虚弱
虚弱 - 体が弱く病気になりやすいこと(さま)。
虚弱体質 - 顔色が悪い。痩せ型。胃腸が弱く、食が細い。風邪を引きやすく、治りにくい。疲れやすく、睡眠をとっても疲れがとれない。体力がない。低血圧気味。冷え性。慢性疾患を複数抱えて、病院通いが途切れることがない。
……だいたい該当している。
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虚弱
虚弱 - 体が弱く病気になりやすいこと(さま)。
虚弱体質 - 顔色が悪い。痩せ型。胃腸が弱く、食が細い。風邪を引きやすく、治りにくい。疲れやすく、睡眠をとっても疲れがとれない。体力がない。低血圧気味。冷え性。慢性疾患を複数抱えて、病院通いが途切れることがない。
……だいたい該当している。
……
傷んだ角膜が光を乱反射させる。 頭の奥まで貫かれるような鋭い痛みを伴う、ネガティブな生の実感。
***
夕焼けが眩しくて、 サングラスをしてもなお眩しくて。 片目をつむった世界は、 どこか異界のよう。 奇妙に美しくて安らぐ景色。
そこへ辿り着く道は見つからないまま。
……
未来はとても不確かで不安定で。 でも、時折びっくりするほどの存在感で迫ってくる。
再開について
なにかを再びはじめるということは、なかなかに骨の折れるものだ。 以前の自分と比べてしまう。 衰えていないか不安になる。
子どもの頃、私はバレエを12年ほどやっていた。かなり真剣に。 大人になって、大きなブランクののちに、近所のバレエ教室の体験レッスンに参加して愕然とした。 鏡に映る自分の醜いこと。 基本姿勢すらなっていない。 それを支える筋肉が衰えてるからだ。頭ではどうしたらいいかわかっているのに、身体がまったくついてこないのである。
まあ、それでも初心者よりはずっとマシなのだけど、過去の自分が比較対象になるというのはとてもつらい。苦痛になって辞めてしまった。
また、手術やらなにやらで研究をしばらく離れてから復帰するときも、すごく怖かった。 自分の過去の論文を読んで、よくやったよなぁ、今の私にこんなの書けるの? と。 最近でも、先々月の入院前に書いていた論文を修正するのが、とても大きなハードルに感じられた。
最近は、文章力は筋力より落ちにくいとわかっているけれど。 それでも、怖いものは怖いのだ。
そして今、かつてのtumblrの文章を読んで、よく書けていると思ってしまったから、再開するのに躊躇いがある。 なんといっても、このところ言葉を紡ぐのが下手になっている気がするから。
まあだからこそ、リハビリをしようと思った次第。 ここ、yattumblrで、論文ではない雑文を書きつつ、文章を書く筋力を取り戻したいものです。 よろしければお付き合いくださいませ(^^)
目的について
どうせ私なんて、と思うことくらいあるでしょう。
誰かと比べて、卑屈になって。 埒もないことを考えては、ぐるぐるするの。
置いていかれた気分になって、 嫉妬深さの片鱗を知れば、 さらに穴底に突き落とされた気分。
だからね、私にしか見られない地平を見たいし、 私にしか書けないと言われるものを書きたいわけ。
そのためになら、なんだってするわ。
ネガティブだけどシンプル。 人生の目的?
でも今しばらくは、未完で不信で弱気な私。
GWについて
二度寝の甘美も、今日でおしまい。
睡眠について
寝ても寝ても眠い。 なんだか、底のない容れものに水を汲んでいる気分。 私はもともと、長く寝ないと頭がはたらかないタイプだ。短い睡眠時間で長時間動ける人がとてもうらやましい。 ちなみに、気のもちようでなんとかなるなら、とっくになんとかしているから、これはもはや体質なのだと思う。誰か科学的に証明してください。 心のよりどころは、毎日10時間寝ていたというアインシュタイン。真偽のほどは知らないけれど、これについてはあえて調べたくない。だって、心のよりどころだもの。 スローガンは、「クリエイティブな思考活動には、潤沢な睡眠を!」だ。 眠りはしあわせ。 眠らなくてもいい機械の身体になんてなりたくない。 ただ、眠すぎるのも困ったものなのである。 春になって、冬眠レベルの眠気と闘っている。これいかに。 春が過ぎれば止むのだろうか。 せめて、私の睡眠欲よ、ヒビの入った容れもの程度にならないものか。
……
かけた愛情が 同じだけ返ってくるなんて ゆめゆめ思ってはいけない なんだかね
……
春になり切れない、私。
(服装的な意味で。)
桜について
もう少しだけ、落ち着いたほうがいい。
桜が咲いて、春を実感して。 浮かれるのはわかるけれど。
桜を見ないお花見はお花見じゃないし、 桜の美しさの本質が、よく言われるようにその儚さにあって、 だからみんながこぞって、「今」、桜を愛でようとしているのなら、 記念写真を撮るのはやめるといい。
発言と行動の矛盾。 建前と本音の矛盾。
桜の前で、ときたま、とても嫌な気分になるのは悲しい。
桜ばかりに目が行くこの頃、ふと歩いていた住宅街の、小さな庭の、 白木蓮がとてもとても綺麗に咲き誇っていた。
真っ白で、落ち着きがあって、気高い、静かな花。
桜のようにみっしりと咲くのではないから、なんだかまばらだし、 孤高すぎて寂しげ。 桜よりもずっと人に気づかれない、白さ。
私はいつもこの季節、白木蓮を見上げては、 好きだなぁ、 と、思うのだ。
それだって、自分だけの特別を見つけたい、なんて、 そんなただのエゴかもしれないけれど。
……
水では浮力が足りないのよ。 もっともっと軽くならないと。 軽やかにならないと。 力を抜いて、目を瞑って。 いつか花びらのように浮けるかしら?
……
喉が痛いから、と、シャーベット。 シャリシャリと溶けて消えて。
私も溶けてなくなってしまいたい、 なんて、 何度目の回想。
口の中、微かな残滓。
遊びについて
「遊びをせんとや生れけむ」『梁塵秘抄』
大河ドラマで切なく歌われているこのフレーズ。 惹きつけられて、頭の中で何度もリフレインしている。
私は遊ぶのが苦手だった。 それはもう、 ほとんどの人に信じてもらえないだろう、というくらい苦手だった。 これは遊びだ、と思った途端に、心も身体も強張ってしまう。 そんな時期もあった。 結果、今なお遊ぶのが下手だ。
でも、「遊びをせんとや生れ」たのかもしれない、と、それを経たからこそ思う。
一定以上自分を律して、楽しむことを先送りにすることに、なんの意味があるのだろう。 自分をがんじがらめに拘束して、苦しめて、その先になにがあるのだろう。 楽しまずして、なんのための人生なのか。
「遊びをせんとや生れけむ、戯れせんとや生れけん、遊ぶ子供の声きけば、我が身さえこそ動がるれ」
人生を謳歌せよ。 楽しみ、喜び、大いに遊べ。 頭の中にあるだけの枠組みから自由になれ。
私たちは、遊ぶために生まれてきたのだから……。
解釈はいろいろあるようだし、特に時代背景を考えるとそんな甘ったるいことを言っているのではないのだろうけれど。 少なくとも私には、そう聞こえる。
狂気について
恋は人を狂わせると言うけれど。 ほんとうにそうなのかしら? と。 とうに狂っていたものを、 ようやく暴き出すような。 押し殺していた感覚が、 不意に蘇るような。 むしろそういうことなのじゃないか、と。 狂気は人間の常態で、 私たちはいつもそれに気づかないふりをして、 気づかせないようにして、 毎日をやり過ごしている。 だからほら、狂い咲きの桜は凄艶。 なんだかそんなことを考えた、春のはじまりの夜。
卒業式について
薄暗い一日。 灰色の雲が、落ちてきそうに水分をたくさん含んで、冷たい雨を降らす。 土砂降りではないけれど、やっぱり傘は必要というくらいの、どっちつかずな天気。
でも、キャンパスには色とりどりの振袖袴。 今年もまた、卒業式。 私が卒業した年も、こんな風に寒くて、途中からはぱらぱらと雨が降る日だった。ような気がする。 友人たちと写真を撮ったときの背景は、明るかったようにも思うけれど、それは写真がつくり上げた幻想かもしれない。
エントロピーについて
混み合った電車に揺られながら思う。 どうしてこんなにも世界はエントロピー増大の法則に逆らっているのか、と。 私と、そこに立っているおじさんと、その隣の小さな女の子は、混じり合ってしまわない。 混じり合ってしまうとしたら、それはとてもとても気持ち悪い。 世界の奇妙さに気が遠くなる。 だから私たちは、もっともっとエントロピーを小さくしようとして、土地を拓き、物質をより分け、ものをつくり……。 そうしてようやく、少し安心するのだろう。 エントロピーがこれ以上大きくなって、自分が周りと混じり合ってしまわないように。 世界を守っているのだろう。 それが人間の性で、そうやってしか世界を守れないのならば、それは悲しいことかもしれない。
……
混じり合えない私たちは、いつまで経っても、ひとりとひとりのまま。