20.貴女とある日常
word by みるひ photo by 葉月 紗 --------------------------------------------------------------------
一月になると『レコード』を聞きたくなる。もう少しで温かくなる、三寒四温の季節にこそふさわしく感じるこの曲だが、私にとってはもう少し寒い時期、冷たさに凍える一月にこそ聞きたくなる曲なのだ。もの悲しさを覚える歌詞もまたマッチするのかもしれない。サビにあるような春風が吹く季節ではないが、遠くある東京を思い、街のいたるところにある駐車場の変遷を考えながら歩く一月が好きだ。
二月には、『SAVED.』、三月は月並みだが『これから』。 『これから』という曲は、別れを好きにさせる。この曲を初めて聞いたのは高校生の頃だった。発売と同時に聞き始めたと記憶している。初めて聞いたときから妙にマッチする曲だった。ここに描かれる景色一つ一つが、私の状況に当てはまるように感じたからだ。それは、何かの別れを意識したとかそういうことではない。言葉のままの景色。歌い出しの「角を曲がって 橋を渡って 神社を通り抜ける 坂を上って振り向くと 海が遠くに見える」という歌詞。タイアップ先のアニメの地をイメージしているのだろうが、私の通っていた高校を描いているのだろうかと感じるほど似ていた。山と海に挟まれた立地にあった私の高校。最寄り駅の前は桜並木で、あまり都会と言えないこの街は星が良く見えた。別れには意味があると歌うこの曲を聞いていると、置いてきた青春と再び出会うことができる。別れに郷愁を覚える季節にこそこの曲と共にありたいと思う。
春となると難しい。春の暖かさを謳う曲はたくさんある。でも強いて挙げるなら『FOLLOW ME』だろうか。新学期、新生活。新しいことを始める際に忘れたくないこと。永久はないから、毎日を新しく楽しみ続けたい。その先に連れてってくれないだろうかということを思う。 そして、これからの時期はずせないのが『クローバー』かもしれない。これも新生活を思いながら作られた曲だ。しかし、リリース当初、私はこの曲が好きになれなかったというのが正直なところだ。丁度就活中だったということが大きな理由となっている。一向に前に進めない自分にもどかしく、いらだたしかった。こういう時こそ、好きなアーテイストの新曲というのは、心を揺さぶるような叫びだしたくなるような何かだろうに、私は食わず嫌いをしていた。といってもそれは過去の話で、今はこの曲が好きだ。他の曲並みに。就職が無事に決まり春からの生活に心踊らせているという現金な理由はもちろんあるが、私の好きになれない理由というのがただの八つ当たりだったんだと気がついたからだ。どうしようもない気持ち、きっとそんなものが自分を決めていく。そういうことを思い出した。 夏になると私はよくこういうことを言う。「今年も『ロマーシカ』が美味しい季節になってきました」と。何も知らない人にとっては、なんのこっちゃという話だ。この曲を聞きながら海沿いを自転車で走る夏の日なんてのは良い。うだるような暑さも吹き飛ぶ。「きみがいてくれてよかった」とふとこぼしながら思いっきりペダルを回すのだ。まあ、現在私が暮らす京都という街には海はなく、せいぜい鴨川を南へ下るくらいなのだが。ランナーたちとすれ違いながら、等間隔に座るカップルを横目に見ながら。そんな夏が私は大好きだ。 夏と言ったらこの『ロマーシカ』と『Million Clouds』なんだが、『ハロー、ハロー』も夏の日差しを思わせる。と言っても少し、傾いた、九月頃の日差し。暑さで言ったら八月のそれよりも暑いような、そんなイメージのある夕方の日差しを思わせる。ハロー、ハローと手を振る姿が、小学生の頃の日暮れまで遊んだ日々を思い出させるのだろうか。あの頃から十年以上の月日が流れ、もう帰ることのないあの日々を振り返るような。少しずつ空気が冷え始まる九月という季節が、あの終わりがたい日々を思い起こさせる。 十月、十一月、十二月と、秋とも冬ともいえる季節がやってきた。年々、春と秋が短くなっているような気がする。それでも、この三か月の間の大半は、秋と呼べるだろう。紅葉の盛りがくるのは、十二月の冒頭。なら、秋と呼ぼうじゃないか。 こう語るが、秋という季節は、他のどれよりも別れがしっくりくる季節だ。紅葉の後の落葉がそうさせるのだろか。それこそ、三月以上に私は別れを意識する。曲調だけで話すなら『03』、『火曜日』。別れの先にある何かを探すなら『ディーゼル』。この季節に聞きたい曲を列挙したらそれだけできりがなくなりそうだ。『Driving in the silence』があるせいかもしれない。あのアルバムに収録されている曲は、この季節に聞き始める。
私にとっては、季節の移り変わりとともにある坂本真綾楽曲だが、聞きたくなるシーンというのは、何も季節に限ったものではない。日常にも散らばっている。「こういう時にあの曲」という人は、私のほかにもいるはずだ。例えば仕事終わり。静かに『Hidden Notes』を聞きながら地下道を歩いた日は多い。激務で疲れている時だからこそ、遠くから訪れる足音を迎え入れたい。今日は絶対にこれを食べると決めた日は、『幸せについて私が知っている5つの方法』。くじけそうな時ほど、『ユッカ』を鳴らす。これについて語り始めるときりがないから今回は割愛。ただ一言、「『ユッカ』には人生において、大切なことがいくつもつまっているんだよ」と。
締め切りが近いときは、ノリノリの曲。そうだな……『Get No Satisfaction』あたり。締め切りが近いときほど、ふんばっていかなきゃね。ああでも、校了の前だけは、『君は薔薇より美しい』の永遠ループと決まっているんだ。これは、真綾さんの曲ではないが、譲れない。印刷所に納品して、締め切りという永劫輪廻からニルヴァーナしたあとは、『Hello』を聞きながら散歩に出かけるか、『アイリス』を聞きながらまどろみに落ちる。とまあ、ずいぶん私に寄った日常の話となったが、つまりはそういうことなのです。
あたたかみを持った日常の鎹。私にとって、真綾さんの曲は、そういうものだ。ご飯を食べるとか、はたらくとか、読書をするとか、掃除をするとか、選択をするとか、誰かと時間をともにするとか、それこそ音楽を聞くとか。この積みあがっていく「とか」を繋いでいく。そんな私になくてはならない鎹。 こうして、積みあがったものを日々と呼んで、私の日常は前にペダルをこぎ続ける。そういうものを愛おしく思う。 これから先、思いもよらないことはたくさんあるだろう。間違いない。だって、もうあったもん。口で言うより、頭で考えるより、身体がそれを知っている。それでも私は、「Life is good!」と笑い飛ばす勇気を彼女からもらい続けるんだろうな。
【 Anniversary comment 】
まずは、真綾さんデビュー25周年おめでとうございます。そして、今回はこのような催しごとに参加させていただきありがとうございます。これからも真綾さんの曲のある日常を楽しみたいと思います。
ー みるひ
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