it_011 Cielo autunnale
秋の近づく空模様 空は季節を映し出す鏡のよう。
空に向かって気持ちよさそうに伸びる地中海松は、邸宅への並木道。
日本の松と雰囲気がちがって、なんだかリズミカル。 墨絵より、キャンパス向きかな。
he wasn't even looking at me and he found me

#extradirty
One Nice Bug Per Day
Cosmic Funnies

Discoholic 🪩
NASA
Game of Thrones Daily
almost home
Monterey Bay Aquarium

Andulka
Sweet Seals For You, Always

Love Begins
trying on a metaphor
ojovivo

shark vs the universe
No title available
I'd rather be in outer space 🛸
dirt enthusiast
h
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seen from United States

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@designmuseblog
it_011 Cielo autunnale
秋の近づく空模様 空は季節を映し出す鏡のよう。
空に向かって気持ちよさそうに伸びる地中海松は、邸宅への並木道。
日本の松と雰囲気がちがって、なんだかリズミカル。 墨絵より、キャンパス向きかな。
it_008 insalata di riso
今晩の持ち寄り夕ご飯の仕込み
お米のサラダ 10人分... ずっしり!!
・サラダ用お米 1kg
・ツナ 500g
・グリュイエールチーズ 400g
・黒オリーブ 160g
・ケッパー 50g
・もぎたてトマト(種はトル) 大3個
+オリーブオイル、塩、こしょう
it_007 : paesaggio toscano
paesaggio toscano
トスカーナの田舎暮らし
小高い丘に広がる自然と暮らすトスカーナの田舎では、挨拶代わりに天気の話題が欠かせません。
8月に入り、バカンスで海へと出かけていった家族もありますが、田舎でのんびり過ごそうという家族や海外からの客人も見かけるようになりました。
今年は特に、強い夏の陽射しとカラッとした空気が特徴的ないつもの夏とは様相が異なり、雨と太陽が交互にやってくるので、畑の草刈りや家畜、菜園の手入れのタイミングをはかるのに、空を見上げ、外の空気を吸い込んで、敏感に天気を感じとっているようです。
そろそろ土が乾いてホコリが立ち始めた、と思う頃になると、小高い山の方から、冷たい風が流れてきて、ゴロゴロという雷の音と共に、黒い雲が現れ、豪雨がやってきます。それでも一旦雲が切れると、夏の陽射しが照りつけ、また一気に気温が上がっていきます。雨を受けて、足りなかった太陽を思いっきり浴びた向日葵やトウモロコシがグンと背を伸ばします。
日が落ちて涼しくなってから始まる夕食は、庭やテラスでいただく機会が増え、トマトやキュウリ、バジルやミント、レモンなどをたっぷり使ったフレッシュな味付けが中心に。大きな楕円形の西洋スイカやメロン、モモといった採れたてフルーツが、暑さで不足しがちな水分と糖分を補ってくれるようです。こんな夏の味覚には、発砲酒やきりっと冷えた白ワイン、炭酸入りのミネラルウォーターがピッタリ。もちろん、夕食後の団欒には、手作りジェラートも欠かせません。
ここトスカーナでは、毎日の気候の変化を敏感に感じ取りながら、一日の生活のリズムや食卓のメニューを柔軟にアレンジできる、そんな自然に寄り添ったライフスタイルが、とても大切にされています。
it_005 : le cose buone...
le cose buone... dal mercato centrale Firenze
フィレンツェ中央市場の2階がリノベーション
ズラリと並んだ美味しいものたちをその場で調理して食べさせてくれる。
できたてのリコッタチーズ、生パスタ、ピザはもちろん、ビステッカ(Tボーンステーキ)、ランプレドット(フィレンツェ風もつ煮込み)、トスカーナ風うさぎのフリットやら、クッキングスクール、フィオレンティーナまで....
駅とドゥオモの間くらい。
しかも、365日、朝10:00から夜00:01まで(朝10時から夜00時まではしっかり開いてるよ、の意)
美味しそうなものを、自ら選んで、目の前で調理してもらい、すぐにいただける。
カウンター形式でカジュアルに、食材の美味しさをそのままに堪能できる空間。
地域の食材を集めて、楽しめる場所にする。
フィレンツェでもミラノでも。
最近のイタリア流、地域食材ブランディングのスタイル。
市場の2階というのがとてもドラマチック。
どうしても惹き込まれる。
it_003 : arrivo dell'estate
arrivo dell'estate
夏がやってきた まだまだサングラスが必要な19時の西空
it_002 : il tramonto dopo la pioggia
il tramonto dopo la pioggia
雨上がりの夕焼け 夕食後の21:00夕涼みに出かける
it_001 : la giornata di sole e pioggia
la giornata di sole e pioggia 夏の陽射しと雷雨が交互にやってくる 初夏のトスカーナは、ドラマティック
日常に「余白をつくる」小さなイタリアの言葉たち
色々なことに追われて見失ってしまいそうな宝物
日々の生活の中にあって
小さいけれどキラキラとした瞬間をつくりだしている
イタリアらしい言葉たち
ピアチェーレ
piacere
好きであること、好ましいこと、喜び
挨拶に使われる言葉の一つ。
好きから始まる。そして、日常でとても良く使われる言葉。
好きだから続けられる、好きだから向き合える、乗り越えられる。
出会いも、趣味も仕事も、友達や家族と過ごす時間も。
本質的な愛の1つのかたちかもしれない。
好きであることは、とても大切なこと。
アッコリエンツァ
accoglienza
歓迎、受け入れる
イタリアでの歓迎の挨拶は、両手を大きく広げて抱きしめる。
出会いや再会、一緒に過ごせることへの喜びが、
ストレートに表現される。
心からわき上がる思いを素直に表現すること、
ここにも喜びが生まれる。
ペンシエーロ
pensiero
考え、想い、贈り物
ペンシエーロは、人の考えや想いを意味する単語。
イタリアでは、相手を想って用意されたモノも、同じ単語で表現する。
想いの先に贈り物が生まれる、とても素敵な呼び名だと思う。
人の想いと行動が連動していると、かけがえのないモノに変わる。
クリオジタ
curiosità
興味、好奇心
何が起こるんだろうと、
子どものような目でじっと見つめ、耳を傾ける。
言葉の向こう側に見えてくるものを探しにいくように。
自分から探しにいくって、とても前向き。
ベッレッツァ
bellezza
美しさ
美しいもの、美しいこと、美しくあることは、賞賛される。
美しいものを美しいと思い、評価できること、
そしてそれを大切にできることは
イタリアが歴史の中で積み重ねてきた美徳のように思う。
スペランツァ
speranza
希望
混乱した時代でも、混沌とした社会でも
その息苦しさやどうしようもない状況でも
僕の夢はね、とか、明日があるさ、と言ってのける強さ。
前向きな心持ちに救われることがたくさんある。
インプロヴィザッツィオーネ
improvvisazione
思いがけず
あっ、とひらめいたことをやってみる。
予定にはなかったけれど、
ふらっと友達のお店に顔を出して立ち話。
通り道に住んでいるおばさんの家に立ち寄ってカフェをごちそうになる。
そんな思いがけない登場や、
ちょっとした時間に、微笑みがこぼれる。
カフェ - パウザ
caffè - pausa
カフェ、パウザ(休憩)
イタリア人に欠かせない時間。
忙しい1日にちょっとした息抜きをつくってくれる時間でもあり
ビジネスでもプライベートでも、ちょっと違うかたちで話をする
きっかけをつくってくれる時間でもある。
でもこのちょっとが、クリエイティブにエネルギーを
チャージしてくれる秘密であったりする。
センプリチタ
semplicità
素朴さ、スマートさ、余白
単純明快なものは、気持ちがいい。
それ以上でも、それ以下でもなく、ちょうど良い。
料理も、仕事も、モノも言葉も。
人をすっと受け入れ、凛としていて、また出会いたいと思う。
日本伝統・文化ソリューションラボ
第1期テーマ「真珠」ビジネスの変革
第3回 解決策をつくりだす in カイハウス
2014年1月18日(土)
第1期テーマ「真珠」ビジネスの変革をテーマに、スペシャリストからの課題共有、生産現場へのフィールドワーク、課題についての分析というプロセスを通して、真珠や産業の価値、可能性について様々な考察を重ねてきた。
今回のセッションでは、改めて「真珠」がもつ可能性を探り、これまでの「真珠」のイメージや使われ方にとらわれない、まったく新しいアイデアづくりを行った。
様々なキャリアをもつメンバー
…
日本伝統・文化ソリューションラボ
第1期テーマ「真珠」ビジネスの変革
第3回 解決策をつくりだす in カイハウス
2014年1月18日(土)
第1期テーマ「真珠」ビジネスの変革をテーマに、スペシャリストからの課題共有、生産現場へのフィールドワーク、課題についての分析というプロセスを通して、真珠や産業の価値、可能性について様々な考察を重ねてきた。
今回のセッションでは、改めて「真珠」がもつ可能性を探り、これまでの「真珠」のイメージや使われ方にとらわれない、まったく新しいアイデアづくりを行った。
様々なキャリアをもつメンバー
…
長崎さるく in 樺島
長崎半島の西南の先端、東シナ海に突き出しだ樺島。
路線バスの終点までのんびり旅。長崎の街を抜けると細い一本道を力強くくねくね進んでいく。
途中から視界が開けて、海上には夕陽と共に伊王島、軍艦島のパノラマ。うわぁと思わず声をあげてしまったけど、周りの人は日常の景色よ、といったご様子。
だんだん人が減っていって、ちょっと奥まで進んだら、周りから浮いてる感じになってきた。案の定、運転手さんに「降りるとこ間違えおった?」と聞かれたので、「いえいえここに来たかったの」とお伝えする。
目指す灯台はどこかなぁ、とバスで一緒になったお母さんに尋ねると、もうこの時間からでは辿り着けない距離にあることがわかる。じゃあ適当にフラフラしてみようと言ったら、東京から来たのにかわいそうと、この辺りで見モノとされているオオウナギのいるところに連れて行ってもらえることに。
昔洪水のときに、灯台のところで陸に上がったというオオウナギをみせてもらうと、お母さんがお家に上がってお茶のんでいきなーと誘ってくれたのだが…ふと隣を見ると、地元の料理屋さんの中からおいでおいでと手招きしている人たちが。地元消防団の新年会で大いに盛り上がっている旦那衆20人くらいの中に突然引き込まれた。
私はなぜか東京から心傷旅行にきた女子一人旅役に設定されて、終始独身アピールされることになった。長崎男児無口のイメージは完全に吹き飛んだ。歓迎精神旺盛な陽気な人たちばかりで「今が旬よ」というサツマイモのソフトクリームと、「長崎新地の中華街なんかより全然美味しいのよ」という女将さんのつくったちゃんぽんまでご馳走になり、そのまま帰れなくなりそうなところをお母さんが救い出してくれて、バス停までお見送りしてくれた。
お母さんは、お父さんを亡くして一人暮らし、家には大根が干してあった。「野菜は買わないの、みんな物々交換で、一人で食べきれないのはこうやって干しておくの」だそう。大きくなった息子家族が近くに住んでいるそうだけど、市場の近くで魚をさばく仕事を毎日している。「毎日、季節によって色んな魚が揚がってくるのよ」と、ホント長崎で食べる魚はとても新鮮でいつも美味しい。 玄関のドアには鍵がかかっていなくて、みんな勝手にガラガラ開けて「ねぇ、こんな子が東京から来とるんだけど」ってどんどん巻き込んでいく。違う人が来たらすぐに噂が広まって、ある意味、良く効くアナログ防犯装置でもある。噂がすぐ本当になってしまう息苦しさもあるけど、この島人根性含めて、やっぱりこの島がいいんだと教えてくれた。仕事が休みの日には島の外に買い物に出かけたりして、また島に戻ってきて次の日から頑張るんだって。
突然、島に迷い込んできた傷心女子?を賑やかに迎え入れてくれた旦那衆や女将さん、案内してくれたお母さん、近所の方々ありがとう。今度は灯台めざしてゆっくり来るね。
日本伝統・文化ソリューションラボ
<真珠ビジネスの変革>
フィールドワーク in 伊勢志摩 - 5
真珠王 御木本幸吉とミキモトパールミュージアム
真珠の代名詞ともなったミキモト。真珠島と名付けられたその場所には真珠にまつわる様々な施設が集まり、創始者で真珠王と呼ばれる御木本幸吉氏の大きな銅像に迎えられ、真珠の歴史や養殖の仕組み、世界のアンティークジュエリーや1万個以上のパールで覆われた宝石のような真珠のオブジェの展示、パールショップまで備え、真珠にまつわる様々な資料や実物に触れることができる。外国人の団体も訪れていた。
まずは、昔は貝を素潜りで採っていたという海女さんの様子を、目の前の海で再現して見せてくれる。温かな秋の日だったが、気温17度、水温16度の海に船から身を投げる瞬間、こちらも身が縮んだ。あまちゃんで見たのと同じ大きな水中眼鏡をかけて、足をそろえて真っ逆さまに潜っていく。浮かび上がるたびに、貝や星形のヒトデを持ち帰ってくる女性たち、やっぱりすごい。真珠養殖は、こうやって女性が支えてきた部分が大きい。
ミュージアムでは、なかなかイメージの難しい、貝の仕組みについて、模型やビデオ、写真などを合わせ、ミキモトの方が丁寧に説明してくれる。養殖場で見聞きしてきたことが大分理解できるようになってきた。
日本の伝統的な真珠は、あこや貝からとれたものを示すが、それ以外にも真珠層をつくることのできる貝で同じように真珠が育つ。淡水で育つ貝からとれる淡水パール、蝶貝からとれる南洋真珠、マベ貝やアワビ、カラス貝からも。貝の大きさや特性によって、真珠の大きさや色が変わってくる。
それから、その後製品になっていく加工のプロセスも見ることができる。真珠は、すぐにアクセサリーとして加工されるのではなく、まず選別というプロセスに進む。このプロセス、実は珠を見極める熟練工の目が必要とされ、それができる職人さんは限られるという。
このプロセスで、選別され、並べられて製品になるまでに、たくさんの珠がはじかれていく。ごつごつ、ぼこぼこ、色々な珠もそれぞれの輝きがあるけれど、いわゆる高値で取引されるのは限りなく球体に近い大きな珠。価値はいわゆる完璧なものにだけあるのではないように感じ不憫に思う。
その先には、御木本幸吉氏にまつわる資料が、格言と共に並んでいた。真珠王といわれるエピソードの絶えない、威厳と貫禄を感じた。
上階では、世界のアンティークジュエリーやミキモトが誇る贅を尽くした真珠のオブジェを目にすることができる。昔から王室のジュエリーに用いられるなど、高貴な輝きを持つ貴重な珠であったことを改めて感じる。
最後にパールショップを覗く。さすがにこれだけ色々な真珠を見ていると、少しづつの違いを感じるようになってきた。初めは、数千円のものから数百万円という大きな値段の幅に???と思っていたが、真珠の中に輝く色が、珠の中に広がる奥行きがまったく違う!その輝きに魅了されたらなかなか離れられない。。。
「真珠」その名に込められた真髄に少し触れたような気がした。
日本伝統・文化ソリューションラボ
<真珠ビジネスの変革>
フィールドワーク in 伊勢志摩 - 4
自然の恵み 大王崎ー安乗ー伊勢神宮
伊勢志摩の風景は、とても心地よい。平野はほとんど見られず、電車やバスは海沿いか山間の道を縫って走る。バスに揺られながら夕焼けの海と空を堪能する。
漁師問屋を営む家族の経営する宿で、産地でしかめぐり合えないであろう新鮮な海の幸をいただく。味も大きさも量もそろって驚き。
料理を用意してくれたこの土地のお母さんたちもとても元気。優しい上に器が大きい。お父さんたちはとても優しいけれど少し照れ屋さんかな。この辺りは、漁師や卸など魚に関わる仕事がほとんどだそうで、お父さんは漁業に、お母さんは海女として海に潜る。共働きで、家庭も家計も一緒に支える肝っ玉母さんたちがたくさんいて活気があるように感じた。
夜は早くにふけ、朝陽と共にしっかりと伊勢エビ朝食をいただき、今年遷宮を迎えたばかりの神宮にお参りする。天照大神を祀る地として選ばれた五十鈴川のほとりの森に広がる境内は、とても美しい。
清らかな日に、素敵なメンバーとお参りできたことに感謝。 この美しい自然の恵みに感謝。
真珠にも通じる、日本の美の原点を感じる時間。
日本伝統・文化ソリューションラボ
<真珠ビジネスの変革>
フィールドワーク in 伊勢志摩 - 3
英虞湾 御座 真珠養殖に宿る職人技術
私たちが最も良く目にしているであろう球体の真珠は、日本の海の恩恵を受けて育つ「あこや貝」に、日本が生んだ「養殖技術」がかけ合わさって生まれた産物であることを改めて感じることになった。
今や加工技術が進み、たくさんのイミテーションや人工真珠が出回っているが、本来の真珠は、生きた貝にしかつくることができない。体内に小石などが入ると、異物を感知した貝が、身を守るために真珠層を巻き付けるという特性がある。その作用を人工的に引き起こしてつくるのが、真珠養殖の原理。
生きた貝を扱う、その養殖技術はまさに外科手術。できるだけ貝に負担の無いように準備がなされ、きれいに真珠層が巻き付くような位置にメスで切れ込みを入れ、真珠の芯となる核と、細胞であるピースを合わせて挿入する。経験がモノを言うその養殖技術は、職人によってできる真珠が全く変わってしまうというほど。キレイな玉を上げる職人は一目置かれていただろう。
「勉強ができるかは関係ない、じっと座って作業に向き合うことのできる性格の安定した人が向いている。それにうまい人はうまいのよ」とお母さんの言うように、緻密さと忍耐、そして筋を持ち合わせた職人達によって、貝の中に真珠という美しい産物が生まれる。
当時は一人あたり1日に800近くもの貝に玉を挿入する作業があったというから驚いた。ここで生まれた日本の真珠が世界に広がっていったのだ。
実際に海から上げた貝を開き、真珠を取り出す作業は、玉手箱を空けるような喜びがある。うまく巻いたものも、少し歪んだり、うまく巻かなかったものも。色は、白っぽいものから、グレー、黄みがかったものまで一つ一つ違いがあり、それぞれに美しい。
光に輝く真珠は、背景に広がる空や太陽の色味を全て映し込んでいた。
絵の具では決してつくることのできない色。自然そのものの美しい色と光がそこにあった。初めは同じに見えた珠だったが、一つ一つその個性をもった輝きに惹き込まれ、ついつい覗きこむ。
残った養殖場を細々と続けている家に、若者はいない。40−50代だけで家族経営を営む養殖場は数年後どうなっているだろう。熟練の技やノウハウは、誰かに引き継がれるだろうか。
真珠の魅力を知る人が増えたら、そのままにはしておけないだろう。
これまでの仕事や生活の中で培ってきた、様々なフィールドでの経験やノウハウをかけ合わせたら、今からできることはたくさんある。
オープンセッションでの森永さんのお話、そしてフィールドで見て感じたことから、課題を共有し、解決のためのアイデアを考えていこう。
<日本伝統文化ソリューションラボ プログラム> http://www.e-soleil.biz/seminar/special/s20131102/img/labochirashi_131011.pdf
<オープンセッション レポート> http://www.e-soleil.biz/seminar/special/s20131102/labo02.html
日本伝統・文化ソリューションラボ <真珠ビジネスの変革>
フィールドワーク in 伊勢志摩 - 2
英虞湾 御座 かつての真珠養殖場
港の裏手に広がるこの湾には、かつて10以上の養殖場がフル稼働していたという。今ではその養殖場も半数に減り、そしてここから出荷される真珠も減る一方で、いくつかの家が細々続けているだけになった。
たくさんの船といかだだけが浮かぶ、人気の無い静かな湾。
鏡のように美しい水面に、空と周囲の景色が映し出されている。熱帯魚のような青い魚、ふぐ、もう少し深いところには大きなボラ?の影が見えた。ハリの長い元気そうなウニを見つけたが「それは毒のあるウニじゃけん」とお母さんが教えてくれた。
お母さんの養殖場は、かつて100人以上の職人を抱える大所帯だった。毎朝、みんな港から歩いて工房に通ってくる。タイムカード(のようなもの)を押し、木製のロッカーから自分の道具を取り出し手袋をつけて持ち場につく。お昼は交代で炊き出し。若者と熟練のおばちゃんたちが分かれて席につき、それぞれの話題を賑やかに話しながらお昼をとったという。
洗濯機も家に無い時代、ここに家からシーツや洗濯物を抱えて持ってきて、お昼休みに洗濯を済ませ、日当りの良い裏の山手に干し、夕方に取り入れて持って帰ったという。そんな女性たちのために、洗濯物干用の台や紐を整備してくれる男性がいたというから、家庭的で協力的な職場であったのだろう。
中学校を卒業してから、ずっと仕事をしてきたという熟練工のお母さんの元気な声に、当時の賑わいが蘇るようだった。昭和20−30年代がピークであったというこの工房は、伊勢湾台風などの自然災害、規制緩和などの経済の波にもまれ、縮小をたどる。今や手入れもしないまま吹きさらしになってしまったが、かつてこの町の人たちが大切に真珠を育て生活をともにする大切な場所であった。
日本伝統・文化ソリューションラボ <真珠ビジネスの変革>
フィールドワーク in 伊勢志摩 - 1
真珠養殖発祥の地 賢島 英虞湾へ
名古屋から近鉄線に乗り換えると「ミキモト真珠島」の案内看板が現れ、鳥羽を過ぎたあたりから、真珠やパールという名前が目につくようになる。都内では、銀座のミキモトビルと、百貨店内のジュエリーショップくらいでしか目にしない「真珠」がぐっと身近になる。
看板や店構えは古めかしく、かつて真珠産業が発展して栄えたが、そのまま今に残り古びてしまっていることが感じられる。
真珠養殖の発祥の地であるという、志摩半島英虞湾は、静かで温かいリアス式海岸の内海。プランクトンを餌に真珠を育む「あこや貝」が生育するために、この条件が求められるという。日本ではここ英虞湾の他に、愛媛県の宇和島、長崎県などが養殖地になっている。
海が、美しい。
プランクトンがたくさん生息する海とは、豊かな生態系のある海。漁業や他の魚の養殖が行われると、プランクトン生息のバランスも崩れてしまうため、真珠養殖には、真珠(あこや貝の養殖)に限定した湾の環境が最も望ましいのだという。
水面にポツポツと浮かぶ黒い浮きが真珠養殖の目印。賢島から対岸にある御座の養殖場に向かった。
from FUKUSHIMA
今こそ本質に向き合うべき
太平洋沿岸のいくつかの地域が津波の被害を受け、原発から約40km地点にあるこの地域。約32万人の人口を持つこの地
域は、震災後約7000人の人がこの街を離れた一方、約2万人の人が街を新しい居住の地として選び、今では空き家が全て埋まり、住宅不足の状態にあるという。 被災した方々が、縁もゆかりも無い遠方より、県内にあるこの地を選び新しい生活を始めている。たくさんの怒り、たくさんのジレンマを抱えながら、このままでは終われない、福島を何とか未来に向けて進めようとしている方々とのご縁を得た。 元に戻されたまち、人のいないまち
いわき市中心部、キレイに整備されていた。当時道路がガタガタになりひどい状況だったそうだが、その中心部も、そして沿岸部で被害を受けた小名浜地区も今では主要施設や店舗での営業が再開されていた。新しくできた活動拠点やコミュニティ施設で、家族や仲間とともに過ごしている人々のひたむきさと強く前向きなパワーを感じた。 沿岸部を北上していくと、徐々に人気が無くなっていく。津波の被害を受け、住宅の跡だけが残る原っぱ。原発の避難勧告に混乱したという原発から約20km地区、つい最近まで立ち入りが禁止され、今は解除されているが住むことはできない15km地区内。 だだっ広い道路に感応式の信号だけが光る。道の両脇には、ものすごい数の除染物が黒い袋に入れられ、放置されている。かつては原発施設建設の変わりに建てられた市民のための運動施設Jビレッジは、今では原発関係者の基地となり、練習用の人工芝には作業車がずらりと並べられている。 だれも住んでいない家と人のいないまち。たまにすれ違うのは、見回りのパトカーと関係者を運ぶバスに数台の車だけ。人がつくり人が生んだ災害は目に見えず、美しい空と山並み、そしてどこまでも続く海の恩恵を受けること無く断絶し、無人化してしまった異様なまちの光景を生んでいた。人のスケールを超えていた。恐ろしかった。 ガイガーカウンターの値は、0.14μシーベルト程度にとどまっていた。見えないから、この数値を基準に考えるしかない。時間が経つにつれて、その感覚が麻痺して、あっちよりは低いから大丈夫、そんな比較論になってしまうというのもうなずけた。 受け入れる
イワキ人から一番多く聞こえてきた言葉。 福島はもうダメだ。そして風評被害で重なる福島への負のレッテル。 文句を言っていても、言い訳をしていても始まらない。 そこで、イワキ人は考えた。そもそも、イワキに人は来てくれていた?原子力の被害がなければ本当にイワキを訪れてくれる?数あるものの中からイワキのお土産が選ばれる、人に喜ばれる?また訪れたい、またほしいと思ってもらえる? 一番苦しいときに、自分たちの姿を受け入れ、そして、今こそ本質に向き合うべきと立ち上がった人たち。本当の強さを感じた。自分たちだけにしかないもの、できないことを発信するために動き始めたプロジェクトがあった。ここに真のオリジナルを生み、未来につながる新しいイワキ発のライフスタイルをつくっている人たちがいる。 MUSUBU by 宮本英美さん http://www.musubu.me/ いわき回廊美術館、万本桜プロジェクト by 志賀忠重さん、坂本雅彦さん https://www.facebook.com/manbonsakura.ouenbu 古滝屋 若旦那 & NPOふよう土2100 by 里見喜生さん http://www.furutakiya.com/ コミュニティ電力 & ふくしまオーガニックコットンT by 島村守彦さん http://www.iwaki-otentosun.jp/ UDOK. by 小松理虔さん、たんようすけさん http://udokonahama.tumblr.com/about いわき木工職人集団 moconoco by Hiroko Oohira by 大平裕子さん http://masakiyawood.com/ 中之作プロジェクト by 豊田善幸さん http://toyorder.p1.bindsite.jp/nakanosaku/index.html 人と共有する
原動力となっているイワキ人の考え方。 この場所を、このプロジェクトを人とつくり、人と共有していくものにしよう。そう決めたら、周りが変わってきた。色々な人が協力して集まってくるようになった。そして、きっとこれからも広がっていくと思う。 人のスケールを超えた原発事故。その怒りとジレンマ。国、企業、施設労働者、そして被災者という構図は、原爆で被害を受けた広島や長崎より、沖縄、水俣地区の方たちの状況に似ている。その地区の方達が親身になって訪れてくれることが多いという。 忘れない、というのは福島の人たちに向けられた言葉ではない、この人たちに忘れられることはない。忘れない、というのは外に住む部外者の言葉。 そして今
自分は何を考え、何をしているのか。そこからしか始まらない。 自分と仕事と社会が一つになる、ジレンマの無い、気持ちのよい未来に向かって、進んでいこうと思う。 今週金曜日、これまでなかなかうまく考えられなかった課題を、いつもとは違うアプローチで考えてみようということで、ワークショップを行います。テーマは鎌倉の環境。ご興味のある方是非、一緒に考えてみましょう! http://www.metadesign.co.jp/#!workshop/c14cm 最後になりましたが、このような機会をつくってくださったデミさん、征さん、みつくん、そして直々にお話してくださったイワキ人のみなさん、そしてご一緒してくださったメンバーに感謝です。このご縁を大切にしたいと思っています。これからもよろしくお願いします。