じゆうけんきゅう・生活の観察 / 2019.12
Claire Keane
2025 on Tumblr: Trends That Defined the Year
No title available

No title available
sheepfilms
DEAR READER
Lint Roller? I Barely Know Her

⁂

roma★
almost home
KIROKAZE
Jules of Nature
Keni

PR's Tumblrdome
Stranger Things
TVSTRANGERTHINGS

★

Love Begins
cherry valley forever
Game of Thrones Daily

seen from United States

seen from Singapore

seen from United Kingdom
seen from United States

seen from United States

seen from Türkiye
seen from United States

seen from Germany

seen from United States
seen from United Kingdom

seen from Türkiye

seen from Japan
seen from United States
seen from Italy

seen from Türkiye
seen from United States
seen from United States
seen from United States
seen from United States

seen from United States
@hatsuito
じゆうけんきゅう・生活の観察 / 2019.12
『芸術動画ヤミ市』2019.12 プライベイトブース
『芸術動画ヤミ市 -冬のマーケット-』というアートフェスティバルの中で「貸し民家プライベイト」というオルタナティブスペースによるブースのキュレーションをしました。
(以下、ブースのステートメント)
-----
『行商人と止まり木』
わたしたちは、ひとりひとつの肉体を使って旅する行商人である。
道行く先々で絵を描き、踊り、語り、暮らす。
そんなわたしたちの寓居がプライベイトであった。”止まり木"としてのプライベイトは旅人のつくろうとする物語を支える場にはなるが、脚光を浴びせる事も、暗幕で覆い隠してしまうこともない。 ただそこにあるだけ。
同じ止まり木に立ち寄った、見知らぬだれかと、わたしたちは対話し、別れていく。
止まり木に集う多様なプレイヤーは広い世界を鳥のように行き来するが、その時にプライベイトの存在は、飛ぶ力の起点となる。「ただそこにあるだけ」という存在は、いずれ失われるかもしれないが、いま現在は揺るぎなくここにある。
行商人の目的は物を売る事であり、旅である。そしてその行為が、たまたま立ち寄った場を健やかに潤わせ、豊かな明かりを灯したりする。
「冬のマーケット」の登場人物、アーティスト「リーゼ」がそうであったように、私たちプレイヤーもいずれ、物理的な肉体を失う。 しかし、肉体が滅びたとしてもいまこの瞬間を生きるわたしたちがつくった物語や残していった明かりは、たしかに止まり木に蓄積され、循環の中に豊かさをもたらすはずである。
アーティスト: 五十嵐五十音 / 大西晃生 / カワムラシュウイチ / 楠田雄大 / 島村吉人 / たなかかなめ / 番場悠介
キュレーター・魔女:菊村詩織 アシスタントキュレーター:ワタナベ
個展『みんな息を吐いて閉じてゆく』2019.11 OF
作品に使用しているヌードはすべて私の身体です。 はじめは面白く素材として使っていましたが、自分のヌードを扱うというのはある意味、自己防衛手段なのでは、と思い至りました。広く過剰な自己開示をするわりに、一対一のコミュニケーションはうまくできないのです。 「これがわたしです」と手の内をすべて開示して、これより先を探られないよう身を守る。 全方位的に一方通行のコミュニケーション。
いつも、皮膚をつなぎ合わせ、混ぜ合わせ、縫い合わせるような作品を作ったり、その場や集まった人々と時間をつなぎ合わせ、混ぜ合わせ、縫い合わせるような儀式をしますが、それが私の願望なのだろうと思っています。
本当はいつでも他者と混ざり合いたい。でも混ざり合うことに怯えて閉じている。 あなたと混ざり合いたい。 視線に恐怖している。 「女」として戦うことを求められる気がする。 悪夢にうなされている。 自己愛に埋まっていく。
ふと街中やSNSで、同じように彷徨うひとを見ることがあります。 みな正体のわからない願望や衝動に揺れ動き、犠牲を払い、さざめいている。 そんなわたしたちに、ただ親しみと愛をこめて、この作品群を捧げます。
(上記 展示内ステートメントより)
[解説] 出身地でもなく知人もほとんどいない岡山県で展示をした。どこで展示をしても自分のやりたいことは同じであるという事を再認識するとともに、関係性のない場所へ旅し、ひとりきりで自分のための作品を展示する事にかえろうと思っていた。1か月間滞在しながらの展示であったが、想定していたひとりきりの状態とは違っており、岡山の多くの人と新しい関係を結ぶことができた。 怯えて閉じる事をステートメントに書いたが、展示期間が終了したときには多くの親しみの気持ちを得ていた。
期間中に隔週で計3回のパフォーマンスを開催したが、1か月のうちにやりたい事が変化してゆき、即興性の高いパフォーマンスになった。パフォーマンスをするたびに展示空間が一部変化する事は、私の身体や精神と展示空間がリンクしていくようだった。
わたしたち / 2019.11
ハシヒメ / 2019.11
皮膚の縫い包み / 2019.11
夏至 / 2019.6
撮影・ボディペイント:十二の鍵さん
夏至の儀式を行いました
花 / 2018.10
撮影・ボディペイント:十二の鍵さん
このシリーズの作品はWEBマガジン トーキョーアナログ vol.5 に載っています
なれのはてを夢見て
2019/8
なれのはてを夢見て
2019/8
帰る家・肖像 / 2019.6
包む / 2019.3
うぶすな / 2019.3
ゆめのひ / 2018.12
ゆめのひ / 2018.12
ゆめのひ / 2018.12
一番下の作品、撮影:十二の鍵さん
ゆめのひ / 2018.12
わたしと世界との境界には皮膚があり、衣服がある。
具体的な肉や布、ということではなく、浅い眠りの中の夢みたいなフィルターが層となり、 わたしを、世界を、包み込んでいる。
夢の層をすくい上げ、解体したり絵にしたり言葉にしている。 夢の集積を混ぜ合わせ、わたしたちは邂逅する。
今回の一連の作品を展示するにあたって、個々の作品タイトルを設けなかった。 過去作でタイトルが付いていたものもいくつかあるが、 再度繋ぎ直して、すべてをくるんで「ゆめのひ」という作品とした。
ここに存在するものは見た夢の断片だったり、記憶だったり、だれかの持っていたものだったりする。 これらを今日という単位でひとつの結び目にし、共有したいと願っている。
(展示内ステートメントより)