21/11/12 Fu Ouchi 最近思ったこと、、、
自分のやっていることが、ふと、とても客観的に理解できる気がする、時がある。 例えば 帰って自室に入り、なんか違和感。ベットを見下ろすと、真っ暗な部屋、なぜか自分が静かに寝てる。状況が飲み込めず驚きながらも、どこか不思議と冷静に「顔、左右非対称だな」なんて思う。 そんな感じの客観感。 今日の夕方、アトリエでそうなった 多分、生きている時にする全ての行いは 自分という存在が、世界の何か、世界のどこか、世界全部のほんの一端、と対話しているということなんだろうと思う。 関わり合っているというか。 トランプをシャッフルする時にするやつ、半分ずつにしてパラパラパラって交互に噛み合わせる混ぜ方。 そんな感じに、自分と世界のどこかが混ざってる。 複雑に。常に。あらゆるところで。色んな次元で。自動的に。一つの波がもう一つの波を引き起こすみたいに。終わりなく。はじまりもなく。 人と話しても思う。その人の目を見ながら話を聞いてる、 僕より薄い茶色の瞳、眉毛に落ちかかる艶のある黒いまとまった髪、無精髭と少し白く濁った目、白い肌の下のやや尖った頬骨、染めた金髪に自髪が混ざるポニーテール、痩せ気味の体にハイネック、モノトーンのコーディネート、少しあれた肌、男らしい張った肩と、やや窮屈そうなジーパン、自信なさげに伏せがちなまぶた、探し物が見つからないような目つき、年季の入ったチェックのYシャツ、ど蛍光色の靴、日焼けし少し弛んだおでこ、綺麗に整頓された制作スペース、無造作なうねる黒髪、やや猫背に眺めるスマホ、話すことに夢中で顔真っ赤、マスクの向こうから聞こえる声はとても小さい、足早に廊下を過ぎ去る、襟ぐりが深く、露出した鎖骨、年齢を重ね落ち着いた立ち姿、年齢を重ねたからかなのか視野角のせまさ いろんな人がいるけど、 無数の特徴が組み合わさり一人の個性ある人ができてるとわかる、 そして、外見や仕草という一番外側に現れた特徴には、必ずその人の人生のどこかに、その理由やきっかけ、必然性、そうでなくてはならなかった何かがあると思う。 木が育つためには太陽の光が欠かせない、でも太陽は木とは別物と認識されてる。それはおかしい話だな やはり僕は別物があることで自分を知ることができる 私の行いは私に近すぎて、うまく認識できないけど たまに、空高く飛んで見下ろすように、今の自分を離れて見ることができる すると、当初思っていたよりシンプルであることがわかる そういう時は、なんか先の方さえも見える気がする。それは気のせいだろうと思うけど。 そう 瞼を閉じたとき、揺れたまつ毛に空気が押され、とっても小さい、とても微かな空気の渦巻きが起きたはず。 そしてその空気が世界中と繋がっていることは否定できない事実だな あなたは全てと、常に関係を持っている。問題は関係をもつかどうかではなく、それとどのような関係を持つか。 あなたは自分の知っていることしか見出すことができない。 全ては移り変わってる。これらも頷くしかない言葉だな Ice Cubeの『It Was A Good Day』曲の歌い出しの部分 「Just waking up in the morning, gotta thank god〜」 この曲全体今の僕に響いてると感じるな、 そうそうそう。うんうんうんと思う。 絵を描いていてもなかなか進まない。 でも自分の描いたこと、やったことが今日の夕方はよく認識できていた。 僕の目的、脳にある思い、あらゆる優先順位と、見通せる限界、この体と心を使って世界から翻訳し読み取れる限界、アトリエに散らばってる画材、要するに僕の現在位置 それが今描いてる絵にはとっても表れている。 本当に無駄なく反映されている。 僕の心が本当に、それ以上大きくもなく小さくもなく反映されている。 それがわかったから、この先自分が何を選びたいか、少し楽に取り組むことができる。気がする。 また明日も頑張ろうと思う!














