A short Luchino x Gian story that jumps between their time in prison and their post-game present. Takes place after Luchino's route. Originally published in Cool-B magazine.
A transcription of its contents can be read below:
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まるでムショには似合わなかったその封筒を、良く憶えている。
そこに書かれていたのはエイプリルフールの冗談みたいな内容だった。曰く、ベルナルド、ルキーノ、ジュリオ、イヴァンの幹部四人を連れて脱獄してこい。成功すればお前がボスだ――。
もしあれが単純な「幹部達を脱獄させろ」という命令だったら――俺がボスになるなんて条件のついてないただの命令だったら――と考えたりなんかも、する。
今も軽くそのことが頭を過ぎったせいで、手が止まってた。
からかうように、ルキーノが唇の端を上げる――粋そのものの仕立て服の上に乗った、男前な顔が、この上なく魅力的な笑みを形作る。
……っと。二人きりだってのに、俺は何を物思いに耽っちまってたんだか。
ちょっと慌てて包装を剥き、小さな化粧箱のフタを、うりゃ、と開ける。
ピカピカの腕時計だ。文字盤に書かれた文字は、誰でも知ってる有名な名前。メイド・イン・スイス。品良く、金色と銀色の組み合わさった作りで、盤面にはダイヤが埋め込まれている。
――これって多分、車一台くらい買えちまう値段だよな? それもちっせえ高級車を……。
こともなげに笑い、ルキーノが手を伸ばしてきた。俺が恐る恐る箱から取り出した腕時計のベルトをつまみ上げると、
大きな手が手首から離れ、冷たい金属の質感が残る。じんわりと体温で緩み、腕に馴染んでいく心地よい重み。
こんな高級腕時計、当然ながら身に付けるのは生まれて初めてだ。
腕を曲げ、腕時計を持ち上げるようにしてみせる。それは尋ねるまでもなく、シャツとスーツの袖口に、見事に調和していた。垢にまみれた囚人服と、天国と地獄くらい違う、生地も仕立ても最高級のスーツ――。
ソファに身を沈め直して、ルキーノが両手の指を組む。満足気に俺を見つめている。
「ムショにいた頃とは大違いだ。カポに相応しい、誰もが認める、見惚れるような男になった――」
クサくてカビっぽくて、清潔って言葉から何マイルも離れた、刑務所の中。
俺は隣に立つ囚人仲間ルキーノの愚痴を拝聴していた。ポリポリと襟元を掻きながら。
二人して通路の湿った壁に背中を預け、見るとはなしに、天井近くにある小さな窓を眺めている。
ルキーノ・グレゴレッティ、赤毛のライオンヘアー、高圧的な俺様、囚人服姿でさえ周囲の目を惹き付けるほどの伊達男。我らが『CR:5』の幹部様――あ、俺もこいだだから幹部の一員だった、あの命令書のおかげで……実感ないけど。
「塀の中に四人だったのが、五人に増えたし? 混雑はワーオ」
「新人はいいまだ道理がわかってないようだしな……」
「あんな急な話で、すぐにワケわかっちゃう方がおかしいと思うぜ」
――訳のわからないながらに、脱獄の準備は着実に進めさせて貰ってますよ? この手にボスの座を掴み取る為に、さ。
あの命令書の中にあった、俺を新しい幹部に、そして脱獄成功の暁には次のボスに――というのが確実な成功の為のエサなのか、それとも別の意味があるのか、誰にも答えられなかった。それでも俺達はそれを受け入れていた。ファミリーにおいてボスの命令は絶対、だ。
深く煙草の煙を吸い込んで、俺はルキーノがブツクサ話すに任せる。
「あの半端者は塀の外にいるときよりもバカ丸出しで、どうしようもないし……」
「へえ、イヴァンの奴、普段はもうちょいマシなんか。意外ー」
「狂犬は特に変わりないが、つまり誰か殺す他に、役に立たんってことだ」
「わー、殺しにしか使えないって評価なんだね、ジュリオって」
「新しい幹部筆頭はどうも、いっぱいいっぱい、とくるし……」
聞き捨てならなくて、俺はルキーノの方をようやくまともに見た。
そう言われても、ベルナルドの余裕ある素振りは、いつも通りだったというか……。
首を傾げる俺に、ルキーノがいぶかしげな表情になる。
「そうだけど。でも俺、あいつとずっとべったり一緒だった訳じゃねえし……こっちは塀の中と外を行ったり来たりだろ。え、マジで、どっか様子おかしかったか?」
ベルナルドの様子を思い出してみるが、やっぱり特に思い当たるところはなかった。
俺達の会話を、遠くで鉄格子を叩く音が途切れさせた。どこか離れた房から聞こえてくる。短く三回、長く三回、短く三回、それが繰り返される。
もたれていた壁から背を浮かせ、ルキーノが低く呟いた。
俺は耳で距離をはかって、少し硬い表情になっているルキーノに言ってやる。
「ただの暇なやつだろ。まさか外に届くわけもねえし、届いても意味がない。ココじゃ何もできなくて、でも何もせずにいられなくて、自由時間にあれが精一杯の心の叫び、なんじゃねえの」
辛辣な言い方が、実にルキーノらしい。俺は愛想笑いして、
「もうちょいしたら、うるさい、って看守が来る。あれを理由に懲罰房かもしんねーな。そしたら静かになるさ」
そんな話をしてる間に、音はいつの間にか途切れた。多分、叩いてたヤツが自主的に止めたんだと思う。
モールス符号は、世界で一番有名で簡単な暗号だ。知ってると役に立つこともある。それを理由に、俺は意識して覚えたんだが……ルキーノが知っているというのはちょっと意外だった。この男が、軍隊行って通信兵やってた、とも思えない。
じゃあ何でモールス知ってんの、と続けようかと思って……止めた。
あんまり下手なことを言うのは怖い。逆鱗ってのは、触れて初めてわかるものだ。
聞きかじりとかうろ覚えの知識を自分より強そうな奴にぶつけるのはやっちゃいけません、と、こないだ学習したばかりだった。
――ルキーノに胸ぐら掴まれた時のあの迫力は、凄かった。正直びびった。
海に出る理由、モールスを知っている理由……どっちも自分から解説してくれればいいのに、ルキーノは無言で煙草をふかし続けている。
俺はルキーノのことをロクに知らない。決行までにもっと慣れた関係になっておきたいと思って、こうして脱獄前の貴重な時間を割いてる訳だけど……それで知れた内容にも限りがあった。
あーあ。……さっき聞いたベルナルドのことも、海とモールスのことも、少し気になるけど。でも時間もあるし、そろそろ自分の房に戻るかな、どうすっかな……。
右頬の傷痕が目につく。隠すつもりもない様子のその傷跡は、むしろルキーノの男振りを上げて見えた。その怪我の由来も、俺はまだ知らなかった。
その次に目につく、派手なライオンヘアー。ルキーノの圧倒的な存在感は、本当にライオンみたいだ――
悔しいくらいにルキーノは、何もかもでかい。年齢ならたった数歳の差なのに、俺達の差は歴然としていた。
俺はぼんやりとルキーノを眺めていた。俺よりも高い位置から見下ろしてくる瞳。合わされた視線を逸らしたくても、迫力に呑まれたみたいに、逸らせなかった。
「俺に見惚れたか? ラッキードッグ……脱獄マニアのジャンカルロ?」
低い声が官能的に響いた。軽く竦んだのを、どうにか隠す。
「少なくとも脱獄の天才なのは間違いないんだ、例えそう見えなくても、ボスのご推薦である以上、頼りがいのあるワラの手なんだよな、お前は……」
「ピンチの場面に、こんなツラしたブロンドちゃんが来たら、そう思うだろ普通」
「俺に文句有るって、アンタ、ボスのこと信用してねーの?」
カチンときて、言いがかりっぽくぶつけた俺の言葉に……ルキーノが、はっと息を呑んだ。
「ハッ、そんな訳あるか。信用してるさ。とても深く」
言って、ルキーノは残った呼吸で煙を吐き切り、煙草を壁で揉み消す。
垣間見えた、何か思うところがあるような表情の意味を、俺は分析する。今の奴の反応を忘れちゃいけない気がした。
けれど、それをルキーノに気取られてはいけないとも思った。誤魔化す為に視線を逸らし、さりげない動作で壁へと煙草を――
そのせいで、避けられなかった。ぬっと伸びた彼の手が、俺の頭に伸び――掴むように顎を押さえつけるのを。
ルキーノの顔がより近付いて、感心したみたいに眼が細められる。
腕力と体格差のせいで、ちょっと威圧感。いや、かなり。ビビってるまるか、と俺は内心で負けん気を――いや、そんなこと思ってる時点で割と負けてるんだけど。
俺の顔を掴んでいる左手はそのまま、空いているルキーノの右手ガ俺の煙草を取り上げ、ぽいと捨てた。
「――なぁ、こんなとこ見られたら、キス寸前だって誤解されちまうぜ?」
ルキーノは黙って右手の人差し指を立て、俺の瞳を指差した。
何のつもりだという俺の注視のもと、ルキーノは指で瞼の下辺りを押さえる。
「バーカ。誤魔化すのが下手な男だな。その顔は様子掛けか?」
俺の顎を突き放し、舌を出したまま、ルキーノが笑う。
……本人は滑稽に見えると思ってやってんのかもしれなかったが、肉厚の舌が酷くセクシーで、ドキッとした。
――あの時、酷く印象的だった舌が今、俺の口の中で暴れ回っている。
下半身の欲求を上半身で模倣するみたいに。そう、腹ん中に入れてくれ、と――。
こいつとこんなキスするようになるなんて、人生わかんねえ……。
ルキーノの、大きいのに器用な手が俺のシャツの胸を開いていく。
このままベッドになだれこむつもりかね。馬並絶倫め――。
だったら、このプレゼントされてたのピカピカの腕時計は外すべきかな? ま、どうするべきか、ルキーノが教えてくれるだろ……。
あの時、ムショの中でわからなかったことの大半は、もう意味を知っている。また知らないことも沢山あるけれど、それは気に留まらない。
俺は勢いに流されることを選び、ぐいぐいと迫ってくるライオンヘアの後頭部を両手でかき抱き――熱い舌と、ルキーノとのキスに、酔いしれた。