『現代の危機と哲学』第2章 「神は死んだ」(その1)
”古代哲学が驚きから始まった”ように、”現代において哲学は戦慄から始まる”というテーゼを掲げて前章は締めくくられた。筆者はその現代の危機の由来を遡り、ニーチェが「神は死んだ」という言葉を吐いたことを取り上げる。
「神は死んだ」の初出は『愉しい学問』の第三巻冒頭。
”新たな戦い。―仏陀の死後、なおも数百年もの間ある洞窟に仏陀の影が映っていたという―巨大な恐るべき影が。神は死んだ。だが、人の世の常として、おそらく、さらに何千年もの間、神の影の映ずる洞窟が存在することだろう。―ということは、われわれは―われわれは、神の影にすら打つ勝たねばならないのだ”
ニーチェは無神論者ではない。”神は存在しない”のではなく”神は死んだ”と、かつて存在していたものの終焉を、歴史的事実のように述べている。ニーチェが問題としていることの中心は、神が死んだのち、何もかもが変わってしまったという、新たな歴史認識にある。
『愉しい学問』第三巻125番「狂人」において、「神の死」についてニーチェは書いている。以下要約。
狂人は”俺は神を探している、神はどこだ”と市場を叫んで周る。
民衆は彼をあざ笑い、大笑いの種になった。
”神が行方不明になったというのか”
”神は迷子になったのか””それとも、神は、身を隠しているのか。私たちのことを怖がっているのか”
狂人は民衆をにらみつけて言う。
”俺がお前たちに言ってやろう。俺たちが(・・・・)神を殺したのだ―おまえたちと俺とで、だ。俺たちはみな神の殺し屋なのだ”
「神を殺した」のは俺たちだ、とニーチェは狂人に語らせる。
さらに狂人は語る。
”殺し屋中の殺し屋たる俺たちは、どうやって自らを慰めればいいのか。世界がこれまで所有していた最も神聖で最も強力なもの、それを手にかけた俺たちは、どうやって自らを浄めることができるのか”
”この行為の偉大さは、俺たちの手には余るのではないか。その偉大さにふさわしい威容をそなえるためだけにでも、俺たち自身が神にならなければならないのではないか。…―だから、俺たちの後に生まれてくる者たちはもれなく、この偉業のおかげで、これまでの全歴史より一段と高い歴史に与ることになるのだ”
狂人は神殺しを”偉業”と呼ぶ。そして、その後に襲い来る”神の影”(神を殺すという行為の取り返しのつかなさ、後悔、呵責の念)すらも打ち倒す”新たな戦い”に打ち勝つことによって、俺たちが神々にならなければならない、と。
この個所は、狂人がその後教会に忍び込んで神の鎮魂歌を歌った、と述べられて締めくくられる。狂人は言う。”今どき教会とは何なのか。神の墓場にして慰霊碑ではないとしたら―”
神は存在し、今も生きている、と信じ、また、実際にそのことを事実として体験をもって感じたことにより、確信している、信仰者の私にとって、ニーチェは触れてはならないものだ、と感じていたし、それはいま、こうしてこの教科書を読み進めていながら、危ういものを感じているのもまた事実。ニーチェ本人の言葉に、抜粋とはいえ始めて触れたが、ある意味で彼はこの世界の”そうなってしまった姿”を正しくとらえているようにも感じる。世界の大多数の人たちにとって、”神の存在”はすでに忘れ去られてしまった、そうなりつつある方向に向かっているような、そんな感触を私は感じている、が、しかし、それはなにも今に始まったことではなく、キリストを殺した、神を殺したのは、まぎれもない私たちであって、それが進行していったに過ぎないのではないか。黙示録に書いてあるような、この世の終わりに向けた預言が、着々と実現していっているだけのように思う。私がここでニーチェが述べることを学ぶ意義があるとすることは、スコラ学から始まった西洋的な学問体系たちが神の存在を亡き者にしてこの世界を語り始めた近代、神の存在すら忘れ去ってしまった現代(そして日本)、に起こった・起こりつつある危機を、目の前の絶望を、私はどうとらえるのか、どう向き合うのかという点を再考することにあるだろう。ニーチェは狂人に、”人間は神を殺して偉大になった、偉大にならなければならない”と語らせたが、私はまさにそのことは反語的狂人の戯言のように思う。人間は、神に背き、殺し、忘れたことで、より愚かに、弱くなった、”俺たちは神になった”とは狂人の自嘲のように聞こえる。