2019.12
12月1日、16日と立て続けで祖母と祖父を亡くしました。本当に実感が湧かないうちにバタバタと色んなことが進んでいく中で、じじの時は涙すら出なかった。なんだかまだ生きてるんじゃないのかな?だって1週間前まで普通に喋って誕生日おめでとうってプレゼントしたパジャマあてて笑ってたもんだから。
心不全の治療は辛かったと思う。強心剤点滴して副作用でお腹は痛くなるし、少し良くなってリハビリしようとしたらまた心負荷がかかって逆戻りで、こんなことを8月からずっと繰り返していた。結婚式に出られなかったことを1番悔やんでたのはじじだと思うし、家に帰れないなら死んだほうがいいとも言っていた。それでもがんばってた。おばあちゃんの時の、癌患者の緩和とは違って、行動に制限もされるし外出もできなくて。急変時延命しませんといっても心不全の治療だから強心剤は投与し続けなきゃいけなくて、良くなる見込みがあんまりないのにいつまで同じことを繰り返さなきゃいけないんだろうって自分だったら思うだろうなと感じた。
家族全員に見守られてあーだこーだ声をかけられながら息を引き取ったじじを見て、じじらしいなぁ。今まで看護師をしてて思う1番いい死に方だなぁって、何だか少し他人事のように思っていた。
実感もないままお葬式が始まって、ぼんやりお経を聞きながら本当に死んだのかな?なんてまだ考えてた時に、お坊さんが話してくれた。
お盆の時に各所のお仏壇回りをするんですが、札幌は結構件数があるので時間が遅くなっちゃう時があって、そうすると結構な数の人からまだ掛かるのかいって催促の電話が来たりするんです。でも信さん(じじ)はどんなに遅くなってもそんな風に言うことはなく、いつも明るく迎えてくれて、遅くまで大変だったなと労ってくれる方だった。
そんな言葉から始まって、私はじじのことを思い出していた。
ふざけて入れ歯を外して顔につけてこようとするじじ(本当に小さい頃はこれがトラウマだった) お前は俺の娘だとか言って過剰なまで愛情を注いでくれたじじ 頭が良くてそろばん教室を開いていて厳しかったじじ 毎回夏休みには1人で泊まりに行ってて、地下鉄で西11丁目に着いたら笑顔で待っててくれているじじ 心臓の手術で死にかけた時に呼び出されて言われた言葉 結婚報告をしたら泣いたじじ ゆうちゃんに会わせた時 「そのまま仲良くな。腹が立ってもちゃんと会話はしろよ。」って笑ってたじじ ほんと数日前に会ったじじ
お坊さんが"いま、信さんは自分の命を投げ出してまで、皆さんの命にも限りがあるんだよってことを教えてくれてるんです。老いている人が先に死んで若い人が後に死ぬと決まっているわけでもない いつその日がやってくるか誰にもわからない
ずっと死なないつもりで生きていませんか?生きていることに慣れてしまって毎日起きた時に感動も喜びもない 同じように毎日が過ぎていくことを当たり前と思ってはいないだろうか
誰にでも絶対に訪れる死を理解して、自分はなんのために生きているのか?今どうしたら良いのかを考えて欲しい
もう信さんと笑ってお話しすることや触れることは出来なくても、もっともっと近いところにいて皆さんのことを見守ってくれている
故人を思い出すことが故人を偲ぶことになる"
そんなようなことを話されて(本当はもっとちゃんと話していてくれたんだけど私の語彙力じゃ伝わらないのが悔しい)
なんかわかんないけどポロポロ涙が止まらなかった。
いつか死ぬってわかっててもそれは今じゃないって思ってて、84歳生きたって100歳生きたってそう思うんだろう。もっと話したかったなってもっとこうしたかったなって。
家族みんなでこういうことを感じれて、これからのことを自分に置き換えて考えるキッカケをくれて。
お母さんとお父さんのこと大事にしよう、今横にいるゆうちゃんのことを大事にしよう。ゆうちゃんの家族やおばあちゃんのことも大事にしよう。自分のことも大事にしよう。
そんな風に教えてくれてるんだなって思って、笑って生きていきます。














