夫、子供がいて初めて幸せな自分になれると思っている人は、実際に出産すればその過酷な育児の中で、子供が自分の意志や物語とは全く別の所に存在していて、それこそ最も自分を裏切るものであると知るだろう。恋愛でも仕事でも味わったことのない、思い通りにいかない挫折感を、私は弥生を出産して初めて知った。
金原ひとみ「マザーズ」(新潮社 2012)
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夫、子供がいて初めて幸せな自分になれると思っている人は、実際に出産すればその過酷な育児の中で、子供が自分の意志や物語とは全く別の所に存在していて、それこそ最も自分を裏切るものであると知るだろう。恋愛でも仕事でも味わったことのない、思い通りにいかない挫折感を、私は弥生を出産して初めて知った。
金原ひとみ「マザーズ」(新潮社 2012)
若い頃というのは、本当に冷や汗や脂汗が出るくらいの思いをするんだということを書きたかった。もちろん、青春にはキラキラした部分もある。でも、人に言いたくないような、恥ずかしい思いだってするはず。それが青春の正体だと思う
藤谷 治さん『船に乗れ!Ⅲ』
──小説を読むことには、どんな価値があると思いますか?
否定も賞賛も加速する時代だからこそ、最近、あらためて小説の良さを発見しています。
たとえば、「いま、すごく苦しい」と思うと、その瞬間が永遠に続くような気がする。小説のいいところは、そんな現実をいったん保留にしたうえで、場所や時間を超えられることだと思います。
誰にも理解されないと感じている葛藤や、コンプレックスや、苦しみに、本が光を当てることで、「あ、自分のことを分かってくれている人が必ずどこかにいる」と知る。それはささやかな希望になる。
また、小説を読むことで、「人って100年前も200年前もだいたい同じようなことをしているんだな」と立ち返ることもできます。『源氏物語』や『平家物語』にも、人間の普遍性を垣間見ることができる。文化や科学技術は進歩しているうえで、結局、人間は同じようなことを繰り返している。
私はそれは絶望ではなくて、「救い」だと考えています。人は「理解されない」「誰とも分かり合えない」ことに孤独を感じる生きものです。その閉ざされた心の扉を、本は開けてくれる力があるとずっと思っています。
島本理生が直面した“危うい”小説の威力。ドストエフスキー漬けだった半年間
愛とは我を忘れて恥をかけることだと思う
島本理生「ノスタルジア」(河出書房新社 2026)
それから、小説を書く・書かないに限らず、「許せないことがある」というのも人生において結構大事だと思っています。「まあ人それぞれだよね」だけでは絶対に世界は良くならない。善悪の判断を怠らないためにも、適切な怒りを持ち続けることはこの世界にとっても必要なことだと思います。
金原ひとみ「【あの人の東京1年目】小説家 金原ひとみと早稲田」
自然と言えば、女にとっても妊娠や出産なんかしないほうが圧倒的に自然なわけです。生まなかった女性はその理由を問われるし、自分に問いつづける人もいます。一方、生んだ女性はある種の鈍さとともに主軸を子どもに移動させて、生んだことの動機を問われることもなく、社会的には「善さ」の威光を借りながらうやむやに霧散させてゆく。子の有無だけが人生の問題ではもちろんありませんが、わたしは自分にもあるこの鈍さを恥じています。
川上未映子ロング・インタビュー「生む/生まない、そして生まれることへの問い」
"1年前、ずっと憧れていた業界トップの大手に就職キメた先輩が「就活成功して引越して世界が広がったら新しい恋も友達も趣味もできた、そしたら未来の無い彼氏や不誠実な友達や閉鎖的な家族と自然と距離を置けるようになった、もう要らない」と幸せそうに話していたのを最近よく思い出す。分かる。"
「〝人に知られたくないこと〟の中に小説的鉱脈が埋まっていることが多いんです。過去に私は官能をテーマにした作品を書いていますが、それは当時の私にとってのタブーが女性の性的欲求だったから。じゃあ官能を禁じ手にして自分の内面を掘り下げたら一番恥ずかしいのは何だろう……? と考えたとき、承認欲求の激しさが浮かびました」
村山由佳「”最大のタブー”にこそ鉱脈が埋まっている」新刊『PRIZE ―プライズ―』について語る
無題
こんなことで傷ついたと喚くのは、私がおかしいんじゃないだろうか。 ぱっと思いついたのは、性交渉に誘われることだろうか。流石にこの年齢にもなると擦れてきて何も思わないし誘いが生じるような状況を回避する方法も把握している。けれどまだ処女で男女交際がなんたるかを知らない身にはどうしてもおぞましく、受け入れがたかった。それも結局「この人を信頼して友達として大切にしてきたのに、向こうはそうではなかった」「恋愛感情はないのに、わたしが女性の肉体を持っているというだけで、性的搾取の対象にされた」という不信感、裏切られたという悲しみ・屈辱であり、「絶対子供欲しい、不妊の体質の人とは結婚できない」という類の発言への不信感・屈辱と似通っている。 フェミっぽくない方面でいうと、家族にかかわることだ。 今でも覚えている。大学一年生の時だったと思う。 美術部の部室にいて、駒田とLINEでやりとりしていた。どういう話の流れかは忘れたのだけれど、実親に対する感情について話していた。何かの折に、「育ててくれたことは感謝してるけど、生んでくれてありがとうとはいまのわたしには言えない」「いろんな仕打ちの記憶が色濃くて、親を許すことは傷つけられたあの頃の自分を見放すようで怖い」と吐露したら、彼女はこう送ってきた。 「親にされたことを、内容はどうであれ『仕打ち』と表現するなんて人としてどうかしている」「事情は分かりかねるけど、**の親は愛情があるこそここまで育ててきてくれたんじゃないの」 昔のことすぎて、細かい言い回しは今となっては覚えていない。ただ、親に対して感謝を返せないわたしをまっすぐに非難する内容だった。頭が真っ白になった。 他の友人が相手だったら、激昂したと思うのだけれど、わたしはそうはしなかった。何か曖昧なことを言ってやり取りを切り上げた。全身の血がざわざわと逆流するのを感じた。 駒田があまりにも賢く聡い人だったから、軽蔑されたことが怖くて咄嗟に迎合した、というのもないでもない。けれどそれよりも大きかったのは、駒田自身が親に虐げられて育っている人だと知っていたからだ。 駒田は高校の、文芸部の同期だった。美しく利発で、成績優秀な子だった。そつがないように見えたけれど、部室で時々彼女が話す彼女の家庭ははっきりと歪んでいた。要するにわたしの家と同じで母親の絶対王政が敷かれていたのだけれど、話を聞く限り彼女の家の方が凄絶な暴力と支配に満ちていた。母親の機嫌悪いからお弁当作ってもらえないんだよね、と言ってほんの小さいサラダのパックを突いていることは一度や二度ではない。わたしと他の部員で食べ物を分けたこともあった。大丈夫なの? と訊ねても、「いつものことだから」とあくまで淡々として、親への愚痴や批判めいたことは口にしなかった。それが何より怖かった。わたしが書いた拙い小説に赤入れして「時系列入れて、もっと伏線意識して。あと対比が曖昧だからもっと書き分けたほうがいいよ」とすらすら述べたり、ホワイトボードを使って根気よく数列の解を証明してくれる、賢く利発な駒田と同一人物の思考回路と思えなかった。けれど、わたしももう一人の部員も、言えるはずがなかった。友達の親や家庭を指して「虐待じゃないの」と断罪するなんて、そんなことは許されないのだと、子供なりに理解していた。 結局わたしは最後まで駒田にその件で盾つかなかった。けれど兄や他の友人にかいつまんで話して「向こうの方がおかしいよね⁉︎」と聞き回ってどうにか気持ちを慰めた。大人になった彼女とはほとんど連絡が絶えているから、考え方がどう変質したのか、あるいは変わっていないのか確かめることはできないのだけれど、ただわかるのは一つ。 わたしも駒田も、親の支配の被害者だった、ということ。正当化しなければ親にされていることを受け入れられなかった駒田も、「親が普通じゃなかったから」と思考の逃げを用意するわたしも、同等に、為す術を持たない弱者だった。 駒田にまつわる思い出でもう一つ忘れられないのは、金原ひとみの「マザーズ」を勧めたときのことだ。大学に上がる前の春休みだった。それは母親の不倫や薬物乱用、虐待というタブーを描いた衝撃作で、過激ではあるけれど大袈裟ではなく、すごく面白かったから勧めた。数日後、彼女から来たメッセージはこういう内容だった。 「めちゃくちゃな倫理観の親しか出てこなくて胸糞悪かった。最後まで読み切ってないけど、これのどこが面白いわけ?」 あ、そうなんだ、と思った。この人は確かに編集として才能があって、鬼才だと自信を持って言えるけれど、でも、認知が歪んでいるんだな、と思った。ひどいことを友人に思っている自覚はあった。 社会人になったわたしが、高校時代親しくしていた級友には原稿をおくっても、当時誰よりも才能に心酔して頼りにしていた駒田にだけは今書いているものを共有しないのは、そこに理由がある。わたしは常に、親や恋人が卒倒するような類いの作品を作りたいと思っている。露悪という意味ではなくて、誰かに遠慮して出来上がった小説は少しも面白くないし、読者を舐めていると思うから忖度したくないのだ。けれど、駒田に読んでもらうという前提で書き始めたら、かなりブレーキがかかってしまう、気がする。少なくとも大学時代まではそうだった。おこがましいけれど、ある時から駒田に原稿を送るのはやめた。社会人になった今でもわたしは原稿を書いていると知らせてはいるけれど、もう、読ませてとは言われない。さみしくはあるけれど、いまのわたしにはあの頃の駒田以上にわたしの才能を買ってくれる人がそれなりには存在しているのだ。 けれど駒田と疎遠になって数年して、否応無しに気づかされてしまった。支配されるということ、その人を宗教のように信じることはとても、楽だということ。 駒田がわたしを支配しようとしていたわけではないし、そう感じたこともない。でも、あの時のわたしには、編集の才能がある駒田に認められるということは小説を書き続ける上で大きなエネルギーになった。一方で、作風がどんどん、駒田の嗜好に寄っているという面も内ではなかった。 「**には**の考えがあるんだろ。簡単に迎合するな。わたしをスケープゴートに使わないで」 大学四年生の夏、泣きながら電話したときに駒田が吐き捨てた言葉は、あながち間違いではなかったし、結局離れる以外なかったのだと思う。色恋でもないのに距離を置かないとお互いが傷つくなんて、なんだか血縁者みたいだなと思わないでもない。 わざわざこういう昔のこと掘り起こしてテクストに書いてるようなところが他責思考だとでも言われそうなのだけれど、わたしは単に「小説っぽくてなかなかおもろいな」くらいにしか考えていない。駒になりそうなものはそれこそ親でも彼氏でも使う。 2021.07
長いことやってたらいろんなことがあるんです。調子の良し悪しがあるんですけど、できるだけ長く好きなことを続けたいなって思うんです。長い目で見て思うんです。突き詰めてください。長くやりたいなら突き詰めましょう。その真摯さ、丁寧さ、さっきは「あまり伝わらないんですけど」と言いましたが必ずどこかで評価されます。必ず良い方に転びます。信じてください。大丈夫です。
粗品
夢がなくても生きている人だってたくさんいる。私だって現在、夢がなくともあまり不自由なく生きている。ただあと50年とか、「単に、生きるために生きる」ことを想像するとめっちゃつらい。不安になる。週末、労働も遊びも終えて、いれたてのコーヒーとバスクチーズケーキを優雅に食べて、一人で楽しく暮らしてるなーと思いながらも、不安になる。 ぷにゃーとな鳴き声が出る。居心地のいいマンションが、牢獄のような窮屈さを持ち始める。
ひらりさ「まだまだ大人になれません」(大和書房 2025)
漫画家・世良田波波が描くグッナイ小形「きみは、ぼくの東京だった」とのコラボ漫画「きみは、ぼくの東京だったな」です。グッナイ小形の「きみは、ぼくの東京だった」はこちらから聞くことが出来ます。https://youtu.be/o3PPYEaEqFE それでは世良田波波の描く東京を堪能
題が良い。わたしがあなたの東京だったらよかった
某新人賞の最終選考結果待ちの時の記録
自分ではない誰かを自分の意思であやめたことを、いつか悔やむだろうか。死にたくなるほど後悔するだろうか。それでよかったんだよ、最善のことを尽くしたんだよと、夫ではなく自分が――伶本人が、伶をいたわれるだろうか。 産んでも、産まなくても、自分がくだした選択を間違いだと心の底から悔やむ日がきっとくる。 だとすれば、あたらしい誰かをこの世界に引きずりださなくてよかった。自分の生を肯定できるまでは、生まれてしまった人と手を取り合って、どうにかこの地獄を生き延びていくほかない。
2022年3月
いや舐めてるっていうか、なんていうか、え、この人なんなの? 子供を大学まで行かせると総額三千万程度と言われるこの時代に一回の買春中出しに三千万以上の価値を見出して中出ししたってこと? それとも十万前後の中絶費用と女性の身体的精神的苦痛も厭わないってなって中出ししたってこと? それとも三千万のことも女性の精神的肉体的苦痛も考える余裕もなく単に中出ししたくてしちゃったってこと? 三千万とか他人の苦痛を考える余裕もなく中出しができるなら、それは動物みたいでいいですね世のしがらみとかそういうものを度外視できる瞬間てこの世知辛い世の中ではあんまりないですからねおめでたいですね。三千万以上要求されたらちょっと可哀想だけど、三千万渡して相手の女性にシングルマザーやってもらうとしてもキャリアや人生狂わせることになるし相手の約十八年を蹂躙することになるから個人的には養育費慰謝料総額で六千万くらいが妥当なんじゃないって思うし、あ、自分がシングルファザーやるってことなら慰謝料三千万はちょっと高いかなって思いますけどね。でも出産て交通事故に遭うくらいのダメージは受けるって言いますしね。まあ少なくとも三千万取られてから文句言えよって感じじゃないですかね。五百万ごときでピーピー泣くくらいならなんで中出ししたの? 中出しは、最低三千万の覚悟、そして一つの命に少なくとも十八年を捧げる覚悟と共になされるものだ。
金原ひとみ「YABUNONAKA」(文藝春秋 2025)