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そう遠くない日の話。焔がいつもと変わらぬ表情で小汚い少女を連れて戻った。側近の乱暴な様子を見て、また子売りの需要が高まる時期が来たのかと悟る。涼しい顔をして、意識はやることはいつも、そう、いつも憎しみがなければ到底成し遂げられない倫理観の外側にある。
「焔、乱暴狼藉はよしなよ。まだこどもだ」
「最初の教育が蛍雪の功を成すでしょう。三つ子の魂は」
「たったの百までだ。おれのやり方なら千は容易だね」
「生温くして、腐らせたら承知しませんよ」
「おや、引くのかい。めずらしい、どんな悪玉を引いたかな」
蹴鞠でもするかの如く、少女を転がした焔はやはりいつもと変わらぬ様子で座敷へ踵を返した。まったく、愛情のかけらもない。いやはや、孰れ手放すことを考えれば情愛を捧げる間もないかと独り言ちる。肉付きの良いからだに砂利がめりこんでいたので、軽く払い手を差し出した。痛みにはつよいのか、泣き言を垂れるより先に立ち上がる勇気を見せられた。膝小僧に擦り傷、肘小僧には石で切れたか、切り傷が出来ていた。
「いたいの、いたいの、とんでいけ」
まじないをかけるおれをまあるい瞳で黙って見つめる少女はむう、ととがらせていた口を開いた。
「イタア、タア、トデケ?」
「いたいの、いたいの、とんでいけ」
おどろいた、亜細亜産だったか。推測により、チャイニーズと断定する。あとで聞くに、この少女、小玉と云うのだとか。
「お、お、と、り。おれの名前だ、おぼえられるかい」
「オトリ」
「鳳」
「オー…トリ?」
「そう、もう一度。鳳」
「オートリ」
「なんていとおしいんだ」
こんなに、こんなに愛おしい生き物を粗末に扱った焔はきっと罰があたるだろう!ロリヰタコンプレックスの嗜好はないが、たまらなくなった。親鳥のきもちが、よおくわかる。
「そう、そうだよ。おれの名前は鳳黎明……きみの夜明けになろう」
☆ミ
小玉について、おおよそ理解を得た頃には多数組員が犠牲になった。まず、小玉は人よりよく食べる。所謂大食漢というやつだろう。人目を盗んでは食べ物にありつこうとする。仕方がないな、と外食に出掛け、たらふく食わせたところで、一歩店を出れば次は小籠包が食べたいと喚くので堂々巡りの実演だ。最初こそ財布の紐は緩かった。今は聴かんで良い。
「焔、小遣いをおくれ」
「……また、ですか」
「わるく思わんでもらいたい。養育費は初期投資が重要でな」
「親のフリはたのしいですか」
「ああ、もちろん」
「それはよかった……けれど、ひとりに鎌にかけて家族を殺すようなら考え物です。元居た場所に捨てて来ましょうか」
「おいおい、そりゃあ。焔、勝手が過ぎるんじゃないかい」
「稼ぎ手にもならない用心棒にかける金があるとでも?ふふ、笑わせてくれますね。どちらが勝手か、考えを改めなさい」
素より冷徹な焔は名とたがいつめたく人を見極める力を有する。おれと小玉のたわむれは組にとってプラスにならないことを俯瞰的に眺めていた。黙っていただけ幸いなのだ。これ以上のおねだりも無用と察したついでに、念のためというやつだ。
「わかったわかった、悪かったよ。おれが、稼げばいいんだな」
「文字通り、一肌脱ぐと」
「それで恨みっこなし、な」
春夏秋冬、ひととせと仮名をうつとうつくしく聞こえるだろうか。おれの仕事は夏のような灼熱も、秋のような実りも、冬のような威厳もない。あたたかな芽生えと別れを繰り返す一期一会の金儲け。はるを売り、はるを買う。
「久しぶりね、もう売買はやめちゃったのかと思ってた」
「まさか、貴女との逢瀬がおれの生き甲斐なのに」
「口が達者なこと。たのしませて頂戴ね」
「言われなくとも」
あさましい仕事だ。楽な事柄に仕える身だと笑われるだろうか。いやいや、立派なサービス業だ。目に見えぬ物資を提供しているのだからそんじょそこらの産業と一緒にしないでいただきたい。
「おんなのこを連れてきたから、複数でするのかと思ったのよ」
「そんなアブノーマルなことをするとでも」
「あら、あの子を扉の前で待機させておいたのはだぁれ?」
「マダムが人気者だから、邪魔されないようにしてるだけ」
「おしゃべりとおしゃぶりがお上手なこと」
どんな醜女が相手でも文句を言わず、リクエストにはすべて応じ、ジュニアを立派に屹立させる。一時は皆できるものだと思っていたが舎弟が絶賛するにおれの股間は阿呆らしい。声のおおきいマダムはその巨体を震わせながらベッドに災害を齎し続けた。春、生命の息吹を感じさせる日本人の愛してやまない出会いの季節。別れを惜しむ卒業の時期。
「黎明、首を絞めながら突いて頂戴」
「追加料金、かかるけど?」
「幾らでも払うから!」
基、一生で最も焦がれる人生の一番青いとき。
☆ミ
「はぁ~……汗水流して働いて、こどもを育てる親の気持ち」
「兄貴、本当にこれでいいんですか」
「焔は無駄がきらいだからねぇー……シャオじゃ売り出したところで維持費が赤字。お前も見てるだろあの低燃費のアメ車。啖呵切って戦うご時世でもないからあの戦闘力は活かせない。」
「はぁ」
「甥っ子の面倒を見ようとしたらコスタクルタに獲られちゃったし、父性の行き場って感じで結構たのしいよ」
足の男はハンドルを切りながら納得のいかない顔で間の抜けた返事を寄越した。後部座席に座る小玉の腹の虫はおおきくぐぅ、と鳴いている。
「その子も、親の顔くらい見たいでしょうに」
「……親?」
「組長から聴いていないんですか?小玉はシマを荒らしたバックレ難民の瘤なんですよ」
――知らなかった。
「親御さんを蟹工船に乗らせてんのか」
「さあ、そこまでは」
「調べろ」
久方ぶりに、心臓がばくばくと音を立てた。昔、力及ばずして海外に流れた少年の顔を思い浮かべる。雛を育てるのはすきだ。すきだが、一人立ちして欲しくない。
「兄貴、何をなさるおつもりで」
「この子におれ以外の親なんていらない」
「また組長の怒りを買ったら」
「稼ぐ人頭が減るって?その分はおれが稼いだほうがはやい」
誰がなんと言おうと、もう二度と。
「トリ、おなかすいた」
☆ミ
買う春の方が圧倒的に多いが、売る春も少なからずある。謳歌すべきは前者であろうが、金になるのは後者である。重責に抑圧されたけだものたちは羽振りよくおれを抱く。おてんとうさまが空から見つめる真昼のこと、前戯もそこそこに猛る肉棒で体内を引き裂かれては久々の交わりに驚いた肛門が素直に裂けた。乱暴は追加オプションである。またの儲けを得た。血で滑る獣の象徴は膨張を続けており、そのうち腹に穴でもあけられてしまうのではないかと震えた。会話する余裕もなく、おんな役のおれはだらしなく上擦った声をあげていた。
「あっ……」
感じたのではない、気づいたのだ。まあるい瞳がふたつ、おれたちを見つめていることに。じい、と瞬きを忘れたのか、小玉の目はおれと、おれに繋がるおとこを穴が開くほどみつめていた。表情は伺い知れないが、万が一裂傷に気づきこぶしをふるうことがあってはならない、体勢を変えて、小玉にだけ見えるように人差し指にキスをする。
『しぃー……』
大丈夫だから、余計なことは―――っぅ、ん
☆ミ
「小玉、わかりましたから」
「イヤァアアア!!トリ、トリィ……!!」
「もうおやめなさい」
「トリ、シャオまもる!トリいたい!いたいいたい!!イヤア!」
「小玉、話を聞きなさい」
「イヤアアアア!!!いたい、の、いたい、の、とんで!!とんで!!!」
「焔、なにこれ。どういうこと?おれもう約束の時間だから行かないと」
「遺憾ながら、この子はあなたが売買されることが気に食わないと」
背骨が軋む勢いで離れない小玉と、今宵も例の邪知暴虐な暴漢に抱かれる予定のおれの縺れ合いに重い腰をあげた焔は会合に向かわなければならない。取引先の機嫌を損ねないよう帳尻をとるから、あとはどうにかしろということだ。しかし、だけれども。
「シャオ、わかったわかった、行かない。行かないから放して」
「やすみ?おやすみ……?」
「うん、久しぶりのおやすみ。どうしよっかなあ、あ、中華バイキング行こっか。」
「ばいきんぐ!」
両手を挙げてよろこぶシャオはようやく泣き止み、げんきを取り戻した。はあ、やれやれ。それもこれもシャオのためにやっていたのになんてことだ。今日だけじゃあない。明日も、明後日も、この先一ヵ月分は予定を埋めていたのだから頭を抱える。シャオの面倒は舎弟に見てもらうしかない……か。予定を確保するために先日の足に電話をかける。話半分、ついていけないというようなリアクションが返ってきたが、かまっていられない。
だってこの子の親は、もうおれしかいないから。
『ヒナギク』
尻尾取りゲヱム
元来、練習だとかリハーサルだとかが性に合わない。同じことをやるのに、二度も三度も手間をかける必要性をこれっぽっちも感じられなかったからだ。そういった打ち合わせのスケジュールは極力潰し、自分自身のために過ごす。大概、睡眠を貪り、街をふらつき、気が晴れないときは要りもしないものを買う……そんな「暇」を弄ぶだけだったが。
いい加減な性格は自覚している。けれど悪いものだと思ったこともない。生まれつき裕福で、親から死ぬまで遊んで暮らせるだけの大金を与えられ、温床で育ったおれはわがままを聞いてくれる乳母や召使に囲まれてここまで大きくなってしまったのだから。馬鹿正直に世界平和を謳うつまらない世間と向き合えなかった。
あの日はすこうしだけ気分がちがった。三下連中のお稽古に付き合ってやろうと、久々にリハーサルの現場に顔を出してみたんだ。ちょうど、放送中の深夜ドラマのどうでもいいシーンのお稽古。みんながおれを嫌っているのも、やりづらそうにしているのも空気だけでひしひし伝わった。その癖にネコナデゴエで挨拶して、機嫌をとってくるスタッフに吐き気がした。だから、やっぱり来るんじゃなかったなあってちょっぴりへこんだ。本番のときだけ顔を出して、ある程度問題ないように役をこなして、気持ち悪いブスたちがSNSできゃあきゃあ叫んでくれたら、おれは、
「あなた、最低です」
「……は?」
「降りてください。あなたに演じられるクリストファーさんのことを想うだけで反吐が出る」
「なんのことかさっぱり」
「つまり、この現場から出て行けって言ってるんです。わからないんですか?ご自分がどれだけ迷惑なことをしているのか」
タッパのない、オンナみたいな顔をした奴が嫌悪感を剥き出しにしておれの目の前に立ちふさがった。短い手足とまあるい顔で精一杯に威嚇してくる。誰だ、こいつ。こんなやついたっけ――いたかもしれないけど、なんでそんな、ほぼ初対面の奴に……ああ、そういうことね。なるほど。
「……お前、おれのことを好きなの?」
「なっ……」
昔、飼っていた犬の顔を思い出した。そいつはおれのことがだいすきな犬にそっくりだったから、たぶん腹でも空かしていて、それでちょっと機嫌が悪いんだ。何かもっていたかな、なんもないや。ガムならあるけど――。
「カッカすんなよ、生理か?」
「今の話聞いていましたか!?ふざけるのもいい加減にしてください、あなたの所為でみなさんに負担をかけていることを」
「明兎、そこまで」
突然暴れ始めたクソちびは殴りかかる勢いでおれに近づく。餓死しそうなのかもしれない。サイゼリヤにでも行けば、すぐにドリアが出てくるだろうに……かわいそう。そんなことを考えるくらいの余裕がおれにはあった。襲われるかもしれないのに、至って冷静だったのは遠巻きの中で静かにしていた男が走っているのが見えたからだ。そいつに抱えられ、言葉通り引きはがされる。
「遊鳥さん」
「おつかれ、帝くん。元気してた?」
「なんだ、お前。遊鳥さんのペットだったんだ」
「ぺ、ぺぺぺぺっと……こいつ、どこまで人を侮辱したら気が済む、んぅ!」
「こら、明兎」
「ははっ、うそでしょ。アンタ”みんと”って言うの。変な名前」
「失礼な!」
みんとは遊鳥さんが来てから突然おとなしくなった。飼い主の前でしかお行儀よくできないなんてペット失格だな、って思った。
「遊鳥さん、ちゃんとこいつのこと躾けておいてよ。おれのことだいすきだから、またきっと息切らして寄ってきちゃう」
「えっ、そうだったの?」
「ちがっ、ちがう!好きじゃないです、こんな、こんな人のこと好きじゃ」
好きじゃない。嫌いです。
――そっか、ふぅん。まあ、そうでしょうね。そうでしょうけど、そういうことにしておいてくれないと困るんだよ、ヌクタニミント。
☆
「先に何か言うことは」
「ないでぇす」
「言っとくけど、一部始終ぜんっぶ知ってっからな」
「やるじゃん先輩、チェリーボーイなのに物知り~」
みんと程じゃないけど、メスっぽい童顔ピンク髪の先輩はおれなしじゃ飯が食えないかわいそうなおとこのこ。おとこのこって歳でもないけど、まあ一応そういうことにしておこうよ。だって先輩、チェリーだし。
「チェリーじゃねえから」
「ヤったことあんの」
「ああ、もう!今はその話じゃない。現場の空気破壊してリハーサルしないで帰ったってどういうことだよ。また現場行きづらくなるだろ」
「ヤったことないんだ」
「おい」
「まぁ~……先輩は気にしなくていいんじゃない」
「俺じゃなくて、お前が!」
結局、あの後みんとが泣き出してリハーサルどころではなくなった。休憩挟みますという声が聞こえたからいつになったらはじまるのかもわからないリハーサルより決まった時間に放映される映画を選んだ。最高だったよ、青いウィル・スミス。
映画館を出て携帯の通知を見たら先輩からの連絡でロック画面いっぱい埋め尽くされていた。気持ち悪いなあと思いながら電話を掛けたらワンコールしないうちに怒鳴り声が響く。どういうことだ、説明しろと頭ごなしに言われるのに腹が立って、面と向かって話すと伝えた。行きつけの店の個室でビールジョッキすら持たせてもらえない、おれ。チョーかわいそう。
「お前だけじゃない、事務所の人たち全員で謝罪してきたんだからな!」
「おつかれぇ~はい、これ労いの投げキッス」
「……おま、ほんとな……くそっ……なんなんだ、遊鳥さんにまで、迷惑かけて」
遊鳥さん。
先輩が、ずっとずっと追いかけている人。おれにはちゃんと話してくれないけど、たぶんきっと、先輩がずっと前から好きなひと。確証はないけれど、好きなひとがいることと、その人との関係に望みがないこと、年上の人ってことだけ知っている。ああ、あと、遊鳥さんの名前を呼ぶときに、すこうしだけ上擦るのは初期から知ってた。
こんな、あからさまな好き好きオーラを出しているのに肝心のお相手様は爽やかな笑顔を浮かべていつも通りに振る舞うから、先輩、ちょっと哀れ。いや、大分哀れ。
「兎に角、明日こそはぜったいにリハ来いよ」
「二日酔いにならなかったら善処する」
全部、お金で解決できたらいいのにね、
☆
偶然、早起きできただけ。
早朝六時、開いているかもわからないリハーサル会場に散歩がてら顔を出した。人気のない静かな現場は芸能界に入って一度も見たことがない。一回見たか見ていないかもわからない次の話の台本を開いた。本番は明日に差し迫っているから、とりあえず台詞を入れた。とりあえず、ね。
努力しているところを見られるのがいや、とかがんばってるおれ、チョ~すごい、とか全然思わないけど、まあそういうの見られたらむずむずするでしょ。だから、いつもこういうタイミングで覚えるワケ。幸いなことに台詞量も出演時間も短いシーズンだからそう長い時間はかからなかった。余った時間は昨夜先輩からもらった共演者のリハ動画を見て潰した。西園寺さんがおれの代理をやっていた。へぇ、もうクリスはこの人でいいじゃん。
キィ
「おはようござ」
「おっは~」
「失礼しました」
「ちょいちょい」
二番手に現れたのは昨日ちょっとだけラブを交わしあったヌクタニミントだった。わかりやすい憎しみを向けられるのは、きらいじゃない。変に気を使わなくていいし、あっ、はいわかってまぁすって感じ。
「そんなにアピールしなくていいから」
「アピール……?」
「だいすきな人とふたりっきりのシチュエーションでどきどきしてますって顔してる。案外ウブなんだ」
「昨日もお伝えしましたが、僕があなたを好きになると思いますか」
あきらめたように遠いところでバッグを下ろしてまっすぐな言葉のボールを投げてくる。速度は速めだけど、取れないもんじゃない。
「好きになるっていうか、もう好きでしょや」
「勘違いも甚だしい、それは絶対に有り得ない話です」
「ガリレオナントカが言ってたよ、この世に絶対は無いって」
反射的にみんとの眉がぴくついた。ムの字になる口は全体のサイズにあっていて、すごくちいさい。これ以上離れられたらちょっと見えにくいくらい。だから台本を片手に少しずつ距離を縮めた。
『やぁ、キャミー。今日も可愛らしいお洋服だね』
『やだなぁ、クリスさん。外では”いつも”でしょ?』
『ごめん、そうだったね。彼、ならもうそろそろ来るんじゃないかな』
口調と声のトーンに気を付けて台詞を読むだけで、渋々だけどみんとが続きの台詞を返してくれた。天王寺帝は嫌いでも、クリストファー・スミスには懐いているみたい。まあ、「ファミリー」だからねぇ。
「……」
「……台詞の続きを」
「ねぇ。家族、だからさぁ。願い事叶えてくんない?」
「誰があなたの」
「みんとが、おれの」
「”役”までです」
軸のブレない瞳がまっすぐにおれを捕らえる。あまりにも熱心におれのことを見つめてくれるものだから、壁際に追い込まれていることに気づかなかったらしい。背水の陣、逃げられないように両腕を捕まえてみた。折れそうだ、この小動物。
「おれのこと、好きになってよ」
案外、うまくやっていけるかもよ。
☆
一旦、外の空気を吸いに出た。コンビニでSサイズのアイスコーヒーを買ったけど、思ったよりもはやく飲み干しちゃって、スタバで抹茶フラペチーノにエスプレッソショットを追加して、あとノンファットミルクに変えてもらったものを飲んだ。軽食は食べる気になれなかったから、すこしだけぼうっとしてから会場に戻った。
「おはよぉございまぁす」
「遅い!十時集合って言ったでしょ!?」
「ごめんてぇ」
十時半に会場に踵を返した。到着してすぐは膨れっ面の先輩が仁王立ちで待っていて、いつもの面子が集まっていて、協調性のない澱みが蔓延していた。あーあ、やっぱニガテだなあ、いっぱい人がいるの。
「遊鳥さん、鬼くん……昨日は帝が大変ご迷惑おかけ致しました。本当に申し訳ございません」
「あーあー、俺は全然なにも。ね?明兎」
「――以後、気を付けてくださるなら善処します」
「ほんっとうに申し訳ございませんでした!ほら、お前からも!」
「……すいませんでした」
遊鳥さんはいつも通り笑っていた。本当に気にしていないみたいに、へらへらと。対照的に感情を殺したみんとは機械的な言葉を放ち、目線を反らす。まるで、不服を訴える少年のように。
先輩は他の共演者にもへこへこと頭を下げる。それに続いて、おれも頭をさげる。この儀式を随分長いことやっていたような気がする。ふと、時計を見たときは十一時を回っていた。
『其れはライクですか、或いは』
『勿論、ラブの方。最初はライクでもいいよ』
『無理です』
『おねがいだから』
『あなたを好きになるわけがない。人を愛する前に、ご自分を愛されては如何ですか』
願いは届かなかった。鬼 明兎は芯が通ったクソ真面目な生き物らしい。クソ真面目で、クソお節介。自分を愛せ?愛しているからこそ、この為体だ。すきに生きているのは自分が可愛くて仕方がないからだ。余計なお世話なんだよ。
「天王寺さん、ご無沙汰してます!」
「主役マンじゃ~ん!おっひさ」
「もー、全然会えないしご一緒する機会も少ないし……俺、今日会えるのたのしみにしてたんですよ?」
「すっげー、ガールズバーに来たみたい」
「があるずばあ?」
たしか、主役のコージ。西園寺さんとよく一緒にいる子。何回か一緒にあそんだことあるから、ばかなのは知ってる。表とか裏とかそういうのを使い分けるのもへたくそだからまあ、害はない。一緒にいてやってもいいかなって思った。
「行ったことないの?イケメンは重宝されるよ。例えば、こうやってさぁ……ゴホンッ、おやすみの日ってぇ、何されてるんですかぁ~?」
「ええ?なにこれっ」
「なんでもいいから答えてよ」
「えーじゃあ……最近はジムに行ってます、よ?」
「さっすがぁ!すごぉ~いっ!憧れちゃう~!こんどアタシも連れて行ってくれませんかぁ」
「意味わかんないんですけど!天王寺さんやめてっ!ぎゃあ!どこさわっ」
やっぱり、後輩イジりはストレス発散にもってこいだな、最も、ママの目の前じゃなきゃの話だけど。
「桃司くん」
「あっ、ちょ!西園寺さんたすけっぎゃははっ!むり!もう無理ですって天王寺さん!やだあっ」
「ココ?へぇ~変なとこ弱いんじゃん」
「………帝くん、ごめんね。ちょっと桃司くんと話があるんだけど」
「ハナシ?今していいですよ、ほら。ちゃんと聞こえるかわかんないですけどぉ」
「俺!こしょこしょされるの弱いんですって!ちょっとお!わっ、はっはっ、むり!やだやだっ、帝さんってばあ!」
「――……ほぉら、トージくん?ママがお話あるって」
伝家の宝刀、天王寺ハンドでぐにゃぐにゃになったヨージ……じゃないや、桃司は酸欠で真っ赤になった顔で西園寺さんの方を見た。余裕のない一瞬のモーション。察しの良い彼はさっきから西園寺さんが悪いものを纏っているのに気が付いて、息を詰まらせていた。いいのかな、ソッチばっかに集中してて。おれ、蚊帳の外ってだいっきらい。
「いっ……痛っ、」
鎖骨回り、皮膚のうすいところを思いきり吸うと紅くなった。なんだ、桃司って名前だから桃色くらいになってくれないとかわいくない。
お怒りであらせられる、西園寺さんのかおは散歩のときに見かけたポスターとはひどく大違いな顔をしていた。ははっ、昨日クリス役の代理をしてくれたお礼だよ、西園寺さん。おれはお澄まししてるときより、今のかおの方がすきかな。
「ごめんごめん、なんかやってみたくなった」
「帝さん!」
「なんかね、こうやると色が変わるんだって。桃司知ってた?」
「知ってるも、なに……も、いや、これ俺にやっちゃだめですからね!?」
「ええ~でももうやっちゃった」
パァン!
何かしらのスポーツをしていたら、聞けそうな打撃音が響いた。その衝撃は脳をゆさり、つよい痛みに変わる。台本をぐるりとまるめたらいいバットになったよってところかな。
「目を離したら、おっまえなあ!なぁにしてんの!」
「玉藻さん!」
「ったぁ~……せんぱい?」
「いいから謝れ!ばかたれ!あほんだら!」
「えー……誰にぃ?」
「まずは桃司くんに用があった西園寺さんの時間を捕ったこと謝れ!あと見苦しいものを見せたのも謝れ!昨日のリハの代理にもお礼を言いなさいっ……桃司くんは、もう、お前……これ、これはだめだろ……」
「これって?」
「キッ、キス、キス……」
「キスって口にするやつじゃん?ねぇ、桃司くん」
「ええ~…っとぉ……西園寺さん、なんかついてます?」
「……しっかり、ついてるね……」
「帝、おまえ……わかってて言ってるだろ。これはキスマーク!」
さぁ、ナンノコトダカ。
☆
反省会と称したいつもの店のいつもの個室で、手始めに現場に最後までいたことを褒められた。その後は最後の最後まで罵倒され続けた。名誉棄損で逮捕されたらいいのに。
「キスマのときはもう本当に死んだなって思ったんだからな……舞川さんが居たら殺されてたぞ。あそこの事務所そういうのにほんっとうにうるさいんだから」
「――あ、シャンディガフ飲みたい。あといぶりがっこ」
「手はお膝、耳は俺」
「聞いてんよ」
「だったら返事」
「……ねぇねぇ、先輩。先輩って自分のこと好き?」
呼び鈴を灯らせながら先輩は鬼の顔になった。けれど、すぐにまたもとの形に戻る。もともとの顔よりちょっと、間が抜けていたけれど、ちょっとだけ真剣に考えてくれた。
「帝はどうなんだよ」
「”質問を質問で返さない”って言ってたのは先輩じゃん」
「いや、これはその、意見交換ってやつ」
「おれはねぇ……まぁまぁかな」
「まぁまぁ、でコレか……」
枝豆の豆粒たちを考えなしに更に転がす先輩は正直に、あんまり考えたことなかったから、よくわからないと言っていた。そっかあ、とか適当に相槌をうちながら、生まれた豆たちを口に攫った。先輩にわからないことは、おれもよくわからない。
『あなたを好きになるわけがない。人を愛する前に、ご自分を愛されては如何ですか』
鬼 明兎、それじゃあ困るんだよ。おれをすきになってよ、ねえ。おれも努力するからさ、お願いくらいきいてよ。
「おれ、今日みんとに言われた。自分のこと好きじゃない奴のこと好きになれないって」
「たぶんそれだけじゃないだろうけどね」
「おれ、自分のこと好きになったらみんともおれのこと好きになってくれるかな」
「……ん?」
「どうしたら、みんとに好きになってもらえると思う?」
チェリーボーイが力強く豆を発射する。天高く舞うみどり色の豆。タイミングよく店員さんがシャンディガフを持って現れた。ぽちゃんとその中に沈む豆は、不本意だったろうに。
『キャッチ・ザ・テイル』
tic-tak at midnight
ふかい眠りのとびらをたたくユキさんの傍で、俺は息を潜めていた。安寧を脅かすことだけは、けっしてしたくなったのだ。曇りない寝息はサイドランプの灯る彼の部屋にこぼれて消えた。呼吸に伴い、肺の辺りが上下する様を見て普段実感することのない、しんぞうのことを思い出す。この人の病は完治しないと聞いていた。
(ユキさん)
口の形を変えて、呼んだつもりになる。もちろん、意識のないユキさんが目覚めることはなかった。寝てしまったか、と置いてきぼりになった実感を得て行き場のないさみしさを得る。眠気は――あるが、ねむれない。
(ユキさん、おいていかないで)
俺も、ねむりたいのに。どうしてそんなにきれいな顔で、ねむっているの。
身動き一つで、起こしてしまうかもしれない。寝返りをうつことすら憚られた。いざ、ねむりの国へと気を整えるも、自然とかおる本人を前によこしまなきもちが湧き立ってしまう。抱きしめたい、抱きしめ返して欲しい。起きてしまわないで、けれど、ねむらないで。
(俺も、連れて行って)
「……んぅ…」
「ゆ、……」
のそり、と動くユキさんが俺をベッドのすみっこに追いやるようにしてみせた。図らずして壁とユキさんの間に挟まれた俺はどうしようもない現実に焦燥を覚えるのをやめ、ゆだねるように彼の胸元にあたまを預けた。ちょうど、しんぞうの真上を陣取る。とくん、とくんと響く音は規則正しいオルゴールを想わせた。
(生きている)
ただならぬ悲壮感を放り捨て、目の前のうつつにつつまれた。心地よい一定のリズムが母親がしてくれていたような、子守歌のそれに似ていた。生きている。まだ、ユキさんは生きている。
恐れることをも放棄した。わずかに生まれた隙間に腕を通し、彼の背に手を回す。くるしくならないように配慮してそうっと、そうっと抱きしめた。まだ、うごいている。まだ、否。これからも。余命宣告ばかりに気を取られ、現実を受け入れられないようではだめだ。盲目になって良い導はないけれど、せめて俺は信じ続けなければ。意思をもたない脈うつそれに、ユキさんのすべてがかかっている。
オルゴールの心臓
teenager
齢三十を迎え、本格的な中年への覚悟を決めたその日、担当の滴草が差し出したのは無機質な四角の箱。最近はまともに相手をされることなく、業務に関わる連絡しかとっていなかったが、何の兆候か。私が知る由もない。
移り変わりの激しい芸能界と代り映えのしない日常に挟まれた純粋なこころは濁りきったまま濾過することも、何者かに濾過されることもなかった。フラストレーションを溜め込んだ少年は青年へ成り変わるときに否定をおぼえて言葉の暴力に走った。幼いころから傍にいた私はそれを痛々しいものだと嘆いたが本人の意思を尊重した。若い頃の過ちは多いほうがいい。
「これは」
「ピアッサー」
「……親御さんは」
「”すきにしろ”って」
「成程」
やはり、そのちいさな箱は知り得ないものではなかった。思わず自身の耳に触れる。塞ぎかかった小さな穴は滴草と同じ頃に私も開けたものだ。まったく同じ製品ではないが、姿形の似た箱で。安定するのには大分時間を要した。相当な痛みが続くのを彼は理解しているのだろうか、確認しようとするものの目を合わせようとしないので取り急ぎプラスチックの薄い箱を開封した。すこしの反応を見せる幼子は期待しているのか、不安なのか。そもそも、何故突然こんな突飛な願いを呈したのか。私にはわからなかった。
◇
おとなとは何か、
since we met,
さも、無邪気に問いかける彼の言葉がどれほど鋭利で、幾重に重なりこの身を裂いたことか。豈図らんや、誰も知る由などないであろう。焦がれた結果放つ異臭は鼻腔をかすめ内臓に留まった。内側からの衝動は自制するのがやっとのことで、いつしか神話の箱に等しいガラスケースになっていた。いつから、なんて野暮な問いは控えておくれよ。時に勝るぜったいなどない。もし僕が目に余る程の愛嬌をもった少女であったなら、一目見たその時から、と決まり文句も言えただろうに、異臭を放つそれに気づいたのは近々の話だ。
自覚したところで、意識をそらしていただけの身の内の腐敗と共存していた僕は何事にも変化を齎さず、齎したところですでに遅すぎる純愛(と呼べるかは非道く怪しい)を持て余していた。重ねすぎた年月はウブな部分を風化させるのにじゅうぶんで、無害な自慰ができる僕は、愛しの人を黙って遠くから見ているだけで視姦している錯覚を起こした。色と恋の沙汰から離れると、いかんせん自分が人であることを忘れる。見ているだけで満足できるこのからだはとても便利だった。精を吐き出す手間が省けて良いのだ。良し悪しはさておいて、効率的だろう、ちなみにここは笑うところだよ。
へんたいだろうか。大丈夫だよ、僕より救いのない奴はもっといる。と自問自答が止まらない。何人も手にかけたよるは罰としてなにかを失いそうで不安定になった。それは自分の中にあるパンドラの箱かもしれないし、目の前で規則正しい寝息を立てるこの人かもしれない。そう思うとたまらなくなって、任務を終えハイウェイを走るときはアクセルペダルをぺしゃんこに踏みつぶした。
冗談で、一度だけ特殊な加工を施した硝子張りの中でねむってくれと懇願したことがある。窓際で月明りを浴びてねむっていた彼が野良にスナイプされそうになったのだ。思い出すだけで怒りがわいてくる。老衰以外の原因でファミリーの死を認めないと決めているので拠点から離れて動かなければならない自分の役目はやきもきしているんだ――ああ、その日はどうなったかって。結論、なにもなかったよ。なにも……なにもとは言えないか。目の悪い狙撃手は何をおもったか僕の腹をかすめて終わったんだよ。ねむりこける彼に「愛している」と囁く僕をね。あと二回で百回目の「愛している」を伝えられたのに、とんだ邪魔が入ったもんだ。
こんな文化をご存知かな、野焼きっていうのがあってだね、根絶やしにしてやったさ。
「白雪姫を名乗れと?相変わらずだなアンドリュー、君の話はいつも突飛だ」
「ロマンチックだろ、自分のベッドが透明な棺だって」
「不謹慎だな。一応、君の上司を務めているんだが」
「揶揄われるのは部下とのコミュニケーションが円滑な証明」
「ふふっ、そうか。そう、なら――その提案は却下だな、幼馴染の騎士が守ってくれる」
「おいおい、休暇はもらえないのか」
「申請に応じて譲歩しよう」
前略、僕の想いは届いておらず始末書にサインはもらえても、婚姻届を渡したところで小首を傾げて破り捨てられる。真実を負うよりも夢見心地の良い今を大切にしたいきもちが勇み足をコンクリートでかためた。前傾姿勢に相応しくない重い腰をあげることなく、絶対的な場所で失われない自尊心を高める。君を愛している、愛しているよ。
今はまだ、口に出さないけれど。
『ティ・アモ』
六曜
普段見慣れない形の文字をひとつひとつ追いかける。たい、あん。たい、あん。たい、あん。瞼を閉じれば聞こえてくる先導者の帰還の声。三回目の大安の日に戻る。
「何見てんの、ダーリン」 「カレンダー」 「へぇ~…え、なにこれださくない?」 「貰い物だから」 「ふぅん。あ、これわかる。カンジだ!ヒラガナもある。ジャッポーネの?」 「うん。あ、ねぇテディ。オレこの日用事あるから帰んない」 「おっけー、二十三日ね」
浮気じゃないよねと屈託のない笑顔で問われ、返答に困ったのは何故なのか。浮気と言うより本命に会いに行くのだから顎に手を乗せる。その一瞬で不機嫌になったのか、マスクが奪われ手綱替わりのネクタイを引かれ、濃厚なキスが降りてきた。そんな前触れはどこにもなかったろうと咎めると、余計に腹を立てたのかあからさまに苛立ちを見せる雪だるまが今度は首筋に噛みついて外に出られないような大きな痕を遺して出て行った。捨て台詞は以下に続く。その日、一歩も外に出るなよ、と。
◇
不穏な発言を危惧したオレは前日の夜に部屋を抜け出し、ファミリーが構える拠点を寝床に一夜を過ごした。使い慣れないベッドは身内が用意したものと知りながらも居心地が悪く、浅い眠りが続いた。ここまでするのは我らがボス、ヴァレンティノ・ノストラが出張から戻る日を意味していた。眠気眼を擦り、身形を整える。酷い隈はコンシーラーで塗りつぶした。
「おかえりなさい!」 「ハチ、久しぶり。ただいま、そしてあけましておめでとう」 「おめでとう。疲れてない?おなかすいた?眠たくない?」 「そんなにたくさん訊かれても一度に答えられないよ」 「オスシ、オスシ食べ行こ?」 「ハチは寿司食べれないだろう」 「オスシ食べるとこ見てんの」 「相変わらずだな」 「今日はタイアンだから、なにしてもめでたい日デショ」
困ったように笑むこの人の顔がすきだと懐かしいきもちで支配される。主の帰りはいつも待ち遠しいし、彼が発つ日はいつも空気が澱んだ気分になる。今日一日は商談や急ぎの用はないらしい。久方振りの休日は有意義に過ごしてもらいたかった。
「因みに、ハチ。そのネクタイの裏に付けているものは何」 「裏?」
ちかちかと点滅を繰り返す小型のプラスチックがついている。なんだこれは、と口に出すよりも先に白っぽいかたまりの顔が浮かんだ。ヒト型ヨーグルトの呪いであることに違いはない。これは、と言葉につまったオレはなにをどこから説明すべきか、呼吸すらつまる思いで取り急ぎ窓からその発信体を投げ捨てた。
「例のストーカー騒ぎか……悪化しているのか」
ひくり、と萌黄色の瞳が動いた。
「いや、これ、は」 「報告、連絡、相談。怠るなと言ったはずだが」 「ご、ごめんなさいボス。ごめんなさい」 「盗聴器が仕掛けられていたかもしれない。GPSが組み込まれている可能性は?何処の馬の骨か見当はついているのか」 「……ボス、オレ…は……その」 「……すまない、一方的に叱りつけるのは愚直だった。ただ、お前ひとりだけじゃない、家族みんなが恐ろしい目に遭うかもしれないと思うと、ね……。わかってくれるか」
誰よりもわかっている。こころあたりのある犯人がどんなに恐ろしいのか。そしてその鬼から今、まさに連絡が入っており、尻ポケットが震えていることもオレは知っている。けど、言えるワケがなかった。狂った美男に絆されて、一緒に住んでいるなどと。
「しばらく"部屋"へ帰るのはやめて別居を構えなさい。今夜はホテルを手配するよう動く」 「……うん」
肩を落とすオレの姿は部屋へ帰れないことへの落胆ではない。仕置きと称して夜を重ねなければならないことへの嘆きであった。案ずることはないと激励の言葉をかける彼に会えた喜びはいづこへか旅立ってしまった。
「ねぇ、ボス。相談なんだけど」 「何かな」 「まじ、たすけて」
+++
ノストラファミリーVSスーパーハニー
ゆびきり
あけがた
「カネ、ハラエ」 「シャオ、金じゃなくて、お金」 「オカネ?ハラエ!」 「ね、うちの子の覚え。とってもはやいでしょう」 「ひっ………来月まで、お待ちいただけないでしょう、か」 「それねえ、あなた同じこと先月も言ってたの覚えてます?」 「わかっていたのですが、どっ……どうしても、工面できず……」 「一円一銭たりとも?」
よあけ
「お父さんッ!」 「なっ!?どうして、娘が此処に!!?」 「お支払がむずかしいのは、お金がないから」 「やだ!やだ離してください!!」 「お金がないのなら、作ってしまえばいいんです」 「お父さん!!」 「御嬢さん、お母様に似て御綺麗ですね。幾らになるでしょうか」 「……娘だけは、どうか…今年、受験生なんです」 「そうですねえ。お父さん、文字通り体を張ってみますか」 「何を、したら」 「マイチークヮン」 「五臓六腑、ちゃんと揃ってますよね」
ひがのぼる
「レイ、まんじゅう」 「まんじゅうじゃなくて、おまんじゅう」 「おまんじゅう!おまんじゅう!」 「ははっ、すきだねえ。そうだ、今日のシャオはいい子だったから特別に十個買ってあげよう」 「ヒャッコ!おまんじゅう」 「百個はいくらシャオでも食べきれないよ」 「ヒャッコタベル、シャオいい子!」 「じゃあ、みんなにお土産で買って帰ろう。残った分は全部シャオの」 「ユビキリ!」
あたらしい文化・事柄が、はじまろうとする時期
too close
「ハクシュー、一緒に寝ヨ」 「いっ、しょ……?えっ、今日はお泊りなんですか……?」 「ケーゴやだって言ってんじゃん」 「いやそこじゃなくて、というか、えっ??」 「テディのベッドは無理だけどハクシューのベッドはすき。テディよりも綺麗だからハクシューもすき。オレきたないから一緒はやだ?」 「汚いなんてそんなこと思ってないですよ!でも、そんな立派なベッドじゃないから僕はソファで……」 「ベッドきれいにしてソファで寝てんの?おもしろいネ。じゃあオレもソファで寝る」 「ええええ、えっ、テディさんに知られたら!ハチさんは勿論僕まで、」 「トージには俺って言うのにオレには僕なのもやだ。今、距離置いてんしょ?オレのことはいいから一緒に寝てヨ」 「………うっ」 「どっかの誰かさんの所為で、オレの腕、なんか乗ってないと寝れないし。たすけて?」 「今日だけですからね」 「ケーゴやだ」 「うっ」
★ミ
「どう?」 「……どうって言われても」 「イヤ?」 「いや……ううん、いや……なのかなあ」 「オレがトージじゃないから?」 「………うん」 「ははっ、そっか。だよねぇ」 「ハチさんは?いやじゃない?」 「オレはハクシューがすきだからヤじゃないヨ。でもハクシューがイヤなきもちは忘れないでね」 「どうして?」 「イヤな分、トージのことがダイスキってことでしょ?そうじゃなくなったら、トージよりオレの方がすきになった、ってことになるし」 「……そうですね、じゃなくて…そうだね」 「わかった?じゃ、おやすみ」 「良い夢を」
☆ミ
「なっ、なっ!?ふたりとも!ふたりそろって!?なあにしてんの!?!!」 「……っさいなぁ…」 「…っと、桃司くん!?」 「………」 「ハクシュー、今すぐそこ退きな」 「違くてそうじゃなくて!ハチさんが引いてくれないから仕方なくっていうか、ソファで寝ようとも思ったんだけどついてくるくらいだから……!桃司君!違うんだよ!?テディさんも!違います!」 「ハクシュー、黙って……ほら、トージ。口を開くべきなのはオマエだろ。なんの説明もなく距離置きたいって言ったのはソッチじゃん」 「ハチ、さんには……関係ないですよね」 「そうだよ!?トージたちが別れそうだからってハチがハクシューと寝ていいってことにはならないから!!早く!離れて!!やることやってたらまじで殺すからな!?」 「なにもしてないですって!!」 「"距離を置く"ってことは、"アンタがどうなったってもういい"、"飽きた"ってことだってハクシューは思ったヨ。ちゃんと話さないで突き放しておいて、こういうときだけ現れてブチギレんのは都合が良すぎるんじゃない?」 「それはっ!」 「もういい!!」 「……えっ」 「もういいんです、テディさん……俺、あまり大きい声出したくないんで……全部ちゃんと話します」
★ミ
「そしてマネージャーと話をして――確かに、俺の仕事は西園寺さんありきで腰巾着のような扱いになっているかもしれません。視聴率があがったり、多くの人の眼に触れたりしてきたのも西園寺さんがいてくださったからです。でも、じゃあ……西園寺さんがいなくなったら?俺と西園寺さんが喧嘩したら?共演NGになったら?そう思ったら、俺、こわくて。情けない話だっていうこともわかってるんです。でもどうしたらいいかはわからなくて。単独の仕事がはいっても、被る形で共演の話が舞い込んで来たら西園寺さんと一緒に居られる時間や、メディア露出が多いメリットを考えて、そっちを優先してしまうんです。それが、よくないって思って……すごくいやだけど、でも依存もしたくないから距離を置いて考える時間が欲しくて。だって一緒にいたらこれでいい、これがいいって思っちゃうから…」 「そう、だったんだ……」 「ちゃんと言えるんじゃん」 「……っ」 「あー!!もー!ハクシュー!泣かないの!」 「すみません……でも、俺は一緒にたくさん仕事出来てたのしかったから、いや、だから……か。ずっとそれじゃいけないよね、桃司くんのためにならないよね。そこまで考えてなかった。自分のことばっかりで、なにかしたかな、とか嫌われたかなとか」 「それは俺がちゃんと説明しなかったからなので……泣かないで西園寺さん。おとなになったらなきむし卒業するんでしょう?」 「……っ、また母さんになにか言われたの」 「ふふっ……内緒にしなくちゃいけないんでした」 「ッハクシュ!トージ!!たすけてっ」 「じたばたするな!この浮気者!!」 「浮気だって言ったらテディだってトージの部屋でナニしてたかわっかんないじゃん!」 「ちゃんと別々に寝たし!!そういうハチだってほんっとうになんにもなかったんだよね!?精子の色でわかるんだからね!?」 「きっしょい!やっぱテディきらい!!オレ、ハクシューと結婚する!!」 「こ、こらー!喧嘩しないでくださいっ」
+++
ゲリラ豪雨のあとに
go to HELL with me
「嫌です」 「でも、ボクはジーノとなかよししたいの」 「言うこと、をっ……」 「やだっ!なかよしするの!!」 「っく、」
鉄色を連れたジョンは昂ぶりの抑え方を未だ知らない。かつては彼の自室に押入れることによって自然と発散方法を殺し放置するだけでよかったものの、昨今要らぬ知識をつけた彼はウタの助力なくしてひとりで一夜を越すことができなくなっていた。いつもなら拳を振り上げて彼のたわむれを止めるパートナーのチョコミントは既に帰還している。送迎用の車を手配したジーノは言動に伴わぬ力を振るうジョン相手に抵抗を示すがそれを上回る怪力に捩じ伏せられていた。
「殴ってしないから、おねがい」 「断固拒否します……離れてください、血なまぐさいっ」 「じぃのぉ……」 「そんな顔をしてもだめです。退けなさい。不快なものがあたっています。とてもいやなきもちにさせていることをお分りですか」 「なかよしきらい?」 「なかよしはするものではなく、なるものです……あなたとは御免蒙りたい」 「ほんとう!?ありがとうジーノ!だあいすきっ」 「ちょっ、と!?話をっ」 「ボクとなかよししたいって言った!」 「言ってません!!」
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殴っては人としちゃだめって言われているけどなかよしを人としちゃだめって言われてないジョンくん
catfight
「みゃあお」 「もっと愛らしく啼いて御覧なさい」 「儘を愛してくれたまえよ」
掌を突きだし口付けを乞うたが、妖艶な桜貝は私の腿に噛みついた。私の飼い主は素直になれない。
「愛しているからこそ、従順になれとは言ってないのよ」 「ハハッ、近年稀に見るチープな愛だ」 「お行儀が悪いわね、今の状況がわからなくって?」 「そうだな、君が半歩着地を間違えたら私の手首が間欠泉になるだろう」 「お望みとあらば、よろこんで」 「冗談という義務教育が足りないようだ」
脅しのつもりでトップリフトを浮かせる彼女の爪はきっと甘い。その僅かな隙間へ瞬時に手を滑りこませ、囚われていた利き腕を解放する。それだけで油断はならないので、形勢を立て直す一撃を繰り出す。オフコース、手加減はお手の物だ。こういう体位はお好みかな?一般的には正常位というんだが。
「ガッティーノ、躾がなってないわ」 「仔猫は飼い主に懐かない」 「あら、そう?ニコラ・トッポには随分甘えていたようだけれど」 「……――ほお、誰の差し金だろうな。その名は君の年収で買える程、安売りされていない筈だが」 「サンタクロースよ」 「とんだクリスマスプレゼントだ」
爆弾を見せびらかすような女性は色気がない。そのボディとはうらはらだな、と思ったが出し惜しまないという意味では上物だ。揺らせば好い声で震えるだろうが、コレは消さなければならないターゲットだ。"俺"の五感が冴えわたる。
「いいじゃない。ヒトってなかよくなる方法があるのよ」 「お聞かせ願おう。努力できなければそれまでだが」 「ヒミツの共有よ、誰にも言えないような話って案外誰だってもっているもの」
スリットの深いところからちいさな缶を取り出した彼女は躊躇なく私に向けてそれを噴射した。目に激痛が走り、腹部にも勢いの良いキックが飛び込む。騎乗の位を取った雌猫は不機嫌な物言いをしながら私の首に冷たいものを巻きつける。
「いい?ガッティ。ママの言うことはゼッタイよ。ねぇ、わかった?ミケちゃん。お利口さんよね、返事をなさい」 「性悪が過ぎるぞ」 「首輪が緩いようね」 「ぐえ」 「ミャオミャオ?」 「みゃぁお」 「やればできるじゃない」
手のかかる子ね、と私の唇を親指の腹で撫ぜる彼女は耳元でそうっと囁いた。
「そろそろ鴉に気を付けなさい。檻の中のおおかみも、いつ貴方達に噛みつくか知れないから」
***
ハードモードなアダルティ組
baddump
秋が終わる前に、と届いた芋は甘く舌にこびりついて離れない。おげんきですか、と綴られた手紙は僕ひとりの力で読めるものではない。あとでリコに翻訳してもらうのだ。 暖炉の前で火の番をすると共に焦げやらぬようそれを見守る。ぱち、と響くのは渇いた薪の辞世の句。そろそろか、と左腕を動かすと神経が悲鳴をあげる。絶叫に納得し、弾丸が突き抜けた部分に目を向けた。利き腕を護るために突如犠牲となった肉片はめざましいスピードで回復していると医師が言う。
「具合はどう」 「先輩」 「ノックならしたよ」 「……今日はあの人と追いかけっこしないんですか」 「家族を放って遊ぶわけないだろ」 「たまには僕とも遊んでくださいね」
溜息を吐いたキャメロン先輩は僕の肩に手を回し立ち上がる補助に回る。暫し参戦を控えるよう命が下ったことを話す先輩の横顔はこころなしかさびしそうにだった。口にしたなら照れ隠しの反論が鼓膜を劈くだろうから、おおきく飲み込んで承知の意を述べる。飛び道具よりも刃を扱うに長ける僕だが、リーチの差は埋められない。現代技術をもって人殺しの武器は威力を増し、より狂暴に成っていく。その権威を包括したカンパネッラ社と協定を結び専売の仲を取り持つコスタクルタファミリーは一代前より大人しくなったと言われるが、かよわく淑やかなやうに見えておそろしいけものを孕んでいる。僕たちはその牙にあたる部分とも言えよう。するどく在らねばならないが、削れた僕の腕すなわち牙の切っ先にあたる部分は修復の時を必要としていた。上の判断はぜったいであり、覆ることはほぼない。大人しく従い、満のを待つのみ。
「――暇だろうから……学校、来る?」 「学校……?先輩の?」 「展示会があるんだ。今は亜細亜の歴史に力を入れていて模造刀や浮世絵が並ぶらしい。すきだろ」 「かたな!?い、行きたい、です!」 「リコには話してある。支度から足まで手配してくれるだろうからくれぐれも大人しく、」 「先輩、アリガトー!」 「こら、あばれるな」
***
「メリルさん、ひとりで大丈夫ですか。まだ傷口が完全に塞がったわけでは」 「だいじょうぶ!暴れたりしないし、約束の時間になったらまたここに戻ってくるから」 「でも、やっぱり」 「いってきます!!」
不安そうな顔で送り出したリコは曲がり角で見えなくなるまで車を停めていたけれど、何に対してそんなに思いつめていたのかやはり僕には理解できないほどスムーズに学校へ辿り着き、チケット代を払って特設会場へ足を運んだ。警備員が立ち並ぶ厳戒態勢の中を悠々とした気持ちで練り歩く。ウキヨエ、シュンガ、ドグウ、ドキ、ショドウ。たったひとつを除いてはどれも非現実的なアートが立ち並ぶ。それは、そう。刀。
「すごい……」
ホームに置いてきた愛刀に勝るとも劣らない、しなやかでうつくしい線は写しのものと言いながらも尊敬の念が滲む一刀で、これを振るい押し切る肉はどんな感触なのだろうと握りこぶしをつくるに値した。そう、それは人を殺すとて身を守るもの。恩師より譲り受けた相棒が傍らより離れれば無力も同然の身。許し難い、漢はつよくあるべきで、そのつよさをもって人を守らなければならないのだ。
あっという間に時が過ぎ、約束の時間を迎える。今日も今日とて薬物中毒なクレイジードクターのもとへと向かう必要のあった僕は待ち合わせの場所へと急いだ。少々時間を押していたため、軽く走る。首より吊るされた腕が揺れて歩く。けれどやはり、急がねば。丁度よく目の前の横断歩道が青く灯る。駆け出したが先か、群衆のうちの誰かが叫んだがはやかったろうか。けたたましいクラクションの音と誰かの悲鳴、映画で見たことがあるワンシーンに一瞬思考回路が止まる。動け、と念じるが動いたからだは殴られたように横へ飛んだ。
大きなかたまりがすぐそばのビルへと衝突し、その反対方向に僕のからだは飛んでいた。轢かれたか、思ったより衝突事故って痛くないんだな。もしかしたらあまりの傷みに堪えられず死んでしまったのかもしれない。
「――君ッ、怪我は!?」 「……ッ、て…て……え?」 「よかった、意識はあるのね。ガッティ、市民の安全確保!少年を運んで!!ったく……アイツら!一般市民も巻き込んでっ――!!」
死後の世界にしてはあまりにも今しがた見ていた景色に近すぎて、まだ生きていることを実感した。僕の命を救ったであろう女性はすぐに煙を上げる方向へ向かった。礼を言わなければ、と起き上がるより先に見知った顔が眼に入る。
「横断歩道は歩行者信号が青になってから右を見て、左を見て、もう一度右を見てから渡るものだぞ、少年」 「………ミケさん。さっきのおんなのひとは、」 「メルクリオ君か?私達の宿敵とその恋人を追ってカーチェイスだ。彼女の運転するバイクははやいぞ。私も一度だけ乗ったが細く締まった腰に手を回したらそのまま振り落された。あれはいいアトラクションになる」 「なんだ、ただの女神ですか」 「いいネーミングセンスだな、ロデオさながらのアクティビティにマリアと名付けよう」
僕は彼女の咄嗟の判断がなければあの暴走自動車に轢き殺され、確実に死んでいたであろう。治りかけの左腕はきれいに骨が二本折れた。生きている以上、骨折などただのかすり傷に過ぎない。
+++
「あの人にお礼が言いたいんです」 「絶対に許可しない」 「先輩」 「この悪運持ちはわからず屋か。リコに見張りを任せたのも"こういうこと"が多いからだ」 「じゃあ今日はリコと一緒に行きますから」 「何故今日にこだわる。完治してからでも遅くないだろう」 「運命を感じたんです」 「うんめい?」 「あの人のことを、知りたいんです」
***
Good Job, ハチセオ暴走カー
Happyturn
「宏誓くん、俺たちんとこおいでよ。そうしたらきっと毎日たのしいよ」
ゲイでなよなよ、ただ伸びた身長はバスケ部とバレー部の勧誘に追われる羽目になるも運動音痴な私は心優しい先輩の手を取り演劇部へ通う身に転身した。奇人の多い部員に囲まれた結果、人よりも口数のすくない私は性格や仕草をすべて個性として甘受され、良心に属することで地位を得る。先の人への恋心もつもりつもらせ、他の女性部員と親しく会話する様は私を傷心させるに十分であった。若い芽は繊細なのである。
ただの部活動である。たかが部活、されど部活。なあなあに過ごしていたつもりだが一年生の時にはじめて参加した大会で圧倒的な演技を披露する他校生を見てこころが揺すられたのを意識した。当時の結果は言わずもがな、賞を獲得するなどとおい夢の話であり、失笑を買った。傷口に塩を塗るような惨敗を経験し、翌日から雪辱を晴らす思いで活動に打ち込んだ。
卒業までの間に数回、評論家に賞賛され県外の学生演技を目にする機会はあったのだが、学び舎をあとにした今その経験が活かされることはほぼない。強いてあげるのならばたまのたまに開催される飲み会に来れるかと連絡がくる程度。参加メンバーの中にかつての想い人の名があると、面倒臭がりな性格に反して指先が行きます、とフリック操作をするのだから不純だなあと思った。
「宏誓っ!久しぶり~」 「お久しぶりです、先輩」 「元気してるか?飯、ちゃんと食ってるか?相変わらず覇気がないよなあ」 「普段からバキバキなオーラだしてる人なんていませんよ」 「またまたぁ、ヒロちゃんったらあ」 「……あの、先輩。色紙はもう勘弁してください」
演者としての肝をひとかじりした私は半分冗談も含め芸能事務所へ書類を送り、審査員の前で演じ、二次三次と続く面接を終えた後に舞台俳優(もちろん脇役)として食べ物にありつく性を選んだ。地元の人間は囃し立てサインを書けと手当たり次第のものを差し出したのだが前述に準じ、役が取れると気弱な弱者へ変わり果てる。変わるというより、素に戻るのだ。
過ぎ去りし日々を想いかえす度にきらめく人が傍でごつごつのグラスを片手に談笑しているのを横目で見て、話の節々で笑う。その時間は何よりも代え難くなによりも愛せるものだった。数々の試練を共に超えたこの面子。たかだか数時間話したところで飽いて終わることなどないだろう、長く続けばいいのにと意識がうわのそらを舞い始めた頃に雷神様は太鼓のセットを拵えた。辺り一面の灯りが一斉に消える。突然流れるのは軽快なアップテンポの洋楽。女性ボーカルが先程までとは違う大きな音量で店内中に響き渡る。一体化サプライズの余興に拍手の準備をかまえると個室のドアが勢いよく開かれた。スパーク花火が刺さったケーキを持ったスタッフが数名。ご結婚おめでとうございますと明るく大きな声で盛大に祝辞を叫ぶ。突然のことに小さな心臓が落ち着かない。周りのリアクションにおいつけず茫然とする他なかった。
「ヒロくんには内緒にしてたんだけど」 「俺達、結婚します!!!」 「あっ、えっ!?先輩たち…が?」
追いクラッカーがパァンパァンと花開き、火薬のにおいが一瞬鼻をかすめた。隣の席の同級生が耳打った。私へのサプライズ発表を兼ねた飲み会だったのだと話す。ぐるぐると、ぐつぐつと湧き上がってきた感情は喩えられないことを知ってほしい。積年の想いは一度も口にすることのないまま散ったのだから。恋に落ちた先で衝撃死。私の驚きをきっかけにはじまったのは馴れ初めの話、これからのこと、挙式の予定。婚約指輪は既に交換済みで残るは社会的な手続きが想像を超える面倒な作業だということ。勿論私は話半分に聴いていた。いつもと変わらず相槌をうつ係り。学生の頃となんら変わりのない、私の立ち位置。ほろ酔いに雷撃。
『俺たちんとこおいでよ。きっと毎日、たのしいよ』
嘘偽りなくたのしい日々を過ごした。自分の恋愛対象が男性にしかならない葛藤も忘れて没頭できた時間は私にとってかけがえのないものであり、その時間を共有した先輩同士が恋仲に発展することなど容易に想像がついたはずである。私が、先輩だけを見ていなければ、きっとだいぶ前から察せられたのであろう。
「おめでとうございます、先輩」
だから、自分をかわいいと思うより先に目の前の現実を祝福した。
***
「愛宕さん、顔ぱんっぱんですよ」 「昨日ちょっと飲み会があって」 「毎日のマッサージ!!もともと浮腫みやすい体質だし、もう若くないんですからね!?」 「善処します」
マネージャーの小言を一身に受ける我が身は自重を試みていたのである。あの手榴弾をモロに喰らわなければ明日も仕事なので、と一次会でそそくさ帰ったであろう。何故か三次会まで出席しほぼ眠りの愛宕と化した私を一同はやさしくしてくれた。帰る頃には復活の兆しを見せたのだが家に辿り着き冷蔵庫を開けた瞬間に取り出したのは発泡酒。絶賛二日酔いにぶつけたものはアルコール。結果は御覧の爆弾顔面。酒臭い!とあわてふためくマネージャーが取り出したのはファブリーズ。人権を取り戻したい今日この頃。
「失礼しまぁ~す」 「月読さん……おはようございます」 「おはようございまーす……あらあら、ひっどいかお!っはは!ちゃんと寝る前にマッサージした?」 「ほぼオールで」 「舞台出始めの頃はちゃんっと言うこと聴いてくれてたのになぁ」
もっと言ってやって下さいと言わんばかりに首を振るマネージャーとの視線は天使の生まれ変わり、月読容の姿を拝み、崇め奉る。最早御本尊に対するその勢いは今や日々の恒例行事と成り果てた。
「昨日は、その」 「ん?」 「……はい」 「はい、じゃなくて、昨日は?どうしたの」 「あっ、はは………いえ、あまり話をまとめるのが上手な方ではないので、どこから話すべきか考えてしまって」 「昨日の話でしょ?」 「昨日のことなんですけど、昨日のことだけではなくて」 「でもその顔は確実に飲み会があったって感じだけど」 「――はい、学生時代の部活の集まりがあって」 「うん」 「先輩と……先輩の同期が結婚することを知って」 「おめでたいじゃん」 「それで……はい」 「はい?」 「それだけなんです」 「――……先輩の結婚が、いやなの?」 「嫌じゃ、ないです」 「自分の婚期心配してる?」 「そんなことは」 「じゃあ、どうして?」
話して御覧と微笑みかける後光を纏いし天の使いはきゅううと眉を顰めて怪訝そうな表情をした。それに怯えた私はこの空気をどうにかしなければならないと妙な焦りを覚えて胸のつっかえを取ろうと蛇口を捻る。
「すきだったんです、先輩のこと」
それでヤケになって、と続けようとしたところ月読さんとマネージャーの断末魔の叫びがこだまして、私は質問責めに遭うこととなる。
+++
あたご ひろちか、繊細だから気を付けて
ひび
ミトメに教わり結べるようになったと自慢し尽くしてきたネクタイを無造作に解き、次いでぼくの名前を鳴き続ける喧しい口を塞いだ。黄色に喘ぐ高音は布のフィルターで幾分か遠くなる。ユーイン・ロウのあかい瞳はとろけ、血の通った周囲を紅に染めていく。鼻、頬、耳と順を追って上気する様は適切な表現を見失った。
小柄な昂ぶりを突き刺し、そのまま揺さぶると律動に合わせて嬌声が上がる。布に吸われた喘ぎは比較的静かで情事に集中できた。 需要に応じて締まる道を押し進めるとぼくの脳天に電撃が走り、息が上がる。すこしずつ欲望が化けて出て、ぼくに憑りつき一心不乱に腰を打つ。
「ぼくのじゃまんぞくできないだろうけど」
それでもドランカー達にヤク漬けにされて、ハメ撮り動画なんてものを送られて、ぼくのだという自覚のないくそったれな助手にはこうするしか通用しないと思ったのだ。喋らないで、弁解もしないで、自分のしたことがどういうことか理解もできない人間のクズのために何故ぼくが。腹が立ってきた。
「はぁっ………はぁっ…あっ、はは……ざまあみて」
ずるりと引き抜き、そのままベッドから降りる。用事は済んだ、シャワーを浴びたい。
「適当にかきだしておいて、おなかいたくなっちゃうと思うから」
+++
図らずして最低
いたいのいたいのとんでいけ
「リコ、もうおしまいだなんて言わないですよね」 「勿論です、クリスさん。貴方が満足するまで続けてください」 「声、がさがさになっていますよ」 「どこかのだれかさんが、つづけるんですもん」 「可哀想に」 「嗚呼、今の声はいづこから」 「此処から、ですよ」 「まさか、元凶の彼方から」 「気に食わなければ蓋をして」 「……口付けのおねだりは僕が教える前からお上手ですよね、クリスさっ、ン」
***
喉を傷めないようにキスをしながらピストン運動
to the wonder land
母子家庭、息子がふたり。この腐った国でふたつの汗臭い瘤付オンナを養える程儲かる職業はそんなにない。父親はどうしたと聞かれたならば鬼嫁から逃げたと答えるが簡潔と説く。潤沢な資産をキャバクラもといぼったくり商売に注ぎ込み言葉通り水一杯に樋口一葉をひとり殺したマイファッキンファーザーは敏腕カリスマ美容師に鋏を向けられ土下座しながら家を後にしたのである。それはおれが小学校六年生だかそれぐらいの頃に起きた霧島家の一大事。ふにゃふにゃの大黒柱が去った後、我が誇らしきオールドブラザー結里がバベルの塔を模して母に苦労を掛けまいと思春期ど真ん中、勉強と部活と家事、それからおれの世話をテキパキ熟した。
結里は母によく似ている。そしておれは父親に似ているらしい。自覚などない、無論。父の影など十年は見ていないからだ。とはいえ、背格好が母と兄からどんどん離れ、遠ざかれば遠ざかる程、家の居心地が悪くなって度々夜を闊歩するようになった。母から聞かされていた父の姿を追うかの如し。ただひとつ訂正を、おれは水一杯のためにお金なんか使わない。
和睦の道の端っこを落ちないように気ままにふらふらしながら、たまに落っこちたフリなんかをしてみたり、ネ。ヒトの幸喜の息がかかる位置で揺蕩うしあわせはまさに堕落の一途を辿る。この子もその子もあの子のともだちも、みんなおれの唾なんか付けちゃったりして。絡まる毛糸を眺めて、あたたかい息を吹きかけた。すきだからとかあいしているだからとかじゃなくてたのしいから?そう、たのしいから。今がたのしければそれでいいっしょ。何がダメなのか、おれにはわかんないんだもん。
「今がたのしければ、それでいい……おもしろいねぇ」 「そ~お?みぃんなむつかしく考えすぎなんじゃない?」 「人は考えるのが仕事みたいなところがあるからねえ」 「篝ちゃんにはちょっとわからないだっちゃ」 「みんな、等しくわからない筈だよ」
おかゆいところはありませんかぁ。って定型句を置くおれは母から継いだ美容室の守る兄の傍らでアシストに徹している。数々のコンテストに出場しては受賞する結里の名は瞬く間に業界の眼にとまった。少しずつではあるものの、各方面の撮影モデルに施術する機会が与えられ、その延長でプロデューサーやメイクさん等高飛車な人たちと接する機会が増えた。 この人もそのありふれた人の中のひとりだけど、周りとすこうし違う異質な空気感を纏っていて、きらきらしているより、ふわふわしているが正しい。おひさまを隠す雲みたい。
「ねぇ、もし君が悪魔みたいにうつくしいきれいな人に突然キスされたらどうする?」 「やだぁ~そんな夢みたいなことあったらどうにかなっちゃう!えっえっ?それって相手はおれの知ってる子?」 「初対面で、だよ」 「え~それは吃驚するっしょ?してぇ、んー…わけわかんなくなってドン引きで固まっちゃうかなあ」 「でも、その人のことは気になったり?」 「するする~!大明神並みにきれぇなんでしょ~??」
いつも、いつもこんな話ばっかり。ゆめみたいな例え話に連れて行かれる。でも、その世界の居心地は実家よりも段違いでよくって実在するならワンチャンあり、だなあと思ったりもするのだ。
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お客様は創造主
bonbon
あのねあのねジョエルとジーノがお土産にチョコレートがいっぱい入ったおおきな缶を持って帰ってきたんだ。だからね、ウタとはんぶんこしていいよっていわれたからね、なんか小瓶のイラストが描かれた銀紙を取ってね、食べてみたの。そしたらねなんかあまくておいしいんだけど喉がいっかいあったかくなって、とてもぽかぽかした。おひさまのきもち。
「ウタ、これすごくおいしいよ」 「これ……って、ジャック!ボンボンじゃんか!」 「ぼんぼん?ボクおっぱいついてないよ」 「そういうんじゃなくてぇ」
ウタが言うにはボンボンっていうのはお酒が入ってるチョコレートのことで、おとなのたべものなんだって。だけど、ボクだってもうにじゅうななさいだから、ちょびっとだけなら大丈夫だもん。ね、ウタ!
「おくちのなかがね~あったかいよお」 「もう食べるのやめろって、ほらこっちのビターチョコに」 「ボクはこっちがいいのお!」
あ、いいこと思いついた!きっとウタもこれを食べたら一緒に食べてくれるかな?いいとも!って言ってくれると思う。だってそうであってほしいから。ふわふわするクイーンサイズのベッドの上で、ウタとごろんごろん転がった。ちゅうをするとスースーしたつめたいのが流れた来たけど、それはきっとウタが食べてたチョコミントの味で、ウタのくちにはボクのボンボンがどろりと流れた。喉が一瞬だけあったかくなるのがおもしろくて、それを経験してほしかったんだけど口の中で液体がはじけてかあっとあったかくなって、おもしろくって、はなれられなくなっちゃった。
チョコがなくなるまで離れなくって、チョコがなくなっても離れられなくなって、呼吸がくるしくなるくらいずっとずっとキスをした。いつもなら、だんだんむずむずしてくるんだけど今日はそういう感じにならなくって、不安になっていたらウタがやさしく教えてくれた。お酒を飲むと、むずむずしにくくなるんだって。ボク、知らなかったんだけど、それならずっとずっとちゅうしていられるから、これはこれでいいかなあって思った。
「……ねえ、殴って」 「えぇ~殴ってなの……?」 「……嫌?」 「やっ、じゃない……ヤじゃない!ボク、ウタがしたいこと、なんでもするよ!?」 「嫌なんだろ」 「うっ、」 「じゃあ、今日は殴らない殴って……してみる?」 「殴らない、殴って……?」 「そ」
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痛いことはしない、"殴って"