私は子供の頃から自分だけ頑張っていたらみんな救われると思いました。
私がもっともっと頑張っていたら、家族が幸せになれるんじゃないか?
私が優等性で100点取れて、お母さんに褒めてもらったら、お家の大変な事情はなんか変わってくると思いました。
私が頑張って綺麗な絵書いてたら、ヤンキーのお兄さんも少し落ち着くのではないか?
綺麗な折り紙作って、親の心が癒やされ、喧嘩やめちゃうんじゃないか?
手作りマフラとか、手袋、帽子作って、それで家族の体だけではなく、心も暖かくなるんではないか?
親の離婚、ヤンキーお兄さんが暴れ始め、弟まで万引きして警察に捕まられ家まで送られた、色々ありました。
私がどんなに頑張っていても、誰も幸せになれなかった。
でも頑張らないとお母さんが子供三人を一人で育てられなきゃならないから、
今まで通りに頑張っていた。
ずっとずっとお兄さんに優等性の私を馬鹿にされ、家族の中でどんどん仲間外れになっていた自分が嫌いでした。
私も悪い子になりたかった。
悪い子は自由で楽しそうでした。
勉強ばっかしていたアニメマニアや本の虫の自分よりずっと。
秘密で自分も万引きにハマりました。
嘘つきにもハマりました。
でもみんなは優等性の私を信じていたから捕まらなくて、気持ちがより重くなりました。
高校生になったらやっと家族の騒ぎが落ち着いて、自分はやっと少し余裕が出来て、
変わりたいと言う考えで高校入りました。
わざと自分の得意な勉強を捨てて、
日本語を少しでも学びたくて入った高校では日本語の勉強以外の全てを捨ててしまいました。
昔はどの授業でも100点取っていた私の成績は70点、60点、数学や科学は赤点ばっかりになりました。
自分の得意な、好きな事でしか頑張らないと決めたのに、あんまり自由を感じませんでした。
2年生の後半は日本語の授業が終わって、その二つだけのコースはどっちも100点取った。
終わった後は高校に入った理由がなくなり、引きこもってしまいました。
一年間ずっと学校に行かずに、アニメと漫画ばっか見ての楽ぐらしでしたけど、心が重かったです。
全部捨てた自分にはもうなんの価値もないと感じました。
でも熱心じゃないことで頑張りたくなかった。
一年間毎日毎日頭の中はくらい考えばかりで、どうやって一番楽で誰にも迷惑かけないように死ねるのかなと言う考えばかりでした。
考えて考えて、迷惑かけない自殺なんて存在していないと言う結論になりました。
楽で死ねないなら、せめてこの与えられた命を世間の人々達を助けるために使いたいと言う考えで、教会で働きたかった。
その結果は、教会の人達に相談して、救われ、バイトしているながら夜の高校通う事になりました。
友達が3年で卒業出来た高校は私にとっては、5年間もかけた辛い道でした。
21歳で卒業し、自分としての卒業プレゼントは2013年11月の日本旅行でした。
日本で色んな人と出会い、私の世界が広くなりました。
2014年は二回目の日本旅にも行けて、心が救われました。
日本語ペラペラなフィンランド人の女性、ロッタは今ここに居る。
いっぱい通り道したけど、そのほうが良かったと心から思います。
家族とも話し合って、実は昔のロッタに家族が色々救われていた事に気づきました。
世界はそんな私の頭の中の暗い考えみたいに暗くないです。
いい方向に向いていると、綺麗な安らぎの景色もいっぱい見れる。