
Origami Around
Cosmic Funnies

Janaina Medeiros
let's talk about Bridgerton tea, my ask is open
No title available
Keni
Mike Driver

@theartofmadeline
NASA
Monterey Bay Aquarium
we're not kids anymore.
Show & Tell
i don't do bad sauce passes

#extradirty

祝日 / Permanent Vacation
ojovivo
No title available
Claire Keane
Game of Thrones Daily
he wasn't even looking at me and he found me
seen from Singapore

seen from Türkiye
seen from United States
seen from Germany

seen from Taiwan
seen from United Kingdom
seen from Malaysia

seen from France
seen from United States
seen from United States

seen from United States
seen from United States
seen from Thailand
seen from United Kingdom
seen from Netherlands

seen from Malaysia
seen from United Kingdom
seen from Malaysia

seen from Türkiye

seen from United Kingdom
@monoeyes3
死者とは徐々に疎遠になるのだと思っていた。わたしの時間は過ぎ、彼らの時間はとどまる。だから時間のぶんだけわたしは、彼らから遠ざかる。なくした人はしだいに昔の人になる。 私がまだ若く死者が身近になかったころ、わたしはそう思っていた。 けれどもいまだに死者は、わたしのそばにある。いつまでも遠くならない。 更新されることのないエピソードは古くなるのではなかった。いつまでも新しいのだった。彼らがわたしの目の前から去って一年経てば一年とすこし前は「最近」であり、三年経てば三年から四年前あたりが、五年経てば十年以内あたりが「最近」として、共通の友人の口の端にのぼる。死者の周りだけが時を止め、わたしたちは嬉々としてその歪んだ時空を共有する。 会うことなく生きている人の時間は正しく進む。生者は遠ざかる。わたしのあずかり知らぬところでさまざまの経験をし、人とかかわり、年をとる。わたしの知らない人になってゆく。わたしの人生から遠ざかってゆく。 死者はそうではない。 わたしの記憶はいつだって胡乱であるのに、死者の記憶だけは変わらない。それはすり減らず、腐敗せず、どんなにうつくしいことも、どんなにおそろしいことも、そのままに保持されている。こないだあの人が、と、共通の友人がいう。わたしたちはもう遠慮することがない。このあいだあの人は、と言う。最近あの人は、と言う。ちかごろあの人は、と言う。わたしたちは誰かが死んでいないという幻想をともにする。 わたしたちのなかにある特別なスイッチを押せばいつでも、彼らとのできごとや会話が再生される。遣う語彙も声の色も速度もアクセントもイントネーションも、そのままに。 わたしたちはそのようにしてからだの中に死者を住まわせている。こないだ、あのひとが、と言う。
by Isabelle Bertolini
Everyday life in Tokyo
The last winter, Ying Yin
人が望むものは、その人じゃないとわからない。それだけが本物のニーズであり、本人以外の誰かが、あの人はこんなことを望んでいるにちがいないと想像するニーズは、どれだけ理にかなっていたとしても、偽物にすぎないのだ。
とある飲食店の緩やかで幸せな終焉 - Everything you've ever Dreamed
Space Shuttle Challenger (STS 51-F), moments after ignition, soars toward a week-long mission in Earth orbit on July 29, 1985.
こんな名言を前にしたらもう何も語れない
Äa-botさんのツイート
風が吹いたら遅刻して、雨が降ったらお休みで。
私の勤務先では人事部だけが採用活動をするのではなくて、現場の人間が面接を担当する。面接官は通常二人組で、このたび私を指名したのが篠塚さんである。篠塚さんは言う。僕、教養がないんで、面接でその手の話になったときにはよろしくです。 篠塚さんは私よりいくらか年長の男性で、職務上の能力がとても高い。専門知識を常時アップデートしている。ものの言い方が率直すぎて誤解を招くことがあるが、内容はおおむね正論である。基本的に誰にでも親切で骨惜しみをしない。イギリスで修士号を取ってから就職したと聞いている。 教養とはこの場合、何のことでしょうか。私が訊くと、篠塚さんは明快に(だいたい明快な人物である)答えた。文学…
“Twitterは大声でしゃべるのを道行く人が聞くかもしれないというイメージ。Facebookは仲良しが個室でいいね!いいね!と言い合ってるイメージ。Tumblrはコンテンツを詰めた麻袋を武器に河川敷で殴り合ってるイメージ(もちろん無言で)。”
— Twitter / @Takeshi Miyata (via machikoma)
Okuaizu, Fukushima
“七つの女の子と話をしていたら、作文が終わらなくて困っているという。彼女は小さい子にしては要領よく話すんだけれども、なにしろ七歳は七歳なので、話がくどい。しかもしょっちゅう脱線する。最後まで聞いて推測するに、どうやら何を書いて何を省くかがわからないので作文が長くなっている、ということらしかった。 学校の授業の作文で七五三の話を書くことにして、けれども原稿用紙六枚書いてもまだ、当日の朝ごはんが終わらない。メニューとその匂い、湯気のようす、パンの焼き加減の好みに関する主張で六枚目が終わってしまった。今までのぶんを捨てて書き直すべきか、という意味のことを、彼女は言う。読ませて頂戴というと、ずいぶんとはずかしがってから、結局読ませてくれた。 八枚切りのパンを焦げるぎりぎりのところまで熱してからバターを塗り、しみこませて食べる、ジャムはパンに塗るべきではない、ヨーグルトにいっぱい入れたほうがいい、なぜなら赤(いちごジャム)やむらさき(ブルーベリージャム)が白いのに混ざるのがおもしろいから、あと、わざとちゃんと混ぜないで甘いところと甘くないところをつくる、生の食パンとか意味わからない、不味い、というようなことが延々と書いてあって、私はいたく感動した。ニコルソン・ベイカーみたいだ。徹底した脈絡のなさがすばらしくリアル。他者の価値観を一顧だにしない主観がなんてクール。 たぶん彼女は記憶と思考を選ぶことが、まだうまくできないのだ。それに抽象概念の操作にも慣れていない。だから頭の中を時間軸だけで切り取ったような文章を書いている。 これはすごくいい文章だよ、と私は言った。七五三なんか放っておいたっていいじゃない、ここはひとつ朝ごはんまででいこうよ、捨てちゃうのもったいないよ。私がそう提案すると、彼女は重々しくうなずいて、まあね、これ自分でもわりと気に入ってる、と言った。 でも彼女はそういう作文を書きつづけるにはいかないことをちゃんと知っていて、きれいにまとまった文章を作る方法を知りたがってもいた。だから私は作文を終わらせる方法を教えることにした。 あのさ、まず書くことを決めるじゃない、最初に。七五三とか。で、書くことの前とか後とかあるでしょう。七五三の日の朝ごはんみたいなこと。それはちょっと短くする。どうやって短くするかっていうと、八枚切りのパンを反りかえるまで焼いてから反対側もちょっとあぶって、それからバターをつけて、って書きたいところを、お父さんとお母さんと一緒にパンを食べました、って書くんだ。もちろんお母さんが起きてからよくわからない部屋着に着替えてそれから出かける格好になることの謎についてとか、お父さんのひげそりの音が変化に富んでいて魅力的だということとかは書かない。もっと省きたかったら、ただ「朝ごはんをすませて」、って書く。文いっこもいらない。 もっと短くしたかったら、と彼女は訊いた。私は彼女の真似をして重々しくうなずき、「支度をして家族みんなで家を出ました」って書くの、と言った。もっと、と彼女が言うので、神社の階段を登っているところから始めてもいい、と私は教えた。もちろん一日は朝起きたところからはじまる、でも作文では石段に足をかけたところからはじめてもいい、なんなら帰ってきたところからでもいい。 彼女はやはり重々しくうなずき、ありがとう、と言った。どういたしましてと私はこたえた。 でもそれはほんとうはつまらないことなのだ。誰かの要求にあわせて作文を刈りこむなんて、書く意味があることとないことをふるいわけるなんて、所定の枚数にきれいにおさめるなんて。思いついたことは思いついた順に全部書けばいいんだけどな、と思う。”
— 作文が終わらない - 傘をひらいて、空を (via iam-nuda, iam-nuda) (via hal-9000, hal-9000) (via gosuke, gosuke) (via ayu-me, ayu-me) (via nyaromenet, nyaromenet) (via kouzen-nezuok, kouzen-nezuok)
(via gkojay)
「お客目線/自分都合」とは、字面通りの意味で、特に独自性も面白みも深みもないけれど、仕事を進めていく際は相手の立場を考えながらも、自分の都合の良いところに落としどころは持っていくという基本スタンスをあらわした言葉だ。僕は今も、仕事上の判断で迷ったとき、エロい店やエロくない店でぞんざいなサービスを受けたときは、お客目線、自分都合、と唱えて平静を保つようにしている。
Everything You’ve Ever Dr...