In Studies vol.3In Studies vol.3 「建築の感覚 ~サイズ・居心地・距離~」のレポート
大変遅くなりましたが、10月7日(金)に開催しましたIn Studies vol.3In Studies vol.3 「建築の感覚 ~サイズ・居心地・距離~」のレポートです。
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みなさんの好きな、居心地の良い建物、なぜかいつも足を運んでしまう空間など、お気に入りの建築を教えてください。 アパートで一人暮らしをしてみて思うことは、その建物に住んでいる人との距離でした。 昔は一つ屋根の下で家族3人で暮らしていたのに、今では顔も名前も知らない人々と、壁一枚隔てて住んでいます。 建築がもたらすこの距離とはなんだろう。 興味を持ったのはそんな些細なことからでした。 建築は面白いアトラクションです。 教会は、聖歌隊の歌を効果的に響かせるための音響建築であるときいたことがあります。 コンサートホールは、ど真ん中が1番音の響きがいいそうで、特等席が存在します。 展覧会を行う美術館やギャラリーは、作品を引き立たせる為に壁を真っ白にしたり、かと思えばその建築自体の構造を生かし、内装にあえて何も手を加えないギャラリーも存在します。 私の住んでいるアパートではおそらく隣で見知らぬ誰かが今日も、距離は最も近いのに、まったく別次元で生活を営んでいます。 人がそこで生活をし続ける限り、生きる痕跡がダイレクトに残り、変わり続けていく建築という入れ物に興味を持ちました。 みなさんの好きな建築、居心地の良い建物、なぜかいつも足を運んでしまう空間を教えてください。 建築空間が作りだす人との距離感や影響について考えてみたいと思います。 (林葵衣)
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建築の感覚
平田剛志 衣食住のうち、衣食は自分で作ることが可能だが、建築物を自分の手で作ることはほとんどない。現実に家を建てるとすれば、一生ものの買物である。 それゆえに私たちにとって建築とは、「見る」ものである。建築は人の手によってつくられ、自身の身体を空間に置き、鑑賞、観察、発見することである。赤瀬川原平の超芸術トマソンや路上観察学会の試みは、「無用建築」の発見であった。 だが、実際に住宅、アトリエ場所を探すとなると、「無用」ではいけない。服を買うときには自分のサイズに合ったものを着るし、食事も自分の舌、好みに合う料理を選び、つくる。ならば、建築はどうだろうか。私たちは自分にジャストフィットする建築に住んだり、働いたり、居心地のいい空間に身を置いているだろうか。世界には、住宅と職場以外にもレストランやカフェ、劇場や美術館、書店、デパート、学校、病院、駅、空港などたくさんの建築空間があるが、これらの空間に自分の感覚や身体のサイズは合っているだろうか。私の生きる建築空間のサイズとはなんだろうか。私たちは生まれてからこれまでさまざまな建築物のなかで生きてきたが、自身の建築感覚はどのような建築よって育まれ、何を好んできたのだろうか。これを機に考えてみたい。
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建物は建物単体ではなく、そこに居る人々、そこで当人が体験した記憶などをひっくるめて建築として存在しているようです。
自分の気に入りのお寺がある、などの話でもりあがりがあったところは京都ならではではないでしょうか。 誰と行くか、どういった心持ちで行くかでも、建築の印象はガラリと姿を変えてゆくのかもしれません。
特定の場所ではないですが、お寺や教会という神聖な場所に身をおいて思索ができるような、静かな時間を過ごせるのも建築の与えてくれる効能であるように感じます。
物書きの仕事をされている方の中には、この喫茶店でなければ、原稿が書けない、などというジンクスも存在するようです。そこが閉店してしまったら、もうその方は大慌てされるのではないでしょうか。 風景画に映像を投影する作家、ヤマガミユキヒロさんの話題なども上がり、様々な視点から私たちが普段何気なく身を置く空間について考える事ができました。
ご参加いただいた方々が選んでくださった建築について、下記に場所を加えてまとめました。 気にとまるものがあれば、ぜひ一度訪れてみてはいかがでしょうか。
『建築の感覚 ~サイズ・居心地・距離~』
・西芳寺(苔寺)/京都 ・円通寺/京都 ・ロームシアター/京都 ・KOBE STUDIO Y3/神戸 ・豊島美術館/香川 ・仏生山温泉/香川 ・豊田市美術館/愛知 ・バルセロナパヴィリオン/スペイン
■建築に関する新聞記事
日経新聞/建畠哲 2016.3.16.23.30 ・喫茶店のジンクス ・一人で行く喫茶店 ・孔雀の口紅 ルージュ・ラ・パボーニ/神戸
朝日新聞/祈りの空間 2016.7.14












