暗黙知が、個々の諸要素が共同して構成する存在に関与(=依拠)しながら、その諸要素の感知(awareness)に内在化することは、すでに見てきたところだ。こうした暗黙知の内在化を共有するためには、生徒は次のように推測しなければならない。すなわち、初めのうちは無意味に思われる指導も、実は、教師が実践しているのと同じような内在化を感知することによって発見され得る意味を持っている、と。そうした努力の基礎にあるのは、教師の権威を受容する姿勢である。 幼児の知性の目覚ましい発達について考えてみよう。幼児は強烈な信頼感に促されて、発言や大人の振る舞いのうちに隠された意味を推測するのだ。それが幼児が意味を把握する方法なのである。そして、そこまで教師や指導者に身を委ねることによって初めて、新しい歩みが一歩ずつ刻まれていくのである。聖アウグスティヌスも同様のことを述べている。彼はこう説いたのだ。「信じることがなければ、理解することもないだろう」
『暗黙知の次元』(Michael Polanyi著、高橋勇夫訳、筑摩書房, 2003, ISBN 978-4480088161)pp.103-104 第3章 探究者たちの社会









