そうそう、Merry Xmas!

#extradirty

No title available
The Bowery Presents

Kiana Khansmith
Mike Driver
noise dept.
Cosimo Galluzzi
Doug Jones

Origami Around
tumblr dot com
One Nice Bug Per Day
YOU ARE THE REASON
ojovivo
Monterey Bay Aquarium
Sweet Seals For You, Always
Lint Roller? I Barely Know Her
No title available
occasionally subtle

blake kathryn
Claire Keane
seen from Bahrain

seen from United Kingdom
seen from Mexico

seen from United Kingdom

seen from United States
seen from United States
seen from United States

seen from United States
seen from Bangladesh
seen from Czechia

seen from United Kingdom

seen from Italy

seen from Malaysia

seen from Germany

seen from United Kingdom

seen from India
seen from United States

seen from South Africa
seen from Mexico
seen from United Kingdom
@haru-c-o
そうそう、Merry Xmas!
とはいえ、やっぱり自分のやっていたことが全部間違いだったと気づく瞬間があり、私はずっとこの気づきを否定してくれる人に出会いたいだけなんですよ
歌は知らない季節を運んできますね
だから、言ったじゃん。どんな一日にいても、わたしはいつでもあなたの幸せを願っているからね。ってさ。
発熱している。友達のバンドの歌を聴きながら、服薬による眠気を待つ。胸がドキドキとしているのが、熱発からの動悸なのか、この歌へのトキメキなのか、明日の仕事への緊張なのか、わからない。とりあえず、スマホをやめて目を閉じればおさまるような気もしている。こんなまいにちへエールをおくる。春は過ぎて、夏になり、秋が見えている。相変わらず夜は短い。向き合うこともこわいけど、見失うのはもっとこわい。いつもいつもやっぱりちょっと頑張らないといけないよね。
自分のことを好きでいてくれている人のために、私は嫌なやつにはなりたくないというか、その人に恥をかかせないために、胸を張れる人でいたいよね でも私は、その人のダメなところも抱きしめたいよ
おはこんばんにちは。はるこです。みなさん、ご調子いかがですか?
わたしははるこですが本当ははるこではないです。春が好きで、Tumblrをこのアカウントで始めたのもたしか春だったから、そういう名前を勝手に自分でつけました。あれから何度目かの春を迎え、心機一転、ブログの使用をまた少し変えました。それゆえに、はるこを、はること認識してもらえなくなったら切ないので、改めて自己紹介した次第です。
最近は心身ともに疲弊しているのが手に取るようにわかる。昨日も体調が悪かったのに、GWくらいにしか予定の合わない友達に合わせてお酒を飲んだらたった2杯ほどで上からも下からも全部出そうになった(汚くてすみません)。友達に、ほんとごめん、ほんとごめんと謝って家まで送ってもらった。徒歩なんだけど、一人で帰るのが怖くて着いてきてもらった。友達は嫌な顔ひとつせず、かと言って大袈裟に心配する素振りもなく、普段と全く変わらない様子で自分が車道側に立ちながらわたしを家まで送ってくれた。今日は副業のバイトに出勤する予定だったんだけど、休みの連絡を入れて家でひとり寝ていました。
ワンマンライブに当たってから、ずっと銀杏BOYZを聴いている。光のなかに立っていてねが名盤すぎて、ぽあだむ…とつい呟いてしまう。長いこと好きだけど、ライブに行くのは初めてなんだ。お手柔らかにお願いね。
春だったっけ?ってくらいいつのまにか花は散って、強い太陽光に照らされている。春は好き。好きなんだけど、やっぱりちょっと苦手で、気持ちが置いていかれそうになる。立ち止まってピンクを見て、置いていかれてもゆっくり歩き出せればいいなあと思う。追いつけ、追い越せ!もうちょっとだけ踏ん張ろーね。
あたたかい と思った。
良いところだな じゃなくて 良いところにしたんだな ってかんじがした。
春色々 がんばろー
春にして君を想う
1月は行ってしまう月で、2月は逃げてしまう月で、3月は去ってしまう月であると、小学校の校長先生が述べていたのをこんな歳まで記憶している。少し禿げた白髪の好々爺だった。年頭の式辞だったと思う。3学期を無為に過ごさぬよう心せよ、という訓話の意図を汲み取るより前に、無邪気な子どもの諧謔そのまま、じゃあ4月は死んでしまう月じゃないかと思って笑っていた。春は一年で最も自殺者が多いそうだ。季節や天候で気分が左右されるのも決して大袈裟な情動ではないはずで、季節性の気分障害は鬱病の亜型の一つでもあるらしい。英語だとSeasonal Affective Disorder。頭字語はSAD。俺は、悲しくないから生きている。人生はどう考えても不平等なのに、季節と死だけはみんなに平等に与えられるのはなんで。
健康診断
待つ、呼ばれる、診てもらう。待つ、呼ばれる、診てもらう。繰り返し、繰り返して、繰り返されて、目がまわる〜。
近頃の出費の多さから、一人暮らしの家計が火の車となり、たまらずコンカフェで副業を始めた。おきゅいん♡のツイートは出来るけど、おきゅおわ♡のツイートは難しい。お給仕が終わると、自分がコンカフェ嬢であることを忘れてしまいます。おつかれっした〜と言ってお店の扉を開ける私は、ただの26歳会社員。くたびれた、社会人4年目の女です。
来月、4月から内部異動となりまして、5年目からは今と環境がガラリと変わります。新規場面を苦手とするわたしにとっては、なんともやりづらい季節になってしまった。春は好き。好きなんだけど、苦手なんだ。不安定な自分の情緒が手に取るようにわかります。
降り積もる雪を見ていたら、夜勤が終わった。暗闇に光る真っ白な雪は、大人になってみてもやっぱり綺麗だと思う。こんな気持ちを忘れたくなくて、やること全部放っぽってTumblrを開いてしまうくらいには。雪で高揚しなくなったとき、人は子どもじゃなくなったことを知るらしい。わたしは大人になって尚、雪が好きだし、今は少しだけ、雪にエロさを感じている。雪解けは近い。夜が明けるとともに、きっと全部なかったことになるんだと思う。それはそれで別にいいんだ。朝、自転車でスイスイと退勤できるなら、それでいい。今夜の雪を見れたのは、わたしたちの秘密。
今絶対Tumblrの使い方間違えてる。でもなんかほんと、こんな惨めな自分でも見てほしいんです。
小学6年生の頃、毎週末日記の宿題が出ていて、提出自由だったところを毎回欠かさず出していたんだけど、それに先生がくれたコメントを読むのがまた好きで、なんか交換日記みたいで楽しかったと、ふと思い出したら、忘れたくなくてTumblrを開いた。
田舎のおばあちゃんの家には、フロッキーという小型のチワワがいた。母の20歳の誕生日記念にやってきたというフロッキーは、私がおばあちゃんの家へ帰るたびに短い足をパタパタを走らせて玄関まで出迎えてくれたものだった。当時、生き物を可愛いなどと思う感情がまだ育っていなかった私には、フロッキーはペットというより風景に近かった。朝や昼、テーブルの横でおばあちゃんにご飯をもらうフロッキーを見たり、見なかったりしながら、私もおばあちゃんが育てたじゃがいもにバターを塗って食べていた。
フロッキーは私が小学校3、4年生の頃に死んだ。母の20歳の誕生日記念にやってきた犬だったから、相当長生きをしたんだと思う。いつだったか、フロッキーは目が見えないんだと聞かされた。数歩歩けば廊下の壁にぶつかる姿をよく見ていたから、すぐに納得した。フロッキーのお墓はおばあちゃんの家から車で数分のところにあるフカバに立てられた。フカバとは、孵化場と書く。フカバにはいくつか堀があって、そこにいる魚たちはそこで生まれ、どこかへ旅立ったのちまたその場所へ帰って卵を産んでいくから、「卵が孵化する場所」で、孵化場と呼ばれていた。フカバはもともとひいおじいちゃんの家だったようだが、ひいおじいちゃんは私の顔を見ずに死んでいったから私もひいおじいちゃんの顔を知らない。数年早く生まれたいとこのことはよく可愛がっていたようだった。フロッキーの骨はそこへ埋められた。フロッキーの墓前で手を合わせても、フロッキーのいないおばあちゃんの家へ帰っても、フロッキーの死んだことを実感することはなかった。おばあちゃんも、おじいちゃんも、その後に死んだ。家はそのままに、別の知らない人が移り住んで暮らしている。その田舎にあった先祖の墓は、母の兄夫婦が住む土地へ移動され、おばあちゃんもおじいちゃんもひいおじいちゃんもそこで眠っている。田舎には、母がまだ小さい頃に散々世話になったという人が住んでいて、母のことを子どものように可愛がっていたその人は母の娘である私のことも孫のように可愛がってくれる。祖父母が死んでからは、今年で84歳になるというその人へ会いにいくためだけに田舎へ帰っている。フカバへ行く道は数年前に封鎖されていて、そこへ立てられたフロッキーのお墓がどうなっているかはもうわからない。
都会で生まれ育った私には、田舎で過ごす夏休みは刺激的で、常にわくわくしていた。畦道を走り、川にかかる橋を歩き、17時の鐘が鳴るまで汗を流して遊んだ。家に戻るとおばあちゃんがじゃがいもを蒸していて、ソファに腰掛けるおじいちゃんの隣にはいつもフロッキーがいた。今はもうその風景はない。都会で生まれ育った私は、きっとこの田舎には住めない。店もなく、あるのは川と畑だけ。立ち並ぶお墓に生けられたお花だけがまだここに人がいることを教えていた。
フロッキー、会いたい。思えば、最初に崩れた風景は、フロッキーだった。数年ぶりに帰った田舎で、短い足でちまちまと畳を歩く足音が、蝉の声よりよく聞こえるようだった。
一緒じゃなくても一人だったとしてもまた明日の中に君がいますように
恋をしている
懐かしい歌を聴いた。始まりから終わりまで売れることなく解散していった、好きだったバンドの歌。思えば、5、6年前にライブハウスで見ていたバンドは、脱退、活休、解散を経て、ほとんどが私の前からいなくなっていった。私はまた新しいバンドを探して、出会って、恋して、ライブハウスに足を運んでは自分の気持ちを確かめている。お前はまだロックンロールが好きかって。
これ、すごい営みなんだよ。胸の奥に数組、どんな言葉を使っても表現できないほどのビックラブを抱えたバンドを秘めて、私の生活(音楽、ロックバンドに関する)は日々その高鳴りを求めている。見つけたいし、見つけられたい。この胸を撃ち抜いてほしい。そうやって胸を焦がすその瞬間が、どんなセックスより一番気持ちいい。
でもさ、私、懐かしい歌を聴いて思ったんだよね。まだ平成だった頃にライブハウスで出会ったあのバンド達、いなくなったと思ったら、私の中にずっといた。頭にガツンと食らった衝撃も、胸を焦がすようなあの感情も、今の私の中にちゃんとあった。やっぱ、一目見て?一耳聴いて?「カッコいい」って思った。私、この先もずっと、ロックンロールに恋をしていくんだろうな。毎日、毎日、どれほどそれを積み重ねても、きっと飽きることができないな。
ゴミみたいなことばっかしてるから死にたくなるんだよな 行動を改めよう