昔、人々が新しい環境に移住して集落をつくる際、一頭の鹿をそこに放して、その鹿が歩いた跡を道として定めることにした。まっすぐな道を碁盤の目のように組み合わせるのではなく、その集落では動物の本能に任せて道をつくったのだ。先に道をつくってしまうのではなく、動物が本能によって歩いた軌跡が道となる。
全ての装備を知恵に置き換えること 石川直樹
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昔、人々が新しい環境に移住して集落をつくる際、一頭の鹿をそこに放して、その鹿が歩いた跡を道として定めることにした。まっすぐな道を碁盤の目のように組み合わせるのではなく、その集落では動物の本能に任せて道をつくったのだ。先に道をつくってしまうのではなく、動物が本能によって歩いた軌跡が道となる。
全ての装備を知恵に置き換えること 石川直樹
希望とは、もともとあるものだともいえぬし、ないものだともいえない。それは地上の道のようなものである。もともと地上には道はない。歩く人が多くなれば、それが道になるのだ。
魯迅「故郷」/ 「シェルパ」と道の人類学 古川不可知
「忖度」が流行語大賞ゲットする民主主義だからね、いまは。
公の時代 卯城竜太、松田修
折り合い
鞍田崇さんの民藝を形容する言葉、「労し」は、私が集めている 山を登ること の名前に近いのではないかと思っていたのだが、
労してない、どこか、もっとものぐさで直感的なものかもしれない
複合的な要因の狭間でつけられた、折り合い が形に組み上がっているものかもしれない。
自然の生んだ造形
柳宗悦
僕は「美しいものは自然物に近い」とも思っています。
美術手帖 100年後の民藝 青柳龍太
100年後の民藝
言葉によりなにかを表した時点で、同時に、表さなかったなにかを覆い隠してしまっている
美術手帖 100年後の民藝 青柳龍太
今回の展覧会「柳宗悦の直観」展は、ー略ーいつもの展覧会にはある、一つひとつのモノに添えられた名称や時代を記載したカードも今回はない
美術手帖 100年後の民藝 青柳龍太
知識だけでは美しさの中核に触れることができない
100年後の民藝 美術手帖 柳宗悦
文化を伝えるだけではなくく、背景の文脈とは切り離した芸術作品としてのあり方も示すよう心がけています
アジアからアフリカまで、約30万点の作品を所蔵するケ・ブランリ美術館の使命とは / 美術手帖 https://bijutsutecho.com/magazine/news/promotion/19103
船は生きていた。そうか、大地はそもそも動く、相対的なものなんだ。
動く大地、住まいのかたち プレート境界を旅する 中谷礼仁
トウコレ 原稿 フルver. 4/4
▼11maru 最後に、山を登ることと建築をつくることについて、 これは、3つ目の実験です。 設計した小屋のパンフレットとワークシートを作成し、登山を趣味とする人に、もしこのような山小屋建設プロジェクトがあった場合の仮想の登山計画作成をお願いした。ここではどのようなコースでどのような装備の計画を立てるのかを具体的に想定してもらった。 なぜかというと、テントを装備に入れることは、山で夜を過ごせるという時間的拡張が起こるように、▼山登りにおいて、装備を使うことは行為を拡張するものでもある。山小屋では、装備や運んできた資材によって、どのような行為が拡張されうるのか、そこから、設計の段階では想定されていないその先の変化を読み解くためです。 登山計画より、登山客が運搬してくる資材・装備を踏まえ、山小屋がどのように拡張されるかを記し、拡張される領域や期間を考察しました。 青いパラメータは山小屋自体が持つ機能の評価であり、橙色のパラメータは装備品や資材の付け足しによる機能の評価である。ただしこれは、絶対的な数値ではなく、相対的な変化を読み解くためのパラメータである。 ガスバーナーやテントなど装備による拡張は、一時的でありながらも、「食事」や「設備」の評価が上がる。これらは撤去されると同時に、元の山小屋へともどるが、資材の持ち込みなどは長期間にわたり、山小屋を変化させる。 12maru ▼終わりに、 題材としても研究の仕方もとても私的ですが、社会との接続ができないと手を動かせない私のための設計指針の探求でもありましたが、これは決して私のためではなく、動機も目的も、建築、あるいは私たちを取り巻く環境やデザインに対する投げかけです。私と外側の共通言語は建築なので、建築を介して思考の整理のための実験をし、その整理された思考を建築によって伝えることを試みました。 今回の修士制作では、設計を進める際に、シートの収集・整理と設計をなんども行き来しては、その場所で優先すべきことを選択し、設計を進めてきました。山を登ることと建築を作ることがどう結びつくのか探るものでしたが、この行為を繰り返す中で気がついたのは、山登りでの身体感覚や装備をパッキングする際の何を持って何を削るかという判断のようなことを設計で行ってきたということでした。設計に描かれたディテールが、行為を単純にするものであることなども、私の山登りに対する価値観と関係していたように思います。
く
トウコレ 原稿 フルver.3/4
▼7maru
次に、「建築をつくること」について説明していきます。
ここでは、山小屋を装備品の延長として捉え、運搬施工の容易な規格と工法でつくられる5年間の建設プロジェクトを提案しました。▼敷地は八ヶ岳の根石岳山荘とし、年中吹き付ける西風の対策を中心に設計を行います。
8maru
▼運搬施工について
小屋完成後の維持管理・改修を考慮し、登山客や小屋番の手による運搬施工を前提とします。そのため、材料の長さは最大でも3m以下となるよう設定し、扱い方の単純化を目指します。(この表は各部材の一覧です。)資材は人足による運搬のため、登山道に運搬拠点を設け、敷地までのルートの難易度や距離に合わせ、資材の配布量や運搬拠点の大きさを設定します。これらが装備品の延長として捉えることの一つでもあります。
9maru
▼建設工程について
山小屋は緊急避難場所でもあるため、最低限必要な部屋から運営を止めることなく建設をおこないます。建設は夏季である5月から10月の間に行い、11月には風雪をしのげるよう、各増築フェーズで完結した形態となるよう設計をしました。
運搬拠点、トイレ棟、大部屋・換気塔、厨房・設備、二階大部屋、二階個室の(次のような)順で増築をするように建設をしていきます。
▼小屋の建設は、登山客が石を積んでいくことから始まり、▼U字平面の風を受け流しながら耐える石積みが作られます。▼その後に、南側に並ぶ旧館の風を受け流す形状を踏襲した木造の屋根をかけ、北側には場所を読み解くためのアイコンでもある換気塔を作ります。▼これには、今後の増築のための補助線がいくつも埋め込まれています。▼登山客による運搬が終わると、運搬拠点は解体・運搬がされ、2階建設のための足場へと転用されます。
▼▼▼▼▼これらの増築は、全てその先の想定がされた状態で行われるので、2年目、3年目では使われないディテールや仕上げが、その後の増築の補助線となるように計画されています。
▼10maru 設計の方法としては、「山を登ること」で行った収集・整理を続けながら、山を登るという行為がどう建築に置き換えられるかということを模索しました。設計をする中で生まれた発見はシートに直し、整理しては建築へシフトさせるという行為を続けてきました。 例えば(シフトの話?) 設計を進めながら、荷物をパッキングするように、その時々で何を優先すべきか選択をしていきます。 例えば、「山を登ること」の適用の例ででできたこの二つのシートは、各々、南極では水が凍ってしまうこと、パッキングでは荷物がかさばること、の悪条件といも言える要素を何かに適用している。これをこの山小屋に置き換えたとき、風と雪による吹き溜まりを、何かに適用することができるかもしれないと考えます。その時に探してきたシートが、アイヌの伝統住居です。これは建物外壁に空気層をつくることで、雪の断熱効果を利用するものです。このことを、この場所で反映させ、ここでは、蛇籠を空気層とし、その上に雪が積もった時には断熱材となるよう、風下側は蛇籠で覆いました。 このようなことを一つ一つ繰り返し、シートや工法を集めました。
トウコレ 原稿 フルver. 2/4
その一部を例にあげる。 ▼4maru 「昭和基地 貯蔵庫兼通路」 昭和基地は、延焼防止のために分棟配置になり、その各棟をつなぐ通路が物資の梱包箱を重ねてつくられた。積み重ねた梱包箱をつなぎとめ、より強固にするために、水をかけて凍らせるという工法が用いられた。これは山登りと同様に、限られた物資を組み合わせて快適な場をつくることであり、ある特殊な状況下で、ものの捉え方が普段とは違う意味を帯びるということでもある。 ▼5maru 「登山客による運搬」 丹沢山で体験したことです。登山口へ行くと、1kg、3kgなど、重さの書かれた袋が配られ、200mほど登った地点まで運びます。この袋の中には実は、石が入っていて、歩いて行くうちに登山道の整備に用いられるものだとわかります。 「解体運搬」 雪崩の危険性のある山小屋では、対策の一つとして、毎年解体が行われます。解体された材料は重ね合わせ、ブルーシートでくるみ、かまぼこと呼ばれる塊を作ります。設備などは山の麓までヘリで降ろされ、5月ごろになると、また小屋開けのために建設が始まります。 ▼6maru これらのシートは、いくつかの視点からの整理を行いながら収集を続けた。 行ったこととしては、 ①類似するものを集める ②言葉を当てはめる ③再度、収集する ▼一つ紹介すると、②の言葉を当てはめる作業では、 分類したものが、どのような視点からだったのか、何が言えるのかを考察しました。 例えば、山登りの計画と実践の中でのキーワードから分類したものでは、 いくつかの軸にわけ、縦軸は領域とし、上は極地建築、下にいくほど日常生活に近いものとして分類したシートを配置しました。 これらを整理する中で気がついたのは、私の週末の山登りの装備品の延長線上に、極地探検基地の工夫が位置付けられたりするということです。 ▼例えば、適用という軸、これは、ものの捉え方が、ある状況下では、普段とは違う領域へ広がるものを指します。 これにあたるものとして、 ▼南極という状況下で、水が、ものを繋ぎ止める接着剤としての役割を果たすこと。▼この延長線上に、料理器具であるコッフェルが、ザックの中では、収納ケースの役割を果たすことがあります。 これらの整理を行う中で、さらに類似するものを収集していきまました。 今回、山小屋を設計して行く際には、これらの工夫を山小屋の位置へとシフトさせ、工法や登山客の動きなどを設定しながら建築へと昇華させました。
トウコレ 原稿 フルver. ¼
▼
この制作は2つの実験により、山を登ることと建築をつくることがど う結びつくのかを探るものです。その中で、身体的なスケールから建築を構成していく方法を研究しました。 この制作は、「設計- 建築をつくること-」と「収集・整理- 山を登ること-」の二つ に分かれます。「 山を登ること」から始まった制作です が、二つの実験を並行していましたため、各部に順序はありません。
収集・整理は設計のための図鑑ですが、設計は収集・整理による図鑑に補完すべきものをあぶり出すための試行でもあります。
▼2maru
制作の背景
理解できないと手を動かすことができない私にとって、建築をつくるということは茫漠としたものに感じていました。私は、身近であるはずの建築が、住む人だけではどうにもできないような、人の手から離れたものになってしまわないためには、どのような建築のあり方や構成の方法があり得るのか、常々考えています。
ある時、山小屋に目を向けてみると、環境や需要の変化など出会う問題に対して一つ一つ回答をしているような明快さを持っていた。計画から実践まで自身の足でひとつひとつ確かめていく山登りという行為と建築の類似性を探ることで、設計の指針を得られるのではないかと考えた。
▼3maru
まず初めに、「山を登ること」について説明していきます。
山を登る楽しみはいくつかあります。
①装備と体験のイメージをしながら一連の計画と実践をまとめ上げていくこと。
▼②山を登る中で出会う建築のつくられ方や工夫を、推測しながら歩くこと。
▼③部分と全体が自分の足と目で確かめられること。
▼これを踏まえ、文献や実際の山行を通して、山登りでの美学や価値観、それらの視点から見たときにより面白く感じられるものを日常生活のデザインから極地建築まで様々な分野の中から集めた。▼
エベレスト街道と修士制作
エベレストを眺めに行こうと思い立ち、修士制作を終えた私はネパールを訪れた。憧れのシェルパ族の村々を渡り歩く中で、気持ちのいい仕掛けにいくつも出会った。山間部に住むシェルパ族は、綺麗に製材された石積みの村で暮らすのだが、石積みの扱い方だけを見ても、生活に染み付いたスケールや道具からつくられていることがわかる。畑を囲う石積みは、ヤクがまたげないくらいの高さ、道に面する石積みは背負子の籠を少しのせるのに丁度良い。山道を整備する石段は、紐で直線の目安をつけて置かれている。建築を学んでいながら、建築とは具体的にどのように手を動かして作っていけば良いものなのかわからない私にとって、石を砕いて置くという単純な作業でつくられた村はとても魅力的だった。私が修士制作でおこなったことはこれに限りなく近いのだが、要素の一つに過ぎない。家の作り方などわからない私たちには、手の動かし方の単純さに加えて、情報という支えが必要だと考えた。