memo968
Queさんの「apple」展のブログが書けた.サーフェイスとバルクとの関係から,iPhoneとiPadを考えてみること.それは,インターフェイスとサーフェイスとのあいだを行き来することである.サーフェイスがその奥のバルクへと連続的につながっていて,サーフェイスとバルクとをひとつのモノとして捉えること.それは,ソフトウェアとハードウェアとの関係に近いのかもしれない.だとすると,世界はソフトウェアをサーフェイスとするモノに溢れかえっていることになるだろう.
このように書いてくると,Paul Dourishが「The Stuff of Bits」で書いているエミュレーションの話が気になってくる.
エミュレーションは、同じロジックによって、仮想的に二重になります。一つのソフトウェアを使用して別のソフトウェアのアクションを生成することは、ソフトウェアをハードウェアからさらに根本的に分離し、既に仮想オブジェクトを操作するための完全な仮想環境を作り出します 。 ロケーションNo.1387 / 5110
仮装の上に,ハードとソフトとをもうひとつつくってしまうこと.エミュレーションはヴァーチャルとは異なる.ヴァーチャルの上にソフトウェア的にハードとソフトをつくってしまう.ハードもソフトになる.ソフトがハードを包み込んでいく.ハードの上にハードをソフト的につくって,ソフトを実行する.実行されたソフトはハードから分離される度合いが強くなっている.
このように書いてくると,渡邊恵太さんのexUIも気になってくる.ハードウェアからUIを取り除いてしまって,スマートフォンにUIを担わせてしまう.Dourishのエミュレーションの話とexUIは意外と近い関係なのかもしれない.だとすれば,「The Stuff of Bits」の第6章の「The materiarities of internet routing」は読まなければいけいない.流し読みではダメでし,しっかりと読まないと.恵太さんのexUIがインターネットを前提としたモノのあり方を示しているのだとすれば,それは,インターネットのマテリアリティと深く結びついたものになっているだろうから.













