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ojovivo
🩵 avery cochrane 🩵
Noah Kahan
Lint Roller? I Barely Know Her
EXPECTATIONS
Interview Vampire Daily
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hello vonnie

PR's Tumblrdome
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NASA

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Cookie Run:Kingdom Official!

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@spacewithoutself
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ButohOUT! Festival
みえかくれ
一生懸命働いているとこは 見せなくてもいいです 悲しみをこらえて笑うのは こっちにも分かるんです。 無理して話しをしなくても 黙ってていて気まずい思いを する方がいいんです ベットの上で作る詩は 絶対書き残しちゃいけないんです 天井とこのベットの間に いくつもの悲しみがみえかくれ 昨日は5つ 今日も5つ 自分が謙虚だという人は たいていよくしゃべるんです 地球温暖化に真剣な人は 移動はいつもくるまなんです お金が無いって断る人は お金が実はあるんです 疲れてるが口癖の人は 実は何もしてないんです 天井とこのベットの間に いくつもの悲しみがみえかくれ 昨日は5つ 今日も5つ
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戦争と宇宙とダンス
明日は71回目の広島原爆慰霊日がやってくる。去年、2015年のこの日はドイツのSchloss Brollinで2週間の舞踏ワークショップに参加していた。様々な国からくる、様々なBackgroundの人たち。芸術を創造性を愛する人たちが集まったそのワークショップのテーマは福島・広島だった。去年は東日本大震災が起こってから4年目。福島原発の報道もメディアではすっかり下火に、しかも、遠くヨーロッパの地ではその印象も一つの「過去の出来事」になっているような、頭ではわかっていても、切実な危機感というものがなくなっているような、そんな気持ちがしていた。日本人参加者も20人くらいはいただろうか、Non-Japaneseとの間には福島や広島への理解や想念とはギャップがあったように感じた。それは僕がJewsの民族浄化の過去から現在に続く苦しみや、ルワンダでの大虐殺、Pol…
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ダンスの探求
(2016年6月13日のメモをもとに) 「誰でも(ダンスを踊れる)Ingredientは持っている、それをどう料理するか」 これは舞踏家のYumi UmiumareがFOLA(Festival of Live Art 2016)の帰りに言った言葉。前回書いた「信念」というブログにも関連するが、自分のIngredientをどこまで上手にくみ取り、肯定し、受け入れるか。性格に個性があるように、体にもその人それぞれが持つ個性が、つまり癖がある。生まれ育った環境、風土、しつけ、教育、社会通念、性別、社会での地位をもとに。そして、それらのIngredientをどのようにPerformativeなCreationに生かしていくか。 一方で、もう一人のMentorであるTony…
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Ulla Brandenburgの世界
今日は兼ねてから予定していたUlla BrandenburgのエキシビジョンをACCAへ見に行った。 彼女のProfileに下記の一節がある(このサイトから抜粋) Concerned with ‘the borders of different consciousness: past and present, alive and dead, real and illusionary’, von Brandenburg creates work positioned uncertainly at the point at which reality ends and the illusion of life, emotions and events begins.…
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Feldencraisフェルデンクライスと
今、友人でFeldenkraisの認定施術師でもありフィジオセラピストであるHolly(ホリー)のFeldenkraisセッションの企画を通して、いろいろと体の部分がどのようにほかの体の部分と関係しいるかを学んでいる。日本ではまだまだ認知の低いこのFeldekcraisはMoshe Feldenkraisが確立した’小さな動きによって脳に働きかける’メソッドだそうだ。こういうとなんだかよくわからない。いろいろと情報をみてもいまいちよくわからないのは、Feldenkrais Method(以下、FM)は「自分の体で感じて感覚を通して経験することで理解するもの」、「外見の動きが最小なので、その形がVideoでもよくわからない」テクニックだからだと思っている。 Hollyと何度か話をしたとき、いろいろなことを発見した。…
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1977.2.21
モチ米2斗つき、宮脇一枝さんに2升貸して上げる。午后一寸話に来られる。水が出ないので大変だ。一日中雪降る。春は其処まで来ているのにまだ遠い感じだ。
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ダンスと社会福祉
今日は社会福祉の仕事の日である。 僕の仕事は世界の紛争地域からくる再定住者としてやってくる避難民Refugeeを到着から6か月間サポートする仕事 (再定住者とは)。最近はSyria人、或いはサダム・フセイン政権時代からシリアで避難生活をしていたイラク人がもっぱら多い。シリア人でもイラク人でも移民の人たちの移民時代(一国から一国へ逃れる旅のことをRefugee…
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信念
Agugn Gunawanと話しているといろいろとなところで人生へのヒントが見えてくる。インドネシアは国民の90%以上がイスラム教徒である。しかしながら、Agungを始め、多くの人はジャワ人としての慣習、歴史、そして宗教としてのIslamが生活習慣の中に根付いている。例えば、このPelemという小さな村でも、多くはKoranをアラビア語で唱えることができるが意味はわからないという。だから読み手がKoranをChantingする前に、インドネシア語と現地語のJawa Languageでアラーへの感謝の気持ちを表す。…
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性
朝、Agung GunawanにSexualityと神についての質問をした。二つがどう彼の中では関係しているのか。性欲とは人間の本来持った「エネルギー・Force」なのか、それとも最大の煩悩なのか。僕は最近SCoutに多くの時間を恥ずかしながら費やしている。ただ、疑問に思うのは、これは本来持った「エネルギー・Force」なのか、それとも何者かを自分のものにしたいという「Ego」なのか。その両方なのか。あるいは、全く別のものなのか。 SexualityはBuddhaやChristにとっては「欲」であり、「恐怖」と共に乗り越えるものの一つとして考えられている。つまり、人間の肉体に起こるあらゆる感覚からの離脱を表しているのかもしれない。Sexuality(「誘惑」という言葉がよく使われる)はJosef Cambellの本「The Power of…
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嫌われる勇気
昨日に引き続きSatyananda Ashram Yogaでの体験と回想。 2016年1月3日 今日は朝5:30起床、6:00からAsana & Pranayama yogaを1時間、そしてそのあとChantingを30分行った。SwatiとKrishnamartiの哲学を絡めて昨日の事件について友人に話をした。彼女は、Swatiの誰も崇拝するに値する人だとか、彼らのようになろうとは思ってない、ただ、その道を一生懸命歩んできたひとが持つ知識や情熱、そういうものを習って自分の中で意味づけていく。その後のYoga Karmaでは薪を積み上げる仕事が与えられた。自分はこんなところで何をやっているんだろう、他に僕ができる仕事があるはずだ、なぜトラックを使って効率的にやらないんだ等、いろいろな不満や疑問がわいてくる。これが(今になってみれば)Yoga Karmaのすごいところなのだ。 Alfred…
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全体としての意識
踊りとは何か。変性意識状態とは何か。変性意識に関しては上野圭一氏の「ナチュラル・ハイー私を超える私」という本がとてもうまく説明している。この本と合わせて読み始めたJosef Cambellの「神話の力」には驚くほどの関連性がある。神話がもたらす変性意識状態への誘い。今回は、上野圭一氏の本を読んだ時の僕の日記をもってより深い考察ができたらと思う。 2016年1月2日 今日はSatyananda Yogaが行われているビクトリア州RocklynにあるAshramに2時に到着。そして2時間のKarma…
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神・精神・所有すること
僕たちは本当にお金が必要なのか。そんなことをまた考えさせられた。そして儀式が呼び出す大地のエネルギー。現在の消費経済はこの大地のエネルギーに比べるとはるかに浅はかではかないものに感じてしまう。 Sacredという言葉は、Tony曰く「探求」という意味を語源とする。Wikiで調べ見ると、どうやら13世紀にできた新しい言葉らしい。そしてHolyという言葉も同時に登場してくる。Holyは「すべて」という意味を含んでいる。 Arts Islandへの参加者が求めているものはどうやって現在のComtemporary WorkとClassic art practices をつなげていくか。そこにどうやってASCが新たなレイヤーを(あるいは深さを)作り出していくのかというところ。Sense of Community, learning opportunity, discipline,…
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幸せ
彼のこの歌を聴くと本当の幸せを今日考えたことに気が付く。 PacitanにあるAgungの家にいると多くのことに気づかされる。常に人が出入りする家、人がつくりだす特別でありふれた空間。Respectと笑いと規律、そして食べ物と芸術が溶け合っている家。子どもから学ぼうとする大人が住む家。そんな大人から学ぶ子ども。煩雑な仕事が山ほどあるなかにある際限ない時間的スペース。それぞれが持つ長所を常に必要とされる環境。個が浮き出すためにではなく助け合うためにある集団。集団を助けて個が光る集団。 そんな集団のそばでひっそりと、そして優しく存在する自然。自然は、そんなふうにひっそりと、彼らのどこかに在って、彼らもひっそりと自然をどこかで感じている。 自分の中に何があるのかを探し始めると、自分の外(自然)が見えなくなる。自然が見えなくなるとやっぱり人間は人間のある大事な部分を捨ててしまうのではないか。…
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2015年7月8日 和尚と舞踏
河を渡るとき、自分の舟が空っぽの舟にぶつかったら、たとえ短気な人であろ うと、大して怒りはしない。 が、もし舟の中に誰かいたら、しっかり舵を取れと、大声で怒鳴るだろう。も しその声が聞こえないようだったらまた怒鳴る。そしてまたののしりが始まる。 これすべてその舟に人が乗っていたからのこと。 もし舟がからっぽであったなら、その人は怒鳴りもしないし、腹を立てること もない。 もしあなたが自分の舟を空にできたら、世間の河を渡っていくとき、誰もあな たには向かいはしない。誰もあなたを傷つけようとしない。 まっすぐ立つ樹は一番はじめに切り倒される。澄んだ泉水は一番はじめに飲み干される。 もし自分の知恵を深め、無知を恥とし、自分の人格を養って、他に勝ろうと欲するなら、あなたのまわりは光で輝くだろう。あたかも日と月を呑みこんだか のうように。 そうなったらあなたは災いを避けられない。 賢者は言った。…
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2015年06月29日-同性婚
アメリカの最高裁で事実上「同性婚」を認める判決が出たその日、兄ちゃんから突然電話がかかってきた。そして、ひとしきりの挨拶を交わしたあとに、いきなり 「お前の相手は男なんか。フェイスブックに男の人の名前があるけど」。(僕は、今年の3月の誕生日からFB上に自分の恋人の名前を載せている。それに気付いて友達や、親戚や、家族が聞きたいときにそのわけを聞いてこれるように。だからある意味、カミングアウトとカミングインの中間的なコミュニケーションかもしれないー僕は常々、カミングアウトするときには、されるほうへの配慮というか整理する時間が必要だと思っているからこの方法はとても僕には都合がいい)。 お兄ちゃんは3ヶ月必要だった。…
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