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深海魚。
水分の出方
最近暑い、汗を掻くこともしばしば。
こうして体から水分が消えてゆく。
最近なんだか、何ともないのに涙が出そうだ。
こうして体から水分が消えてゆく。
もとより僕は頻繁にトイレに行く。
こうして体から水分が消えてゆく。
今日は暑いからパイナップルジュースを飲む。
アメリカと日本以外は、パイナップルをアナナスと呼ぶそうだ。
美味くて、わけもわからず涙が出る。
またも体から水分が消えてゆく。
枯れ果てそうだ、心は大丈夫か。
潤いはまだか。
足りてないようには感じないが、きっと潤いを排出している。
熱中症のように、気づかないうちに弱ってしまっていないか。
誰の野暮も僕は背負うことはありません
また、誰に僕の野望を背負わせません
だからこそ、誰かが偶然に僕の望む場所にたどり着こうとも、僕はそれを楽しむことができるのです
僕は、僕の身近な人たちの賛美を求め
それを野望とします
認知し得ない場所の出来事は知り得ないのですから
もし誰か知らない人が賛美の声をかけてくれたのならば、それは予期せぬ喜びとなり、たまの優越感を得るでしょう
しかしそれは野望としません
誰の野望も背負うつもりはないのだから
押し付けがましい優しさ
優しさとは暴力的にもなる。
相手が落ち込んで、思い悩む時に優しさを押し付けて仕舞えば、相手の自己嫌悪を引き出しかねない。
そして優しさを押し付ける側は、励ましたいという気持ちだが、その内側は、相手の心の不安定さを待つこともせず、迅速に白黒つけようとする、要は自己満足だ。
これでは何のための優しさだろうか。
こんなのは優しさではない。
相手を見つめることをしてない。
僕は今日、優しさを押し付けてしまった。
激しく後悔している。
人を見つめる勇気と忍耐を、信頼とともに僕は持ち得たい。
これらは、イスラームにおける階梯だけども、なんだか人を愛する(恋人を最初に思い浮かべた)上でも適用するような気がする。 神を愛し、ファナー(神人合一)を目指すものだが、これをみんなが信じ、実行したら確かに平和(美しすぎるもの)になる気がする。 ただ、信仰を持たない人からはやり過ぎてしまうのか。 うーん。 知るということは大切だ。
実家だ。
暖色の照明も、無垢材の壁や床も、薪ストーブや、炬燵、厚手のカーペット、すべてが暖かく、柔らかい。
この家に帰省する事は好きだ。
ただ、なんだろうか、物足りない。
そわそわしている。
このお気に入りの実家に友人達を招いても、家族といても、1人で過ごしてみていても、心の中は、なかなか暖まらない。
誰も悪くない、ただ寂しいのだと思う。
心
僕の心は広い海に浮かぶ一隻の船だ。
モーターなどの機械の類なく、古めかしい船だ。
風と波を受けて、進み、大陸が近ければ、オールを使うこともある。
波や風を船体や、帆にいっぱい受けて推進力を生んでいる、そういった時は心の安定を保てている時だと思う。
自分の進むべきものを見据え、向かっていこうという意思が目一杯現れていて、なんだか感覚が研ぎ澄まされて、様々なことに敏感に反応する。
対照的に、風や波がない海は怖い。
進むためにはオールで漕ぐしかないのだ。
しかし、だだっ広く、果てしない海でいくらオールを漕いだとて希望は見えない。
途方もない焦燥感と疲労感にまみれて、心は弱ってしまう。
波風を立てていくことは大事なのである。
tumblerの用途
僕はここを日記のように使っている。
しかし、日記というのは、寝室に置いてある、秘密の記録だ。
だから日記とは少し違ってしまうのかもしれないが、それでも日記のように使っている。
発信しているということを利用し、注意し、僕の人生における色々なことを投稿している。
公の場に人生を記録している。
ところで、僕は今幸せだ。
以前に投稿した文字の中に、僕の性的認識と、髪の毛を絡めて話したことがある。
あれは必要なくなった。
僕は僕のまま生きて幸せになることができるようだ。
この上なく喜びに満ちていて、穏やかに未来を見据えて、強く一歩を踏みしみて歩いている。
今に甘んじるわけではなく、希望を持って将来を楽しみにしている。
作りました、リンクから是非。
心配性
これには、酒と、タバコと、不可解な本を読むに限る。
そうしているうちに時間は過ぎるのだから。
断ち切れたものたち。
自分のInstagramの投稿を見てふと思った。
あれ、俺って昔はこんな風ではなかったな、と。
ここ2年ほどで色々な物を断ち切った。
離れて行ったものもあるし、自ら離れ、逃れたものもある。
残ったものに加えて、新しく向かい入れたものもある。
今俺が手にしているものは、本当に本質的に、大切な物ばかりだ。
これを基として、少しずつ人生に磨きをかけるということに前向きだ、俺は。
心の養分
これがまた難しい、ケースバイケースだ。
愛が必要な時もある。
友情の時もある。
食事でもある。
風呂でもある。
散歩でもある。
読書でもある。
音楽を聴くことでもある。
歌うことでもある。
演奏することでもある。
寝ることでもある。
走ることでもある。
全てが代わりにならず、その時のタイミングで必要な養分だ。
人としての純度
純度の高いものにはとても魅力を感じる。
オレンジジュースも100%が美味しいし、鉱石だとかそういう類もきっと純度の高いものに魅力を感じるだろう。
そこにはなんだか混じり気がなく、美しさを見出すからだと思う。
そして、人として、生きていく中で成長し、いつか純度の高い人になりたいとも思う。
しかし、前述した混じり気のないという言葉が少し引っかかった。
人としての純度には混じり気が必要なのではないかと思ったのだ。
一つのことを追求し、それを極めていく、確かに純度が高いように思える。
しかし、一つのことを追求し、極めていくには、様々なことを理解し、許容し、受け入れ、取り込んでいくことが必要だと思う。
これは混じり気にならないだろうか。
人としての性質の中で純度を高めるには、様々なことを混ぜ合わせて、それを煮詰めていくのか必要なのではないだろうか。
人はそもそも混じり気の多い性質なのだから。
暴力
暴力は良くない。
大多数の人が賛成する意見だろう。
しかしどうだろう、様々な場面での暴力を想定した場合、反対派と賛成派のバランスは崩れるだろう。
賛成派も増える気がするのだ。
それは、きっと自分の中で失う事が出来ない暴力というものが各々の中にあるからではないだろうか?
国々の戦争、部族や、集団、人種、宗教の対立、家庭内での軋轢、恋人同士の事情、学校内の人間関係、道で起こる不条理な事件。
暴力はもちろん反対だが、僕らは暴力を否定して、不保持の道を選び、暴力をなくせるのだろうか。
日本という国は唯一戦争をしない国だ。
それもアメリカという大きな国の元、大きな暴力の元に成り立つものだ。
スケールを小さくしてみよう。
教室内で暴力を行使せず、賢く生きる生徒、彼らもきっと教師という暴力を凌駕する暴力を盾にそこに至るのではないだろうか。
スケールを戻そう。
本当にこの関係は稀有でいて、実際唯一このスケールで実現している。
暴力を切実に体験してこの道を選んだ国だからこそのさらに先へと行ける答えを導き出せる可能性があるが、今のところまだない。
これは過去の悲劇から遠のきすぎたのだろうか、もしくは、まだ時間が足りないのだろうか。
暴力は1000年経っても無くなる気がしない。
僕らはこの国で、この環境下で暴力は良くないぞ!と呑気に言っていて良いのだろうか。
暴力を否定して、道徳的安全区域に入って、その発信者を筆頭に思考を停止して解決しない問題が山積みのように思える。
ちなみに僕はもちろん暴力反対だ。
愛について
愛というものは実際、認識できている範囲では生命そのものになるのだろう。
細分化された愛の認識が、集約され、原点に立ち還ればそれは生命なのだろう。
人の言葉を借りると、「数十年で消える弱い愛の魔法」という。
その愛は、きっと生命のことだろう。
だけども、僕らはそれでは足りない。
思いは何処までも残ると信じたい。
僕らの愛は生命を超えて、精神になり、何処までいけるのだろう。
それは分からないままだ。
自律神経
自律神経がガタガタな気がする。
お腹の調子が悪い。
夜眠れない。
短時間でよく目を冷ます。
朝とても気だるい。
頭痛もしばしば。
なのにハッピー、自律神経のガタガタと、人生における幸福のタイミングがクロスオーバーして絶妙、いや、微妙な関係をなしている。
あとは自律神経をなんとかするだけ。
そしたらオールハッピー。