まいぶろ
そういえば、約1年ほど苦楽を共に過ごした幼稚でガキな弟が"就活""卒業"の名目のもと東京へ帰って行きました。紆余曲折ありながらも、彼が和気を去ってしまったのをいい事にしみじみこれまでの事振り返っておきたいと思います。 とある12月の休日に、僕が主催したイベントに彼は現れました。方々から話は聞いていましたが、別に普通の印象。ただし、彼が僕に放った一言目は、「なんか、胡散臭そうな人ですよね。笑」 「いきなり何言ってくれてんのこいつ?」と若干の苛立ちを感じつつも、その日ベロベロに酔っぱらった彼を介抱して家まで送り届けました。そんな中彼が僕につぶやいたのは、「何かよくわかんないけど、いい人っすね…」 はいはいとその時は受け流しましたが、それから彼と飲みに行くことが多くなりました。誕生日が近い僕らは記憶を飛ばすほど飲み、彼は僕の眼鏡を壊し、腹を抱えながら笑っていました。その頃からあんなことからこんなことまで話せる仲になってたんだとおもいます。 そんな中、僕はひょんなことから内定していた東京の企業を辞退し、岡山の片田舎に行くことになりました。彼も1年の休学を決めており、お互い頑張ろうな、と意気込んでいました。 それから数日後、彼から連絡が来ました。 「あ、おれも岡山いくことになりました笑 よろしく笑」 気づけば4月から同じ家で、同じ勤務先で1年間活動することになっていたのです。 最初の3ヶ月、それはそれは地獄のような日々でした。 3時間睡眠当たり前、話し始めれば毎晩深夜にまで話は絶えず、疲れと仕事と。色んなことが重なってお互いに仕事のこと以外でのコミュニケーションを避けるようになっていきました。 そんなモヤモヤした雰囲気に痺れを切らした僕は「もう、一回リセットするべ。一発殴っていいから俺にも一発殴らせろや。」と端折るとなんかよくわかんないですが、武力でその不安な状態を解消し、そんなこんなでまた頑張っていこーぜってなりました。 そこからというもの、文字通りなんでも話す間柄。おれが彼女に振られた時もバカ笑いして励ましてくれたり、新規事業がうまく進まなかった時も、彼なりのアドバイスをいくつもくれました。その頃からか、兄と弟のポジションか逆転していたような気がします。 一人仕事仲間が増え、また僕が不和を起こした時、口火を切ってその状況を解消してくれようとしたのも彼でした。その努力は結局その時報われなかったけどね。笑 気づけばあと一週間足らずで彼が任期を終えるという時、彼は送別会のあと呂律の回らないような状態で僕に何かを言い始めました。要約すると、「つまんねぇ、帰れ、死ね、しょーもねー、どーにかせーや。」こんな感じのことです。約4時間説教くらいました。24年間生きてきて1番長かった説教。 ただ、そこには彼の気持ちがこもってました。1年間苦楽を共に過ごしてきたからこそ言ってくれたんだと思ってます。あの時は殺意が2回ほど芽生えましたけども。 彼が残していったものはあまりにも大きかった。やりきったその成果もだけど、何よりも彼の存在は方々にとって大事なものだったと思います。普段はテキトーなくせに、最後の最後でおいしいとこはしっかり持ってくその図々しさは見習いたいものです。 あまり長く書きすぎると、ゲイゲイしいので、これ以上長く書くつもりはありません。ただ、最後に言うこととすれば、 1年間、本当に世話になりっぱなしだった。 迷惑かけた覚えしかない。申し訳ない。 それでも一斗と1年間やり抜けたことは僕の中で本当に最高の1年だった。 形は違えど、またどこかで、一緒に何かできるとうれしい、ただそれだけです。 ありがとう。 池田は来年度のテーマを「金星」にすると決めました。 さすらいながらも、マジ何様と言われながらも、最後に笑う正直なヤツになるためにも、もう一年和気でやっていきたいと思います。 おしまい。 さっさと就活終わらせて金稼いで兄をtomorrow landに連れて行くように。 以上。















