エモい文字について。
小説の文章や、音楽のリリックから鑑みる。文字のもつ表現性〝エモさ〟は、少なくとも30年間(1990年代から)あまり変わってない気がする。
僕の結論は、1990年代の小室哲哉の詩と、2024年のYOASOBIの詩で、比較しても大差ないということ。結局のところ、多くの人を感動させる〝エモさ〟は、共感性の高い文字を多用している。
この30年で、音楽の表現性は大きく進化したが、文字の表現性はあまり変わっていない印象がある。
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@rimrider
エモい文字について。
小説の文章や、音楽のリリックから鑑みる。文字のもつ表現性〝エモさ〟は、少なくとも30年間(1990年代から)あまり変わってない気がする。
僕の結論は、1990年代の小室哲哉の詩と、2024年のYOASOBIの詩で、比較しても大差ないということ。結局のところ、多くの人を感動させる〝エモさ〟は、共感性の高い文字を多用している。
この30年で、音楽の表現性は大きく進化したが、文字の表現性はあまり変わっていない印象がある。
エモい文字について。
小説の文章や、音楽のリリックから鑑みる。文字のもつ表現性〝エモさ〟は、少なくとも30年間(1990年代から)あまり変わってない気がする。
僕の結論は、1990年代の小室哲哉の詩と、2024年のYOASOBIの詩で、比較しても大差ないということ。結局のところ、多くの人を感動させる〝エモさ〟は、共感性の高い文字を多用している。
この30年で、音楽の表現性は大きく進化したが、文字の表現性はあまり変わっていない印象がある。
2026 6.26 金 26:47
台風が二つも近づいているらしく、雨が強まっている音がします。今日もですが、ここ最近地震も多いので不安です。何事もないことを祈ります。友人とも久々に連絡をしました。
こういうあれこれや、仕事についての割と真面目な話は一旦おいておいて、楽しみになりそうな計画の話も聞けたのが嬉しい!です。
何気なく、コンビニでいつも見かけるお母さん的な雰囲気の店員さんがご挨拶してくださり、はじめは驚いたのですが、じわじわと優しい気分が広がっていきました。笑顔と挨拶って大事だなぁと言ったら、本当にそう!絶対に120%くらいの力でやった方がいい!と助言されたので、今までを振り返って内心反省しつつ、ちゃんと心がけようと改めて思いました。
前置きをすると、これは落ち込んでいる、という話では全くなく、テンションとか一瞬の気分の話なので精神衛生はかなり保てているのですが、
ああー…、と、ずしんと心が沈む瞬間がありました。がっかりとも違って、別の意味で、「あ、この人、変わったのかもしれないな」 と感じるような。優しいことには変わりないのだけど、あれ?という違和感がありました。しかも、今回が初めてではなく、かなり既視感(既感感?)がありました。
でも、かなりボヤッとしていたとしても、今回改めてそう思ったことを書き留めたいと思った理由が、今までの沈みとは違って、自分の中ではいい意味で、心的距離が開いたな、と実感できたからです。これは何か明確なその人の言動がトリガーになったという訳ではなくて、完全にタイミングと、私の気持ちの波が一致したから発生したものです。
それもまた妙な偶然で、でもきっと、そう思えるようになるべきだったんじゃないか?と、結果論だったとしてもそう考えられるようになったのが興味深いし、面白いです。
そのお陰で違う選択肢をとることに躊躇いが少なくなったり、聞かなくていいことを聞かない、閉じる、ことが安易になりました。何回か経験がある気がしていたけど、こんなに実感を伴うことは初めてな気がします。こんなに、誰かが草をかきわけ分けてくれているんじゃないか、という錯覚をする日がくるなんて、という気分です。
最近少しづつまた落ち着いてきたのて、こちらもまた、これ楽しいかも?と思える趣味を再開したいところです。
文章は因数分解のようだ。美しい数式に似ている。
劣等感を感じやすい環境に身を置いていると思う。ただでさえ競争ばかりの大学院生なのに、やれ学位プログラムだの、やれ有志の研究会だのと、さらに競争が激しい界隈に首を突っ込んでいるせいで、うまく研究が進まないじぶんと、カンペを見ないと英語を話せないじぶんと、むかしよりもじょうずに話せなくなったじぶんと、まわりのスーパー院生を比べては、いちいち沈んでしまう。優秀なひとと一緒にいたところで、自分が優秀になれるわけじゃない。それを忘れてはならないと思う。
この間、日本で一番賢い人たちが集まる大学の人たちが集まる研究会に参加したら、自分の至らなさに泣きそうになった。でも、わたしの研究計画が一番おもしろかった(データ取れてないくせに)(面白くてもデータがないからスタートラインにも立てていない)。
持続可能な社会とか、世代間の協力とか、もっともらしいことを言ったって、研究室の中でぐにゃぐにゃと練り上げた理想は社会の何の役に立つのだろうか。あなたたちは、資本主義の強者であるあなたたちが、いったい社会の何を知ってるっていうの。そんなことを考えてしまった。(わたしは高卒の両親に育てられた田舎育ちの貧困層だから、よけいにそう思うのかもしれない)
机上の空論って、よくない。社会と人間のことをよく知らなければならない学問分野なのに、偏った視点から社会を見てるのって、よくない。せめて、ソクラテス的な無知の知を抱いているならいいけれど、そういった感じもなく、自分の視野にはいる社会を社会として捉えているのであれば、それはすごくかなしいことだと思う。人間って、あなたたちが思うよりももっと愚かで、汚いんだよ、だけど、そんな愚かさを抱きながら、必死にもがきながら生きようとする姿がうつくしいの。彼らは人間の行動を数式でモデリングすることばかりを好んでいるけれど、人間の行動ってそんな単純じゃないでしょ。わたしの行動が数式で表せられた暁には、彼らの目の前で奇行に走ろうと思う。
できる限り広い視野を持っていたい。わたしの見ている世界が世界のすべてだということは断じてないけれど、もっと想像力を働かせたいな、と思った。もちろん、社会全体にかかわるスケールの大きい研究を進めるのって、必要だし、それはそれですてきだけど、わたしは絶対に、苦しんでいる個人を見捨てたくない。そんな研究をしたいし、そんな人になりたいと思う。
劣等感を感じやすい環境に身を置いていると思う。ただでさえ競争ばかりの大学院生なのに、やれ学位プログラムだの、やれ有志の研究会だのと、さらに競争が激しい界隈に首を突っ込んでいるせいで、うまく研究が進まないじぶんと、カンペを見ないと英語を話せないじぶんと、むかしよりもじょうずに話せなくなったじぶんと、まわりのスーパー院生を比べては、いちいち沈んでしまう。優秀なひとと一緒にいたところで、自分が優秀になれるわけじゃない。それを忘れてはならないと思う。
この間、日本で一番賢い人たちが集まる大学の人たちが集まる研究会に参加したら、自分の至らなさに泣きそうになった。でも、わたしの研究計画が一番おもしろかった(データ取れてないくせに)(面白くてもデータがないからスタートラインにも立てていない)。
持続可能な社会とか、世代間の協力とか、もっともらしいことを言ったって、研究室の中でぐにゃぐにゃと練り上げた理想は社会の何の役に立つのだろうか。あなたたちは、資本主義の強者であるあなたたちが、いったい社会の何を知ってるっていうの。そんなことを考えてしまった。(わたしは高卒の両親に育てられた田舎育ちの貧困層だから、よけいにそう思うのかもしれない)
机上の空論って、よくない。社会と人間のことをよく知らなければならない学問分野なのに、偏った視点から社会を見てるのって、よくない。せめて、ソクラテス的な無知の知を抱いているならいいけれど、そういった感じもなく、自分の視野にはいる社会を社会として捉えているのであれば、それはすごくかなしいことだと思う。人間って、あなたたちが思うよりももっと愚かで、汚いんだよ、だけど、そんな愚かさを抱きながら、必死にもがきながら生きようとする姿がうつくしいの。彼らは人間の行動を数式でモデリングすることばかりを好んでいるけれど、人間の行動ってそんな単純じゃないでしょ。わたしの行動が数式で表せられた暁には、彼らの目の前で奇行に走ろうと思う。
できる限り広い視野を持っていたい。わたしの見ている世界が世界のすべてだということは断じてないけれど、もっと想像力を働かせたいな、と思った。もちろん、社会全体にかかわるスケールの大きい研究を進めるのって、必要だし、それはそれですてきだけど、わたしは絶対に、苦しんでいる個人を見捨てたくない。そんな研究をしたいし、そんな人になりたいと思う。
果物
フルーツとか花を手にするって豊かさの象徴やん?地球温暖化によりあり得ないぐらい暑くなった日本で、私にとっての夏の楽しみとは桃を食べてる瞬間だけ。と言っても過言ではない。それぐらい桃が好き。桃の見た目も味も好きだけど、それと同じぐらい桃という存在そのものを盲目に偶像崇拝しているだけな気もするが、とにかく私は桃が好き。桃を食べるたびに、中学校の夏休み、近所のお祭りで買った1玉百円の冷えた桃を丸齧りして食べた時のことを思い出す。手がベタベタして、口の中は酸っぱさと渋みばかりだったけども10年経った今でも忘れられない記憶になっている。私が季節のフルーツを食べる理由は、その甘味や酸味を味わうためだけではなく、フルーツを食べられるような、金銭的余裕、心理的余裕がある暮らしを送ることができているんだ。私の人生は間違ってなかったんだ。と、幼き日の自分を振り返り、これまでの努力を褒め称えるための儀式にも近い行為なんだろうな、と今、桃を食べて思った。
余暇
勘違いで袋小路で何処へも行けない
男の強がりをずっと眺めていたんだ
みんなの為に廻る観覧車みたいに
さびしい決まりをたくさん持つ体に
君が気まぐれでさわった
気まぐれじゃない部分をさがそう
なんて今さら…
余暇と人生を分けて人生を歩む
男の自分勝手をずっと眺めていたんだ
あなたの余暇の中にわたしは含まれていて
キラキラしている人生のなかから
そうじゃない部分もさがしてみよう
なんて今さら…
なんて今さら…
私の我慢の上であなたは花開いた
その奇跡を恋みたいにしていとおしんだ
その時の私の息づかいを
あなたは余暇みたいにして使い切った
“職人に「なぜそんなに丁寧に作るのでしょうか?誰も見えない裏側まで」と聞いたら 「自分が見てるから」と答えた。”
— Xユーザーの赤井カラスさん
“職人に「なぜそんなに丁寧に作るのでしょうか?誰も見えない裏側まで」と聞いたら 「自分が見てるから」と答えた。”
— Xユーザーの赤井カラスさん
Alex Ramsay – Contemporary Silversmith
(via Pinterest)