冬美絶海の日記
冬美絶海を構成する詩、小説、哲学、批評、芸術、写真、絵、音楽、物、人、記憶、夢、幻想、国、花、あらゆるもののすべて。

Jar Jar Binks Fan Club
🪼

Game Changer & Make Some Noise
YOU ARE THE REASON
Aqua Utopia|海の底で記憶を紡ぐ
Lint Roller? I Barely Know Her
The Stonewall Inn
Show & Tell
he wasn't even looking at me and he found me
ojovivo
EXPECTATIONS
No title available
No title available
d e v o n

bliss lane
occasionally subtle

Andulka
h

ellievsbear
PUT YOUR BEARD IN MY MOUTH
seen from United States
seen from United States

seen from Türkiye

seen from United States
seen from Poland
seen from China
seen from United States

seen from Poland

seen from Australia

seen from United States
seen from United States

seen from Germany
seen from United States
seen from United States
seen from United States
seen from United States
seen from United States
seen from United States

seen from United States
seen from United States
@ash-emperor
冬美絶海の日記
冬美絶海を構成する詩、小説、哲学、批評、芸術、写真、絵、音楽、物、人、記憶、夢、幻想、国、花、あらゆるもののすべて。
その擬似的な時間の集約された存在、それがいわゆる「時の人」だろう。
テレビとか新聞とかネットとかいわゆるメディアというものは「擬似的な時間」をばら撒く。そこに時を失った人間たちが群がってその「擬似的な時間」を貪り喰う。「擬似的な時間」言い換えるなら「擬似的な時代」「擬似的な歴史」「擬似的な今この時」何故人々は流行を追うのか。そこに彼彼女に失われた「時の味、香り」がするから。
時間から完全に取り残された、時の流れの底に沈み込んだ石こそが私であるなら、もしかしたら私にも時を運ぶことが可能かもしれないなどという幻想、夾雑物の一切を捨て去り、私は私を純化しその石にこそならなければならない。石として或いはあの夜空に沈み込んだ星として顕現しなければならない。石たちは星々は精神は時間の外部者、永遠として時の流れ、その川に参加するのだ。時計が動くものと決して動くことのないもので構成されているように。
あとは、存在しないものを感じ取ることが出来るかどうかだ。しかし、そういう霊感が無い、この世界で最もそういう霊感が無い者こそ私なのだ。デカルトの末裔さ。
神の不在。
他者の不在。
つまり私の不在。
人は不条理や不幸によって苦しむのではなく、不条理や不幸によって普段彼の意識を覆っている想像を取り払われ、そのことによって彼が強制的に向き合わされる生の現実、その太陽の熱さと眩しさに彼は苦しむのだ。
ゴッホの死んだ日。
ひまわりを見てきた。
暴力と狡知、力が全ての野獣の世界で、爪と牙の戦闘に明け暮れる、力こそが唯一の掟の冷え冷えとした灰色の神無き世界で、微かに色付き燃えているのはただ身を焦がす肉への欲望と敵に対する激しい憎悪、そして鉄よりも強固な生存本能。凶暴で残酷な自然の恐ろしい顔。しかし実際の自然はそれだけではないはずだ。何よりも美しく、そして無邪気、透き通った底なし陽気という顔も切り離すことの出来ない自然の側面だ。だがロンドンの描く世界にその自然の陽の片面はほとんどない。彼の描く世界は自然の陰の片面、残酷で厳しい自然の暗部、拡大された冬の季節。だから彼はありのままの自然、ありのままの狼を描いたのではなく、その暗い色を使って彼の生きてきた見てきた世界を語っているのだ、その冷たい死の世界が透けて見えてくる。
遊びというのは想像だ。子供は遊ばずにはいられない。子供ほど現実に近い者はなく、その夢が壊れやすい、つまり、夢が夢であることを、自分が実在しないということを突き付けられている存在はいないからだ。だから子供は遊ばずにはいられない。夢の夢を見ずにはいられない。
「何か面白いことなあい?」が君の子供の頃の口癖だったね。君は夢に飢えていた。切実に想像を、物語を求めていた。果てしなく。そんな君はあの窓の、絶望の風が白いレースカーテンを揺らしている、あの窓のすぐ間近に居たんだ。それは傷さ。決して閉じることのない傷口。君の存在は赤い薔薇、黄色い薔薇、青い薔薇、黒い薔薇に包まれていた。焼けるように冷たいその表面から先は真空だ。何も想像の余地のない世界。それは君の終わりだ。その終わりの風が君をノックする、君の夢の城を無惨な白い砂へと返す。君はそれを見ていた。海を見ていた。君をさらい、粉々に打ち砕くあの恐ろしい、青の手を見ていたのだ。
エリ・エリ・レマ・サバクタニ。ああ、これは生まれた赤子が叫ぶ、あの産声の翻訳ではないのかね?「我が神、我が神、何故私をお見捨てになったのですか?」。一切の想像力を持たない、限りなく透明に近い想像主、存在がその境界を守るために叫ぶ炎。自然はあらゆる生き物はエリ・エリ・レマ・サバクタニではないのかね?
高度に進化した人形だよ。
私は他者へと到達出来ない。私に限界をもたらす者はなく、私に終わりはない。だから私は実存出来ない。私は生きることなく、しかし永遠にこの閉じられた夢の中を彷徨う。それが君の祖先に火を教えた、夜に光をもたらした私の罰であり、君の原罪。しかしね、人類は開き直ったんだ。どうせこの窓の外の実在世界、現実に出ることが出来ないのなら、この窓の内側に人工の楽園を天国を創造すれば良い。この世界に意味がないのなら意味を創造すれば良い。神が居ないのなら私が神になれば良い。政治と経済の季節さ。窓を開けばその巨大な幻想帝国の街が見えるだろう。
私は君に火を教えたわけではない。私は君の遥か祖先に火を教えたのだ。言い換えてみよう。君が私と契約したわけではない。君の遥か祖先が私と契約したのだ。だからね、私と君を切り離すことは不可能なのだよ。私は君の存在を流れる青い血だ。如何なる熱をも持たぬ、だからこそ熱を、火を認識することが可能な、氷のように冷たい蛇の血だ。そしてこの血、この河は決して途絶えることがない。何故ならこの血、この河は存在しないのだから。終わりはない。限界はない。太陽は復活する。永遠に死ぬことがない。だから永遠に生きることもない。私を眠らせることなど不可能だ。ただその不可能を通して、ただそれだけだ、不可能を通して私は君はあの窓の外の世界を感じ取ることが出来る。
それはまさに君が置かれている状況。ずっと置かれ続けてきた状況だよ。時計の振り子のように君は私と彼女の間で揺れ動いている。私と彼女の間で引き裂かれている。アンナ・カヴァンの「氷」の長官と少女の間で揺れ動いている、あの私さ。
仮面を被って他者と戦う存在は他者ではないさ。完全に他者となってしまっては暴走さ、私と私たちの敵となってしまう。超人。ヒーローは他者の力を有しながらしかし私の意識も失うことなく維持している。そのぎりぎりの境界に火花を散らして存在している人のことさ。ところで、ラスボスというのは元々ヒーローで、しかしその境界で私を喪失し、完全な他者と化してしまったというパターンが多い気がする。いわゆるダークサイドに堕ちた人々。
変身だよ。仮面を被ること。