物語を聞くとき、われわれは幼かった頃の聞き方に戻る。言葉の内側にある真の物語を自分で思い描こうとするのだ。われわれは主人公の立場にわが身を置き、自分自身のことを理解できるのだから主人公のことだって理解できるはずだという思いを抱く。だがそれは欺瞞である。おそらくわれわれは自分自身のために存在しているのだろうし、ときには自分が誰なのか、一瞬垣間見えることさえある。だが結局のところ何ひとつ確信できはしない。人生が進んでいくにつれて、われわれは自分自身にとってますます不透明になってゆく。自分という存在がいかに一貫性を欠いているか、ますます痛切に思い知るのだ。人と人とを隔てる壁を乗り越え、他人の中に入っていける人間などいはしない。だがそれは単に、自分自身に到達できる人間などいないからなのだ。
『鍵のかかった部屋』ポール・オースター
柴田元幸=訳














