「新興宗教の手口の基本は、〝洗脳〟なんですよ。奥さんも五日間の合宿研修に行かれたでしょう。たいていの新興宗教はこのシステムを持っています」
「どうやって洗脳をするのですか」
「基本的には、外と隔絶した空間に人間を集めて、絶えず同じ情報を流し続けます。その間、食事や睡眠、ことに睡眠をきわめて少ししかとらせない。そして夜も昼も、同一の教義を反復するのです。団体によっては、トイレにも風呂場にも歌や詠唱のテープが流れているところもあります。そのうちに受け手のほうは睡眠不足と疲労で、脳の中が空白になってきます。情報を自身でチェックして取捨選択する機能が麻痺してくる。そこに続々と一定の思想がノーチェックで流し込まれるのです」
「しかし、人間がそんなに簡単にノー・ガードになってしまうもんでしょうかね」
「警察の取調べを考えてみてください。何日も寝不足の状態の容疑者を延々と同じ部屋で誘導尋問する。あれが洗脳の基本パターンです。頭が空白になった容疑者の中には、自分が殺人をおかしたとほんとうに信じ込む人間もいるほどです」
「なるほど」
「洗脳のテクニックが問題になったのは、朝鮮戦争後のアメリカでです。中国共産党で捕虜になっていた米兵が、帰ってくると共産主義者に変わっていた、ということがままあったそうで。だいたいが〝洗脳〟という言葉自体が中国語なんですね」
「ほう」
「英語では直訳されて、〝ブレイン・ウォッシング〟になってます。日本兵でも、シベリア抑留中に洗脳されたという人はけっこういる。三波春夫もそうです」
「三波春夫がですか?」
「ええ。要するに、〝アカ〟にされて帰ってきたわけです。帰国した直後は〝社会主義講談〟というのをやっていた」
「ほんとうですか」
「そういう強烈なテクニックを宗教団体が使うんですから、どうなるかわかるでしょう。たいていの洗脳は、合宿などの逃げられない状況の中で、まず信者の自我を叩きつぶすところから始まります。一人を何人もが円になって取り囲んで、罵言の限りをあびせ続けます。プライドも自我も打ち砕かれて、すがるものが何ひとつなくなったところで、唯一の救いの手である〝神〟が示される。それを受け入れると、今度はカタルシスが与えられるわけです。苦しみのかわりに。信者全員が涙を流して自分を抱きしめ、祝福してくれる。空白になった頭に、〝楽〟と〝苦〟だけが明示されるのです。こうなると人間というのは驚くほど弱いですよ」
中島らも『ガダラの豚 1』














