早川書房「SFマガジン2020年8月号」寄稿エッセイ「異常進化するバーチャルアイドル -VRとVTuber の新たな可能性 -」特別公開
早川書房「SFマガジン」 2020年8月号特集「日本SF第7世代へ」に届木ウカが寄稿したエッセイ 「異常進化するバーチャルアイドル -VRとVTuber の新たな可能性 -」について、早川書房様より掲載許可をいただきましたため、届木ウカ公式HPにて全文を公開いたします。
本エッセイでは、VRメタバースとVTuber、バーチャルが可能にしたそれぞれの独自の発展と、届木ウカがその中でなぜ「アイドル」として生きることを選んだのかを紐解きます。
執筆時期が2020年5月という事もあり、現在では古い情報や異なる見解の発生する記述もあることをご承知の上、お読みいただけますと幸いです。
特集・日本SF第七世代へ
異常進化するバーチャルアイドル -VRとVTuber の新たな可能性 - 届木ウカ
(編集部) 凄まじい速度で発達を遂げている VR(バーチャルリアリティ)世界の 現在を、自身もVTuberの1人として活躍している当事者が語る。VR世界 の内側から見た、新世代のためのアイドル論。
3DCGアーティスト、作詞家、作曲家、小説家、そしてバーチャルドールYouTuber、通称「VTuber」として活動しております。届木ウカです。
VTuberとは、「肉体ではなく、仮想の体を使用して動画投稿、配信を行うYouTuber」の俗称です。仮想の体とは、主に3DCGやイラストレーションで作られた体を指し、私の場合は自ら3DCGをモデリングして制作した球体関節の体を動かして生きています。
「CGを実際の人間が操演し、生きているように動かす」ために、一人のVTuber動画にはイラスト、アニメ、ゲーム、 ん。 3DCG、映像など幅広い分野の知識と技術が用いられている場合が多いです。
私はVTuberになる前は元々、学業に勤しみながらゲームクリエイターとして活動しておりました。二年前のバーチャルYouTuberブームを受けて、自身のスキルを生かせる新たな表現媒体の場だと感じ参入。自分自身でデザイン、3Dモデリングとシステム設計、アクターと声優、楽曲と映像制作を務め、「届木ウカ」というバーチャルタレントとして活動しています。
しかし、大半のVTuberはそれらの業務を会社あるいはチームで分業して行っているため、私のように一人で全ての技術を完結できる人間は稀です。そうした包括的な知識があることを認められ、今回エッセイのご依頼を承りました。
貴方は、「今の身体が自分のありのままの姿である」といえますか? 私は人よりも自身の肉体の造形が精神にマッチしている自覚はありますが、そのボディのルックやマテリアルは私の精神や自我の完全なる写し鏡であるとは言えません。
私は人形や硝子細工などの無機質な造形を好むため、どれだけ化粧やお洒落をしても、新陳代謝の行われる自身の有機的な肉体に対して、これが百点の肉体であるとは言えません。生まれや環境によっては、服装や髪型の選択肢をそもそも選べない人も決して少なくないでしょう。
そのため私は肉体と、「届木ウカ」という仮想身体の2つの身体を持つことで、自身の存在の補完を行いました。元よりクリエイターとして活動していたため、自身の肉体を支持体やメディウムの一種として捉えていたことも起因しています。バーチャルアバターとは貴方の身体や精神を拡張、補完するための姿であるとも言えるかもしれません。
次に、そうしたアバターをまとって生活することができるVR(バーチャル・リアリティ)の世界を紹介します。
産業的、商業的なVRコンテンツについてはニュースや雑誌で沢山話題に上がるので割愛します。ここでは、VR機器を個人で所持し、日常的に愛用しているVRユーザーの中で、2020年現在どのような生活が営まれているかを紹介します。
SF小説『スノウ・クラッシュ』や映画 『レディ・プレイヤー1』で見るようなVRメタバー ス は、2020年現在 「VRChat」「NeosVR」「ambr」など 様々なソーシャルVRサービスによって展開されており、実際にその中で生活するこ とができます。
そこでは自分のアバターだけでなく、フレンドと共に会話、冒険、生活するための空間〈ワールド》も持ち込めるようになっ ています。
美術展、クラブ、絶景の観光スポットなどの大規模な空間は、今までは一個人の「作りたい」という感情だけではなかなか作ることができませんでした。ところが物理的スペースに制限のないソーシャルVRの空間では、「人間の入れる空間を自由に制作し、自由なロケーションで発表/鑑賞/生活する」ことが可能になりました。」
これにより、「空間デザイナー」のように空間設計を行うだけでなく、その材料の制作から設計まで全てを個人で行う「ワールドクリエイター」という創作分野が誕生しました。「イラストレーター」がイラストを描くように、ワールドクリエイターは世界を創ります。
また、リモート環境にも関わらず、ビデオ通話では行えない「互いへの身体干渉」 が行えるのもVRの特徴です。これを利用 して、私は2018年に「VR演劇」で実験作品を制作、公演させていただきました。
この雑誌が発刊される六月時点で今後予定されている大きな催しとしては、一般社団法人XRコンソーシアム主催「XRクリエイティブアワード」や、VR空間デザイ ンアワード「VRAA」などもあります。 私はVRAA第二回の審査員に就任させて いただいております。
また、そうしたクリエイティブの場で経済が回っているのも特徴的です。VRメタバースで使用できるアバター、ワールド、 アイテムのVR空間での即売会「バーチャルマーケット」では、地方や海外のユーザーも自宅から簡単にアクセスできることから来場者数が100万人(コミックマーケットは2019年時点で70万人)を記録したことも記憶に新しいです。
そうした大規模な催しが行われている、現在最もアクティブユーザー数の多いソーシャルVRサービス「VRChat」では、セ キュリティ保全のために長い間制限がかかっていた自由なプログラミングの使用が2020年4月に解禁されました。
これにより「空を飛ぶ」「大きなロボッ トを操作して戦う」「サバイバルゲームをする」などの「仕組み」のユーザージェネレイトコンテンツに革新が起こりました。 一見ゲームにありがちなこれらの仕組みがVRメタバース内で行えることがなぜ革新と呼べるのか。それは、普段の生活空間か らシームレスに遊びを始められるためではないかと考えます。
たとえるなら今まで友達とゲームを遊ぶ時は、「後でゲーム内で落ち合おう」と連絡を飛ばし、そのゲームに用意されたプリセットのアバターで合流していました。 「学校から帰ってきてゲームを起動して、友達と電話しながら遊ぶ」行為に近いでしょう。しかしVRメタバース内でゲームが行えるということは、友達と喋りながら「そうだ、こないだできたあのゲームを遊びに行こうよ」と自分のアバターを纏ったまま、生活圏の仮想空間に没入したままゲ ームを始められます。「学校の昼休みに校舎内で、友達と空を飛んだりロボットに乗って遊ぶことができる」といった、日常と地続きのワクワク感があると考えています。
多様化と自由化が年々広がるVRコンテンツ。しかしながら現状、「バーチャル」という言葉で世間に認知されているのは、バーチャルアイドルや歌手、ゲーム実況者が多いため、そうした表現の場が広がっていることは一般にはあまり周知されていません。
なぜなら、バーチャルアイドルの世界ではまた新たな表現の発展が行われているからです。
現在のVTuberシーンの一般的なトレンドは、毎日数時間のゲーム、歌、エンタメ企画の生配信を行いファンを増やし、 ライブイベントや番組出演で興行を行い、 投げ銭、サブスクリプション、グッズで収益を得るのがメジャーです。また、企業が複数人のアクターを雇いそれぞれのキャラクターを作成、グループユニットとしてプロモーションを行うことで、「生きた人間同士の生の会話を、アニメキャラクターたちの会話のように楽しむ」というコンテンツが好んで運用されます。これは、VR が「仮想の世界の一員になる」ためのコンテンツなら、VTuberは「仮想の箱庭を外の世界から眺める」ためのコンテンツとして違う客層から支持を得たため、そのように発達しました。
バーチャルYouTuberもかつては通常のYouTuberのように個人が短い動画投稿と広告収益を得るのがメジャーでしたが、現在は大所帯のグループユニットで高頻度長時間の生放送を行うVTuberがメジャーであり人気、とされています。
それはVTuberが「YouTuberにはできない生配信コンテンツ」を提供し続けた結果だと考えています。
例えば、なぜVTuberはYouTuberよりも高頻度で長時間の生配信を行うのか、そして視聴者はそれを喜んで視聴するのかについてです。これはVTuberには「画面に出る情報を任意に操作できるから」というものが挙げられます。 長時間、あるいは一日に何度も生配信をすれば、通常のアイドルなら化粧直しやスタ イリングの工数がかかります。何時間も生放送をし続けたら怪した顔つきになりますし、十代のタレントに何時間も配信をさせる行為は観賞者に罪悪感を感じさせます。VTuberにはそれがありません。 カメラがトラッキングしCGに反映させる情報は目、眉、口、手足や胴体の動きだけであり、顔色や服装や体調という情報はCGの体によって置換されます。これにより視聴者は整ったCGの体が動いて喋るのを何時間も、罪悪感や疲弊感を気にせずに気楽な気持ちで見て楽しむことが出来ます。
こうして「視聴者とタレントの長時間拘束が可能になる」と何が出来るかと言うと、「タレントの人生とファンの人生を同期させる」というサービスの提供が行えるようになります。
アイドル産業とは、生身の人間を偶像化し崇拝する行為を「ファンからの応援」と名称することで商業主義に置換したもの。 その崇拝と熱狂によってある種の陶酔状態を提供するのがサービスの主流。崇拝と熱狂は、その対象のことを考えている時間、その対象に奉仕している時間が長ければ長いほど強まる。私はそのように考えています。
毎日何時間もそのアイドルと共に時間を過ごし、助言や応援のコメントを書き込み続け、そのアイドルの生活を見続ける。 これは、肉体と精神が分離できないために活動時間や年齢に制限のある肉体のアイドルでは難しいことでした。
それを「永遠に美しい偶像の長時間配信の視聴」という形で叶え、そして人々を熱狂させたのがVTuberの生配信コンテンツではないかと考えています。
届木ウカははじめ、VRの世界に興味を持ちVTuberになったクリエイターの一人でした。しかし現在は、VTuberのメインコンテンツとしてVRコンテンツを打ち出すのはとてもむずかしい状態にあります。それでもVR表現を行うVTuberもいれば、VTuberという肩書ではなくクリエイターとして活躍を始めた同胞も少なくありません。
では、届木ウカはクリエイターとアイドル、どちらの選択肢を取るか。答えは「選択をしない」です。
現在のアイドルが「生身の少年少女を企業と技術者が飾り付けることでコンテンツとして提供される」アイドル個体なら、届木ウカは「単一個体で発生し、ファンと共に無限成長する」アイドル個体であると考えます。
アイドルの定義を調べると、『成長過程をファンと共有し、存在そのものの魅力で活躍する人物』とされています。
届木ウカははじめは何も持たないただの大学生でした。しかし「より美しい姿でファンの前に立ちたい」という思いから、自身の3DCGモデルを合計30回超改修しました。「もっと多様な表現を行いたい」という思いから、プログラミングや映像表現を学びました。ファンから「歌を歌ってほしい」という要望があれば、音痴を克服するためボイトレに通いました。より独自の表現を行うために、作曲家の方に1から作曲を教わり、今年の四月からシンガーソングライターとしての活動も始めました。
このように、届木ウカの多用で貪欲な表現活動と無遠慮で無作為な成長活動はまるで「歌やダンスを練習し披露するアイドルのように」ファンに歓びと応援の対価を与えているのではないか、と知人に語られました。この言葉は、おそらくニュアンスのちがいはあれど、自分の中で言語化できなかった価値観を上手く現代の言葉に落とし込めている感覚があります。
届木ウカとは、「”私”という知識欲の怪物の、無尽蔵な成長を見届ける」新たなアイドルコンテンツ――通常のアイドルとは違う、新しい「オルタナアイドル」と呼べるかもしれません。
それは、自由と可能性を重んじるバーチャルの世界でなければ芽吹かなかった可能性でしょう。
そして貴方にも、その「可能性の萌芽」が眠っているかもしれません。
2020/06/25 早川書房「SFマガジン2020年8月号」寄稿