本をつくりました。
タイトル:酔う日々
著者:余白
表紙・絵:鶴来 悠介
印刷:レトロ印刷
サイズ:138×190
ページ:60P
tumblerでなんとなく書いていた文章も、いくつかピックアップして本に載せました。お酒を飲みながら読んで、読み終わったら飾って。全体的にアンニュイな雰囲気だと思います。アンニュイなtumbler民に読んで欲しいなぁと、思っています。
baseから買えます。ノシ
自分で作った本(zine)を販売します。
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本をつくりました。
タイトル:酔う日々
著者:余白
表紙・絵:鶴来 悠介
印刷:レトロ印刷
サイズ:138×190
ページ:60P
tumblerでなんとなく書いていた文章も、いくつかピックアップして本に載せました。お酒を飲みながら読んで、読み終わったら飾って。全体的にアンニュイな雰囲気だと思います。アンニュイなtumbler民に読んで欲しいなぁと、思っています。
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自分で作った本(zine)を販売します。
なんだか色々嫌になってInstagramのフォローを500人ほど外した。たまに来る、SNSにがんじがらめになっている気がしてならない症候群。だからか外すと肩の荷が下りたような、ふわりとした軽さを一瞬感じた。基本的に相互フォローは残して、それ以外のインフルエンサーや行ってみたい飲食店、もう行った飲食店や美術館などそういうものを外した。そういうものの積み重ね、外してもいいやと思えるアカウントが500件もあったことになんだかクエスチョンマークが頭の上に表示される。そんなもののために毎日流れてくるストーリーズに時間を割いていたなんて馬鹿らしい。時間の使い方を決めるのはまぎれもなく自分なのに、だけど手元にあると眺めてしまう、そんな現代病に感染しているためもう手放すしかなかったのだ。フォローを外すしかなかったのだ。ずっとそうしたかった。そして、それが今日だった。それだけ。
そしてこの現象に何もネガティブなニュアンスは含まれていなくて、なんなら前向きな手放しであって、だけどそのことがどこまで伝わるのか全然分からないし、なんなら伝わらないと思っている。放出したい言葉がとてもたくさんあるのに、どれも自分の外に出ると言葉とニュアンスのバランスが取れていない気がして、なかなか発信できずにいる。ニュアンスが取れるタイミングがはるかに減っている。要因は分かっている。自意識過剰。それだけです。だから、ステレオタイプな考えを取っ払って、もう振り切ることにした。感情とタイミングを優先して生きていくことへの限界を知って、だから前向きな意味で解放する。解放して、自分を縛る。もっともっと自分を知ること。大事だね。しっかりと地に足つけておきたいから、だから吐き出すんだよ。ただの排泄。
夜は酔う以外に何をすべきなのか、わりと本気で分からなかったりする。ワインを飲み干し、ウイスキーに移行。喉元を過ぎて胃に落ちる少し熱さのあるアルコールに癒される。これがない日々なんて考えられない。
基本的に在宅勤務なので下手をすれば一日中家から出ないことも多く、今日はまさに一歩も家から出ない日だった。健康面的になんかダメかなとか思って散歩にでも行こうか考えるけれど、根底にある根暗さには抗えず本当に外の空気を吸わないまま夜になってしまいこうして酒を飲んでいる。酒を飲み始めると空腹にも気付きにくくなって結局ご飯というご飯を食べずにピスタチオを食べている。
ストーリーズで流れてくるそれは、常にサイレントモードのためいつも無音。動画を流されても音声は聞いていないし秒で飛ばす。だけど今日はたまたまサイレントが解除されていて、ふいに流れて来た音楽にやられてしまった。「忘れらんねえよ」の「アイラブ言う」にノックオンされて、こんなにメロコアなパンクなロックにやられるなんて私ちょっと感傷的すぎない?と一人肩をすくめている。家には誰もいないので、当たり前に誰も反応してくれない。一人で肩をすくめている。誰か隣にいてくんないかな。
Youtubeに飛びMVを観ると、いろんな人が推しの好きなところを話していた。キモイと最高が混ざり合ったそれは今欲していたカオスでこれを感受出来た心境とタイミングに感謝しつつ音楽を聴くも、それはもう良すぎて不覚にも泣きそうになってしまった。ギリギリ泣いていないのはまだそこまで酔っていないからで、酔っていたらそれこそ秒で泣いていたと容易く予想できる。
創作物の意味のなさが好きだ。音楽もアートも文章もファッションも、娯楽に分類されるものは実質的にはなくても生きていける。だけど、それを知ってしまった以上、私はそれを感受しないと全然生きていける気がしない。定期的にそういうもので自分を潤していたい。枯渇した時に注がれるそれらは命の水のように尊くて神々しい。もしかしたら今私はとても枯渇していたのかもしれない。それに気付かずに倒れてOS1のCMに出ていた所ジョージに勝手に親近感を覚えながらそんな事を考えている。
狂ってる 狂ってる 狂ってる
くだらねえ世界を 変えるよ
どうにでもして。お願いだから狂ってから世界を変えて。だから生きて行ける気がするよ。じゃないと、もう、無理なんだよ。だから、君は希望なんだ。酔いが加速してきたから、もしかしたら泣いちゃうかも。じゃあね。
普段よりも少しゆっくり起床する。特に何をするか決めていないまっさらな休日。布団から出るのが億劫になっていた寒さはつい1週間前に消え失せて、もう窓を開けていても気持ち良いくらいには春が目前まで迫ってきている。なんとなくずっと眠たかったり、いつもより瞼が開きにくかったりするのは季節の変わり目、花粉、まぎれもなく春のせいだろう。春を感じてもう梅雨を想像してしまう。憂鬱になることが得意なようだ。ため息をついたら幸せが逃げるって誰が言った?そういう信ぴょう性のない話しはあまりしないで欲しい。取れない疲労と今日も一緒に生きていくのだなとため息をついて首をぽきぽき鳴らし、昨日よりも1度温度を下げたシャワーを浴びる。
ずっとこのファンデーションでいいな。それなりに安いし、綺麗に塗れるし。そんなことを思って3回リピートしていたファンデーションに急に飽きた今日。ふいに来る飽きがあるから経済は回る。経済は回った方が良いよね、活気があって。だけど今日の私は経済なんか考えたくなくて、ソファに寝転がって小説を読む。図書館で借りたそれを読み終わり、延滞しすぎているから返さないと、と立ち上がる。急に春になった外を眺めて散歩がてら図書館まで歩く。紫外線は目から吸収するとこれまた誰かが言っていて、これに関しては信ぴょう性がありそうだったのでサングラスをかけて外出をした。
海か川か私には分からないけれど、多分海。海沿いをのんびりと歩きながら、水にプカプカと浮かんでいる鴨たちとボラの大群を見る。「鳥とサカナは共存するんやなあ」と気付けば声に出していた。私だけじゃなくていろんな人が海を見ていて平和だなと思う。ビールが急に飲みたくなった。もう図書館に行くのを辞めてここでビール飲もうかな。延滞している小説は明日返そう。急な路線変更が決定してコンビニを探す。春だから軽めのビールにしようと浮足立って空を見上げる。果てしない自由をたまに感じるけれど、これは間違いなく果てしない自由だった。携帯で時間を確認するとまだ昼の14時で、なにもかも最高やなと笑ってしまう。こんな日が定期的にあった方が良い。そんな事をどこかの誰かが言ってたなあて、いつかふいに思い出して欲しい。信ぴょう性は、あるんじゃないかな。
目の前で雑用をする上司をガン無視しながらネットサーフィンをする。上司が雑用をしているのだから「手伝いましょうか?」くらい話しかけても良いところなんだけど、生理的に無理という理由でガン無視をしている。
いや、はじめはそうではなかった。普通に本の話しとか酒の話しとか雑談をするくらいの仲ではあった。仲っていうか、別に同じ職場なら、話しかけられれば誰だって話すけど。だけど距離感を間違えた上司は次第に毎日話しかけてくるようになり、休みの日までラインをして来て、私がおすすめした本を1か月で6冊読むという偉業を成し遂げたところで、私の脳内ホイッスルが鳴った。レッドカード。理由:キモイ。乙。
私、一回無理になると、結構ずっと無理なんだよねーって、髪の毛を指でくるくる巻きながら心の中でぼやき、日々上司に冷たく接することを心掛けた結果、一切話しかけてこなくなったとともに、雑用すら私に頼めない上司に仕上がりましたとさ、ちゃんちゃん。
そしてこの文章は、もちろん仕事中に書いている。今日もお疲れ様でした。
身体が火照るような暑さになってきた最近、台湾かき氷屋で働いていた時のことを思い出す。トロトロで鮮やかなオレンジ色のマンゴーを思い出す。夏季限定のとても短い短期バイトだった。女子十二楽坊が流れていた。
なんばパークスの最上階で開催されていた台湾フェアは驚くほど流行らず、ガラガラのフロアでずっと女子十二楽坊を聴いていた。クーラーが効きすぎていて寒かった。隣の店では炭が練りこまれた肉まんを売っていたけれど、当たり前に売れていなくて毎日余ってた。余りをよくもらった。
ある日、夏祭りに出店することが決まったので神戸まで遠征した。社長が運転をして助手席に座って大阪から神戸まで行った。白いTシャツと古着のジーンズを着ていた私に向かって「なんかエロイね」と言う社長に「そうですか?」と返す。その会話だけは鮮明に覚えているから、その時の服装も鮮明に記憶されている。
目の前には広い海があって、砂浜の上で販売をする台湾かき氷はとてもよく売れた。忙しいことに慣れていない私たちは一生懸命頑張った。暗くなってきた空に打ち上げ花火が上がったところで少し落ち着いて、私たちも花火を見た。隣の店の外国人がビールをくれた。暑い夏にぴったりのピルスナーをぐいぐい飲んだ。ぬるい空気が気持ちよかった。
帰りの車内では社長が陣内智則と飲んだ自慢をしていた。「藤原紀香とのセックスについて俺聞いたんだよ」などと下世話に話しているのを、コンビニで買ってもらったビールを飲みながら聞いた。こういう人種いるよなと、社長の小さいカバンを見ながら思った。なんでこういうタイプの男性って小さいカバンを持っているんだろうとも。
その後どうやって辞めたかなんかは覚えていないし、その時に一緒に働いていた人の顔なんか全員忘れた。短い思い出だけど、私の中では濃かったのかな。身体が火照るとたまに思い出しては、夏だなあと思う。社長のエロイねって、すげえアウトな発言だなと今更思いながら。
少しばかりヤバいなあとは思っていて、なんだか分からないけれどそろそろ水が溢れそう。表面張力ギリギリの状態で、あと一雫でも何かが落ちれば、溢れる。
求めない、求めない、と口ずさんで自分に言い聞かせて、求めないことを忘れないようにする。求めなければ、落ち込みの幅が狭まる。幅を狭めることはとても大切。自己防衛。そんな方法間違ってるよ、と誰かに言われそうだけど、それも分かっている。こんな方法良くないよな。でもね、今を生き抜く為にはたまに必要なんだ。たまにね。
何から身を守っているのか全く持って分からないけれど、定期的にやってくるこのゆらぐ心が邪魔で仕方ない。ここではないどこかにしばらく行きたい。どこに行きたいのか考える。そうすると頭に浮かぶのは、静かな海辺、砂浜に寝転ぶ自分。私は何故だか海の見える場所に行きたいらしい。波の音を聞いて、目を瞑って、たくさん泣きたい。溢れた。最後の一雫は、自分を解放することらしい。解放出来ることが分かった瞬間に、もう溢れた。溢れたら、どうしたらいいのかな。
書く事でしか吐き出せないような気がしていて、旅行にも行けない、外で飲酒も出来ない、退屈な日々にうんざりしていて、だけどそんな愚痴を言う人なんてInstagramには居なくて、tumblerには死ぬほど居て。だからtumblerって辞められないっすよねヨロブンなんて言ってんのは、韓国YouTuberのモッパンばかり観ているせいで。
朝からチンタラ電車に乗り込む女子高生にイライラしまくりながら、これ車やったら煽り運転だなくらい車間詰めて、早よ歩け〜の気持ちを身体で表現する。飲食店や商業施設をどれだけ閉めても、この毎日の満員電車がある限り、そりゃ感染者出ますぜって、全員溜息漏れてるよな。
何が楽しくて生きてんのやろ?って、また考えてる朝。何をすれば楽しいんやろ?の答えが、コロナによって出来へんことばっかな気がしてまう。コロナ禍やけど出来る楽しい事は、もうやったし飽きたよ。そろそろ潮時やわな。キツい。でも、みんなキツいよな。キツいのに何も言わずに頑張ってるみんなえらい。私もあんまり言わんよーにするから、ここでは言わせてって感じです。だってtumblerってそーゆーとこやからな。な。耐えるわな。
プラスチックで出来ているジョッキは驚く程に軽い。軽いジョッキに入った生ビールを勢い良く飲んで生き返る。サイゼリヤでは生ビールが高く見えるが今日はどうしても飲みたかった。
些細な事でダメージを受ける度に、普段相当ダメージを受けてないんだなと気付く。スルー能力が高すぎて色んなことが気にならない性分だけど、たまにあるダメージには弱かったりする。スルー能力が高いのは、ダメージに弱い裏返しなのだと気付く。
どうにもこうにもテンションの上がらない夜は、家に帰って晩ご飯なんて作らず、どこかで一人外食をする。ちょっと外食しすぎ?と、一応自分に問いかけるけど、そんな事まで我慢してたら何のために生きてるか分かんなくね?って思って迷わずサイゼリヤで「一名です」と言う。そもそも何のために生きてんだか。これ、考えだすと止まんないから辞めとくね。
いつかのバイト先で先輩が惚気てた。「私の彼氏って自由人で、一人でサイゼリヤに行って赤ワインを飲みながら机いっぱいにおつまみ頼んでんの。一人でだよ?後から私合流したんだけど笑っちゃって。そういう所がすごいなーと思って、好き」その先輩は私よりも7つ歳上でKBFの服が好きだと言っていた。全てのセンスにおいて好みじゃないと思った事を、一人サイゼで赤ワインを飲みながら思い出す。ラムのステーキと赤ワインを一人で食べている私を誰でも良いから好きだよ、素敵だよと言ってくれないかな。今日、ダメージ受けてんだよね。たまには優しくしてよ。なんて
久しぶりに飲むサイゼの赤ワインは全然美味しくないのにめっちゃ美味しくて、なんでこれが美味しいの?と、不思議になる。ふくよかなんて言葉は皆無で、ど直球に渋みと安い酸味が押し寄せてくる。濃縮還元万歳!と大声で言ってるようなその味に、何回お世話になっているだろう。
昨日ブラジリアンWAXをされながら、施術をしてくれる美魔女と話をした。美魔女は安い酒はもう飲めないと言っていた。ずいぶん前からケミカル断ちをしていて、たまに安い酒を飲むと頭痛が凄いらしい。ナチュールワインばかり飲んでいる私も同意する。高い酒はちゃんと上手いし、自然派であればあるほど頭痛とかはおこらない。だけど私は安い酒も余裕で飲めて、安いワインも安いウイスキーもガンガン飲むぜって事は黙っていた。安くてガソリンみたいな味のするハイボールが恋しい人の方が、私は好きで愛せる。
サイゼリヤのラムステーキは思ったよりも脂身が多く筋張っていて、冷めて固くなったそれを見下ろしながら赤ワインをチビチビ飲む。見ながら飲むのも、一応おかず。食べる気が起きない。少しは癒されたんだろうか。少しは回復したんだろうか。まだまだ自分らしい生き方を模索中。模索してたらもう少しで30歳になるらしい。いいね。人間らしくて、と、ラム臭い空間の中、渋みと酸味に溺れて凝り固まった首をボキボキ鳴らす。まだ火曜日。
二日酔いで起きられへんと、今日BBQを一緒にする友人からLINEが来て笑った。何故なら、私も相当身体に酒が残ってて身体だりぃ、と思っていたから。ほんならもう一人の友人も、昨日ワンカップ三本飲んだからしっかり酒残ってるし浮腫んでると言うてて、全員コンディション悪いのに今からBBQって、とまた笑う。てか、BBQの前日くらいコンディション整えとけよって話しでさ。私は朝から飲んだ花粉症の薬の影響もあって早くも脳内ぼんやりしててヤバいなー今日。って匂いがプンプンする。せやったら別に無理に酒飲まんでええやんって話しやけど、BBQで酒飲まんとか無理に決まってて、これから始まる今日がちょっとだけ怖かったりする電車の中。Instagramのストーリーに外で酒飲むと投稿すると、今日は頭から血流すなよとDMが届いて、本間やな!と気を引き締める。頭から血を流したのは私では無いが、あの日頭から血を流した彼女は今日も朝から二日酔いや言うてて、なーんも変わらん日常とメンバーに安心する。早よ肉食べたー、てピーカンの空見て思う。
ちょっとええ串カツ屋あるねん、と連れて行かれたそのお店はコース料理のように串カツが登場して来て、後にも先にもこんなにええ串カツ屋には行った事がないんやけど、何を思ったか私はその店でショタについて語っていた。コナン君のショタ向け画像でイケた話をしたその日を境に彼と会わなくなったなあと、今になって気付く。そしてコナン君のショタ向け画像でイケた事は、この一件の後にも先にもない。
コナン君のショタ向け画像でイケた時は、もうなんでもおかずに出来んじゃね?と自分の自由度の高さに、なんだって創造していけるクリエイティブなエロを操る私に、ある種の希望の光みたいな物を感じていたけれど、それはとっても自分を過大評価しすぎなだけであり、もし目の前で串カツを頬張る彼が「幼女で抜けてさー」とか言ってきたら、「マイノリティって辛いよね、ところでこの串カツ美味しいね、特に銀杏」などと話しを逸らすかもしれないと容易く想像する。全く、言う側と言われる側の気持ちを考えられていない。こんな話をしておきながらアニメイトに並ぶ忍たま乱太郎のショタグッズを見て、こんなん買う奴いんの?とか悪態をついていた自分の記憶が都合良く消去されてたりする事にも呆れる。そもそもなんでアニメイトに行ってんだ。
結論、別にペドもショタもクリエイティブではない。じゃあ何がクリエイティブなの?って自分自身に問いかけて気付く。なんでクリエイティブなエロを追求してんの?意味なくない?てか結論って、なんの結論?電車から見える曇り空を眺めながら、まあでも別にこの世の全ての事柄に意味なんてなかったなと思ってスッと心が静まる。なーんだ、どうでもいいやん。で、なんの話ししてたっけ?と考えてたら職場に着いてた月曜日の朝。清々しいよ。
マフラーに付いているブランド名のタグを見えるように出すのはダサいと言われたんやけど、ダサいん?と聞かれて、何のブランドかによると答える。BEAMSと言われて、あーまあそれは分からんでもないと答えるほかなく、その人はダサいと言われた事に少なからず傷ついていて、まあデザイナーズブランドみたいにブランド名を売りにしてるようなやつならロゴが全面にあってもお洒落やけど、という私の解説にもピンと来ておらず、やっぱ分からんとさらに凹みだした。お洒落に目覚め始めた20代前半であったならこれからのためにももっと私の趣味嗜好からのお洒落を語りたいところだが、40代後半の彼がBEAMSのマフラーを付けていた事実に本気でどーでもいいんじゃない?と放棄することを選ぶ。一つ言えるのは、だったらUNIQLOのがマシじゃない?ってこと。でも、なんでUNIQLOの方がマシかもきっと分かんないんだろうなあって、やっぱり放棄して遠い目になる。
アカンなーって思いながらストロングのプルタブもうあけてて、好きーって思う。ほんで飲み過ぎーって、自分でツッコんでへらへらする。釣りのようなYoutube動画にまんまと釣られてエッちぃ気分になるASMRを開いたらまんまとエッちぃ気分になってしまった。コメント欄には生理の時に開くべきではないと書いてあってそれにたくさんのいいねがあった。私も心の中でいいねしてYoutubeを閉じてDMMをクリックする。友人曰く無修正のクンニ動画が一番イケるとか言ってたけどなんか探すのめんどくさいし私は別に無修正じゃなくていーやって感じでノーマルなAV観てサクッとイク。あーあ、足だるい、とか思いながら重たい腰を上げてシャワーを浴びる。上がって気付くとまたプルタブあけてて、おいー!ってツッコむ。自分でばっかツッコんで、もうやだよ誰かツッコんでよとか言ってまたへらへらしてさ、何が面白いの?と急に萎える。萎えた視界には今朝取り込まれた洗濯物の山があって、後で畳もうの「後で」がどんどん後回しにされて行く。もう今夜は何にもやる気出ないし、明日の朝早く起きて家事すっかとこの1週間毎晩思って眠りにつくけど、毎朝いつも通りに起きているからただのたくさん眠る人と化してる。ま、いいんだけどね。いいんだけど、いいのかな?て、思うけど。
鶏ガラと紹興酒を混ぜ込んだミンチに、細かく刻んだキャベツとニラを追加して捏ねる。コナン君を観ながら、もくもくと包み、焼く。すでに飲み始めていたが、さらにストロングの500をあけて飲み、食べる。久しぶりに作る餃子に、自家製のタレとラー油を付けて。買った方が安いし美味いと思い込んでいたけど、確実に手作りの方が美味しかった。あいていた白ワインは、コップ1杯分あったので、それを飲みながら、コナン君を観ながら、洗い物を終えて、明日のためにキノコとキャベツのスープと、ひじきを炊く。圧力鍋の中には手羽元と大根のさっぱり煮が出来上がっている。それでもまだ何か作りたくて、少し余っていた餃子の皮に新しい種を作って包み続けた。貰い物のチャミスルをあけてみたら美味しくて、気づけば1本全て飲んでいた。コナン君を10話程観終わっていた。
朝起きると、とっても綺麗なキッチンとリビングがあり、昨日のハイになっていた自分に感謝する。今夜の晩ごはんまで出来上がっている。最高。身体に全く酒は残っていないものの、まだコナン君を観続けたくって、とてもとても仕事を休みたいと思ったけど、我慢して出勤をしている。今日は割と無気力だしやる気もない日だけどコナン君だけは観たい。何がなんでも観たい。コナン君を観ていたら家事が捗るから、今夜も餃子を包もうかなと、そんなことしか考えられない。お腹が痛い。
気付くと目の前に笑顔の男性がいて、こちらを見ながら何か言っていた。それまでの私は何をしていたのか記憶にないけれど、手には村上龍のトパーズを持っていたのできっと読書をしながら気を失っていたんだと思う。終電に近いガラガラの電車の中には私たち2人だけしかいなくて、対面に座る男性は「そのカバン可愛いですね。」と言っていた。「分かりますか。ACNE。」「分かりますよ。オシャレですね。何されてる方なんですか?」急にたくさん話しかけて来た男性と、なんの疑問もなく会話をし続ける私は、酔った頭で『酒ってすげえ』と思った。
長崎出身のバリスタだという男性は最寄り駅まで同じで、電車から一緒におりて更に家の方面まで同じだった。しばらく一緒に歩き、また会える友達のように「じゃあね」と元気に言って別れた。
翌朝、昨夜のことをぼんやり思い出し、何を話したんだろうと頭をたくさん回転させたけれど全く思い出せなかった。忘れた頃に携帯のsafariを開くと知らないカフェの情報が検索されていて、多分あのバリスタが働くカフェなんだろうなと推測できた。推測できたところで、と思ってそのページを削除したけど、なぜだかあの日の記憶は色濃く脳内に残っている。
喪服を着て駅のホームを歩く。久しぶりに履く黒のヒールがやけに大きくて歩き辛い。喪服の上にコートを着るか迷ったけれど辞めておいた。せっかくの細身のスタイルが崩れてしまうから。首元にはパールのネックレスをつけて、手には小さな黒い鞄をぶら下げて。少し寒いなあ、と思いながら黙々と歩く。同じホームに今から七五三に行くであろう家族が居た。みんな着物でしっかりキメてる。着物を着てはしゃぐ子どもが騒がしい。当たり前だけど、それぞれの家庭にそれぞれの時間が流れているんだなあと思う。同じ時間を生きているのに、あちらは七五三で、こちらはお通夜。悲しい事や嬉しいことが同じ時間の中に混在していることを身をもって感じた時、いつも不思議な感覚に陥る。
衣替えをした。直し込んでた服を一斉に洗濯して、久しぶりにセーターを着た。穴が空いていた。あらま、と思って捨てた。他のセーターを着たら、もっと穴が空いていた。たまに洗濯機に詰め込みすぎて、なおかつ雑だからネットに入れることを怠り、年に何度か服を破る。まあセーターくらい毎年買えってことだよなーなんて、服を買う口実に脳内でシフトチェンジされた。脳は都合良く出来ている。なにかで読んだんだけど、記憶をなくすのは人格が壊れないようにするためらしい。記憶をよくなくすなあと思う人は人格破綻する寸善らしい。我やないかと思って、酒を1週間断った。やれば出来た。噂には聞いていたが酒を抜くと体調も良い気がする。自分の身体で感じた瞬間、急に酒が阿保らしく感じた。人は変わる。そして「百聞は一見に如かず」と頷く。なむ。でも、人は変わらないってことも知ってるんだ。そんな簡単なことじゃないんだよね。
奈良の携帯屋で店長をしていた事がある。いつからかは思い出せないけれど、わたしに会いにくるおばあさんがいた。おばあさんはいつもビニール袋に直接お金と携帯を入れていた。たまに40歳くらいの息子も連れてきた。障害があるようで喋らない息子はいつも待合の椅子に座っていた。おばあさんはわたしが他の人の接客が終わるまで律儀に待ち、わたしの手が空くと無表情でわたしに話しかけてくる。
ある時からわたしの写真を勝手に撮り、待ち受けにしてくれと頼むようになった。わたしを待ち受けにするんですか?と笑いながらおばあさんの携帯のあらゆる設定をしてあげた。わたしが休みの日には他のスタッフにわたしの待ち受けを見せたりしていた。少しずつ笑顔を見せてくれるようになっていたおばあさんは何を契約するでもなく週に3回くらい店に来た。
私の奈良は短かった。3か月で東京に行くことが決まった。おばあさんにそのことを伝えると寂しいなあと辛そうにしていた。東京へ旅立つ前日、一緒に喫茶店へ行った。あまり時間がなかったけれど、おばあさんと息子とわたしで珈琲を飲んでわたしがご馳走をした。なにかあったら電話してねと電話番号を教えた。東京に行ってからも2~3か月に1回くらい思い出したように電話がかかって来た。それが1年くらいは続いた。
以前から兆しはあったが、おばあさんは少しだけ認知症のようだった。電話を重ねるたびに認知症は進んでいるように感じた。「今日は店におるんか?」と聞いてくるおばあさんに「奈良にはおらんよ、東京におるんやで」そう話すと「そうか~」と納得するが3か月後にはまた「店におるんか?」と聞かれた。
その頃わたしは5店舗を束ねるマネージャーをしていた。奈良の頃のように余裕はなく、心身ともに追い詰められて崩壊する寸前だったように思う。誰とも話したくなかったその時期におばあさんは毎日電話をかけて来た。電話のバイブが怖かった。おばあさんの電話は全て無視した。無視して、無視して、無視を繰り返して、気づけば電話は来なくなっていた。電話が来なくなった頃、わたしはきちんと崩壊した。わたしの中のなにかがポキッと折れたのが分かった。関西に戻ることに決めた。わたしの東京は2年で幕を閉じた。関西に戻るよ、また会えるよとおばあさんに報告しても良かったけれど、しなかった。崩壊は終わったけれど、そんな元気はなかった。