「多忙は怠惰の隠れみの。」
これは「すっごく忙しい状態」を糸井重里さんが面白く解釈した言葉だ。
文中抜粋すると、こういう事だ。
「多忙」な時っていうのは、
現実的な問題がいっぱいあって、
それを現実的に解決したり、
解決しかかっていたりしている状態だ。
そういう時というのは、達成感もあるし、幸福感もある。
ちっぽけなヒロイズムも満足させてくれるかもしれない。
だが、そういう時に欠けていきやすいものがあるのだ。
それは、おそらく「なぜ」という疑問とか、
おおきな視野とか、人間の感情とか、
なにかすぐには役に立たないような、
それでいて大事なことばかりなんだと思うのだ。
教養主義的な意味で言うのではないけれど、
「哲学」に関わるような問題が、
忙しいときにはすっぽり抜け落ちていることが多い。
ほぼ日刊イトイ新聞
「多忙は怠惰の隠れみのである」ということについて
https://www.1101.com/darling_column/archive/1214.html
多忙を極めるクリエイティブ現場でこそ
気をつけなければならない教えである。
編集スパルタ塾に通いながら私が痛感したのは
目の前にある与えられた多忙は、重要じゃないよな?という事だ。
その多忙は、誰かの欲求を満たすための「交換儀礼」であって
本気で取り組むべき多忙ではないのかもしれない。
相手側が満足さえすれば、上手に手を抜いて良いのだ。
では、本気で取り組むべき多忙とは何か?
その「通過儀礼」を、この編集スパルタ塾を通して得ることができたのである。
記憶が曖昧なので、確証はない。
15年くらい前「生きる練習、死なない工夫」というタイトルで
松尾スズキさんがコラムを連載していた。多分ロッキングオンだ。
その内容自体はよく覚えてないが
「生きる練習、死なない工夫」というタイトルだけが妙に頭に残っていた。
私が痛感した「編集スパルタ塾」は
どちらかと言えば「生きる練習」の方だった。
「生きる練習」は、自分ではなかなか気づけないものだと思う。
自分にとって、何か大きなクライシスでも起きない限り
本気で考えたりしない類の事だ。
一方、「死なない工夫」とは何か。
朝起きて働いて、TV見ながらスマホ見て遊んでメシ食ってクソして金勘定して
ふと優しくなったり、はたと健康に気を遣ったりしている、一般的社会生活を続けるために「世知辛いぜ~!」と言って頑張ってる類の事だ。
編集スパルタ塾の講師陣は皆
壮絶な「生きる練習」を積まれてきている。
等身大で世の中に対し疑問を感じられている。
だから、アウトプットやコンセプトが清く正しい。
そして発言が首尾一貫している。
故にスパルタになってしまう。
ここではエレガントで甘美な「死なない工夫」は教えてもらえない。
そんな人は是非、宣伝会議に行こう。
塾長、菅付雅信氏はこう言う
「それはグラグラするくらい、狂ってる人達だった。」
塾長は毎日毎日、目的達成のために
グラグラする狂人達とのアンサンブルを奏で
世界中を駆け巡り、アウトプットしまくっている編集者だ。
そんな塾長も、もちろん狂人だ。
そんな狂人が引き連れてくる数々の狂人達なわけだから
そこから提出される課題は、誰にも迷惑かけずに健やかな生活を送られている一般的社会生活者には決して出されない課題だ。
実に狂っている課題がいっぱい出される。
しかも2週間かそこらで作って出せ!と来るし、塾長が見てツマラン企画はプレゼンすらさせてもらえないし、課題を出さなかったり、サボッてたりするとクビ(落第)になるというメニューもある。
またこの塾は、数々の狂人講師陣の有難く厳しいお言葉が拝聴できる!
がウリ文句のようになっているが、私はちょっと付け加えたい。
それは、生徒達が良い企画を出さない限り
講師からは良いお言葉が出てこないということだ。
私は気づいてしまった。塾長&講師のテンションを上げるミッションが気づかないうちに生徒達に科せられている現実を…
しかしながら、安心して欲しい。
ここに来る生徒達は、相当なポテンシャルを持った人達が集う。
それは、スキル的な面もあるが、ユニークな面々が実に多いということ。
第二期では主に以下のユニークな方々が集った。
現役の大学生、デザイン会社の取締役、映画配給会社の人、ラジオ局の人、
フリーのウェブ関係の人、印刷会社の人、プロダクションで働くコピーライターの人、外資系や国内プロダクションで働くウェブディレクターの人、某有名雑誌の編集部にいた人、元スペインバルで働いていて今は出版社にいる人、某スポーツ系雑誌の編集部の人、フリーでライターやりながら音楽活動を並行している人、ネット界隈では有名な人… などなど枚挙に暇がない。
かくいう私も文具メーカーで働く社畜だ。編集とはほど遠い存在だ。
第一期から伺ったすごいエピソードとしては
参加したひとりの生徒による、企画内容&プレゼンが凄過ぎて
そこですぐさま狂人にスカウトされてしまったというのだ。
スカウトした会社は、Pからはじまる、泣く子も黙るスーパープロダクションである。
もちろん第二期にも、アワワ…すげぇやこの人!がいた。
その人は、リサーチ&企画力&プレゼン力&飲みっぷり歌いっぷりが別格に凄まじかったのだ。
また、「多忙を怠惰の隠れ蓑」にしていないのだ。
仕事では多数のプロジェクトを回しまくっており
講義を聞きながら校正しているくらいクソ忙しいはずなのに、だ。
そして数奇な運命に巡りあい、対峙しながらも
正面から「生きる練習」を欠かさないでいるのである。
彼女は、結果的に年間企画大賞を穫った。
私は彼女に狂人の一端が垣間見え、非常にゾクゾクした。
今後も引き続き狂い咲きサンダーロードして欲しい。
・「編集とは企画を立て、人を集め、モノを作ること」
・「毎日を特別に生きる」
スパルタ塾では、メモするのが追いつかないくらい
数々の塾長名言がほとばしったが
私がこの講義を通して心に着床したのは大きくこの二つである。
企画を立て、人を集め、モノを作るのだ。
編集といえば、本や雑誌編集でしか体現できない
限られた技術だと思って勘違いしていたが
この言葉によってチューニングされた。
非常にスッと入ってくる、厳しくも優しい教えだと思う。
毎日を特別に生きるのだ。
毎日が終わりの無いトンネルに紛れ込んでいるとしたら要注意だ。
特別な日々は、海外旅行やパーティーでしか得られないとしたらお門違いだ。
もっと自分とシンクロして、自らを編集すればいい。
そうすれば、毎日が特別になるはずだ。
これから先、様々なテクノロジーが進むと思う。
FacebookやTwitterよりも秀逸でバランス感のあるサービスが増え
こだわりを持った人達にとっては、たぶん素敵な発表の場がどんどん増殖すると思う。
過少でも不完全でも異形でも、リリースすれば良いのだ。
ようは、本人の「志」次第だ。
菅付雅信塾長も「中身化する社会」でそう説いている。
編集スパルタ塾(第三期)
20:00〜22:00
http://bookandbeer.com/blog/seminar/sugatsuke3/