寺本愛「Our Eyes, The Light Source」を終えて(2/2)
今回の展覧会「Our Eyes, The Light Source」には、2012年から制作してきた作品35点と新作を3点、そして展覧会では初めての展示となるドローイング作品を展示しました。
展示作業をするにあたって改めてこれまでの作品を一通り見直したのですが、寺本さんの作品には大きな特徴が3点あり、そこから枝分かれする要素も含めると、見るべき要素が多いことに気付かされます。
3点の大きな特徴とは、複数の瞳、作品中の人物が身にまとうファッション、モノクロでの着彩、です。
複数の瞳は、彼女が少女マンガに描かれる瞳を抽象化させることで作りあげたものですが、私たちがその瞳が描かれた人物を見るとき、一目でこれが寺本さんの作品だということがわかります。至極当然のことではありますが、作品を制作する際に独自性を持たせることはとても重要なことです。あらゆる作家が日夜、作品の構想を練り、技術を磨いているのは、作品に独自性を持たせるためだと言っても過言ではありません。近代美術の誕生以降、数世紀に渡り、様々な表現方法で作品が作られてきましたが、これまで制作されてきた膨大な作品群を参照できる歴史の”端”で独自性を見つけ出すことは想像を絶するほど困難な作業であることは間違いなく、その独自性を作品の中に見出すときにこそ、私たちは心を揺さぶられると考えています。
また、寺本は、複数の瞳(Our Eyes)そのものが、見つめる先にある物事を照らす光源(The Light Source)のように感じると語ります。物事を見る為の瞳が、他者が見る物事を照らすための瞳になるとき、作品を見る私たちは、描かれた人物を鑑賞した後に、彼らの作品の瞳の先、つまり虚構である作品の外側にある現実社会に目を向けることになります。
寺本は美術大学で服飾学を学びました。そこで民族衣装からモード、近年のハイファッションについて学んでいます。そしてなにより彼女自身が現在のファッションシーンに常に目を光らせています。こうして様々なファッションが持つ要素を取り入れながら寺本は独自の洋服を作り上げていきます。
また、それぞれの人物の”着こなし”も特筆に値します。背景を一切描くことなく、どのような場面にいるのかわからない人物からも、その人柄と、彼らが置かれている状況を感じ取ることができます。それは作品を観る私たち自身がファッションを自らの個性を表すための手段として捉えているからに他ありません。
また、寺本がモノクロで作品を描くのは、自らの表現を実現するにあたり着彩する必要がないためです。描かれる人物および洋服や小物等の道具類のフォルムとその質感は、モノクロで描かれるからこそ際立ちます。必要ではない要素を削ぎ落として描くその手法は、遡ってはマンガの源流となる水墨画に通じます。引き続き”アジア的表現”として作品を見ると、背景のない画面の中に人物の全身を描く手法は、浮世絵の役者絵を思い起こさせます。またそれは同時にファッションデザイナーが洋服を作る際に描かれるファッション画のようでもあります。人物とそのファッションを描く彼女がこのような描き方を選ぶに至ったのは必然だったのかもしれません。
作品タイトルと人物のフォルムにも寺本さんの思いを感じることができます。
寺本が作品につけるタイトルは、「PERMANENT CULTURES」シリーズや「記録写真」シリーズをはじめとして、「釣り」「Book seller in the Mountains」、「画学生」など、描かれる人物の必要最小限の情報のみを伝え、彼女の作品がもつ詩的さを引き立てています。
また、彼女が描く人物のフォルムは所謂モデルの体型ではなく、普段を生きる人々の”普通”の体型です。それぞれの生活を生きる”普通の”人々を描きたいと語る寺本は、刻々と変化する時代の変化と、時代が変化しても変わることのない事柄を同時に見つめているに違いありません。
最後に、作品の下書きとも呼べる寺本のドローイング作品を見ると、寺本が作品の実に細部に至るまでを意図し、計算した上で作品を制作していることが分かります。寺本は描く作品だけではなく、作品タイトルや展覧会タイトルまで、隅々まで目を凝らし、調整を重ねます。こうして作り上げられた寺本独自の世界観は、寺本自身がものごとを確かに見つめる目線が基盤にあるからに他ありません。
これから寺本さんがどのように成長をして、活躍していくのか、それを見守っていくことが楽しみで仕方がありません。
寺本愛個展「Our Eyes, The Light Source」を終えて (1/2)