日本最西端、与那国島にやって来た
I came to Yonagunijima, the westernmost point of Japan
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日本最西端、与那国島にやって来た
I came to Yonagunijima, the westernmost point of Japan
Okinawa No.3 Agarizaki at Yonaguni of Okinawa islands. This is the veiw from Agarizaki observatory. You can see the beautiful ocean with horses🤣 #okinawa #okinawajapan #yonaguni #yonaguniisland #yonagunijima #agarizaki #horse #oceanview (東崎灯台) https://www.instagram.com/p/Bo1bHsKlO68/?utm_source=ig_tumblr_share&igshid=1axn5qiahvuzb
awamori donan
2016年8月17日 前半 渡難島(どぅなんちま)Ⅰ
石垣島で4泊した。 5日目の朝、9時過ぎ頃には南ぬ島石垣空港に居た。 行き先は与那国島。 以前より行きたいと思っていた憧れの島だ。 一年前、石垣島の陶芸やで与那国島に住む作家の器を買った。 それから与那国島が八重山諸島の一部だという認識を持った。 名前こそ何度か耳にしたことがある。 耳障りも良い。 今回の旅は全日天気は良好だ。 時折夕立が降ることもあったが大抵は部屋でくつろいでいた。 石垣に尊敬する人間が居る。 その人間に会えるかどうかもこの旅の重要な点だった。 しかし石垣入りしてから一度も会っていない。 残念な思いのまま与那国行きのプロペラ機に乗り込んだ。 天気予報は雨。 八重山に台風が接近しているようだが、 こないような気がしていた。 根拠はないが、ここに身を置いている間は雨に悩まされることはなさそうだ。 マンションを出た時は確かに曇天を見たが。 物心ついてから初めて乗るプロペラ機は、 離陸直後、ハエの背中に乗っているかのような気分だった。 窓の外の石垣島は雲に隠れ、姿を消した。 三十分間の飛行時間だった。 与那国空港に飛行機が滑り込んだ時、 色濃く豊かな緑の風景を見た。 ここへ来る前に与那国島を思った時の風景と重なった。 あまりに想像通りの為、緊張してきた。 これまでの八重山の旅とは違うものになることを覚悟した。 空港にて、予約したレンタカーやの看板を持つおやじに声を掛けた。 「平田さんですネー」 店の人間に平田さんと呼ばれるのはどこか面白い。 よく考えると「お客様」だとか「平田様」とよく呼ばれていて 「平田さん」というのは職場の印象が強かった。 特にそのことは気に留めずそうだと答えると 赤色の軽自動車のある駐車場へ案内された。 「平田さん このクルマ早速運転してあのナンバー68の僕の後を ついてきてくれますか ついでにこのお客さんも乗せて」 来島早々責任重大な任務を与えられる。 「すみません、お願いします」 そう言って後部座席に若いカップルが乗り込んだ。 68のおやじのクルマは空港から祖納集落の方向へ走りだす。 俺はついてゆく。 クルマやに到着すると優先的に手続きを済ますことが出来た。 世話になるクルマはやはりこの赤い軽だった。 昼飯の時間だ。 そこそこ腹が減っていたがさっきの便で着いた客の大半は めしを喰いに出かけるだろう。 まずティンダハナタ(天蛇鼻)へ向かうことにした。 ここへ来る道すがら、ティンダバナの気配は感じていた。 しかも現にすぐそこに見えている。 鹿児島県指宿市の魚見岳の例に習い、 ティンダバナのある高台へ行く為の道をナビで見てみようと思った。 それをクルマやの前でやったものだから、 先ほどとは別のおやじに 「この島じゃカーナビは役にたたないヨー どこ行きたいのー?」 と言われる。 ティンダハナタだと言うと「ティンダバナそこにあるじゃん」とおやじ。 そこにあるのは分かっていたつもりだったが、 そう言われると小恥ずかしい。 カーナビはやめてそのおやじに直接尋ねると 交番のある角を曲がればその道がティンダバナへ続くと教えてくれた。 坂道を上り詰めると、気が生い茂る場所に突き当たった。 麦わら帽をかぶり、水を携え木々の中に入った。 しばらくハイビスカスとソテツのような木々が濃密に茂る道を歩く。 左手に最初に見たのがイヌガンだった。 ティンダバナはかつてサンアイ・イソバという名の女傑が住んでいた場所 だというのを知っていたが、それとはまた別のもののようだ。 それもサンアイ・イソバの言い伝えよりもはるかに前のものらしい。 ” 久米島から出た船が遭難し、与那国島に上陸したのが イヌ、女一人、それに大勢の男達だった。 イヌは巨体だったそうだ。 この島に上陸した日の晩から、男が一人ずつ消えていった。 イヌが噛み殺していたのだ。 人間はとうとう女一人だけになってしまった。 それからというもの、イヌと女の同棲生活がティンダバナで始まる。 ある日、小浜島から来た船が遭難し与那国島に上陸した。 その船に乗っていたのは男が一人。 女は猛犬がいると男に忠告したが、男は女の美しさに惹かれ出て行こうとはしなかった。 とうとうイヌは男の手で退治されてしまった。 それから久米島の女と小浜島の男は夫婦となり子供を六人授かる。 その間、女は殺したイヌをどこに埋めたか追及したが 男は答えようとしなかった。 ふとしたことでイヌのありかを知った女はその晩男の前から消えた。 過去にイヌを埋めた場所へたどり着いた男が見たものは 白骨化したイヌを抱いて自殺した女の姿だった。 ” 俺が左に見ていたティンダハナタの岩のくぼみがイヌガンだが、 相当狭かった。 あまりにもロマンチックな話なので、石碑の文章を写真に収めた。 まともに沖縄の言い伝えを読んだのはこれが初めてだろう。 与那国島を訪れて最初に選んだ場所で、 言葉を失うとは思わなかった。 しかしそれと同時に、空港で感じた不安が消えてゆくのがわかった。 まずこの島で関心を持つ対象が早々に見つかったことに満足したからだ。 イヌガンを通り過ぎたところに、一つ目の見晴台があった。 人間が二人やっと腰掛けられる小さな椅子がかなり狭い場所に置かれている。 椅子の横で足を止め塩飴を舐めながら祖納集落を見た。 今朝咲いたであろうハイビスカスが地面に落ちているのを拾い上げ さらに先を進んだ。 ここに来るまでにティンダハナタのことは写真を見て想像していた。 ここから見える祖納の景色はだいたい知っていたのだが、 ティンダハナタの岸壁に小学校の校歌額のようなものがこんなに雄々しく 掛かっているとは知らなかった。 意外とこれをインターネットで紹介する人はいないのだ。 この島に台風が来れば当然ティンダハナタのくぼみに雨風が吹き込んでくるだろう。 長年それにやられたのだろう、恐ろしいぐらいに赤く錆びて 余計に文字に重みが感じられるみたいだ。 暑くて苦しいが内容を熟読してみた。 戦のニオイをただよわせる、語り手が自分を奮い立たすような印象を受けた。 この島を空母艦と呼ぶあたりに与那国島に戦争の美を見出しているような どこか痛々しい雰囲気もある。 これに関してはティンダハナタに思っていたものと違ったので 妙な心持ちになった。 それと同時にこの島はどこか精神的な目に見えぬもので溢れかえっているのではないかと 今後への期待が高まり始めていた。 汗をいいように流しながら、しばらく祖納とナンタ浜の薄い海を見ていた。 浜の彼方はすぐそばの異国を思わせる海原が底深く色づいていた。 天気は依然としてよかった。 雲は発達しては消え、発達しては消え、ピカピカと光を反射させた。 ティンダハナタ。 ガイドブックやその他書籍では天然の展望台というふうに言われているが、 この言い方はピンとこない。 そもそも展望台ではないと思っているからだ。 (とはいえ、サンアイ・イソバはここに住みながら祖納集落を 眺めていたと言われている) 特別何のためにできたわけでもない不思議な岩の家のようなもの、 いや、家というのもまだ腑に落ちない。 不思議なくぼみといったところだろうか。 たまたまそこから町や海を眺められた、その方が情緒的だ。 逆に祖納から見るティンダハナタも奇怪である。 個人的には与那国島のシンボルとされている立神岩よりも気に入っている。
与那国島 Yonagunijima by izuyan