合いが⼀段と深められる。そして、[drone 3]においては、F♯ major の属調である C♯ major へと移調し、G♯(ドミナント)→F♯(サブドミナント)→C♯(トニック)を基調とした清冽な響きが、これまで濃密に繰り広げられてきた野蛮さと優美さの官能的なせめぎ合いを電子音の海へと解き放つ。同時に、[drone 3]の終盤において、この清冽な響きが、都会の喧騒を思わせる環境音の中へと緩やかに溶解する瞬間に立ち現れる陶然とした美しさは筆舌に尽くし難いものがある。しかし、ここで shotahirama は、この楽曲をこのまま終結させることを選ばず、私たちに対してさらなる逸脱を提示する。
[outro]における再現と切断。[outro]においては、[intro]において現れたあの Bm11 の 響きが不意に再現される。そして次の瞬間、[cut-up]のパートの終盤において繰り返し現れたあの先触れとしてのインダストリアルノイズ/⾦属音の性急な接近という⼀連の⾳の流れが現れたかと思うと、この楽曲は唐突に切断される。切断の直後に広がる静寂。いや、程なくして私たちは、その静寂の中に豊穣なセカイの⾳たちが溢れていることに気づかされる。つまり、この楽曲の終結部に現れる唐突な切断は、私たちに対してセカイの⾳に⽿を開くことを要請する先触れでもあるのだ。
『NICE DOLL TO TALK』に収録された 1 トラック 14 分程の⾳の連なりは、私たちの周囲に溢れるセカイの音たちが、私たちの⼈生をポップに彩るための何かへと変換されうることの喜びを、幾層もの過剰な逸脱を孕みながら密やかに告げている。
y_ymj (Yuta Yamaji)
*1 池上高志「Living Tecnology」、『思想地図β』vol.1 所収。













