seen from United States
seen from Poland

seen from United States

seen from United States

seen from United States
seen from China
seen from Austria
seen from United States
seen from Yemen
seen from Tunisia
seen from United States
seen from China
seen from Russia
seen from Israel
seen from Poland

seen from Austria
seen from Japan
seen from Italy

seen from United States
seen from China
Jim Keltner and John in 1974 (Lost Weekend)
john lennon dancing with tony king (1973)
MAXIMUM ERNST
Live @ The Glove
4/14/18
#lostweekend #hungover #hungoverweekend #sendirnbru #sendhelp
John photographed in Woodstock, New York, USA in 1973.
Pic: May Pang.
04 love thr lost weekend she's still stunning to me
映画「ジョン・レノン 失われた週末」を観る。人気がないのか、上映館が少ない。観るなら都内かなと考えていた。そこに妻が「私も観てみたい。ジョン・レノンの曲が聴けるよね」ということで、ドライブがてら、茨城県常総市まで出掛けることにした。結論から言うと、ジョン・レノンの曲は数曲で、しかも数小節程度しか流れなかった。これは、もしかすると予算の関係なのかなと、つい考えてしまう自分が悲しくなった。また考えてみると、映画館で見る映画は、今年初めてではないか。
ジョン・レノンには、オノ・ヨーコと結婚後、別居期間があることはよく知られていて、そこにメイ・パンと呼ばれる中国系の女性が関係していることも知られている。だがその間、ジョンはどこで何をしていたのか。あまり情報はなかった。そんなこともあって、ヨーコとの別居期間をある種のプライベートな空白期間とし、「失われた週末」などと呼ばれて来たのではなかったか。だが、表の顔としての本業面では、レコーディング等の音楽活動は活発で、「失われた」という印象は全くなかった。むしろ、その後のヨーコとの再会からショーンが誕生してからはほ「主夫」業に専念しているとも言われ、ほぼ活動停止状態となっていた。日本での目撃情報も多かったのもこの時期であり、本業としては「失われた」時期と言えるだろう。
映画の内容としてはドキュメンタリー映画として、俳優を使ったドラマ仕立ての演出は一切なく、基本的にはメイ・パンの語り、その多くはインタビューと見られる。さらに、それを補強する当時の政治的・社会的現象の報道が追加されている。驚くべきことは、未公開と思われるジョンのオフショットが多数登場することだ。メイが所有していると思われるこれらの貴重写真、インスタントカメラで撮影したと思われる写真も多い。既に何らかの保存措置が取られている可能性は高いが、フィルムが存在しないと、正確な複製を作るのは困難だ。すでに、メイの著書に掲載されているものもあると思われるが、この映画を機に写真集の出版を期待したい。
ドキュメンタリーとしては、その周辺も含めてよくまとめられている。今まで、よくわからなかったことが明らかになった効果は大きい。ただ、一般論として、やや考えさせられる点が2点ある。
一つは、著名人とはいえ、個人のプライベートな部分をどこまで公開して良いのかという点。しかも相手は故人である。分野にか限らず、世界的に大きな功績を残した人物であったとしても、プライベートにおいて必ずしも人格者であるとは限らない。著名人・有名人といえども、プライベートでは荒れていたり、のちに犯罪を起こす例も多い。過去の功績と人格は、必ずしもリンクしない。そんな例は、世界で多く見られる。映画では、原作となる著書が既に出版されており、方向性が大きく変わることはないとはいえ、今まであまり知られてこなかった個人のプライベートな部分を明らかにすることは、その内容によらずやや抵抗感がある。ジョン・レノンといえども聖人ではないので、映画の趣旨に沿わない部分はカットされているはずだ。私は普段、偉人の伝記をほとんど読まない。その理由は、本人に都合の悪い部分は割愛され、著者による苦労や美談からなる成功物語になっているのではないかと考えているからである。
二つ目は、相手がいることに対して一方的な考え・意見・感想を主張することは、一般論としてフェアではなく受け入れづらい。しかもこの場合も相手は故人である。それに対して賛同も反論もできない。本来、双方の言い分があって然るべきだ。ヨーコの写真や映像もあるので、遺族としてヨーコが何らかの許可を与えているとは想像できるが、細部について把握しているとは考えづらい。あくまでも、メイ・パンの想い出・回想という位置付けで、事実関係や信憑性については過信すべきではないだろう。記憶は、常に事実より美化され、あるいはその逆になりがちだ。
ポール・マッカートニーがジョンとの関係について「和解できていてよかった」とことあるごとに発言してきた。だが、それはいつ、どこで、どのような状況であったのかは私は聞いたことがなかった。まさか、ポールが自身を守るために話をでっち上げているとは思えなかったが、その信憑性には疑問を感じてもいた。だが、この映画の中で、メイの口からジョンとポールの再会の様子が語らえている。やはり、第三者の言葉の重さを実感できる。これは、実生活でも体験することである。自分のことを自分で話をしても、説得力に欠けることが多い。
また、この時期にジョンと前妻の息子・ジュリアンとの再会場面が紹介される。事前に映画に関する記事で情報を得てはいたが、そのような事実は、その時まで知らなかった。ジョンも人の子、父親としての表情がよく伝わってくる。この時の体験が、ショーンが生まれたのちに「主夫」となる一因になっていたのではないかと推察する。子煩悩なジョンの様子をビデオで見た記憶がある。ジョン・レノンの意外な一面を知ることもできる。
そのほかにも、貴重なシーンや話題がいくつかある。
歴史に「たられば」はないとはいえ、もし、ジョンが今でも存命であったとしたら何が起きていただろうか。そのようなことを考えるのは楽しい。音楽業界のみならず、政治・社会にも多大な影響を及ぼしていたに違いない。ジョンは当時、既に自らの知名度の高さによる、自らの言動が社会に大きな影響を及ぼすことを認識していたと思われるからだ。
映画のあり方そのものには疑問を感じる面があるものの、内容的にはとても興味深い映画だった。