平塚正幸にしろ、磯山秀夫にしろ、もっと言えば左翼のみなさん(俺は平塚正幸も磯山秀夫も左翼だと思ってるので)は、マスコミの話を長年うのみにしすぎてるんだよね。
平塚正幸は「メディアウイルス」とマスコミ批判をしてるけど、そもそもそんなことは当たり前なんですよ。マスコミはあることないこと騒ぐ。んで平塚正幸も磯山秀夫もそういうのを100%真に受けて成長してきたっぽいんだよね。んで今頃になって、マスコミは嘘だという。遅すぎなんですよ(苦笑。
そもそも国民主権党の人たちは、学校教育や会社での経験を軽視しすぎなわけ。学校教育というのは「基本」なわけですよ。基本だからそのままでは確かに社会で役には立たない。でも基本があるからこそ、それを核にして社会に出て成長できる。
サラリーマンが上司や先輩からいろいろ教育されるのもそう。まあ俺はサラリーマン以外の人生を知らないけどさ、平塚正幸も磯山秀夫ってそういうのを全部すっ飛ばしてるように見える。
平塚正幸はサラリーマン経験がないからいわずもがなだけど、磯山秀夫はずっとサラリーマン生活してきたはずなのに、なか変なんだよね。よくわかりません。こんな思考でサラリーマンが務まると思えないんですけどね、俺には。まあ俺にはわからない世界があるんですかね…。だって言ってることが20代の新卒新入社員に毛が生えたレベルだよね…。いったいどんな仕事をしてきたのか…。
まあテレビから得られる情報等のは質が低いわけですよ。テレビはエンターテイメント重視だからね。例えば政治家の汚職事件とかも、まあ野放しはだめだろうけど、日本社会に重要だとは思えないわけですよ。
日本社会に与える影響なんてせいぜい立ちションとかスピード違反程度のもの。それをいちいち民主主義の危機だとか騒ぎまくるのはアホかと思う。すべてエンターテイメントなわけ。人間って「嫉妬」が一番強い感情なわけですよ。自分が生き残るのに重要だからね。他人がいい思いをしていて自分が不利益を被ってると、自分の生存競争に影響するので、非常に強い感情がわく。
マスコミはそれを利用して視聴率を稼ぐわけ。ついでにいえば左翼もそう。何の実績もないし、価値のある主張もできない左翼は、国民の嫉妬を利用して自分たちの存在価値をアピールするしかない。「政治家はこんなずるいことをやってる」「金持ちは庶民より楽してこんないい思いをしてる」と。
1つ1つは真実かもしれないけど、それが「そんなに重要なことなのか」を例背に考えるべきなわけ。
野党や左翼評論家の主張は、普通の社会生活をしてる人間からすれば、明らかにおかしいわけですよ。手続き通りに事を進めている与党の政治家や官僚に対して言いがかりをつけたりする。桜を見る会とか、シュレッダー問題とか、モリカケ問題とか。
でも、常識がない人にはそれが異常だとわからない。学生や主婦とかは、組織の中の理屈がわからないので、マスコミが「異常だ」というと、「なるほど、異常なんだ」と信じてしまう。コロナと同じですよ。マスコミが「コロナは怖い」と報道すると、国民は「なるほど、コロナは怖いんだ」と信じてしまう。
だってさぁ、俺はマスコミのニュースって、7割ぐらいは信じないよ。信じないというのは「そういう報道があった」というのは記憶しておいて、その価値判断は保留にしておく。必要なら自分で調べるわけですよ。
たとえばさ科学に関する報道ってデタラメなわけですよ。「まあ一般向けに説明すると、こう説明するしかないんだろうな」と突っ込む気にもならないけどさ。「○○大学の○○教授の研究により○○であることがわかりました」とか、報道するじゃないですか。
それは「その○○教授が自己申告した」ということなんですよ。「わかった」とその教授が言ったということであって、それが科学の定説並みに信憑性があることを意味しない。
でも文系の人って「ああ、それが正しいんだな」とうのみにしちゃう。話しててなんか話しがかみ合わないなと探っていくと「だってこの前○○が発見されたとニュースでいってたじゃん」となる。だからそれはまだ確認が十分ではないんだってば。
でも一般向けのニュースだけ見てる人にはわからないわけですよ。確かにニュースでは「わかった」と報道されてるから。俺は科学が好きだから、科学雑誌とか本とかネットとかで、それが現段階でどれぐらい信憑性のある情報かを、自分で調べるけどさ(もちろん興味のある部分だけね)。でも科学に特に興味がなくて、テレビのニュースしか見ない人は、味噌も糞も同じ。
テレビのニュースというのは真実ではない。いわば「見出し」のようなもの。こういうことがあったみたいですよ。興味がある人は自分で調べてね、と。そういうものなわけ。ニュースだけですべての情報を得て、あとは想像力で補うと、平塚正幸や磯山秀夫のように妄想・陰謀論になってしまう(笑。
ニュースがいい加減なのは仕方ないんですよ。だって人間、年齢も違うし、学歴も違う、興味の分野も違う。そういう幅広い層に同一のニュースを報道する以上は、おおざっぱに、不正確な情報を報道するしかない。
そして自分が興味を持ったなら、その先は自分で調べるわけですよ。だってその人の予備知識によって、どういう情報が必要かは変わるでしょ。小学生と大学生に、どちらにも最適な報道は無理なわけ。
そういうことがわからないまま、人生を40年とか70年とか過ごしてきたわけじゃん。なんかすごく人生を無駄にしてるように思えてしまう。同情しますよ。だってさ、まったく間違った情報を40年間、あるいは70年間信じて、その情報をもとにあれこれ思考してきたわけでしょ?
それなら陰謀論を信じたくなるのもわかる。だってニュースをうのみにしたら、支離滅裂だもん。俺の場合は学校でならう基本の部分、あるいはサラリーマンとして上司や先輩から教わったことが、思考の根幹にあって、それと一致しないニュースは「あれ、なんかおかしいな」「ほんとかな、自分で調べてみよう」となるわけ。
でもそういう思考の「芯」になるものがないと、取捨選択ができないわけじゃん。どれも同一レベルの信憑性の情報として扱うしかない。それだと「世界は支離滅裂でわけがわからない」となるのは、当たり前なんですよ。
子供はまずは大人を真似て歩き方を学ぶわけ。そして自分で歩けるようになったら、そこから先は自力で進んでいけばいい。しかし歩き方を真似ないで、すべて自己流で歩こうとすると、そもそも歩けない。ハイハイの変形みたいな異常な歩き方になってしまう。それが陰謀論を信じてる人の思考。おぞましささえ感じる。
自由もいいけどさ、まずは「基本」を身に着けることが大事。基本を身に付けた後の自由なんですよ。基本は大人から半強制的に教わるしかない。なのにそれを拒否してしまったから、せっかくの自由も活用できない。歩き方を習得できてない子供に「おまえは自由だ。自分の力で生きろ」と野原に放り出しても、ダメなんですよ。
動物だって子供に狩りの仕方を教えるでしょ。教えた後に自立させる。最初から子供の教育をしない親や、親の教育を拒否する子供は、かえって自立できないわけ。
平塚正幸とかはさ、国民はマスコミや政府の言うことをうのみにしてる!というけどさ、うのみになんてしてないわけですよ。うのみにしてないからこそ、マスコミや政府の報道に不正確な部分があっても、いちいち突っ込まないわけ。
それが平塚正幸はわからないんだよね。いちいちささいな揚げ足取りをして「マスコミの報道はここがおかしい、政府の発表はここが矛盾だ」と言って喜んでる。下らないです。上記のような理由で、幅広い層に伝えるためには「いい加減な情報」を伝えるしかないわけですよ。
正確な情報を伝えようとしたら膨大な情報量になり、そもそもそんな発表は誰も見ないし聞かないんですよ。教科書とか退屈で読まないでしょ。正確な情報を伝えればいいとうものではないんですよ。そういう知識以前のことがわかってない。