こんにちは。武井です。
最近、頭の中が複雑系になってしまって、全然ブログが書けないのですが、この話だけは文書化して残しておきたいと直感的に思いました。
僕は本業である不動産テック事業や人材シェアリング事業とは、ほとほと関係のない「新しい組織」「新しい経済」「新しい税金」「新しい社会システム」などの研究を個人的にずっとやっています。まあ個人的なものなので研究ってほど大それたものではないですが。
なぜこういうものに関心が向いてしまうのか。自分でも止められない衝動なんですけど笑、理不尽なものがとにかく嫌いなんですよね。それに対する憤りというか、そういう想いが根源にあって。でもこれも、あんまり崇高なものというよりも、先生や学校に無条件に反抗する中学生みたいなアナーキー情動に近い気がしますが(笑)。
「株式会社の問題点」「資本主義の欠点」「法律の不完全さ」「税金の効率の悪さ」「ヒエラルキー組織の古い前提」とか、そういうものを調べて根本的な問題点を見つけたり、それに対する根本的な改善策を考えることが異常に好きなんですよね。ただ現実を置いてけぼりにしてしまいがちで妄想的なのが玉に瑕。
それは置いておいて、過去にもFacebookなどでちょいちょい触れてきましたが、
が言語化できたという投稿が、なかなか反応が多くてこれはちゃんとまとめた上で公開しないと申し訳ないなと思うに至ったわけです。
ご存知の方も多いと思いますが、王政主義、独裁主義、社会主義、そして資本主義と、各々の名称はさておき、社会システムってそれ自体が80年周期ぐらいで変わり続けているらしいんです。こういうのは僕の説明よりも専門の文献を読んでもらう方が良いと思いますので詳細は省きます。
資本主義という言葉を、我々は何気なく使ってしまいますが、ものすごく端的にシンプルに説明してみます。
資本とは「生産財」のこと。生産財とは不動産や会社(株)や証券(権利)のような収益を上げ続ける資産のこと。この時点で資産家と資本家の違いが明確にわかると思います。
そして資本主義とは資本家を中心に設計された経済システムのこと。資本家は所有権を持っています。ヒエラルキーな社会システムでは、上に遡っていくと権力にたどり着きます。所有権と権力はほぼ正比例します。株式の議決権とか、そのまんまですね。
権力を持っている人達がゲームルールを作る側なので、常にルールは資本を持つ人々、所有権をも持つ人々、権力を持つ人々に優位なようにできてしまう。ひいては、r>g(資本成長>経済成長)という、トマ・ピケティの指摘する資本主義の問題に帰着するわけです。
だいぶ以前から資本主義の問題というのは提起されてきました。ある経済学者は、資本主義は4つの社会問題を引き起こすと言っています。
こういった社会システム環境下では、個別の企業倫理や個人の高い道徳心すら太刀打ちできない状況も出てきてしまいます。
そもそも経済と言っても、正確には3つの経済があります。
現代経済はマネタリーに寄り過ぎているように感じます。専業主婦も経済活動をしていますから。だって家の掃除とか子守とか、アウトソースしたらお金が掛かりますよね?つまりこれって経済活動。
資本主義の設計には、バーター経済とボランタリー経済がすっぽりと抜け落ちてしまっているように感じます。もちろんその揺り戻しで、SDGsやESG投資とか鎌倉投信さんやみさき投資さんみたいな、社会性の高い金融や経済思想が生まれてきています。
僕はバーターもボランタリーも丸ごと引っくるめたものを、人間が経済として扱えるようになったらいいなと思っています。その中心が人の集まりであるコミュニティ。だから街でゴミ拾いしたりしてるんです(笑)。
じゃあ、具体的にどういうシステムを作れば、それが実現できるのか、ってのが情報革命の次の革命なのだと思うのです。しかも、そろそろその具体的なカタチが姿を現しつつあると思っています。
農業革命、工業革命、情報革命。マズローの5段階欲求のように、生物としての根源的な欲求から徐々に上に登ってきています。社会はそもそも多層的であり、IT業界だって通信インフラが整ってコストが安くなったからスマホができたり面白いコンテンツができたりしているわけで。
次なる革命は「情報」の土台の上にできあがるというのも、イメージできるかと思います。そして「信用革命」の象徴のようなものが、「ブロックチェーン」と「ティール組織」なのだと思っています。
ブロックチェーンの出現は、ITが生まれたのと同じぐらいの革命だと思っています。ブロックチェーンはITを使った技術ではありますが、全く別の価値を生み出しているからです。
過去のブログ(ダイヤモンドメディアとブロックチェーンの相似性)にも書きましたが、ブロックチェーンには3つの特徴があります。
リーズナブル(プログラムの話ではなくマネジメント不要の意)
この中でもトラストレスが「信用革命」に直接的に言及できると思います。日本語だと信用と信頼の使い分けが曖昧だったりしますが、英語にすると案外わかりやすい。
信用はクレジット(過去のヒストリー)。
信頼はトラスト(未来や不確定なものへの信奉)。
これは正に法定通貨と仮想通貨の違いで、中央集権的と非中央集権の違い。権力構造の中央が「信用」を与えるのが中央集権。円の信用を担保しているのは日本銀行。国という概念も信用担保のシステムであるとも言える。
それを非中央集権的にPeerToPeerで相互で担保しあっているのが仮想通貨。現段階での仮想通貨の有用性の話は別として、そのメカニズムをみてほしい。
過去の信用を改ざんできないものとして蓄積していくと、未来に対する信頼というものはもちろんゼロにはならないが、かなり多くの部分が信頼せずとも事足りるようになってくる。科学が発達して宗教の幅が狭くなったのと同じ現象だと個人的には思っています。だからこれからは宗教の形や役割も変わってくる気がする。
それを組織の中でやっているのがダイヤモンドメディアだったり多くのティール組織だったりするわけで。給料をオープンにして、情報をオープンにすることで、改ざんできないようになって、結果適正な状態に近づきやすくなる。
勝手な印象だけど、エストニアはそれを国単位でやっている気がする。だから国家運営コストが恐ろしく低いし国家公務員も少ない。
信用革命が影響を与えるのは、人間同士の関係性です。これからの社会は人間同士の関係性が変わっていきます。そして、関係性が変わっていくことを支援するようなサービスや取り組みが、もっともっと必要とされるし栄えていくと思います。
そしてまた、関係性とは「ロジック」「エモーション」「テンション」の3つで出来ていて、、、って話し出すとキリが無くなるので、この辺のマニアックな話は自然経営研究会とか天外伺朗さんとやっている武井塾とか別の機会で(笑)。すみません。
人間関係は、より良い方向に、より円滑な方向に、より親密な方向に、より柔軟(強くもあり弱くもあり)な方向に、そして重なり合う方向に進んでいくと思っています。
これはポリモルフィックネットワーキングという概念で語られることもありますし、経済的・社会システム的文脈でなくとも語られることも多くあります。
人間関係の変化は、クラウドファンディングやシェアリングエコノミーを見て頂けるとわかりやすい。所有と公有の中間の「共同所有」「利用権」「使用権」というようなファジーな領域が広がり始めています。
都市開発でも同じような文脈で語られます。そこに住む「定住人口」と観光客のような「交流人口」だけでは街を維持できない。第3の道が必要で、それを「関係人口」などと呼んだりします。
会社に於いても一緒で、正規雇用と外部の業務委託の中間領域が広がっています。これを何と呼ぶかは分かりませんが(笑)。
ダイヤモンドメディアで提供している不動産テックサービスもステークホルダー同士の関係性を健全に、強固にしていく特性が中心にありますし、人材シェアリング事業のTonashibaも働くことの中間領域が広がりすぎて外に溢れ出たものをビジネス化したわけで。
僕は、会社や社団法人もコミュニティだと思ってるし、学校や街もコミュニティだと思ってます。こないだ、属してるビジネスコミュニティや地域コミュニティを数えたら、20ぐらいあってビックリしたのですが、コミュニティには貨幣経済以外の経済が働いていることを実感します。
ビジネスコミュニティだと、コミュニティ活動が間接的に営業活動になったり、よいパートナーと知り合うキッカケになったり、計画的偶発性とでもいう現象が頻繁に起きます。
地域コミュニティでも、世田谷のコミュニティ仲間の方が言っていたのが印象的でして。「コミュニティスペースを運営するようになってから子供を託児所に預けなくなったんだよね。」なんてことを言っていて、コミュニティって問題解決するのではなくて、問題解消してしまう力を持っているんだなぁとしみじみ感じました。
人と人の関係性が変わる。人間ってそもそも「人」の「間」って書きますから、関係性が変わると、もっともっと人が人らしく居られるようになるんだと思います。
うーむ。こんな感じのことをツラツラと書き続けたいのですが終わらないので終えます。