2023年3月25日~10月1日
YCAMにてサウンドインスタレーションを展示します。
作品名は"Sensory Internal Clock (for plants)"。
植物が認識する時間感覚を制御するための音の時計を作りました。
音による波動で植物が感じている時間の感覚を引き伸ばしたり、逆に早めたりすることで成長速度をコントロールします。
https://www.ycam.jp/events/2023/sound-tectonics-installation-6/
seen from United States
seen from United Kingdom
seen from China
seen from Tajikistan
seen from China
seen from United States

seen from France
seen from Malaysia
seen from Germany

seen from Pakistan

seen from Malaysia
seen from United States
seen from United Kingdom
seen from France
seen from Israel

seen from Japan

seen from United States
seen from Japan
seen from United States
seen from United States
2023年3月25日~10月1日
YCAMにてサウンドインスタレーションを展示します。
作品名は"Sensory Internal Clock (for plants)"。
植物が認識する時間感覚を制御するための音の時計を作りました。
音による波動で植物が感じている時間の感覚を引き伸ばしたり、逆に早めたりすることで成長速度をコントロールします。
https://www.ycam.jp/events/2023/sound-tectonics-installation-6/
⬆YCAM「未来の山口の授業ニュース」Vol.5 漫画描きました。
2023年1月21日
YCAMの企画で解体中の古民家"旧金子邸"にてヘッドフォンコンサートを行います。
https://www.ycam.jp/events/2023/nakazonocho-silent-harmony-vol8/
戦略会議 #21 アートライティング/ホー・ツーニェン《ヴォイス・オブ・ヴォイドー虚無の声》@YCAM
山口県にある山口情報芸術センター(YCAM)で開催中、シンガポールのアーティスト、ホー・ツーニェン《ヴォイス・オブ・ヴォイドー虚無の声》について。
かなり暗い展示会場は4つの部屋(左阿彌の茶室、監獄、空、座禅室)から構成され、それぞれに違った見せ方による映像インスタレーションの作品が展示された展覧会であった。それぞれの動画作品のなかで扱われているのは「京都学派」と呼ばれる思想家たちの哲学的テクストである。小声で呟くように囁かれるナレーションは今回の主題となる4人のメンバーのテクストをスタートに、思想的に西洋哲学を乗り越え、東洋の思想の確立目指したことと日本が大東亜共栄圏という理想を思い描き、戦争へ向かったこととの関係を多層的に鑑賞者に伝える。
入口はいってすぐの《左阿彌の茶室》は2枚のプロジェクションされたスクリーンが鑑賞席側から二重になって配置されている。手前のスクリーンにはCGで描かれた「京都学派」第二世代で四天王と呼ばれたの4人(西谷啓治・高坂正顕・高山岩男・鈴木成高)と机、奥側のスクリーンにはCGで描かれた茶室が描かれている。ふたつのスクリーンのCGアニメーションは同期しており手前のスクリーンは網状となっていることで、階段上の客席からは奥側のスクリーンの茶室に4人が重ねられて表示されるようになっている。スクリーン正面の限られたエリアの席をターゲットに向けられた指向性スピーカーによって真珠湾攻撃の少し前に行われたこの4人の座談会の内容についての概要と背景が語られる。
また、奥のスクリーンだけを見れるエリア(2つのスクリーンの間)からは座布団だけが置かれた空の茶室が見れる。そこでのナレーションは語り出しこそ共通した演出となっているが客席とはちがった内容の「京都学派」の創始者とも言われる西田幾多郎についてのものが流れている。左阿彌の茶室における大東亜共栄圏という理想のために戦争に向かったことを正当化する思想を語る4人の会話と師である西田幾多郎に対する陸軍による圧力と海軍との密会についての内容はコントラストを孕んでおり、まさにこのスクリーンのように歴史の二重性を提示している。
《監獄》では三木清と戸坂潤という京都学派の中でも左派的であり、共に獄中死した二人に関しての映像がひとつのスクリーンを挟んで流れるインスタレーションとなっている。こちらも2つの動画も表裏で同期しており、映像的にはCGアニメーションによって獄中が描かれている。獄中で寝そべる男性のCGがこちらを向いているかあちらを向いているかの違いで表裏となっている。どちらも共通したナレーションの演出となっており、ここでもまた歴史の裏表を見るようであった。
《空》はふたつのプロジェクションされたスクリーンの間で鑑賞をする。どちらも「機動戦士ガンダム」に登場するザクを思わせる数体の緑色のロボットが海の上空高くを飛行している映像で、同じ場面を違ったアングルのカメラによって描き出した2つの映像に挟まれた中で、田邊元の「死生」というテキスト(京都大学の講義?)についてのナレーションが流れる。上空高く、雲の中から見下ろす海とナレーションによる「死生」についての解説とこの世界の時代背景考えるとこの数体のロボットが真珠湾を攻撃、もしくはその後悪化を辿った戦争の中で行われた戦闘機である零戦や特攻隊を思わせる。零戦という直接的ではなく、むしろ人型をしたロボットの方がより戦争をイメージさせるのは戦闘に対するイメージが僕の中では日本のアニメーションによってより積み上げられてきたことによるリアリティがもたらしているのだろうなどと考えてしまった。「死」というものを神と国家と自分という概念の関係を示しながら、それはいつかくるものではないとし「決死」という意味がこの時期の若者の中に醸成されていったことをうっすらとではあるが体験することとなる。 ここまで長々とこの展覧会で展示されていた動画の内容、コンテントについて書いてきた。たしかに「京都学派」と同時代の人々のテキストモチーフにした内容は魅力的であり、非常に素晴らしいものであったが、この作品に関してその価値と意味は僕としてはそれ(コンテント)だけでは語りきれない。ここで展開された3つのシチュエーションは立体的な構造で構成された世界で繋がっている。それぞれに歴史の異なる側面を含みもち、お互いが微妙な距離感で関係しあい繋がっている。そのことを鑑賞者は最後の《座禅》の部屋の展示で体験することとなる。
《座禅》は4つに区切られた畳の部屋の席で鑑賞するVRの作品となっており、ゴーグルをかけ鑑賞をする。モーションセンサーにより鑑賞者のアクションや姿勢によって中で流れる映像の内容がインタラクティブにスイッチングされ、それぞれの場面にシームレスに移行する。コンテンツの中身はこれまでの3つの部屋の作品の世界を踏襲しており《左阿彌の茶室》での「京都学派」の座談会に同席した速記者の大家盆造の視点で見た「世界史と日本」についての座談会をスタートに展開していく。これは速記者のアクション(メモを取る動作)行うことで進むのだが、進めるにつれて正面と左側に見える障子が開いていき、そこから京都の紅葉が見えるようになってくる。その東洋的なイメージが広がる様子は、大東亜共栄圏という彼らの思想が成熟し正当化されていく様を表しているように思える。速記を止めると同じ場面ながら弱々しく流れるナレーション(これについては誰のなんの内容か失念)が流れこの座談会を取り巻く環境の表と裏を感じささせる。鑑賞者が畳に寝転がるとVRの視点は遥か上に茶室を望むように畳に沈み込んでゆき、《監獄》へとたどり着く。まるでそれは地獄へ落ちるようでもある。どちらを向いて寝転がるかによって、三木清と戸坂潤の異なる声が聞こえてくるようになる。狭く汚い独房でノミやウジといった虫が光り輝き動いている。身体を起こすと鑑賞者は再び《左阿彌の茶室》へと連れ戻される。《左阿彌の茶室》で立ち上がると今度は《左阿彌の茶室》の茶室を眼下に見下ろすように鑑賞者の視界は上昇し《空》へと舞台は映され、鑑賞者の視点は空高くを飛行する1体のロボットへと移行する。自身の身体はロボットそのものとなっており右手には持った武器も確認出来る。まわりには同じ姿をしたロボットが何体かおり、眼下には広大な海が広がる。その視点はまさに戦時中にこれから急襲せんとする敵艦隊を目指した若者の視点である。しばらくすると順々にまわりにいた仲間のロボットがゆっくりとバラバラとなり空に消えていく。変にまわりが気になることとVR酔いだけではない息苦しさでナレーションに集中できなくて内容はよくわからなかったのだが、おそらく「死生」と決死に関しての内容が流れていたのだと思うのだが自身がバラバラになりはじめた時には多少なり「死」というものが身近にある状況であることを意識させられる。 《左阿彌の茶室》という狭く小さな場所で語られた大東亜共栄圏というある種の理想、つまり「フィクション」が戦時中という「現実」にどのように影響したのか?また、その茶室での座談会にも本音と建前のように語られない「現実」が折りたたまれている。「京都学派」とそれを取り巻く思想界の人々の語りがのちに表に出て歴史として語られたり、弾圧され歴史の中に折りたたまれた「現実」、密室で語られた理想や思想界の作り出した「フィクション」はいくつもの折りたたまれた「現実」の先で顔も見たことのない若者たちに戦地で死ぬという「現実」を覚悟させる。まさにバタフライ・エフェクトのようである。そうやって何重にも折りたたまれ、圧縮された「現実」の中から編まれた一部のものがのちに語れる「歴史」となっているということをこのインスタレーションは鑑賞者に体験させる。 もしかすると「京都学派」の四天王の4人が話していたことが「世界史と日本」という歴史哲学の話だったことを発端としているのかもしれないとも思う。しかし、この作品は最新のテクノロジー(マルチスクリーン、指向性スピーカー、VRとモーションセンサーなど)を用いて、ある時代の時間軸を同時に並走させたり、一方向の時間制に鑑賞者のインタラクションが接続点を作り時間をコントロールさせる。それによって本来、後の時代から振り返り、一方向に語られる「歴史」というものが作られていく構造を多層的に再構築、顕在化し、それを身体性を通して体験させるインスタレーションという展示フォームとなっている。日本での展示、日中戦争に始まる日本の第二次世界大戦の歴史における日本とシンガポールとの関係などを考えた時、確かに「京都学派」というのは魅力的なモチーフである。しかし、この作品の素晴らしさは「歴史として語られることの因果関係を立体化し、その構造を可視化していることである」と言えると思う。つまり展示がアメリカであったら内容がベトナム戦争であったり、湾岸戦争、もしくはトランプ政権についてであってももっと他の国の何か別の出来事でもこの歴史の構造を見せる展示フォームは有効であると考える。この作品は何重にも折りたたまれ、圧縮された過去の「現実」を解凍し、「現実」と「現実」とのつながりや歴史の因果関係を見せる装置であった。鑑賞者はその過去のある時代の時間の中を一方向にではなく因果関係のベクトルの向かう方向で立体的に体験する。
京都学派の4人をヴィジョナリーというかは別として、ヴィジョナリーの語る「フィクション」と「現実」、そしてのちにその「現実」から都合よく編集され、語られる「歴史」というというもの…まさにジャック・ランシエールの歴史とフィクションについてのテキストを思い出し、今ならもう少し読めるような気がした。 弾丸山口県2時間滞在。「料金は?」「無料です」以外に交わした会話もなく作品の余韻に浸りながら帰路についた。
⬆「YCAM爆音映画祭2020」パンフレットにイラストと解説漫画描きました。
⬆YCAM(山口情報芸術センター)「大学生ファシリテーター募集」のフライヤーイラスト描きました
Good to see you guys again #ycam #curator @leonbarto & #soundartist #dj #creator @tengal 😎‼️ it’s so wow that both of you are based in Japan now!!🥳㊗️🗻🎍 and welcome to Japan Tiffany @tifanikrismanawati 🥰 good to know you sister Makiko too❣️and always always thanks to bring such wonderful connections to my life mr. @ooooka 💞 And I failed to capture Nao san🇮🇳😫📷❗️ surely @oooka_hironori_office is best salon forever!!🎉🦋🌈👑 オフィス大岡で久々のパーティ!バルト&テンガルと二年ぶりに再会❣️振り返れば小沢剛さん帰ってきたシリーズのガーナ🇬🇭インドネシア🇮🇩フィリピン🇵🇭繋がり。二人とも日本舞台に活躍!私も東京で活躍!なんか嬉しいね🥰!大岡さんとランチミーティングな近頃、新作に取り組む小沢剛・豊田歩実コンビにもお会いできて嬉しい❣️マイライフ原点のガーナの看板絵師のDr.N制作当時も振り返れてなお嬉しい。各々の感性で生きるアート人たちの集うサロンでチャージできた、美味な夜でした🌃💋寄り道人生に多謝💗 https://www.instagram.com/p/B6YRDErJVnd/?igshid=1idhswbxweymi