Will not come true 9
「‥一護?」
「俺があの男を殺すのを待ってた?それか止めさせるつもりか? それとも、俺、おまえに殺されるのか?」
「な、何を言って」
「いいよ」
一護は胡座をかいた足に肘をついて、掌に自分の頬を乗せて寛ぎながら、ルキアを真っ直ぐに見つめている。一護が微笑んでいることにルキアの背中に嫌な汗が噴き出すのがわかる。
「おまえに殺されるなら、それでかまわない」
「一護、何を言っておるのだ、私は」
「いい加減さ、本音で話そうぜお互い」
「‥‥」
「浦原さんか?夏梨か織姫か?どうせ俺のことを助けてくれとか言われておまえ、此方に来たんだろ?」
「‥‥」
「最初は純粋におまえが此方に来て、俺の傍にいるの、楽しかったし嬉しかったけど‥おまえはキツイだろ」
「私は、」
私は貴様を信じている。いや、信じたいのだとルキアの言う声は蚊が鳴くように小さい。一護は掌に自分の頬をのせて寛いだまま、そんなルキアを愛おしいという目付きで見つめている。
どうして?
どうして、そんな顔をしているのだ一護
そこから何も話さなくなった一護に、ルキアも何も言えなくなった。
一護は私が現世にいる意味を知っていたのか。いつから?
最初から?
「最初はさ、急患で運ばれた3人家族がきっかけだった」
沈黙を破ったのは一護からの「事実」だった。
動くことも話すこともできないでいたルキアの手を、一護はそっと掴むと、立ち上がっていたルキアの手をを引いて自分の横に座らせた。
数ヵ月前、
深夜、急患で運ばれてきたのは若い夫婦とまだ1才にもならない赤ん坊だった。
空き巣に入った男が、たまたま物音に気づいて起きた妻と鉢合わせして、勢いで刃物を振り回したという話だった。
夫婦の怪我は致命傷ではなく二人は助かったが、不妊治療の末やっと産まれたという赤ん坊は一護の腕の中で息を引き取った。
「赤ん坊って、泣くだろ?でもその子はもう泣く力もなかった。ヒュウヒュウ息をしながら、死んだ。なにもしてやれなかった。最後まで苦しんで、それでも生きようと息をして、死んだ」
忘れられない、と一護は静かに語る。
2日後には妻も死んだ。
残った夫は毎日毎日泣いた。殺してやる、アイツを殺すんだと譫言のように言ってた。
自分の手で殺したいから、と夫は警察に犯人を伝えなかった。
妻と子供を殺した相手は、夫の友達だった。けれど夫は警察に何も見てないと嘘をついた。
「退院の日に、俺にその話をしてくれたんだ。せっかく先生に救ってもらった命だけど、相手を殺して自分も死ぬつもりだって。なんつーか、もう、痛みも憎しみも怨みも何も感じないような人間になってた。壊れてるって思った。でもその時思ったんだ。わかる、って。それからこの人が手を汚して死ぬのはおかしいって思った。」
わからなくない、と思ったがルキアは言葉を挟まなかった。
「だから相手を聞き出して俺が殺した。笑っちまうほど簡単だった。罪悪感もなかった。それよりも」
一護はもう笑ってはいなかった。けれど興奮してもいない。淡々と、話す。
「正しいことをしたような、高潮感があった」
「‥人を、殺したのに?」
「人? うん、人だけど、でもそいつのせいで2人の命が消えて、1人の男を壊したんだ。そんな奴が生きてていいと思うか?」
そう聞いてくる一護はとても30を越えた大人には見えない。かといって狂ってるようにも病んでいるようにもみえない。
とても純粋な子供のような、いやただの小さい子供とも違う。
「‥‥仕事柄、俺んとこに運ばれてくるのはそういうの多くてさ。歩いてただけなのに暴走した車に跳ねられたとか、誰でもいいから殺したかったなんて奴に襲われたとか。酷ぇ話ばっかだ」
そうだな
それは、本当に
「警察が無能とは言わねぇよ。でもな、こっちの警察はさ、いちいち動くのに手順だか何だかあってやること遅ぇし、それにくだらねぇ法律に守られて、どんなに最悪な事件おこしても例えば加害者が未成年なら許されたりすんの。そんなの、被害者の立場からしたら辛くて痛い思いした上に地獄だろ」
一護から穏やかさが消えて、今の一護は怒っている。だがその怒りが「一護」だとルキアは物騒な話であれど安堵してしまう。
「‥‥ただ偶然とか運悪くとか、そんな言葉で被害者になって、人生ぶっ壊されて。今度は「仕方ない」なんて言葉で片付けられて。世間からも忘れられて。でも本人達は一生苦しむんだ。反省したなんて口だけかもしんねーのに加害者はのうのうと生きてる。‥‥おかしいじゃん、そんなの」
「うん‥‥」
「俺は、自分が正しいって、正しいことをしたんだと思ってる」
そっと、ルキアは一護の手を握った。
ぞっとするほど、冷たい手だった。
「‥‥誰彼構わず、殺してねぇよ‥‥」
「わかってる」
「いや、いいよ。俺の正義なんて他人からしたら異常だ。わかんなくていい」
「いや、一護は一護だなと思ったよ」
ルキアは素直にそう感じていた。
けれどきっと、これは、間違っている。
「俺を止めるなら、殺されるしかないと思ってたんだ。だから‥‥それがおまえなら、なんつーかいいかなって」
「貴様を殺せるものか。だいたい人間の貴様を私に殺す事は出来ぬ。それにー」
「それに?」
「貴様の正義感や優しい気持ちは尊いものなのだ。そこに人ではあり得ない強さと力を備えてしまったことが今の貴様に繋がっているのだとすれば、私には責任はある」
「‥‥おまえにはねぇよ、おまえにそんなこと思ったことねぇし」
「でも、私と会ってなければー」
「それ、言うの?」
口調と声音が変わり、握っていた手を握り返される。痛っと思わず声が洩れても、今回の一護は握る力を緩めてはくれない。
「おまえにそれ否定されたら、俺は、俺ってなんなの?」
「違う、そうじゃない!否定などしない、それこそあの時貴様と会ったから今私は死神として此処にいるんだ!」
「‥‥」
「ただ‥‥現世に、まるで神を生んでしまったような」
「神?俺が?虚じゃなくて?」
ははっ、と嘲笑する一護に違う、とルキアは握られてないほうの手を一護の頬に添えた。一護は驚いたのかびくりと小さく震えた。
「神だろう、貴様は。今の貴様の言葉に嘘がなければ、貴様のしていることは神の裁きのようではないか。心優しい故に起きた悲しい出来事だ。‥‥だから、どうしたらいいのか、私は、私は、わからなくて、困惑しておるのだ」
「ルキア‥」
「それでも、人を、人と呼べない奴でも、殺しては駄目なのだ一護‥」
「‥‥わかってるって。けど、俺反省しないし詫びることもできねぇよ」
「だろうな」
「でも、俺病んでねぇよ?」
「?」
くすり、と場違いに一護は笑った。
「闇に落とされたまま死ぬのを待つなんて、絶対そんなの、ただ苦しいだけなんだ。闇から抜け出せなくても、一瞬でも光を注いでやりたい、俺がしてるのはその光を注ぐことだって思ってる。その光が大多数の人間にとって破壊の光でもたった1人には救いの光になるならそれでいいんだ」
「一護‥‥」
「でも、」
また、小さく一護は笑った。
「おまえに殺されるなら本望なのはほんとだけど、ただ殺されるつもりはなくてさ」
「どういう意味だ?」
「おまえも殺す、俺が。おまえを連れて死ぬつもりだったからさ。これは病んでると言われたら否定しない」
言って、頬に添えられた腕に甘えるように頬を擦り付けた一護に、ルキアは力が抜けていくのを感じた。
そうしてくれ、
それでいい、
私を連れてってくれ
心に留める言葉は、口から溢れた。
一護は驚いたように目を丸くしてから、嬉しそうな顔を見せた。
「あの日、おまえ逃げたんだよな」
「あの日?」
「俺が頑張って、拙い想いを告げた日」
「‥‥あぁ、逃げた」
「俺に想われるの、嫌だった?困った?」
「嬉しくて、だから困って、逃げた」「え?」
わからない、という顔をした一護にルキアは少しだけ笑った。
だって
私がそれに応えることはこの世の理から外れている。間違っているのだから。
それに
1人の少女の想いを知ってしまったから
少女の痛みもわからないことではなかったから
そう一護に言うことはできないが、
逃げた自覚がルキアにはあった。
そうだ、あの時自分は一護から逃げたのだ。
「俺のこと男として見れなかった?」
そんなルキアの心中をわからない一護は、困ったような顔でルキアに聞いた。
違うよと応えたほうがいいのだろうかとルキアは言葉に迷う。
「俺の正義とか愛って、結局押し付けがましいだけなんだろうな」
乾いた笑い声とともに呟いた言葉に、ルキアは違う!と怒鳴った。
そんなこと絶対ないのに
どうしてそんなに悲しいことを言うのだと
ルキアは一護に怒った。
「あ、」
「なんだ!」
「いや、やっと、怒ったなって。やっぱりおまえはそうじゃないと」
「怒るわ!貴様が馬鹿な事をしたり言えば怒るに決まっておるだろうが」
「さっきまでずっとおまえ怒らなかったじゃん。俺が何をしたかわかっても」
「そ、れは」
「いいって。責めるつもりじゃねぇ。憐れまれても嫌われても仕方ねぇことしか俺はしてないんだから」
違う、違う違う!
ぼろぼろ、とルキアの瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。
死を覚悟して尚、空から一護が現れたあの日をルキアは今でも鮮明に覚えている。
人間に死神の力を譲渡した罪の重さを知っている。だから殺されることも受け入れていた。あの時自分には何の感情もなく、ただ死を待っていた。
けれど一護が現れたことを、一護に会えたことを「嬉しい」と確かに感じた。
身体中傷だらけの痛々しい姿で、それでも強気に笑う一護に、もう一度生きる力を注いでくれたのは誰でもない、一護だったのだから。
「私は一護を殺さない‥‥護る、今度は私が一護を救うんだ。おまえがいらないと言うまでおまえの傍で見張ってやる、だから、生きろ、貴様の正義は間違ってなどいない」
自分でも何を言いたいのか言っているのかわからなくなりつつあった。
一護は無表情のまま、叫ぶルキアの涙を指で掬った。
「傍に、いてくれんの?」
「人殺しはさせるわけにいかないからな」
「‥‥」
「殺しはしなくとも、私ならおまえのいう悪に対して懲らしめることぐらいならできる」
「‥‥フッ」
口にして一護は笑った。
笑いながらルキアの涙に濡れた指を舐め、その指でルキアの唇をなぞった。
執拗にルキアの唇をなぞられ続け、ルキアは頭が暑くなるような逆上せているような感覚に戸惑う。
でも、指の感覚が、気持ちいい
何も言わない無表情のまま、一護はルキアを見下ろしながらゆっくり自分の唇を開いた。それは、そうしろと言われてるように思えてルキアも唇を開いた。
開いた唇を犯すように、一護の指がルキアの口内に入り込み、暴れた。
何をするとも噛もうとも微塵も思わず、ルキアは暴れる指に自分の舌を絡ませた。
だらしなく涎が唇の端から溢れ落ちても止められない。
気持ちいい
もっと
もっととルキアが顔を突きだせば、一護の無表情が崩れた。
「 」
怪しく光る瞳とその言葉にルキアは自分も壊れたい、この男に壊して欲しいとうっとりした。
「黒崎さんに必要なのが貴女な事で、黒崎さんが救われても結局違う問題が発生するでしょうね?朽木さん自身、覚悟が必要になってくると思うんですよ。その覚悟が貴女にはあるんでしょうね?」
浦原の言葉を思い出したが、ルキアにはもう、どうでもいい戯言だった。













