This is an official short story set after Giulio's route, told from Giulio's perspective. Originally published in Cool-B magazine. The accompanying illustration can be seen here.
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「あの金髪だな。ヤッケを着てるのが護衛の野郎か? ハッ、護衛は一人か。気楽な野郎だ」
「あのデカブツは……デイバンからの迎えか? どうする」
「まとめてやっちまえ。空港に入られる前に……始末しろ」
リーダー格の男に、殺気だった顔のギャングたちがうなずき――そして手にした拳銃と切り詰めた散弾銃を装填して、ぞっとするような鋼鉄の歯がみを響かせた。
黒塗りのキャデラックは、ゆっくり滑るように車道を走る。
ニューヨーク市郊外の空港、ニューアーク空港。そこへとクモの巣のように収束する幹線道路の一本を、暗殺者を乗せたキャデラックが進み……。
「フン。あの金髪、ラッキードッグ、だったか。銃弾を避けられるんだって?」
「田舎ヤクザのフカシにきまってる。……クソ、あのガキ手間かけさせやがって!」
夕方の空に、古びた1ドル銀貨のような鈍色の太陽が引っかかっていた。高い金網の向こうに見える空港には、一般便の最終となる旅客機がぽつぽつと並び、ゲート前には慌ただしい人々の雑踏が揺れていた。クラクションを鳴らしっぱなしのタクシーの群れが、その喧騒に拍車をかける。
黒いキャデラックは、その後方にもう一台、ギャングを詰め込んだフォードのワゴンを引き連れて――歩道を進む「目標」の後方から、ゆっくりと近づく。
背が高く、いい仕立てのスーツとコートを着た男が、遅れの二人を急かせるようにして歩き、周囲に落ちつかない視線を投げていた。
もう一人は、分厚いフード付きのコートを着、大きな革のトランクを持った男。
その二人の男に挟まれ、守られるように――体調でも悪いのか、よろよろとした足取りを両側から支えられ、帽子を目深に被った男……その帽子の下から、目立つ金の髪を揺らしているのが――
シカゴの暗殺者たちの目標。デイバンのマフィアCR:5の若き二代目ボス、ジャンカルロ・ブルボン・デル・モンテだった。
暗殺者たちの声は、興奮し、そして……腹の底では、ラッキードッグの名に――そして、悪霊のようにその名につきまとう「マッドドッグ」の影に怯えていた。
「ああ、おれはヤツの顔を見て……る。あそこには、いねえ」
「……ヘッ。まとめてぶっ殺してやりたかったよなあ!」
半年ほど前――彼らの同盟組織のひとつが、たった二人に……ラッキードッグとマッドドッグの二人に、しかも本拠地のシカゴで壊滅させかけられたことを、暗殺者たちは記憶の底に沈めて、恐怖と一緒に飲み込んだ。
「そういや、見張りの……サムスの野郎から連絡が無えままだな」
……殺られたか? その言葉を、男たちは喉の奥に飲み込んだ。あそこには、あのマッドドッグ・ジュリオは居ない――やるなら、今しかなかった。
「てめえら、うるせえぞ……! 仕掛けるぞ、いいな!?」
リーダー格の男が、手下たちに吠えて、そして……フロントガラスの向こう、交差点で立ち止まっている三人の「目標」に血走った顔を向ける。
距離は、10ヤードもない。いっせいに蜂の巣にすれば、それで済む。
ドガッと、キャデラックのドアが開き――コートに身を包んだギャングたちが歩道へと駆け下りた。
ギャングの一人が叫び――振り返った三人の男たちに銃口を向ける。
あのフードを被った眼鏡の男が、小さく口を動かしていた。背の高い伊達男は、コートが汚れるのも構わず地面に伏せ――そして…………。
目深に帽子を被った金髪の男は、うろたえて……暗殺者たちのほうに、なにか訴えるように、命乞いでもするように手をわななかせていた。
ドガッ!! っと、散弾銃が切り詰められた銃口から炎と鉛粒の嵐を吐き出した。それと同時に、ギャングたちの手の中で拳銃が吠え、銃声をふくれ上がらせる。
散弾が、「目標」の頭部を叩きつぶし――帽子が、脳漿と鮮血とともに吹き飛ぶ。
やった!! 次弾を装填した暗殺者が、ケモノのように吠えた。
頭蓋を砕かれ、もんどり打った男の身体に拳銃の弾丸が追い打ちをかけ、スーツ姿の死体はつんのめって汚い歩道にぶっ倒れた。
その頃になって、空港に向かっていた人々のあいだから悲鳴がふくれ上がった。
デイバンから来ていた、あのデカブツは――拳銃を抜きながら、信号機の陰に転がりこんでいた。
銃声が、めちゃくちゃに吠えた。地面に倒れていた金髪の死体に、ラッキードッグの哀れな身体に数発の銃弾が、散弾がたたき込まれ、そのたびに肉片と血煙が吹き飛ぶ。
あのフードの男は――何事もなかったように、立って……暗殺者たちを、見る。
そのフード姿にも銃声と銃弾が襲いかかり……分厚いコートの生地に、いくつもの弾痕が穴を開け、背の高いその男を――
そのフードの男は、銃弾を受けても……何発もの銃弾でコートの胸と腹を穿たれても、小さく身体が揺れただけで……何事もなかったように、無表情で、立っていた。
……笑っていやがる……!? ギャングたちの一人が、フードの男、その眼鏡の奥に隠れていた細い眼に――彼らを見、笑う、そのあり得ないほど冷たい眼に気づいたとき、ドスッ っと、そのフード男が持っていたトランクが――CR:5の掃除屋、ラグトリフが持っていた大きなトランクが、歩道に落ちた。
なにが起こっているのか、わからなかった。ギャングたちは、一瞬、あっけにとられ……そして再びフード男に銃口を向け、引き金を引く。
だが……散弾の銃弾が、フードに真っ黒な穴を穿っても――そいつは倒れなかった。
あの金髪は、ラッキードッグは始末した――ギャングのリーダーが叫んだときだった。
あのフード男が、何事もなかったように英語でさらりと言い、そして足下に転がっている金髪の死体を……そのひしゃげた頭を、蹴った。
バサリと、血で汚れた金の髪が……金髪のカツラが、死体の頭から外れた。
死体の顔を見てしまったギャングが悲鳴を漏らした。そこに転がっている死体は――髪をそり上げて、そこに刺青をしていた男は、シカゴのギャング……ラッキードッグと護衛の男を尾行していた、彼らの仲間……その死体だった。
ギャングたちがパニックに襲われたとき――パン、パン! と自動拳銃の銃声が吠え、散弾銃を抱えていた男が腹を打ち抜かれてもんどり打った。
信号機の陰に隠れていたあのデイバンの伊達男が――ルキーノが、銃を撃ちながら叫ぶ。
ギャングたちは撃ち返しながら、キャデラックのほうへ身を隠す。
「クソ、クソ!! 俺たちは……はめられたんだ、クソッ!!」
その時になって、ようやく――キャデラックの後方で待機していたワゴン車が、仲間たちの襲撃失敗に気づいて、エンジンを吹かしていた。
ギャングを詰め込んだワゴン車は、人々が逃げ散った歩道に乗り上げてエンジンを吹かし、巨大な甲虫のように――立ち尽くすフード男のほうへ突進する。その陰になった暗殺者たちは、あわててキャデラックの中に駆け込んだ。
ルキーノが、突っ込んでくるフォードにありったけの銃弾をたたき込む。だが大型のワゴンは、窓ガラスとフロントに小さな穴を開けられただけで――突っ込んでくる。
その時――ジャキッ と、鍵をかけたような音がして――フード男、ラグトリフのだらりと垂れていた手に、突然、不格好な拳銃のようなものが出現し、握られていた。
突っ込んでくるワゴン車に向け、すうっとラグトリフの手が伸び、鉄パイプのような銃口が――信号拳銃の銃口が向けられ、そして、
ボム!! と気の抜けた爆音と白煙が膨れ上がった。その瞬間、信号拳銃から放たれた白煙の軌跡がワゴン車のフロントガラスに吸い込まれ……、
真っ黒だったワゴンの車内に、眼を刺す閃光がふくれ上がった。何かの金属と化学物質が反応し燃える音、そして鋼の炎で焼かれる男たちの悲鳴がふくれ上がり――めちゃくちゃに切られたハンドルがワゴン車をよろめかせ、そして……、
ラグトリフは一歩、避けると――何人ものギャングごと燃えるワゴンは、タイヤの悲鳴を響かせながら路肩の建物に突っ込む。周囲に、大量のマッチが燃え、肉と髪の毛を焼くような……耐え難い悪臭が充満していった。
――乗用車のそれとは違う、悍馬がいななくようなエンジンの轟き、そしてタイヤの悲鳴とともに、
ルキーノは悪態をつきながらギャングたちに向けて拳銃を撃ち、その赤いアルファロメオの後部座席に飛び込んだ。ラグトリフもトランクを拾い、スタスタ助手席のほうに向かった。
「ご苦労さんです。あ、ジャンさんでしたら、無事にカレと合流を」
助手席に乗り込んだラグトリフの、けちょんとした声に――ハンドルを握っていた長髪の男がハンドルを叩き、叫ぶようにして笑った。
ルキーノが、最後の銃弾をギャングのキャデラックにたたき込む。それと同時に、運転席のベルナルドはギアを入れ、エンジンの雄叫びをあげさせ――アルファロメオは、男たちを振り落とすような勢いで加速し、タイヤから白煙を上げて幹線道路へ滑り出す。
ギャングたちはキャデラックに乗りこみ、そして……歩道に転がる仲間の死体を、そして何人もの仲間を乗せたまま黒煙を上げるワゴン車を見て、自分たちの失敗を悟っていた。
「くそがあああ!! あのガキ、どこ行きやがったアア!?」
「やばい!! はやくズラかろう、ポリがくるぞ!!」
ここはニューヨーク。彼らの縄張りのシカゴではない。ここで警察に捕まったら――そしてそれ以上に、ニューヨークを根城にするマフィアに見つかるとまずかった。
この襲撃は、つい数時間前に結ばれたばかりの、ニューヨーク、デトロイト、シカゴ、そしてデイバンを含むコーサ・ノストラ連合の和平合意に真っ向から喧嘩を売る行為だった。
ギャングたちを乗せたキャデラックは、人々とタクシーが逃げ散った道から走り出し、あのアルファロメオとは逆の方向へと走り出す。
警察とNYのマフィアが追ってくる前に、ここから離れようと……。
ギャングたちが、ラッキードッグへの裏切りをまき散らす。
キャデラックが、幹線道路に乗って速度を上げていたときだった。運転手と、助手席に乗っていたギャングが、ふと……自分たちの車を追い抜くようにして走り、そして併走している一台の車に―
助手席の男が舌打ちし、後ろに乗っている兄貴分のほうへ顔を向けたとき、
轟音が響き、助手席の窓ガラスが吹き飛んだ。そこにいたギャングの頭が血しぶきを上げて運転席に倒れ込んだ。
男たちの眼に――キャデラックを押しつぶすように迫ってくる真っ白なメルセデス・ベンツの巨体が、そして……運転席の男が45口径を握っているのが映った。
ドガッ!!っと、衝撃がキャデラックの車体を揺らす。側面から体当たりしてきたメルセデスは、50マイルを超える速度で走るキャデラックを軽々と揺らし、よろめかせる。
ギャングたちは体当たりで揺さぶられる車の中で、必死で銃を――
そこに、メルセデスを運転していた男が、イヴァンが吠えた。
メルセデスのエンジンが、タイヤがうなりを上げると、キャデラックは押され、タイヤを取られて――ブレーキもかけられないまま、車道を逸れ、
歩道に乗り上げたキャデラックは、ガス灯の金属柱に突っ込んでそのまま横転した。砕けたフロン
トガラスから人間の形をしたものが吹き飛び、道路に叩き付けられる。
メルセデスは、何事もなかったように突き進み、夕闇が迫る幹線道路をヘッドライトの閃光で照射しながら加速していった。
前日まで空を覆っていた雨雲がきれいに消え失せて、10月の空には筆で刷いたようなかすれ雲が、高く青空にたなびいていた。
ニューヨークから、ペンシルヴァニア州に向かう幹線道路、380号線。舗装された二車線のその道路は、森と草原の丘と、そして収穫の終わった丸裸の小麦畑が延々と続く平原を貫いて、延びていた。
道路脇の電柱も、ほとんど無い。ガソリンスタンドもまばらで、道路脇の農家がその役割をしながら「次のスタンドまで100マイル」などと看板を出している――ニューヨークでも、都市から離れた州境に来るとこんなのどかな風景が広がっていた。
その道路を、低いドラムのようなエンジン音が進んでゆく。
午後の幹線道路には、行き過ぎる車の陰も、農夫たちのトラクターや馬車の陰も無く、ただ――そのリズミカルな重低音のエンジン音と、それを放つ一台のバイクだけが、あった。
そのバイクは、側車をつけた大型のサイドカーだった。
側車の座席に座っていた男が、運転をしていた男に向けて笑い、何かを言った。
その声は、エンジン音と吹き過ぎてゆく風の音にかき消されていたが――運転手の男は、航空機用の大きなゴーグルをかけていた顔を側車の男に向けると、小さくうなずいて――そしてサイドカーは、ギアの噛み合う音を立てながらゆっくり速度を落としてゆく。
運転手は路肩にサイドカーを停め、手動式のレバーでギアをニュートラルにする。
その男は、風になぶられていた薄い色あいの髪を革手袋をした手でかきあげ――そのまま、ゴーグルを額に押し上げた。
「……すみません、ずっと走りっぱなしで……お疲れでしょう」
バイクにまたがったまま、男は――ジュリオは顔を伏せ、小さく呟いた。
「ハハ、ちょっと、な。しっかしこの……サイドカーってヤツは面白いなあ」
側車に乗っていた男は、もぞもぞ手を動かし、顔をすっぽり包んでいたスカーフとゴーグル、そして、革製の飛行帽を脱ぎながらモゾモゾしゃべる。
ふわっと、秋空の陽光の下に、きらきら輝いているような金髪があふれ出した。飛行帽とゴーグルを外した男は――ジャンカルロは、手袋も脱ぎ捨て、汗ばんだ手で顔をごしごしとこすった。
「……いえ、俺は――平気、です。……見張ってます、ジャンさん、お先に……」
ジュリオは、側車の中で背伸びする男に――マッドドッグ・ジュリオのボスであるジャンカルロに眼を細め、その金色の髪を見て……。
「……すみません、こんな――面倒な乗り物で、迎えなんかに……」
「ん? 俺は気にしてないぜ。あー、やばい、もれる」
側車からじたばたと這い出したジャンは、埃だらけのアスファルトの上に降りると、
「ん〜〜〜っ!! っと……、あー、背骨がボキボキいってる」
運転するジュリオと同じ、革製のジャンパーにリーバイスのジーンズパンツ。そして空軍の革ブーツを履いた姿のジャンは、気持ちよさそうに腕をしかめながら伸びをする。
「昨日の夜から、走り通しでしたから……少し、休みましょう」
ジュリオはエンジンをアイドリングに、そしてバイクにまたがったまま言う。側車の座席に手袋とゴーグルを投げ捨てたジャンは、少しおぼつかない足取りで道ばたを進み、
「だから、俺は乗ってただけだって。…………ありがとな、ジュリオ」
ジャンは、ジュリオに背を向けると――新品のパンツがファスナーを降ろす音を立て、そして少しして軽快な放尿の水音がアスファルトの上を転がった。
「――おまえが来てくれて、さ。助かった。ありがとうな」
ジュリオは――喉と、鼻の奥が熱くなって、息が詰まる感覚の中……、
「――ジャンさんが、ご無事で――こうして、その……」
――あなたと二人きりでこうしていられて、俺は…………
ジュリオは、ジャンの背中とそよ風に揺れる金髪を見ながら、胸の奥でずっと――もう何十時間も――ニューヨークの片隅で、ジャンと合流しそしてバイクで走り出してかずっと、心の奥底で繰り返されていた言葉を、声にならない声で、唇をふるわせた。
「NYはきつかったぜ。おちおち小便も出来なかったもんなぁ」
「はは、ばーか。ジュリオに留守番、命令したのは俺だってーの」
ジャンの背中から、ファスナーを上げる音がして彼は振り返る。穏やかな秋の陽光とそよ風に揺れる金の髪。そして……からかっているような、やさしく見つめるような細められた瞳が……ジャンが、ジュリオを見つめる。
「……すまないな、向こうから電話も出来なくて。元気してたか」
ジャンの声に、ジュリオは喉の奥がぐう、と詰まる感じがして――顔を、伏せた。
「は、はい……その、俺は平気です。平気……でした」
ジュリオがハッとすると……笑っている、そして少し怒っているようなジャンの顔が、彼の手と一緒になってジュリオの頬を撫でていた。
「ちょっとやつれてるぞ。ちゃんとメシ、食ってなかったな」
「まあ、俺もあんまりヒトのことは言えないけどさ。向こうでベルトの穴をひとつ詰めたよ」
ジュリオの頬を、そうっと撫でていた手が――ひやりとした指先の感触が、今度は大きな平手の感触になってジュリオの頭を軽く叩いた。
「おまえは、食わないと――いつもみたいに身体を動かせないんだろ?」
「……一週間くらいなら、平気です。……すみません、あとで食います……」
「よーし、言ったな。じゃあ次のスタンドでガス入れて、なんか食い物買おうぜ」
伸びていたジャンの手が、ジュリオの髪をくしゃくしゃと撫でて、離れる。
ゴーグルだけを額に引っかけたジャンが、モゾモゾと側車の座席に潜り込んだ。
「はい。――殺し屋は、ルキーノたちが引きつけているはずです」
「まー、あいつらなら平気……かな。シカゴの連中も、NYじゃそんな派手に仕掛けられないだろーしな」
「追っ手が来ても――大丈夫、です。ジャンさんは、俺が……」
ジャンが、大きなゴーグルを降ろす。それを合図にして、バイクのエンジンが回転数を上げ、ギアのみ合う音とともにサイドカーは再び幹線道路へと走り出した。
対向車の姿もない道路に、エンジン音だけが響いて消えてゆく。
時速40マイル。エンジン音をかき消すような風のうなりのなか、ジュリオは呟く。
そしてジュリオは、失踪した祖父に代わってボンドーネ家の当主となっていた。
コーサ・ノストラ、マフィアのボスと、その部下の幹部。
ときおり、二人の時間が空いた夜は、そして貴重な休日は、ダウンタウンに借りた小さな部屋で、
ジャンとジュリオは――恋人の時間を過ごし、慈しみ、むさぼっていた。
そして、シカゴでの和平会議に向かうことになったジャンをジュリオが護衛することになった、あの日――忘れもしない、あの数日間――再び、死線をくぐった二人は無事デイバンに戻ることが出来た。
――俺は…………ジュリオは、その時のことを思い出す。シカゴでの、数日間。完全に敵の罠、罠だらけの死地の中で過ごした、ジャンと二人きりの時間、世界のことを。
――俺は、あのとき…………幸せだった。かつて無いほど――
ジャンを守り、何十時間も眠らずに守り、殺い、殺し。そしてジャンとずっと二人きりだったあの時間……自分の力だけでジャンを守っていたあの時間。ジャンと二人きりだったあの世界が、ジュリオの至福だった。
ジャンと二人きりで居られるなら、敵を、世界のすべてを殺そうとしていたあのとき――だがその時間も終わりを告げ、ジャンはデイバンに戻り……。
ジャンとジュリオの世界は、再び、別の道に分かれて進み出してしまった。
それに気づいて、ジュリオの意識はサイドカーを運転する自分の中に戻ってくる。
速度を落としたジュリオに、ジャンが手をひらひらさせて大きな声を出した。
「……いま! さっき通り過ぎた農家。あれスタンドだったんじゃね?」
「戻ろうぜ。この先スタンド無くてガス欠になったらデイバンに戻れねー」
ジュリオは、バイクを停め、バックギアを入れながら――
彼らの、CR:5の――ジャンとジュリオの本拠地の名前を、ジャンの唇から出たその名前に、ズキリとした痛みを感じていた。
死闘のシカゴから、本拠地のデイバンに戻ったジャンと、ジュリオ。
自分たちが、二人とも大人だと――責任と使命がある人間だと、ジュリオにはわかっていた。だが―
―二代目になり多忙になったジャンは、本部で仕事を続け、会議で外出することが多くなって……。
あの部屋の空気を、ジャンとジュリオが温める時間はほとんど無くなった。
ジュリオは、それも幸せなのだと――自分と、ジャンが望んだ未来なのだとわかっていた。
ジャンがボスになるためだったら、ジュリオは命など投げ出す覚悟でいた。ジャンが自分たちのボスになり、すべてを手に入れ、ロックウェルどころかシカゴやNYのマフィアよりも上の存在になるためなら、ジュリオはすべてを投げ出すつもりでいた。
ジュリオは、ひとりの時間を――あの部屋にひとりで居るのは耐えられなかった――独り、自分の屋敷に戻っているときなどは、耐えられなくなることがあった。
――これが、ふたりの望んだ未来であるのはわかっていた。
――ジャンと自分は、役職のある大人だ、いつも一緒にいることなど出来ない。
――そして、ジャンさんが成功し素晴らしいボスになっていくのと同時に……、
――これが、望んだ未来の結果だ。耐えるしかない。自分が耐えれば……。
ニューヨークで、コーサ・ノストラ、東海岸のマフィア組織の代表が一同に会する会議が開かれる
ことが決まり、ジャンは単身、NYに向かうこととなった。
その会議には、ジュリオはついて行くことが出来なかった。シカゴでの殺戮で、マッドドッグ・ジュリオの名は、コーサ・ノストラ全体に恐怖となって広まってしまっていた――和平会議に、そのジュリオがついて行ったら無用の警戒を抱かれてしまうからだった。
デイバンに残されたジュリオは、その二週間を耐えて――
気づけば、空の片隅に薄暗い夕暮れ色が広がり始めていた。
通り過ぎてしまった農家を見つけたジャンが、それを指さし風の中に何かを言った。
ジュリオは、胸の中で揺れ続けている気持ちを――ジャンと再会したのに、完全な喜びを感じていない自分の胸をナイフで引き裂いてしまいたい気分のまま、アクセルを吹かし、そのスタンドにサイドカーを走らせていった。
州境を越えてペンシルヴァニアに入ると、幹線道路の両側には森と、なだらかな山の稜線が広がるようになってきた。
夕方、暗くなるまでサイドカーを走らせたジュリオは、ヘッドライトにスリットカバーをつけて灯
そして夜空に明るい星が瞬くようになった頃、ようやくサイドカーのエンジンはアイドリングになって、道ばたで車体は停まった。
バサリと、枯れ枝の束を降ろしてジャンが手をはたく。
森の一角にある空き地には、焚き火が温かなオレンジ色の炎を揺らめかせていた。周囲を見回って戻ってきたジュリオは、小さくジャンにうなずいて――
「……ありがとうございます。この周囲に、危険は……無さそうです。もし近づいてくるヤツが居ても、すぐ、気づきます」
ジュリオは、サイドカーを停めた辺り、そして周囲の小枝に、二枚重ねた5セント玉を挟んできていた。風が吹いたくらいでは落ちないが、何者かがそれに触れれば落ちて間違えようのない音を立てる。
「サンキュー。まあ、ここで追っかけてくるやつも居ないだろうけどな。クマとかはこの辺にはもういねーだろうし、いても腹一杯食うのに忙しくて人間なんか放っておくしな」
「ああ。まかせろよ、脱獄したあと山に潜伏するのはお任せよ? そんときは、こんなふうに火も
焚けないし食い物もねえし、それと比べればここは天国だぜ」
「そういうこと。さー、メシにしようぜ。めしだメシ〜」
ジュリオの口から、少し驚いたような声が出てしまう。周りには街どころか民家もない。こんな森の片隅でどうやって――ぼんやりしているジュリオの前で、ジャンはサイドカーの荷台に括り付けてあったバッグとずた袋の包みを担いで戻る。
「ジュリオは座っててくれよ。昨日からずーっと運転しっぱなしさすがに疲れただろ」
ジュリオはまだ少し迷いながら、転がされていた太い枯れ木に腰を下ろす。
どさり、軍用のバッグとずた袋が降ろされて、その奥にしまわれていた金属の器とガラスの瓶ががちゃがちゃと音を立てる。ジャンは、ジュリオの左手側に腰を下ろすと、バッグの中を満腹のクマのような目でのぞきこんだ。
「お、これ支度したのジュリオか? 要るモンがたいてい揃ってら」
「ア、ソウ。あー、座ってろ。今夜の俺は屋台のオヤジでウェイターだ」
ジャンは木の枝で焚き火の端を崩し、石で囲った炉の片隅に熾火をあつめる。
「なに飲む? ビールとコーラ、あとはコーヒーかな」
フム、と肩をすくめてジャンは笑うと、さっきのスタンドで汲んできた水のボトルから銅のポットにたっぷり水を入れた。
ジュリオは子供のようにうなずく。ジャンは愉快そうに笑いながら、小さな紙袋に入っていたコーヒーの粉末を、たっぷり砂糖を、ポット――パーコレーターの中に入れて蓋を閉める。
ガサリ火の粉を飛ばして熾火にパーコレーターが座ると、フッと暗くなった炎の照り返しの向こうで……ジャンの目が細く、疲れたような色になっているのにジュリオは気づいた。
熾火をかき混ぜ、火の粉を飛ばしたジャンがぼそり、言った。
「くそ、手が震えてきやがった。……本気で、ホッと出来たってことか」
「NYに居たときはさ、ラグの野郎がガチガチに護衛しててくれたけど――それでも、やっぱりびびってて、俺。モノ食っても味がしねーし、夜もぜんぜん寝られなくてさ」
何か、声を――ジャンを、安心させ、慰める言葉を自分が言うべきだとジュリオはわかっていても、
――ジャンと会えず、独りで待っていたときは、ずっと……
――不安で、ほかのことを考えられず死んだようになっていた
そのことを、ジャンに話しても――ジャンを力づけるどころか、かえって不快にさせてしまうとジュリオは感じて、ただうつむいて……。
ジュリオは、震える手を伸ばして――ジャンの手に触れようとして、初めて自分が運転用の革手袋
「でもサ。NYで、ジュリオが俺を迎えに来てくれてさ、こうやって……街から離れてさ、やっと安心した……ほら、手がブルってるよ。思い出しビビリってやつか」
ジュリオは、革手袋をしたままの手でジャンの手をつかむ。焚き火で照らされ、揺らめくジャンの顔を、そうっと見る。
ジャンが、ジュリオの手と、顔を見つめて笑っていた。
「……ジャンさん、すみません、俺……あなたに、何も……出来なくて――」
「ハハ、ばーか。何言ってんだ。……わかんねーか、手、て」
ジャンの眼が細くなって笑う。ジュリオは、炎の色と闇の合間に揺れる、その愛おしい顔に見つめられ……ハッと、心臓が収縮するのを感じ、無意識のうちにジャンの手を両の手で包んでいた。
「……な? もうブルってねーだろ。……おまえがいてくれるおかげだ」
喉が詰まって、その名前をうまく言えないほどの気持ちがジュリオをいっぱいにしていた。
デイバンの街中、電灯で照らされるときとは違い――焚き火に照らされるジャンの顔と姿は、いつもとは違う。革のジャケットに身を包んだその姿は、どこか……。
「……ジャン……さん、ここに……居て……ください……」
「なんだよう。……ハハ、逃げやしねえって。てか、手が痛えってば」
――ジャンの姿は、遠い世界の存在のようで――ジュリオを不安にさせる。
ジュリオは、ジャンを真っ直ぐ見つめられなかった。不安で――
「少しの。あいだで……いい。だから……俺と……俺を……」
――明日には、ペンシルヴァニアを抜けてデイバンにたどり着く――
――ジャンは二代目のボス。自分は幹部……噛み合わない時間――
なぜだろう――? ジュリオは涙がこぼれないほど悲観に満った両目の眼窩、その奥の脳髄の深淵で考える。
ずっと会いたかった。ずっとこうして二人きりになりたかった。
ずっとこうして、たとえ――キスできなくても、ジャンさんの肌と身体を自分の身体でむさぼれなくても、こうして二人で居るだけでいい、と……ずっと思っていたのに。なのに、なぜか――。
目の前のジャンは、両手で捕まえているはずのジャンには、なぜか現実感がなかった。なぜか――ジャンに写してもらった写真を抱いている時よりも、現実感がなかった。
――ジャンをボスにすることが出来た今、もう自分の役目は終わった
――こんなにつらいのなら、もう死の暗闇に自分をすべてを埋めて…………
不意に、やさしいジャンの声が温かな吐息に乗って、ジュリオの首筋を震わせた。ハッとしたジュリオに、ジャンは手を捕らえられたまま――毛布を掛けるように、ゆっくりと身を寄せ、そして……。
震えたジュリオの唇が、ぴくっと固まる。視野に、薄闇の中でも金色に見える髪がファサリと揺れ、頬に、そして耳朶に、ジャンの吐息と鼻、唇がそっとキスをし――
とつぜん、鮮烈な痛みがジュリオの意識を覚醒させた。
ジャンの唇が耳朶から離れて、やっと、ジュリオは耳を噛まれたのだと気づいた。
「ばーか。手、つかまれてたらメシのしたくどころか、なんもできねーだろ」
ぼんやりしているジュリオから、ウィンクしたジャンの顔が離れてゆく。パチパチと革ジャンパーの留め具を外す音がして、ジャンはジャンパーの前を開いていた。その下の白いシャツが、焚き火の揺らめきを写して揺れていた。
「……コーヒー沸かねえな。こういうのは、見てるとダメなんだよな」
ジャンは熾火の上のパーコレーターを小さく罵倒し、そして、
「ったく。誰かさんと逆だよな。ホント、手がかかるぜ」
「NYのやつら、ガチでビビってたんだぜ? 俺が、ラッキードッグが、あのマッドドッグ・ジュリオを連れてくるんじゃないかってさ。ハハ、それがまさか……」
ジャンは焚き火に枯れ木を食わせ、ぱあっと火の粉を立ち上らせると、
「こんな、迷子になって泣きそうな犬っころがマッドドッグだもんな。連中が知ったら俺たち殺る気詐欺で訴えられるぜ」
ジュリオの声が、うつむいた顔の陰に隠れて、消える。
しばらく、沈黙が、静寂が――焚き火のはぜる音だけが響き、
ジャンのため息と、立ち上がる音がジュリオをびくっとさせた。そしてすぐ、
ジュリオと同じ枯れ木に、ジャンがどすっと腰を下ろした。
「……このバカ。俺が居ないと、ひとりじゃメシ食うどころか、さては……」
からかうようなジャンの声がして、その顔が笑う。ニッと笑った口が開いて、そしてぺろっと唇を舐めたジャンの舌が――そのまま、何もない空間を舐めて、腔内に戻る。
「……ひとりじゃ、満足にマスもかけなかったのかよ……?」
言葉を詰まらせたジュリオを、また……ふうっと、温かな吐息が撫でて首筋を振るわせる。そのまま、唇がジュリオの首筋に触れ、
「……俺も、向こうじゃせんずりかくヒマも余裕もなくてさ。……ジジイみたいに枯れちまったのかとおもったけど――……ハハ、やべ、すっげえキてる――」
ジュリオの首筋と耳を、ジャンの唇とキスがついばむように愛撫していた。自分の顔が、柔らかくジャンの手で抱きかかえられているのをジュリオは感じ――胸の奥でわだかまっていた不安が、寂しさが――たったそれだけのことで、溶けて揮発し、
自分の口から、情けない声になって漏れてゆくのをジュリオは感じていた。
ジャンのもう片方の手が、ジュリオの革ジャンパーの金具をゆるめていた。
「……やっべ、すげえ勃ってきた……。ン、ハハ……ジュリオ……」
ジャンは、自分と同じようにジュリオのジャンパーの前を開かせると――そこに、バターにナイフを入れるようにスウッと、温かな手を差し入れた。
「くッ、あ、う――! あ……う、なん、ですか……?」
「ナニ、じゃねーよ……。こんなに乳首タテやがって。……おまえも、ずっと溜めてたんだろ……
ジャンは熱い息と言葉で、ジュリオの首筋を愛撫していた。わざと、唇には触れないようにするその愛撫に、ジュリオは考えることを止めたくなるような感覚に沈みかけていた。
「う……く……、す、すみませ……ん……俺、おれだけ……。ジャンさんの居ないあいだ、ひとり
「……ふ、ハハッ。なんだよう、それ。……んもー、メシもひとりじゃ食えないくせに、そーいう
ことだけはシッカリやりやがって、このエロドッグ……」
責めるジャンの声は、隠そうともしないほど嬉しそうだった。ジュリオは、首を軽く噛まれ、分厚い革ジャケットの下の胸板を、筋肉の上で震えている乳首をシャツごしに指でなぶられて……それだけで、射精し終えたときのような心地よい堕落感に酔われていた。
ピクッと、ズボンの前を撫でられた感覚にジュリオの背筋が震えた。
「……なんだ? 毎日、自分でコイてたんじゃねーのかよ。……なんだよ、コレ……」
「う、う……すみ、ません……俺、あたま、が…………」
「……ふふ、すぐボッキする頭のビョーキか? ……大丈夫、俺も罹ってる」
ジャンは、ジュリオの硬い乳首をひっかいて身体と意識を支配すると、そのまま、
ジュリオの耳に、自分のジーンズのファスナーが降ろされる音が響いて……ジュリオは注射される子供のように目を閉じてしまう。固く、少し乱暴な指先が、ズボンの前から忍び込む。恥ずかしいほどに固く張り詰めている勃起を撫でられ、つかまれて、ジュリオの手はそれを押しとどめようとするようにその手首を押さえてしまう。
「……ハハ……なんだ、これ。ったく、ガチガチすぎて、前から出せねえって……ホント、しょーがねえなあ……」
「毎日抜いててもコレかよ、このエロ野郎……。ベルト、弛めて――」
は、はい、とジュリオは上の空のような声で返事をし、腰を浮かせながらベルトの金具を外す。そのまま、ズボンと下着に火の粉でも入ったかのような勢いで……、
ジュリオは、中腰のままズボンを、下着を太腿まで降ろして――焚き火の薄暗い光芒の中で、硬くそそり立ったものをさらけ出す。降ろした下着に先端をこすられたジュリオが、ナイフで刺されたようなうめき声を上げた。
「あ、あ……! じゃ……ジャン、さ……! あう、ッ……」
「……ン。ふふ、こんなにしやがって。これ、どうするん――」
あれだけの刺激で、絶頂を迎えてしまっていたジュリオが――革手袋をしたままの手で勃起を押さえ、握って……そこから、音もなく白濁した精液をばたばたと漏らした。
「わ……? って、ジュリオ……もう、イッたのかよ……?」
ジャンの手が、ジュリオの肩に掛かってストンと腰を落とさせる。漏らしてしまった性器を手で押さえたまま、泣き出しそうな顔のジュリオを……。
「くそー……。このやろう……かわいいなあ、ちくしょう……!」
ジャンが、痛いほど強くジュリオの頭を抱きしめ、髪をぐしゃぐしゃと撫でながらその髪の奥に吹き込むようにして、熱くささやいていた。
「……ひとりでうじうじしやがって、このばか。俺だってなあ、ずっと……こうしたかったんだよ
ジャンは、だらしなく座り込んだジュリオの両脚の間に身体を沈めていた。
ジャンはジュリオの手をどかせると……その下で、吐精にべったりまみれながらも、まだ脈打って硬いままの勃起を見、そして……、
「……勝手にイッた罰、だ。今日のジュリオは、俺にヌかれるだけの哀れな王子サマ、な」
ジャンは、ジュリオに見せつけるようにして顔を寄せ、少しだらしないほどに開いた口から、ぺろっと舌をのぞかせて見せた。
ジャンの顔がうずくまり、見えなくなる。カリッと、シャツごしに乳首を噛まれた感覚にジュリオが震われ、言葉も思考も失っているうちに、
桃を食べるような音がして……ビクッとジュリオの首が強ばり、そしてのけぞった。勃起した先端をかすったジャンの指が、そのまま茎をしごき……怒張した先端に、その熱い奥にジャンのキスが重なっていた。
快楽に抵抗できなかった。地面に突き刺さったジュリオの手指が、ジャンが舌を使うたびに強ばって土を引き裂いた。
「ふ……ぬ、ふ、ぁ……、く……。ふあ、毎日ヌイてて、こんなに濃いのかよ……」
「う、う……お、俺…………ジャンさんに、会えるっておもったら――」
涙を浮かべて潤っていたジュリオの目に、口を離したジャンがモゾモゾ動くのが映り……そして、ファスナーを降ろす音が響いた。
「ダーメ、だ。ジュリオは、ここで俺に口だけでレイプされて、ろ……」
ジャンは舌を見せ、笑うと――また……今度は、ジュリオにそれを見せるようにして、斜めに倒した勃起に顔を寄せ、下から舐め上げるように……。
「う、うあ……! あ、あ……ジャン、さ……俺……」
身体を支える手で、地面に爪を立てたままジュリオは――ぼうっとした目で、ジャンが自分の一番愚かではしたない部分に、あの唇と舌と、顔を這わせるのを見……そして、ジャンが見せつけるようにして、自分を手淫しているのを見……。
「あ、あく、ぁ……ジャンさん、俺も……さ、触……り……」
「ん、ぅ、ふ……っ……ダメー。……ぬ、ぬむ……ホラ、出しちまえ、よ……!」
強く、勃起を手指でしごかれて――ジュリオの食いしばった口からうめきが漏れた。
「あ、あ……!! ジャン……ジャ……あ、ッ……!!」
「……イク、のか……? ジュリオ、な……ん、う……うふ、む……!!」
ぬめっと、奥まで――熱い舌と口が自分を包んだのを感じて、ジュリオは耐えていた射精を放ち、声にならない息とともに……すべてを、ぶちまけた。
「……ふ、ぅ……あ……!! じゃ……ジャ……あ…………」
「……ッ……ぬ……ン、っ…………、ふ、ふあ……む……」
ドサッと、音がした。それが、力尽きた自分が仰向けに倒れた音だとジュリオは気づき……。
目には、揺れている焚き火の照り返ししか見えない。すべては、墜落するような快楽の中で真っ暗に染まってゆく。
「……ん、ンッ……こほっ……この、二発目でこんなに出しやがって……」
燃えている焚き火よりも温かい、ジャンの体温をジュリオは感じていた。触れていなくてもわかる、
そうっと、ジャンの唇が上から重ねられる。唇だけを重ね、歯を舐めるようなキスが長く、長く続
く。喉の奥から漏れるジャンの吐息に、青臭い精液の匂いが混じっていた。
ジュリオは目を開く。そこには、ズボンを直し、ばつが悪そうに笑っているジャンの姿があった。
「……どうだ、少しはすっきりしたかジュリオ……?」
ジュリオも、ズボンを直しながら身体を起こす。少し小さくなっていた焚き火に、ジャンが新しい
「……あー、やっぱ溜めるとよくないよなー。なんか、途中からアタマ真っ白になって訳わかんな
くなった……自分がイッたの、わかんなかったもんなぁ」
自分は、いつもそうです――この言葉を、ジュリオは唾といっしょに飲み込んだ。
ジャンは、ボトルから水をラッパ飲みにし、口をゆすぐ。
「くわー……飲むのって、けっこうキツイなあ、なんかまだイガイガする」
「あ……そ、その、すみません……無理、しないほうが……」
ジャンはバッグを引き寄せながら子供のように笑って見せる。
ジュリオは、揺れる炎が照らしているその顔を見、見つめて……。
「……すみません、俺……ジャンさんは、そこにいるのに……馬鹿だから、何だか不安で……もっと俺、しっかりしないと――」
「だ〜〜〜!! そこで黙るなよう! 俺だって、言ってからごっ恥ずかしくて後悔してんだからさ!! あ〜! ごっちみんな!!」
――ありがとう、と言う言葉を言いたかったが、それは言葉になってくれなかった
――これ以上、口を開いたら泣き出して……ジャンに心配をかけてしまいそうで
――ジャンが言ってくれた言葉が、嘘でも、冗談でも嬉しくて…………
ジャンが、タオルを手袋代わりにしてパーコレーターを熾火から降ろした。蓋の隙間から湯気を噴き出しているそのポットは、辺りの空気をコーヒーの香りでいっぱいにする。
パーコレーターの蓋。そのてっぺんにあるガラスの摘みが、ポットの中で煮立っているコーヒーの
流動でコポコポ揺れていた。それを見たジュリオの口から、
ひどく不器用な笑い声が漏れて――そして、ジャンの笑いがそこに重なる。
「な? 放っておくと煮えるんだよキャンプのポットってヤツは」
「本当ですね……。これ、中のコーヒーが見えてるんですね……」
「ああ。ちょっと煮すぎたかなー。えっと、コンデンスミルクはと…………」
ジュリオは眼を細め、ジャンを見つめ……そしてその眼を閉じた。
ジャンの言ってくれた言葉が、真っ黒な胸の奥で――繰り返すたび、白い何かが弾けるように光っているのがわかった。
――もう、自分の全てが満足な終わりを告げたような気分だった
――いま、このまま死ねたら幸せなのだろうかと考えた
ジュリオは、湯気を立てているカップを手渡され、その熱さで目をさます。
少しえぐいコーヒーの香りと、コンデンスミルクの甘さが混じった湯気のむこう――取り出したパンを切っているジャンを見ながら、ジュリオは笑い……目を閉じ、また開く。
ジャンは、??と言う顔をして笑うと、分厚く切ったパンにたっぷりとジャムを塗り始めた。
ジュリオは、また目を閉じ…………この感覚に、浸った。
目を閉じた暗闇の向こうで、焚き火がはぜ、ジャンの上機嫌な鼻歌が続いていた。