“時代は1980年代後半にさしかかろうとしていた時、当時の子供達がこぞってコレクションしていたのが、ビックリマンチョコのおまけシール(悪魔VS天使シール)である。当時のビックリマンの人気はすさまじく(当時はコンビ二といえばセブンイレブンぐらいしかなかったのよ)セブンやスーパー、駄菓子屋さんにビックリマンチョコ○○日に入荷!の張り紙が張られればチョコレート菓子を買うのに子供が行列を作って1時間以上の行列をつくりチョコを買ったり、今では考えられませんがお菓子に購入制限(お一人様2~3個が多かった)がついて親に頼んで一緒に家族でビックリマンの行列に並ぶような光景もよくみられました。ですが、ビックリマンの製造元のロッテの方も製造できる数に限るがあるためお店の方にも入荷制限がかかっていて、行列に1~2時間並んでも当然ビックリマンが買えない子供も出てくるわけです。・・・・・そこで登場するのが、このニセビックリマンこといわゆるロッチのパチモンシールなのです、販売方法はガチャガチャの自動販売機の中に100円玉を入れてまわすとシールのみ(通常5枚だが3枚の所もあり)が、はいったカプセルが出てくる仕組みで並んでもビックリマンチョコを変えなかった子供がガチャを回したり、当時ビックリマンは1個30円だったために100円で手に入るシールは3枚それに対してガチャなら5枚という理由で買ったり、その他に通常ビックリマンのキラキラシール(いわゆるヘッドと呼ばれるそのシリーズの象徴とされるシール)は、1箱買いしても2~3枚程度しか入っていないのだが、このガチャガチャだとカプセル1個に1枚ヘッドシールが入っているなどのサービスで、偽物でもヘッドシールが欲しいという当時の(私も含めて)子供達は結構な頻度でこのガチャガチャをまわしていました。なんとこのロッチシールの全盛期の売り上げは、1987年の発売から半年あまりで1,000万枚以上を売上げ、パチモノのロッチシールでおよそ3億5,000万円を稼ぎだしたというのだから凄い話だ。ただこのロッチシールの作りは粗悪そのもので、最初の頃はまあまだなんとか似せて作ろうとしたのだなって程度の本物のシールを似せたイラストの描かれたシールが入っていたのですが、発売中期頃のシリーズになるともうカラーコピーしたのをシールサイズに寸断して、糊付けしてカプセルにただ入れただけの(コピーの都合上インクの目が粗かったり、色が濃すぎだったりするので本物を見た事ある人には 一目瞭然でした。)もう著作権も知的財産権もへったくれもないような状態でした。申し訳程度に本物のシールの裏面に書いてある説明文の上についているロッテの刻印をロッチに変えて、これは違う製品だと主張する有様。今でこそこんな商売をしたら即大問題になりますが、当時は本当に著作権がユルユルの甘甘だった時代でこんなしょうもない商法が普通に成立していたのです。ただ本物のロッテシールに対してこのロッチシールをトレードに出すなどして、全国の小学校でよく喧嘩が起こってましたね。私の地区だとロッチのチの部分の真ん中の線をカッターの刃などで削ってロッテに改造して、シールを現金で売買していた駄菓子屋兼プラモ屋に警察が出動してくるような事件もありました。結局の所、このロッチシールは1987年末ごろにロッテ側に訴えられて1988年6月には著作権法違反容疑で当時のロッチシールを作っていたコスモスという会社の社長、専務、印刷部長らが逮捕され、事件に一応の決着がついたのですが、実は(計画的にか)このコスモスという会社は、ロッチシールを出した翌年の2月にすでに倒産していて、結局の所ロッテの側に十分な保障がされなかったとのことです。当時小学生だった私もニュースでロッチシールの事を取り扱っているのを見てこの時はじめて著作権や知的財産権という言葉をしりました。併せてこのコスモスという会社がなかなかの曲者で、ニュースを見ていたら機動戦士ガンダムの偽物宇宙戦士ガンダムやダンガムシリーズ、チョロQの偽者チョロカー、コスモスの赤い自動販売機(昔は駄菓子屋さんの店舗の入り口によくこれが置いてあったのだ)で、当時の流行のおもちゃのパチモノを数多く販売したり、キン肉マンのニセ消しゴムなどなど、え?あれもこれも全部ロッチ事件のコスモスが作っていたの?って感じでポカーンとなりました。結局コスモス倒産後は別会社がこのコスモスシステムを引き継いで(さすがにあからさまなパチモノは消えましたが)、今でも栃木、群馬、埼玉あたりに数は本当に少ないのですが、このコスモスの自動販売機やガチャガチャカプセル販売機が現役で稼動しているとの事です。コスモス自体は昭和の遺物として人々の記憶の中に埋もれていきましたが、このコスモスの自販機が消えた時期は(コスモスという会社そのものとも言えるのですが)、全国から駄菓子屋さんが消えていった時期とリンクしているのですよね。(一部のお店は駄菓子屋ゲーセンにモデルチェンジしてその後5~7年程度存続しておりましたが)コンビニエンスストアの台頭や大型スーパーが増えた事も理由にあるのですが、駄菓子屋さんの魅力は安いお菓子とともにどこのメーカーが出したのかもよくわからない怪しいおもちゃや、どう考えてもこれ非公式だろと思われるアイドルのカードや特撮のカード、人気アニメの粗悪なグッズや偽物プラモなども売っていてその怪しさが不思議と子供をわくわくさせる空間だった事です。薄暗い店舗で50円ラーメンにお湯を入れてもらってたり、お店で買ったお菓子をビール瓶の入れ物に座布団をひいただけの椅子に腰掛けて食べるのが定番でした。駄菓子は昭和の子供の社交場だったのですよね。話を元に戻しますが、駄菓子屋さんの持つ独特の雰囲気とコスモスの生産していた怪しくも魅力的な胡散臭いおもちゃやシール、カードって実に相性がよかったのでしょうね。自分の中では(コスモス商品多め)パチモンおもちゃなくして駄菓子屋さんって語れないのですよね。今では街のコスモス販売機も駄菓子屋さんもほとんどみかけなくなりましたが、たまに昭和の時代の事を思い出すと駄菓子屋さんでの記憶とあのコスモス販売機にお金を入れてレバーを引く、独特のわくわくどきどき感を懐かしく思い出すのだ。・・・・・とノスタルジーに浸っていたら、埼玉県の(今ではアニメの聖地と化している)鷲宮神社の近くの商店で長年放置されていたコスモスの赤い自動販売機が、なぜか数年前にレストアされて使えるようになっておりました;( 画像は埼玉鷲宮のコスモスを撮影したものです。 らきすたの聖地のためか、大当たりは,らきすたグッズです。)懐かしさに思わずお金を入れてどきどきしながらレバーを引いたら、江頭2時50分のパチモノミニフィギュアが出てきた;25年経ってもやってることかわってねーじゃんかコスモス・・・・・”