【どんな小さなことでもはじめたら続けるということ】
いつの頃からか?子どもの頃から、私が気にし続けている言葉の一つ。
子どもの頃から自主的に何かを信じてとことん突き詰めることをしなかった私。得意だったスポーツについても、勉強についても。あれやってーこれやってー。続けるという意味も分かってなかったような・・・
歳をとるにつれ、続けることの難しさや楽しさ、その先にある可能性のようなものに気づかされたり、この短い言葉の持つ意味の多さや深さに気づかされたり。
『こんなことやったらいいかも!』とはじめたら、はじめは注目されたり、自分も気合十分だから、ある程度までは続くけれど、なんとなく自然消滅してしまったりして、なかなか続かないこともある。複数人数でやっていたとしても、そうなってしまうことも。
でも、一度はじめたことを続けてやった先には、実は自分でも想像できない何かもあると思い、ひたすらに続けてみる。
あ!前提は、もちろん、自分がやりたいこと、好きなこと、興味のあること、どきどき、わくわくすることである、ということだけれども。
木頭に来てから、続けてきたことがいくつかあって、その中の一つである『木頭の知恵と自然と人とをつなぐこと』。それがしたいから、木頭に来たと言っても過言ではない気がする。
協力隊の3年間の活動で『ゆうゆう館で遊ぼう』、『移動ゆうゆう館』という、長期休暇を利用した、地域の自然の中で遊び、地域の人から木頭の暮らしのあれこれについて教わり体験できる場をつくってきました。(とっても小さいけれども・・・)
そして協力隊3年目の年、「田んぼでお米を作らんか?」というお誘い。
お米をつくりたい!という思いが私にあったわけではなく、『昔の道具を使って知恵を共有したり、地域の方々が集まる場になればいいなぁ』という思いが強くて、ちょうど、仲間が切りひらき一年使っていた田んぼを借りることができてはじまった、地域の方と子どもと一緒に、できるだけ昔の道具を使ってお米をつくること。
田んぼ1年目は、木頭の子どもたちを対象に募集して、長期休暇などを利用して、お米づくり。昔の道具を使って、地域の方からいろいろ教わりながら、田んぼの生きもの(自然)についても知らないことばかり。
田んぼ2年目の今年は、木頭の小学校のふるさと学習の一つとして取り入れていただき、木頭の小学5年生と地域の方と一緒に、お米づくり。木頭の知恵を地域の方々から学んでもらえたらという思いを込めて。
今やっていることを、どう次につなげていくか。やっている時は必死で、そこまで考えられてなかったかもしれないけれど(特に私は周りが見えなくなる・・・)、今思えば、ここだ!というタイミングを逃さず、続けたからこそ、やりたいことをやり続けることができているのかなぁと。
10月2日(水)。お天気が心配ですが、6月に子どもたちと地域の方とじょうぎを使って植えたお米の稲刈りの日。
子どもたちには、ほんもの(体験した地域の方々)から、ほんものの知恵を学んで欲しいと思っているので、私があれこれ言うつもりはありません。
地域の方々と一緒に作業をして、いろいろ話をしながら直接教えてもらいながら、子どもたちが今までやったことのない稲刈りやはで干しをできればと思っています。教科書に載っていないあれこれを学んでいただければと。
「稲刈りはいつするんじゃぁ。えっと稲刈りやこいやってないけんのぉ。久しぶりにやってみとうなったんよだ。行ってもかまんのか?」
「昔はのぉ、何段にも米の束かけて干しよったんよだ。確か栗の木でこっさえとったけんどの。そん時のとは違うけんど、子どもが干せるように、竹でこまいんつくってみたんよだ。これで、子どもらもできろう?」
「稲刈りは10月2日っちゅか!よっしゃ!よっしゃ!」
私もやる気満々なのですが、地域の方々のパワーに押されてしまいそうなほど。お願いする前に、どんどんと進んで行く。
「田んぼしだしてから、人がようきてくれるようになったわだ。トンボやら、カエルやらもの。にぎやかで、ええわだ。ははは。」
一畝の田んぼでお米づくりをすることによって、私が思っていた以上のことがいろいろと起こっています。もちろん、私も想像以上にたくさんのことを学ばせてもらっています。
だからやめられません。そして、続けていきたいと思うのです。
今年のお米はどんな味だろう?自分たちで育てたもち米でついたお餅はどんな味だろう?