Q;梵語の薄伽梵・婆伽梵(バカボン;バカヴァット;バギャボン)とは?A;サンスクリット語でブッダ(シャカ;釈迦牟尼)のこと、インドでは自己の意識を自由にあやつる「天才」を意味したり、貴人の尊称だそうです。 ところで赤塚不二夫の、「天才バカボン」は、同じ音である「バギャボン」に似ていると、以前から思っていました。多くの人に親しまれた赤塚不二夫の漫画に、「天才バカボン」というキャラクターがいます。バカボン父子の言動が私たちを、楽しませてくれたヒット漫画でした。 その名前は(古代インドの言葉:バカボン;バカヴァット;バギャボン)を、意識して付けたわけではなく、たぶん幼児を親しんで呼ぶ「馬鹿なボン(坊や;坊ちゃん)」という意味だろうと、最初はそう思っていました!。しかし、タイトルのことは、テレビ番組の「トリビアの泉」で、以下のように紹介されていました。タイトルおよび、作中のキャラクター名である「バカボン」の語源は、現在公式には梵語の「薄伽梵」(バギャボン・釈迦如来)に由来するとされています。これはテレビ番組「トリビアの泉」で紹介されました。また、バカボンパパの決まり文句「これでいいのだ」も、「覚りの境地」の言葉であるようで、何時も竹箒を持ったレレレのおじさんも、お釈迦様のお弟子の一人で、「掃除」で悟りをひらいたチューラパンタカ(周利槃特=しゅりはんどく) を、モデルにしているようです。なおタイトルに「バカボン」とあるものの、当作品において主に活躍するのはその名を冠したキャラクター・バカボンではなく、父親の「バカボンのパパ」です。実際バカボンが登場しない話が数話ある。(以上「トリビアの泉」より)だから「バカボン」とは、実際は「バカボンのパパ」をさし、言動は「覚りの境地」を持った「仏陀」のことを、笑いに表そうとしたのでしようか?それはさておいて、「バカボン」の元祖は、「ブッダ;釈迦」です。「天才バカボン」とは正反対になります。薄伽梵とは古代インドの梵語、バカヴァットの音訳で、バカボン・バギャボンとなります。 このように古代インド語(サンスクリット)を、そのまま中国の漢字で音写した語は、 「仏陀」「阿羅漢;略して羅漢」「菩提」「旦那」などたくさんあり、簿伽梵もそのひとつです。「簿伽梵」を漢訳すれば世尊となります。インドでは一般に「世に尊ばれる人」をこう呼んでいたようです。「これでいいのだ!」は、納得した深い悟りの境地に通じた言葉のようです!? バカボンのパパは、口癖のように「・・・なのだ!」「これでいいのだ!」を連発します。 これ作者の言う「仏のように深い悟りを得た。」言葉なのかも知れません 。「・・・なのだ!」「これでいいのだ!」で、後は悩まない。それがバカボンパパの口癖それは味のある物事の本質を、適切に言い表した言葉といえるかも知れません。 その前提にあるのは、やはり「苦しみ・悩み」を超越した心のように思います。 人はだれもが自分の生きている今が、「・・・なのだ!」「これでいいのだ」と納得できれば、全ての出来事をあるがままに前向きに肯定でき、「・・・なのだ!」「これでいいのだ!」と、心から納得されるのであればれば、後退することなく、前進して行けると思います。 それは悟りの境地なのかも?一家を守る良妻賢母型で、基本的には穏やかな性格のママ。 そのママは「あきれた・・・!」「しょうがないパパね~!」で、パパたちに本気で怒ることはほとんどなく見守ります。タレントのタモリさんが、赤塚不二夫先生の告別式の時、弔辞を述べた内容は、感動的な内容だったようです。『あなたの考えは、すべての出来事、存在をあるがままに前向きに肯定し、受け入れることです。それによって人間は、重苦しい意味の世界から解放され、軽やかになり、また時間は前後関係を絶ちはなたれて、その時その場が異様に明るく感じられます。この考えをあなたは見事にひとことで言い表してます。すなわち、「これでいいのだ」と。
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