[訳出] “レフト・イーストはウクライナに対するプーチンの帝国主義的戦争を糾弾する”
ここで紹介するのは、現代の中東欧左翼グループによる、今般のウクライナへのロシアの侵略・攻撃に対するステートメントです。
“LeftEast Condemns Putin’s Imperial War Against Ukraine”
LeftEast、以下レフト・イーストは、ポスト社会主義の時代における左翼のあり方を巡って思想を研さんしていくことを目指す、中東欧のジャーナリストや学者、あるいは中東欧に関心を寄せる西ヨーロッパの同様のひとたちからなる有機的ネットワークです。比較的若い、現在20〜40代くらいの層が中心となっています。
ソ連時代・社会主義時代の誤った政策により歪められてしまった社会主義・共産主義の思想を、(おもに19世紀以降の社会思想を頼りに)中東欧地域の歴史的・文化的文脈の中で再構成し、現代のグローバル資本主義に対抗するためのプラットフォームを立ち上げています。
友人からこの記事について教えてもらいました。自分とはやや立場の異なる思想だというのは事実です。但し、内容については、一部NATOに関する指摘などを除き同意しています。全体として十分に論理的で、共感もできますが、今のウクライナの戦禍で苦しむ一般の人たちにこうした言葉はあまりに空虚に映る気もします。(これを書いている人たち自身がまさにグローバルな情報ネットワークに生かされてもいるわけで)知的エリート特有のバランス感覚に頼り過ぎている側面もあると思います。しかし、今回の問題を考える上で、このステートメントを読むことには有益な点もあると考えます。また、ウクライナのメディア関係も編集班にいるため、総合的なものではありませんが、一部のウクライナの声を反映するものともなっていますし、様々な不平等に対し網羅的な視点を提示している点も重要なのではないかと考えます。
(この訳出によって、反米を反ロシアに対置させて喧嘩両成敗とする意見を助長したり、支持する意図は全くありません。また、この十分に注意して選ばれたであろう語彙の表明しているイデオロギー的な態度について、無条件に称賛するような意図もありません。軍事侵攻とその決定を下したロシア、プーチン政権に重大な責任があるということについては、この論考も第一義的に認めています。)
ウクライナを含め、ポスト社会主義諸国が抱えてきたジレンマ(古い冷戦構造に影響を受けた政治構造の温存と90年代以降彼らが受け入れねばならなかったグローバル資本主義下の社会構造のラディカルな変化)がいかに今回の侵略を呼び込んだのか。独立を果した一方で、最初から全くの自由ではない、ある種押しつけられた選択に迫られ、振り回されてきた地域の現実。『脱共産化』によって、地域が育んできた社会的な思想の意義が削ぎ落とされ、根絶やしにされていくこと、それにより多様性が現じられることへの懸念。
中東欧の現実は、地域的な文脈においてまさに理解されるべきであり、そうしない限り、大国の関心を反映させた解釈を繰り返し、我々自身の偏見を強めていくことになるのではないでしょうか。そして、連帯した同地域の語彙を用いて、その語りを引き受けることで、我々自身がこの問題とより具体的な接点をもつことができるとも言えるかもしれません。こうしたより冷静かつ包括的な見方を組み立てる上でも、『脱共産化』をどう分析し解体していくかという問題は、しっかりと引き継ぐべき点です。これは、ステートメントで強調されているように、ウクライナだけでなく、東欧地域が総じて火種として内包している大きな問題です。
(北海道のスラブ・ユーラシア研究センターの出版物の中に、英語ですが、今回の対立のエスカレーションにもつながるウクライナの脱共産化とメモリー・ポリティクス(記憶の政治)に関する論考が公開されています。)
訳出は以下の通りです。下のリンクには画像もありますので、気になった方はぜひ確認してください(画像に添えられたキャプションは訳出していません)。
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レフト・イースト編集部員の共同体は、ウクライナでの戦争へとエスカレートしていった暴力的で軍事的な攻撃に衝撃を受けている。何十年にもわたって経験してこなかったスケールの流血事態へと我々の地域が投げ込まれる恐れがある。我々は明白に、クレムリンの犯罪的な侵略を糾弾し、国際的国境の外へのロシア軍撤退を要求する。アメリカ合衆国、北大西洋条約機構[NATO]、そしてその同盟国がこの戦争をもたらしたのだという責任を忘れないようにしつつも、目下の状況における侵略者は、ロシアの政治経済的エリートである。我々の努力は、ロシアの説明不可能なウクライナへの帝国主義的侵略を白日の元に晒すべく行われる。これは、NATOによる威嚇的な拡大とウクライナのマイダン革命後の体制がその道を敷いたところのものである。革命的精神、そしてウクライナ、ロシア、地域の人々との連帯において、我々は今モスクワに「否!」と言い、今後の、モスクワかNATOかという誤った選択にも「否!」と言う。我々は即座に停戦し協議の場に戻ることを要求する。グローバル資本および軍事機械の関心には、一滴の人民の血も注がれるべきでない。平和、土地、パン!
オリガルヒらによる資本主義、権威主義的ネオリベラリズム、そして地域のグローバルな反共産主義勢力により醸成された中東欧地域の反共産主義を、我々は拒絶する。プーチン自身がその[2022年]2月21日の「歴史スピーチ」で脅したように、「[ウクライナは自分たちの]脱共産化を望むのか?そうなら、それでも私たちは構わない。でもそれは、彼らの言うように、道半ばで止める必要はない。ウクライナには、真の脱共産化が何を意味するのか、我々が見せてやろうじゃないか。」クレムリンによる今日の攻撃は、脱共産化が徹底されつつあることを表している。右翼政治家たちの少数がこれに利益を得ることは確実だが、しかし、我々のほとんどにとって、上述のナショナリズムと極右イデオロギーがもたらしうるのは、苦しい経験と、憎しみの旋回する連鎖に他ならない。経済的には、この反共産主義はオリガルヒによる資本主義−−そして貧困−−を、我々にもたらしてきた。ロシア、ウクライナ、そして東欧全体に見られるものである。政治的には、反共産主義は、その構成員たちを表象しようともするそぶりさえ見せないような政治権力を、我々にもたらしてきた。
我々は以下のとおり述べる。
(1)我々は、戦争のこの直接的な原因となる行動の責任をクレムリンに置く。ロシアという国家は、反動的な帝国主義的郷愁に過ぎないものを名目とし、また、過去そして現在の東欧の革命運動により例示される国際的な連帯に対する明白な謀反において、ウクライナを侵犯した。プーチンの「偉大なるロシア」というナショナリズムは、東欧の豊かな文化的多様性を否定することで国際的な地位を打ち立てようとする、犯罪的かつ無駄な試みである。我々は、この地域のすべての民族的共同体と協働し、すべてのひとにとってのより良き世界のための闘争を通じた、平和的な連帯というビジョンを堅持する。
(2)この戦争の首謀者および今日の中心的な侵略者はクレムリンだと考えるが、我々は、米国、そしてその多くの同盟国、そして超国家的な資本を、このおぞましい状況に対して責任をもつものだいうことを考慮する。彼らが、NATO拡大の懸念についてロシアと協議することを拒んだことが、自体の鎮静を求める、ウクライナ政府をはじめとする多くの要請に反して、戦火を焚きつけた。パンデミックのさなか、米国とその他の先進的な資本主義国家の経済的・政治的エリートは、民主的な正統性に対する自分たちの失敗や、欧州・大西洋の「統合」という経済的ヘゲモニーから人々の目をそらすことを望んだ。彼らは、まさに東欧の人々のあらゆる犠牲のもとに、資本蓄積の加速を後押しした。戦争に飢えた敵対者たちや昨今の帝国主義者プーチンは、おぞましいポスト社会主義の、そしてパンデミック関連の、ロシアやウクライナで同様に起こっている社会的再生産の危機を用いて、ナショナリスト感情を先導し、古い民族ナショナリストの対立から利益を得て、(再)生産しようとした。搾取的かつ拡大主義的な欧州・大西洋「統合」は今や、権威主義の口実となり、それは実際にウクライナにおいて全土を吹き飛ばすような戦争となっている。
(3)我々は、地域における反共産主義を拒絶する。それは、皮肉にもプーチンと、彼の「脱共産化」の約束とによって体現されたもので、彼の政権がロシアの左派野党、反ファシズム主義者、アナーキスト、そして反戦運動を周縁に追いやり、暴力的に鎮圧してきた一方で、プーチンを「コミュニスト」と見なす左翼の一部やあらゆるリベラル派の投影からプーチンが得てきた、羊の皮をかぶった狼の連帯にもかかわらず、そうするのである。しかしまた、そして重要なのは、ロシア、ウクライナ、そして東欧の卑しい日和見主義的な体制において、ナショナリズムや極右イデオロギーが養生されてきたような、寡頭制的な資本主義を基盤とする反社会的な体制を、我々が拒絶することである。こうした体制は、軍事主義的右翼のレトリックを組み合わせ、他者の不運から利益を得てきたのである。
(4)我々は、ここ数年のロシアとウクライナ双方における、いわゆるところの「脱共産化法とその改革」を拒絶する。ロシアと米国/NATOという二つの「敵陣営」は、権威主義的、反共産主義ネオリベラリズムの道を辿ってきた、帝国主義・資本主義勢力である。ウクライナもまたその上を歩んできたこの共有された道は、まずもってして、ネオリベラルな労働法、土地へのアクセスを防ぐことを意図した土地「改革」、小作農の所有の無効化、そして近年の経済・社会政策改革によって証明されてきた。こうした要因は、人々を搾取や貧困のリスクに著しく曝し、結果としてロシアとウクライナ、そしてそれらの国だけでない場所に、予期しなかった社会経済的危機を引き起こした。なぜなら、それは地域的な経済的なインパクトをもつからである。
(5)ウクライナ政府をまったく民主的な自由の保持者とする昨今の称賛とは逆に、我々はウクライナのポスト・マイダン革命体制を疑問視する。体制による左派と野党への抑圧、主要野党政党の締め出し、大衆向け野党系メディアの遮断。差別的な言語政策やウクライナの政治、民族、文化的多様性の認識と容認への希望の全くの欠損、そして、過去七年間にわたるミンスク合意履行のサボタージュ。ウクライナの極端な「脱共産化」改革はまた、我々が単純に、昨日までの持続不可能な状況へと立ち戻るのを望めないことを明らかにしている。
(6)我々は、陣営主義的な解決策を拒絶する。こうした解決策は、ラディカルな社会変革、民主主義、労働者の力、インクルーシブネス、そして開放への真正なる闘争を支持するかわりに、レイシストかつ軍事主義の欧州・大西洋の統一に救いや、あるいは解放主義的なユーラシアニズムに救いを見出そうとするものだ。
(7)流血、貧困、そして分断しか想起させない反動的なイデオロギーを前にして、我々は、東欧における革命運動の遺産を堅持する。これらの運動の(多くの)伝統において、我々は決定的に、資本主義、帝国主義、軍事主義に反対する闘争と、宗教、民族、ジェンダーの平等とを追求する。労働者および我々の地域において抑圧されてきた人々の連帯におけるこの闘争は、民族的ウクライナ人とロシア人の、そしてまた歴史的に同地域において抑圧されてきた集団ーーロマ人、ユダヤ人、タタール人、そして移民コミュニティ、女性、セクシャル・マイノリティーーのより良き未来への唯一の希望である。この精神のもと、我々はウクライナとロシアにおける政治収容犯への連帯と、両国におけるラディカルな反資本主義民主主義およびその勢力への支援を宣言する。
我々は、即時の停戦、経済・政治的なエリートに影響は与えるも当該の国の労働者や人民には影響を与えない反戦努力、そして和平プロセスや地域を戦争に巻き込んだ社会・経済政策における過去の誤りを棚卸しする交渉を要求する。我々は、ウクライナとロシアの反資本主義・反戦運動との連帯のもとにある。我々は、リベラルデモクラシーの約束には幻想を抱かない。階級闘争以外の争いは不要である!
我々は、戦争によってまだ影響を被っていない国々の同志に対し、十全かつ人道的なウクライナおよび全ての紛争地帯からの難民の受け入れについて政府にプレッシャーをかけ、平和への支給の道筋を示すことを要求し、攻撃と武力行使によって影響を受けた人々の生活への連帯を表明するよう求めたい。我々のもとには、導きとなる左翼インターナショナリズムと平和主義の歴史とがある。













