ここ数日バンコクも初秋のような涼しさでつかの間のタイの冬を感じながら今年一年を振り返っておこうと思う。
本当にめまぐるしく移動の多い一年だった。数えてみたら、約60日ほど日本にいたし、近隣諸国へ旅にも出た。初めて中東オマーンへもいき、久しぶりにアジアの外へ出た。ずっといきたかったルアンパバンにいったり、友達からもらった縁で岡山倉敷にもいったし、12年ぶりにアンコールワットもいったし、ホーチミンには2回お買い物に出かけた。結婚式も日本とバンコクで2回もしたし、仕事と私用で東京、名古屋、関西、福岡、大分にもいった。本当に移動の多い年だった。欲張りで自由がすきな私らしい年だったように思う。32歳、本厄。全体的にはとても変化の多い、いい年だった(最後にちょっと大変なことはあったけど。)
12月には来年の大きなチャレンジへの一歩を踏み出せた。
チームを立ち上げて3年。今の会社に入り、チームを立ち上げるときにVisionを掲げた。
「在タイ日系企業にとってThe Bestなエグゼクティブサーチ、ヘッドハンティングチームになる。」
二人のアシスタントと3名で始めたチームも今は私を含めて8名のチームに拡大した。基本的に既存のお客様とご紹介いただいた企業と長くお付き合いをさせていただきながら、採用という切り口でお客様の経営や組織の悩みや困りごとの相談お伺いしながら人材の紹介をさせていただき、チームで協力して一つ一つの求人と真剣に向き合ってきた3年間。何をThe Bestと呼ぶのかはそれぞれ考えが違うとしても、お客様の問題を解決したい、よいマッチングをしてお客様にもキャンディデイトにも幸せな仕事をしていただきたい、企業と人材の成長の機会を提供することで私たちチームメンバーも成長することができた実りの多い3年目だったと思う。一つ一つ丁寧に向き合った成果は必ず付いてくるんだと実感できた。Q2はベストチーム賞を残念ながら逃したものの通年でベストチーム賞を取れたこと、年間のターゲットを3Qで達成できたこと、チームマネージャーとしてだけでなく個人としてもTop Billerで一年を終えられること、チームメンバーが仲良く真剣に仕事を楽しんでいる様子を毎日見れることは最高に幸せなことだと思う。難しいことももちろんあるけれど、本当に仕事面では出逢いにも環境にも恵まれてよい一年間だったと感じている。
そして、ちゃんと結果にコミットしてベストを尽くしていれば見ていてくれるひとはちゃんと見てくれていて、チャンスをくれるんだということを改めて感じることができた一年の締めくくりだった。
6年間いろいろなことを乗り越えながら、2回のお別れを経て、それでも縁があり、つないで、恋しくて惹きつけあって夫婦になり家族になった。パートナーとなった人は、まったく違うバックグラウンドで、環境で育ち似て非なるもので、ぶつかることも多く、たくさんけんかもしてきたし、もうけんかをするような大きな問題もないだろうと思うほど全身全霊で向き合ってきた人だった。結婚しても何も変わらないだろうと、入籍をしたときは思っていたし、本当にそう本人同士でも話していた。付き合いが長くお互いの悪いところもたくさん見てきたので、正直なところ結婚する前は結婚をしなくてもパートナーで居れたらいいかなとまで思っていた。縁があればこのまま離れず一緒にいるだろうと漠然とした自信のようなものがあった。たった二人の夫婦、家族でも一緒に暮らし始めると異文化コミュニケーションのように、話しても話してもおおきなハテナが頭に浮かぶこともあったし、ふとした瞬間にすべて許せるようなやさしい気持ちになったりもした。
願っていたことは強く求めたり追いかけているときよりも、きっと、手放してみたり、すこし心の距離をおいて余裕を持っているときのほうが手に入ったり機会が与えられるのだろうか。
父親の近くで育っていない私にできたお父さんという存在。彼にとっても特別な存在だった方で、なんでもできる器用な男性、私もよくお話は聞いていて、母と同じ九州の方だということもありずっとあってみたい方だった。
本当に残念ながら、結婚して義理の娘になって数ヶ月で天国に行かれてしまった。実際一緒に過ごせた時間はご挨拶にいって滞在したほんの一週間ほどだったけれど、辛い闘病中にも関わらず私のことも気にかけてくれた。ベランダで大事に育てているお花の写真を見せてくれたり、一緒に食事に出かけてくれたり、短い間だったけれど、多くの人に尊敬されていた方、全身全霊で向き合った男性のお父さんの最期に家族としてそばにいられることができたことで、とても悲しかったけれどパートナーとしてだけでなく夫婦になったことの意味を感じた。
私は叔父と祖母を高校生のときに亡くしているのだが、病気でも事故でも、どのような理由であれ命の終わりというのは無になることを突きつけられるし、大事な人であればあるほど悲しく寂しく苦しい。
それでも、多くの人に見送られ感謝をされ送り出されているお父さんのお別れの時には一生懸命人に尽くしてきた人生の大きさや意味を感じたし、数ヶ月でも家族として最期を見送ることができたことは誇らしくも感じた。
結婚とは本当に不思議だ。初めてあった人が親になり、兄弟になり、それぞれの人生を生きていたまったく違う価値観を持つ二人が夫婦になり家族に一緒に決断をしたり選択をしたり、生活を共にしながらチームになる。結婚というシステムの中でオフィシャルな関係になることにより許されることも、許されないこともある。変わらない部分のほうが多いのに、変わらないといけないこともあり、結婚してからわかったこともあった。
ふたりが助け合って生きていくことを約束することなのか。一生一人の人だけを愛することを約束する必要が果たしてあるのだろうか、大事な人を大事に思い生活を共にし人生を同じ方向をみて歩んでいくという、とてもシンプルなことのはずなのに2つの宇宙が1つになるように複雑になってしまう。
20代から30代になり、20代のころの自分よりも30代になってからの自分のほうが好きになった。それは20代のときに失敗を恐れずにチャレンジをしてどん底まで落ちたからこそ、心と身体を壊してまでしていいことは何もないんだということに気づけたし、世の中にはたくさん落とし穴があって誰しもにおちてしまう可能性があること、そこから這い上がるときに家族や友達があきらめずに支えてくれたこと、人は一人では生きていけない、でも最期は一人になること。自分を追い込んで無理をしていたときには周りの優しさすら素直に受け止められずにいた自分も振り返ると苦しくなる。「自分を大切にしてほしい」と様々なひとから言われても理解し切れなかった20代、無理をしてがんばりすぎても直感を無視してはだめだった。自分がほしいと思うものと、自分が本当に必要なものは必ずしも一緒ではない。自分の心の声を聞いて、真理を見極め向き合って、切り離すものは切り離しながら毎日毎日を大切に、自分の幸せと感じる心を毎日積み重ねられるように時間を生きていくことが大切。どんな困難も課題も自分の心に沿っていれば、自分の気持ちを犠牲にしなくても力がわいてきて周りの助けを借りながら乗り越えていけるから。
大人になりできることが増え、自立し自由であるようになってから、だんだんと子供のころから学生時代に強く感じていた孤独感みたいなものがどんどんと薄れてきたように思う。
人とのつながりにおいてはおごらずに過信せずにちゃんと努力して信頼関係を築いていきたい。自分が大切に想う人に対しては特別な存在でいられるように自分を磨きたいと思うし、そのために努力をしていたい。
出逢いをつなぐ仕事をしているから多くの人と出逢い関わる中で多くの友達がいるほうだと思う。いろんな国の人がいて、いろんな性別の人がいて、みんな違って、だから面白い人に出会えるチャンスが多い。
仕事においても、プライベートの関係においても、大人になるにつれ経験が増え自信が増し、頭で理解できることも心で理解できることも増えてきた。人間関係に決まった形や答えはないし、それぞれがそれぞれの幸せのために生きていく中で型にはまらない人間関係だってあるだろう。
ルールや型にはまらないことで悩む人も多いと思うが、それについては大人になるにつれてどんどんと気持ちが楽になって受け入れられる器が大きくなってきたと思う。
その余裕が孤独を感じていた心を埋めてくれたのかもしれない。
人間関係においても、自分を大切にすることにおいても、無理にコントロールすることはできない、自分が思う正しいことを押し切ってまでつなぎとめるものなどはないし、自己犠牲の上には愛は成り立っていないということを学んだ。昔は愛を理由に自分の心や身体に無理をしてまでも獲得しようとしたこと、我慢をして、自分を押し殺してもほしいものを獲得することを強く望み、心の傷に気がつかない振りをして押し切ってきたこと。それが孤独や枯渇を残すことにつながったのではないかと思う。
自己犠牲が本当の愛だと思っていた。自分を犠牲にしても相手を優先するほど愛情が大きいと思っていた。そんなことはなかなかすべての人ができることではないし、そのように愛することができることを恵まれているとすら思っていた。人生の岐路の中でいつも自分の生きたい方向を優先してきたからこそ、自分が相手に合わせて選択を変えることに対して特別な思いがあった。でも自己犠牲の上に立つ愛は自分を傷つけだめにするから、自己許容の中から湧き出してくる愛を生み出していきたい。自分を守ることばかりにこだわるのではなく、心の底から愛があふれてくるようなそんな自然で優しくしなやかな女性でありそういうやさしい愛情に包まれたいと思う。
まだまだつまずくことは多くあれど、自分の心を守ることや幸せであることを選ぶために切り離すことが少しづつできるようになってから孤独を感じる瞬間が減ってきた。
自分が感じる幸せも、満たされる心も自分の中にしかない。だから大切にしないといけない。
「人は関係性の生き物である」という言葉をお仕事の中で教えていただいた。努力をして改善をして成長をしたとしてもそれを人間関係の中で認めてもらえないと成長を実感することは難しい。アドバイスをもらったり、ほめてもらったり、認めてもらうことで自信が積み重なっているんだと思う。
特に人と触れている面は自分のいい部分を見せていたいし、ネガティブな感情や思いは人に伝える必要はないし、特に公の場においては気をつけて振舞っている人がほとんどだろう。
光に満ちた瞬間がいつも続くことが望ましいけれど、そんなにうまく進み続けることは難しいから。
影の部分があるからこそ、光がより輝いて見える。今年一年は光を見せることで自分を保っていた、そんな必要はないんだけれど、自分自身がそれを望んでいたようだったし、自分を鼓舞するために必要だった。
でも心も身体も正直で。無理をしたり、幸せな振りをしていたり、かっこつけたりしていると、強制的に身体がシャットダウンする。本当に輝いている光の部分もあれば、力を振り絞り輝かせている光もあること。
だから、時にはゆっくりとすこし距離をおいて、自分と向き合うことの大切さを学んだ一年だったように思う。
ひとをうらやましく思うこともある、とってもマイペースな私ですら人の光の部分ばかりを見ていると苦しくなることも、ついつい比べてしまうこともある。
でも、きっとわたしもそうであるように光の部分を見せているだけで誰にも影の部分があるはず。だから輝けることを知っているから。
だから、ちゃんと尊重していい部分を学んでわたしは私なりの道を今までどおりにマイペースにチャレンジしながらしなやかに来年も進んでいこう。